1 覚悟を決め、レイプ事件の本丸に向かっていく
「毎週、クラブへ行って、毎週、立てないくらい酔っ払ったフリをする。そうすると、毎週、まんまと、あんたみたいな“いい奴”が私の様子を見に来る」
昼はコーヒーショップで働くキャシーは、夜になるとクラブで酔ったふりをして、お持ち帰りされて、近づく男を愚弄する。
キャシーのそんな生活を案じる両親は、30歳の誕生日にプレゼントを贈るが、キャシーは自分の誕生日すら覚えていないのだ。
「ニーナと医大を中退し、ケチなコーヒー店で働いている。朝まで出かけて、何やってんだか。しかも、彼氏も友達もナシ…友達に、いろいろ聞かれても答えられないのよ。あなたのことは何も…」
そう言って、泣き崩れる母。
キャシーは、コーヒーショップに来た医学生時代のクラスメートのライアンと再会する。
早速、ライアンはキャシーをデートに誘い、キャシーはそれに応じた。
現在、小児外科医のライアンは、医学生時代の友人たちの話を始め、その話にセンシティブに反応するキャシーは、共通の交友関係とコンタクトしていく。
まず、双子を産み、子育て真っ最中のマディソンとレストランで会食する。
「今日は、あることをは話したくて会いに来たの。大学をやめた理由を話す。あの事件は覚えてる?」
「ぼんやりだけど」
「考えたことない?」
「なぜ私が?」
「そう、なぜ、あなたが?もしも今、友達があなたの家に来て、ひどいことが起きたと言ったら、前の晩に…」
「キャシー、もう昔よ」
「大げさに騒ぐ女だと、あきれた顔で無視?」
「なぜ、私に怒るの?信じない人は大勢いた。誰とでも寝る女だもの。何かあったなんて、まず信じない。それって、オオカミ少年よ…私のせいじゃない。泥酔すれば、何か起きる…望まないセックスでも、誰も味方しない」
「残念ね。考えを変えてるかと。ごめん。あなた自身のためにも…再会できて本当によかった。あなたは昔のまま」
キャシーは、デートドラッグを入れたワインを飲み、酩酊状態のマディソンをテーブルに残し、席から離れると、一人の男に部屋の鍵を渡した。
翌日、マディソンから連絡が欲しいと携帯に留守録が入る。
「“ホテルの部屋で目が覚めた。何かあったみたい”」
それを聞いたキャシーは、マディソンの一件をメモ帳に記録した。
次にキャシーが向かった先は、ウォーカー学部長のオフィス。
キャシーは復学についての相談としつつ、大学を中退することになった経緯を話し、ウォーカーの過去の対応を追求する。
「ニーナ・フィッシャー。お忘れですか?アレクサンダー・モローは覚えてます?…部屋へ連れ込んだんです。あなたがお忘れのニーナを。そして何度もセックスしました。友人たちの前で。酔った彼女は状況が分からず、翌日はアザだらけ」
「彼女、報告は?」
「しました」
「話した相手は?」
「あなた。でも、覚えてないのね。あなたは“証拠が足りない”と。“言い分が違いすぎる”とも言った」
「こういう告発は、あまりにも多いのよ。週に1~2回。忘れて悪かったわ。でも、当時は、徹底的に調べたはず」
「彼の仲間は、笑いながら見てました」
「つらいわね。でも、彼女は酔ってた。何も覚えてないほどね」
「酔ってたのが悪い?」
「そうじゃなく…」
「批判ではなく、はっきりさせたいだけ」
「人は自分の弱さを認めたくないものよ。自分の悪い選択と、その過ちによって、害をもうむり、悔やむことになる…私にどうしろと?告発のたび、前途有望な青年の人生を潰せと?」
「男の言い分を信じる?」
「疑いがある場合はね。“疑わしきは罰せず”だから…」
「…あなたは正しい。疑わしければ、男性を罰しない。だから、3時間前、娘さんを学校の前で拾い、アル(アレクサンダーのこと)がいた部屋に住む男性に紹介…よくしてくれるはず。彼女も興奮してた」
