斬、('18)   塚本晋也斬、('18)   塚本晋也

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<やられても、やり返さない「正義」の脆さ>

 

 

 

1  「私も人を斬れるようになりたい、私も人を斬れるようになりたい!」

 

 

 

日本刀の制作工程から開かれるオープンシーン。

 

杢之進(もくのしん)が、農民の市助に木刀で剣術を教えている。

 

市助の姉・ゆうに、昼食に呼ばれ、稽古は中断する。

 

市助は食後の稽古を杢之進に求め、家に戻っていく。

 

畑仕事に勤(いそ)しむ、ゆうと村人たち、そして杢之進。

 

「江戸に行くんですか?」

「そろそろかと思ってる」

「そんなに大変なんですか?」

「250年も太平が続いたんだからね。今こそは、本来の仕事をしに行かないと」

「市助が羨(うらや)んでました。自分も武士の家に生まれていたら、お役に立てたのに」

「死ぬんですか?」

「死にません」

「…あの子を、あんまり、その気にさせないで下さいね。いざとなったら、農家の男だって、駆り出されるんですよね」

 

そこに市助が、果し合いがあると言って、杢之進を呼びに来た。

 

まんじりともせずに、真剣勝負を見つめる3人。

 

途中で杢之進は帰り、二人もあとを追う。

 

再び、剣術の稽古を始めた杢之進と市助。

 

それに見入る一人の浪人。

 

笑みが零(こぼ)れている。

 

果し合いをしていた男だった。

 

「私と一緒に、江戸へ行きませんか?」

 

澤村と名乗るその浪人が、杢之進に声をかけた。

 

「私の組を作って、御公儀に馳せ参じようと思ってます…江戸から京都へ乗り込むつもりです。もう、一刻も猶予がありませんからね」

 

市助が口を挟んだ。

 

「もう、そんな事態になってるんですか?」

 

杢之進は自らを名乗り、同意する。

 

市助も実力本位だと誘われると、ゆうが猛烈に反対する。

 

ここで、杢之進が恐怖感に脅えているシーンが提示された。

 

そんな折、村に悪党集団がやって来た。

 

村人たちは皆、家に隠れ込む。

 

杢之進は、その悪党の頭領に挨拶する。

 

「俺たちはな、悪い奴らにしか、悪いことしねぇんだよ」

「その顔、直したら、村の人たちも歓迎してくれますよ」

 

そう言って、お互いに笑い合うのだ。

 

和平交渉が成立したのである。

 

しかし、村人たちは納得がいかない。

 

「何で、あんな奴らがのさばってるんだ」

 

市助の物言いである。

 

悪党集団が村から離れるまで、ゆうは杢之進に江戸に行かないようにと頼み込む。

 

「そこまで悪い人たちではありません。仕事を探しに来たら、話を聞いてあげて下さい」

 

そこに澤村がやって来た。

 

明朝、江戸に発つという知らせである。

 

翌朝、出立(しゅったつ)の際に杢之進はふらつき、倒れ、寝込んでしまう。

 

出立を一日延ばすことにしたが、苛立つ市助が外に飛び出すと、悪党たちに絡まれ、反撃する。

 

徹底的に叩きのめされて戻って来た市助を見て、「自分の組の者がやられて、放ってはおけぬ」と言うや、澤村は出て行った。

 

杢之進は市助に命の別状がないと知り、「よかった」と呟く。

 

「市助があんなにされて、よかったはないでしょ!」

 

杢之進の不甲斐なさに苛立つゆう。

 

暫(しばら)くして、ゆうが杢之進のもとに興奮しながら、走って来た。

 

澤村が、悪党どもを斬り捨てたと言うのだ。

 

「江戸へ行く前に、やることやってくれたんだもん!」

 

澤村を称え、嬉々として報告するゆう。

 

「何てことを…何てことを」

 

杢之進は震えが止まらなかった。

 

その夜、杢之進はうなされる。

 

夜中に起きた杢之進は、外に出ると異変を察知する。

 

