<やられても、やり返さない「正義」の脆さ>
1 「私も人を斬れるようになりたい、私も人を斬れるようになりたい!」
日本刀の制作工程から開かれるオープンシーン。
杢之進(もくのしん)が、農民の市助に木刀で剣術を教えている。
市助の姉・ゆうに、昼食に呼ばれ、稽古は中断する。
市助は食後の稽古を杢之進に求め、家に戻っていく。
畑仕事に勤(いそ)しむ、ゆうと村人たち、そして杢之進。
「江戸に行くんですか?」
「そろそろかと思ってる」
「そんなに大変なんですか?」
「250年も太平が続いたんだからね。今こそは、本来の仕事をしに行かないと」
「市助が羨(うらや)んでました。自分も武士の家に生まれていたら、お役に立てたのに」
「死ぬんですか?」
「死にません」
「…あの子を、あんまり、その気にさせないで下さいね。いざとなったら、農家の男だって、駆り出されるんですよね」
そこに市助が、果し合いがあると言って、杢之進を呼びに来た。
まんじりともせずに、真剣勝負を見つめる3人。
途中で杢之進は帰り、二人もあとを追う。
再び、剣術の稽古を始めた杢之進と市助。
それに見入る一人の浪人。
笑みが零(こぼ)れている。
果し合いをしていた男だった。
「私と一緒に、江戸へ行きませんか?」
澤村と名乗るその浪人が、杢之進に声をかけた。
「私の組を作って、御公儀に馳せ参じようと思ってます…江戸から京都へ乗り込むつもりです。もう、一刻も猶予がありませんからね」
市助が口を挟んだ。
「もう、そんな事態になってるんですか?」
杢之進は自らを名乗り、同意する。
市助も実力本位だと誘われると、ゆうが猛烈に反対する。
ここで、杢之進が恐怖感に脅えているシーンが提示された。
そんな折、村に悪党集団がやって来た。
村人たちは皆、家に隠れ込む。
杢之進は、その悪党の頭領に挨拶する。
「俺たちはな、悪い奴らにしか、悪いことしねぇんだよ」
「その顔、直したら、村の人たちも歓迎してくれますよ」
そう言って、お互いに笑い合うのだ。
和平交渉が成立したのである。
しかし、村人たちは納得がいかない。
「何で、あんな奴らがのさばってるんだ」
市助の物言いである。
悪党集団が村から離れるまで、ゆうは杢之進に江戸に行かないようにと頼み込む。
「そこまで悪い人たちではありません。仕事を探しに来たら、話を聞いてあげて下さい」
そこに澤村がやって来た。
明朝、江戸に発つという知らせである。
翌朝、出立(しゅったつ)の際に杢之進はふらつき、倒れ、寝込んでしまう。
出立を一日延ばすことにしたが、苛立つ市助が外に飛び出すと、悪党たちに絡まれ、反撃する。
徹底的に叩きのめされて戻って来た市助を見て、「自分の組の者がやられて、放ってはおけぬ」と言うや、澤村は出て行った。
杢之進は市助に命の別状がないと知り、「よかった」と呟く。
「市助があんなにされて、よかったはないでしょ!」
杢之進の不甲斐なさに苛立つゆう。
暫(しばら)くして、ゆうが杢之進のもとに興奮しながら、走って来た。
澤村が、悪党どもを斬り捨てたと言うのだ。
「江戸へ行く前に、やることやってくれたんだもん!」
澤村を称え、嬉々として報告するゆう。
「何てことを…何てことを」
杢之進は震えが止まらなかった。
その夜、杢之進はうなされる。
夜中に起きた杢之進は、外に出ると異変を察知する。
悪党の残党の一人が仲間を連れ、ゆうの家族を殺害したのだ。
その中に、市助もいるのを確認し、杢之進は涕泣(ていきゅう)するばかりだった。
ゆうは泣きながら、杢之進に迫る。
「仇を取って!」
「私が行く」と澤村が言うや、ゆうは杢之進を指差して、「あなたが、やって下さい!」と叫ぶのだ。
しかし、杢之助は澤村に向かって頭を下げる。
「お願いします。これ以上は止めて下さい」
杢之介を問い質すゆう。
「なぜ、いざというとき、戦わない。人を殺すために出かけるんですよね!その刀は飾り物ですか?」
「もともと初めに手を出したのは、こちらです…こんなことを繰り返すのは、もうやめです」
そう反応した杢之進は、澤村と共に残党の住処(すみか)に向かっていく。
そこに、悪党たちが戻って来た。
「止めて下さい」
「抜け!お前の実力を見せてみろ」
澤村に煽(あお)られ、悪党たちと対峙する杢之進。
レイプされるゆうを視界に納めつつ、悪党たちに棍棒で大立ち回りする杢之進。
剣で向かってくる悪党どもを打ち砕いていくが、棍棒の威力も使い果たし、首領の剣を突き付けられ、身動きできなくなった杢之進。
そこに、形勢を見ていた澤村がやって来て、いとも簡単に悪党を斬り捨てていく。
抜け殻のようになった杢之進は、「時がない」と言う澤村の出立の告知を拒絶する。
「私のことは、外して下さい。私には、とても無理です」
「駄目だ。お前を連れていく。明日、朝迎えに来る。ここで起った些細なことは忘れろ。俺たちがこれからするのは、もっと大きいことだ。お前が行かないときは斬るからな」
「教えてください。澤村さんは、どうしてあんな風に人が斬れるんですか?…私も斬りたい。私も人を斬れるようになりたい、私も人を斬れるようになりたい!」
何度も繰り返し、そう叫び、頭を抱え、蹲(うずくま)る杢之進。
明朝、澤村が杢之進を迎えに来ると、寝床はもぬけの殻だった。
逃走した杢之進を追う澤村のあとを、ゆうも付いて来る。
山の中で澤村が、杢之進に呼び掛ける。
「一緒に江戸へ行くのは止めだ!今からおまえを斬る。それが嫌だったら、俺を斬れ!一人斬れば、肝も据わる。それができなければ、あいつ(刀のこと)というものに意味がない…俺に勝ったら、江戸に行け!分かったか!」
その声を聞きながら、山を上り続ける杢之進。
「何で、何でそんなに、杢之進に拘(こだわ)るんですか?」
ゆうが澤村に問いかける。
「本気のあいつに勝つ。俺自身が使い物になるかを確かめる」
澤村も杢之進も、悪党との戦いで傷を負っており、木の幹で休みながら、ぼんやりと、てんとう虫を眺めている。
「てんとう虫は、上へ上へと向かおうとする。上るところがなくなると、天に飛び立つんです」
そう言うや、山の奥へと上って杢之進。
後を追う、澤村とゆう。
雨が降り、止んだところで、杢之進が草むらにうつ伏していた。
澤村は剣を抜き、杢之進に近づく。
「止めて下さい。もう、止めて下さい!」
喚き叫ぶゆう。
澤村が斬りかかると、杢之進は立ち上がり、剣を振り回す。
膝立ちで向き合った杢之進に、澤村が刀で振りかかるや、杢之進は澤村を一刀のもとに斬り捨てた。
杢之進は、そのまま山の奥へと消えていく。
残されたゆうは、絞るように泣き叫ぶだけだった。
【主題の提起が明瞭で、過剰な演出があっても、映画的に面白かった。何より強い作品だった。秀作である】