慌てるウォーカーは娘の居場所を聞き出そうとするが、キャシーは簡単に応じない。
ついに、キャシーの言うことが正しいと認めざるを得なかった。
「あなたが正しい」
「とても簡単よね。正しく考えるのって。愛する人だと見方が変わる」
キャシーは、実は娘をアルのいた部屋に連れて行ってはいないと告げて、去っていく。
いつものように、キャシーはクラブで酔ったふりをして、男をキャッチした現場をライアンに目撃され、声をかけられた。
説明しようとするが、動揺するライアンに拒否される。
3番目に向かったのは、レイプ事件を揉み消したグリーン弁護士の家。
「あなたに審判が下る日よ」
「待っていた」
精神を病み、長期休暇中のグリーンは、7年前の事件について問い質(ただ)すと、覚えていると言うのだ。
「示談に持ち込むたび、特別手当が出た。告発を断念させた場合も金が出た」
グリーンはキャシーに許しを求める。
「助けてほしい。眠れないんだ。もう長いこと。決して自分を許せない。分かってほしい。過去の行いのせいで、自分を許せない」
「あなたを許す」
「すまなかった」
「眠りなさい」
その直後、キャシーはニーナの母に会いに行った。
「一緒にいなかったことで、自分を責めないで」
「正したいの」
「そんなことできない。子供じみた執着だわ」
「私が一緒に行けば…」
「私もつらいけど…キャシー、前に進んで。お願い。みんなのために」
その直後、キャシーはアルのウェブサイトを削除し、男たちへの復讐を書き刻んだメモ帳をゴミ箱に捨てた。
―― この時点で、キャシーの医学生時代の馴染みの者たちへの訪問目的が、性暴力で傷つき、自死した親友・ニーナのリベンジである事実が判然とする。
ライアンとの再会が、その契機になっていたのだ。
だから、ライアンとの再会以前のキャシーの性的放縦のトリックという奇妙な行動は、女の匂いに蝟集(いしゅう)する男たちの愚昧さを蹴り付け、踏み潰すことで憂さ晴らしする、彼女なりのリベンジ方略だった。
そのキャシーは今、ライアンの家を訪ね、自分の素直な気持ちを告白し、程なく関係は修復していく。
順調に交際が続き、キャシーはライアンを自宅に招いて、両親に紹介するに至る。
そんな折、先のマディソンが、ホテルの部屋の男の件で返事がないので、キャシーを自宅の前で待っていた。
男が何もしなかったと聞き、不安を払拭したマディソンは、ホテルの部屋でニーナに思いを馳(は)せたと言うのである。
「私たちが取った態度のこと。それで思い出した…動画があった。バカげたやつよ。回ってきたの。私やみんなに。あの頃は、ちょっとした噂になっていた…電話は全部、取ってある。写真とかも。あの頃は、みんな、これを見て…面白いと思った…」
マディソンはその電話をキャシーに渡し、「二度と連絡してこないで」と吐き捨て、帰って行った。
キャシーは、恐る恐るその動画を再生すると、あろうことか、その現場にライアンがいたことが判然とする。
キャシーは考え抜いた末、仕事中のライアンを訪ね、携帯の動画を再生して、誤魔化そうとするライアンを恫喝する。
「この動画をあなたのアドレス帳、全員に送るから。両親や同僚たち、昔の仲間や、その妻にも。アル・モンローの独身最後のパーティの場所は、どこ?」
「許してくれ」
「ムリよ」
キャシーの冷たい反応に開き直るライアン。
「僕は何もやってない」
「なるほど。罪なき傍観者ってわけね」
キャシーは鼻で笑いながら出て行く。
いよいよ、キャシーは入念な準備をして、覚悟を決め、レイプ事件の本丸に向かっていく。
人生論的映画評論・続: 「罪なき傍観者」を断罪し、復讐劇が自己完結する 映画「プロミシング・ヤング・ウーマン」('20)の破壊力 エメラルド・フェネル より