悪党の残党の一人が仲間を連れ、ゆうの家族を殺害したのだ。

 

その中に、市助もいるのを確認し、杢之進は涕泣(ていきゅう)するばかりだった。

 

ゆうは泣きながら、杢之進に迫る。

 

「仇を取って!」

 

「私が行く」と澤村が言うや、ゆうは杢之進を指差して、「あなたが、やって下さい!」と叫ぶのだ。

 

しかし、杢之助は澤村に向かって頭を下げる。

 

「お願いします。これ以上は止めて下さい」

 

杢之介を問い質すゆう。

 

「なぜ、いざというとき、戦わない。人を殺すために出かけるんですよね!その刀は飾り物ですか?」

「もともと初めに手を出したのは、こちらです…こんなことを繰り返すのは、もうやめです」

 

そう反応した杢之進は、澤村と共に残党の住処(すみか)に向かっていく。

 

そこに、悪党たちが戻って来た。

 

「止めて下さい」

「抜け!お前の実力を見せてみろ」

 

澤村に煽(あお)られ、悪党たちと対峙する杢之進。

 

レイプされるゆうを視界に納めつつ、悪党たちに棍棒で大立ち回りする杢之進。

 

剣で向かってくる悪党どもを打ち砕いていくが、棍棒の威力も使い果たし、首領の剣を突き付けられ、身動きできなくなった杢之進。

 

そこに、形勢を見ていた澤村がやって来て、いとも簡単に悪党を斬り捨てていく。

 

抜け殻のようになった杢之進は、「時がない」と言う澤村の出立の告知を拒絶する。

 

「私のことは、外して下さい。私には、とても無理です」

「駄目だ。お前を連れていく。明日、朝迎えに来る。ここで起った些細なことは忘れろ。俺たちがこれからするのは、もっと大きいことだ。お前が行かないときは斬るからな」

「教えてください。澤村さんは、どうしてあんな風に人が斬れるんですか?…私も斬りたい。私も人を斬れるようになりたい、私も人を斬れるようになりたい!」

 

何度も繰り返し、そう叫び、頭を抱え、蹲(うずくま)る杢之進。

 

明朝、澤村が杢之進を迎えに来ると、寝床はもぬけの殻だった。

 

逃走した杢之進を追う澤村のあとを、ゆうも付いて来る。

 

山の中で澤村が、杢之進に呼び掛ける。

 

「一緒に江戸へ行くのは止めだ!今からおまえを斬る。それが嫌だったら、俺を斬れ!一人斬れば、肝も据わる。それができなければ、あいつ(刀のこと)というものに意味がない…俺に勝ったら、江戸に行け!分かったか!」

 

その声を聞きながら、山を上り続ける杢之進。

 

「何で、何でそんなに、杢之進に拘(こだわ)るんですか?」

 

ゆうが澤村に問いかける。

 

「本気のあいつに勝つ。俺自身が使い物になるかを確かめる」

 

澤村も杢之進も、悪党との戦いで傷を負っており、木の幹で休みながら、ぼんやりと、てんとう虫を眺めている。

 

「てんとう虫は、上へ上へと向かおうとする。上るところがなくなると、天に飛び立つんです」

 

そう言うや、山の奥へと上って杢之進。

 

後を追う、澤村とゆう。

 

雨が降り、止んだところで、杢之進が草むらにうつ伏していた。

 

澤村は剣を抜き、杢之進に近づく。

 

「止めて下さい。もう、止めて下さい!」

 

喚き叫ぶゆう。

 

澤村が斬りかかると、杢之進は立ち上がり、剣を振り回す。

 

膝立ちで向き合った杢之進に、澤村が刀で振りかかるや、杢之進は澤村を一刀のもとに斬り捨てた。

 

杢之進は、そのまま山の奥へと消えていく。

 

残されたゆうは、絞るように泣き叫ぶだけだった。

 

【主題の提起が明瞭で、過剰な演出があっても、映画的に面白かった。何より強い作品だった。秀作である】

 

  

人生論的映画評論・続: 斬、('18)   塚本晋也 より