名もなき歌('19) 

1  海外に売られた赤ちゃんを想い、海に向かって静かに歌い出す                   

 

 

 

1988年 ペルー 実話に基づく物語

 

ハイパーインフレとテロが蔓延(はびこ)る政情不安な時代に、アンデス山脈の山間部に住むアヤクチョ先住民族のヘオルヒナは、肉体労働をする夫のレオと共に、ジャガイモを売って生計を立てている。

 

ある日、市場でジャガイモを売っているヘオルヒナの耳に、ラジオの宣伝が聞こえてきた。

 

「サンベニート財団が、妊婦に無償医療を提供。リマのモケグア通り301 アルマス広場から3ブロック…」

 

妊娠中のヘオルヒナは、矢庭に、その住所をメモに取った。

 

「最高の専門医療を無料で提供します…」

 

ヘオルヒナはバスで首都リマへ向かい、住所のある建物に入り、医師の検診を受けた。

 

「問題ない。出産時に来て。金は心配ないから」

 

その後、市場で産気づいたヘオルヒナは、身重の体を引き摺って、リマの産院に辿り着き、そこで女児を出産する。

 

元気な赤ちゃんの泣き声と、朦朧(もうろう)とした意識で赤ちゃんの姿をぼんやりと確認したヘオルヒナだったが、産んだ女児には会わせてもらえず、翌朝、検診で他の病院へ行ったと言われたばかりか、病院名も告げられず、そのまま産院を追い出されてしまった。

 

「娘はどこ!娘に会いたい!」

 

泣き叫び、ドアを叩き続けるヘオルヒナ。

 

翌日、レオと二人で産院を訪れるが、応答はなく、仕方なく警察に訴えることにした。

 

「姓名は?」

「ヘオルヒナ・コンドリ」

「年齢は?」

「20歳」

有権者番号」

「持ってません」

「どういうことだ?君たちが誰だか分からないだろ」

「出征証明書は実家に」

 

レオも同じ質問を受けるが、答えは一緒。

 

警察で取り上げてもらえず、次に二人が向かったのは裁判所。

 

「娘が盗まれたから訴えたい」

 

それでも埒が明かず、家に戻るが、ヘオルヒナは諦め切れない。

 

再びリマの産院へ行き、ドアを叩いて回り、夜には会えない娘への思いを募らせ、先住民の歌を口ずさむのである。

 

「〈お休み 赤ちゃん お眠り 母さんも眠るから…〉」

 

遂にヘオルヒナは、リマの新聞社に向かった。

 

「入館許可書は?」

「ありません」

「ないと入れないの」

「記者と話したい」

「でも規則だから」

「どうしても話さなきゃ…」

 

ここで、ヘオルヒナは大声で泣叫んだ。

 

「娘を盗まれた!生後3日の娘が!」

 

この叫びを耳にして、記者のペドロがやって来た。

 

ペドロは、ヘオルヒナの話を聞き取っていく。

 

「どこで?」

「産院で」

「なぜ、そこに?」

「ラジオで宣伝してたから」

 

呆気なかった。

 

この件を担当することになったペドロが、自動車で帰宅する際、外出禁止違反で逮捕されようとするヘオルヒナに遭遇する。

 

ペドロは警察官に抗議するが、ヘオルヒナと共に収監されてしまった。

 

二人は程なく解放され、ペドロはヘオルヒナをアパートに連れて帰り、彼女に食事と寝床を提供する。

 

翌日、ヘオルヒナと共にラジオ局を訪ね、問題のサンベニート産院の宣伝主を尋ねるが、上司から口止めされ、十分な情報を得られない。

 

次に向かったのは、問題のサンベニート産院。

 

お産に立ち合ったロサの居場所を探しに行くが、既に建物から引き払った後だった。

 

ヘオルヒナは、同じような境遇の女性たちを集め、ペドロに話を聞いてもらうのである。

 

そして今、ペドロはペルー司法省を訪ね、養子の出国リストを請求する。

 

「アヤクチョ共同体」の「チウイレ記念祭」での歌と踊りの風景。

 

先住民の文化である。

 

ゲイのペドロは、恋慕していた同じアパートに住む舞台俳優と結ばれる。

 

新聞社では、スタッフが、先週、無償医療をする財団の宣伝があったことを突き止めた。

 

今度はサンペドロ産院で、ペドロはカメラマンを連れ、産院のあるイキトス(ペルー北東部にあるロレート県の県都)へ行き、捜し歩く。

 

一方、仕事がないレオは、同じ村の男たちから、ゲリラの仕事を請け負うことになる。

 

ペドロは飲み屋の女性に桟橋に呼ばれ、船上で、その女から産院は危険だと警告される。

 

「なぜ、知ってる?」

「自分の息子を売ったことがあるの」

 

その情報が、「イキトスで乳児売買」との見出しの新聞記事となる。

 

それを目にしたヘオルヒナは新聞を買い、ペドロに電話をかけ、娘の情報を訊ねた。

 

ペドロはヘオルヒナに会い、娘を探すことを約束する。

 

そんな折だった。

 

ペドロが会社でタイプを打っていると、ラジオからテロ事件の情報が流れてきた。

 

「自動車爆弾で15人が重傷。センデロ・ルミノソが、アヤクチョのテロの犯行声明を出しました…家裁のバルデス判事が、海外に乳児を売る違法養子縁組に関与した疑い。容疑者リストには、サルガド判事と、移民局職員2人の名も地元新聞の調査報道で、主犯格はロドリゲス医師夫妻だと判明。2人は乳児を誘拐し、海外に売っていましたが、国境で偽の旅券を提示し、逮捕されました」

 

この報道を受けたペドロは、海外へ渡った子供たちの行方について国会議員に質そうとするが、この件は慎重にした方がいいと、突っぱねられる。

 

「別の視点から考えろ。母親と一緒にいて、子供に未来があるか?何も与えられない母親と…」

 

恫喝である。

 

ヘオルヒナが村の祭りに参加していると、突然、爆発音が鳴りテロが起こる。

 

そのテロリストの渦中に、事件を起こして逃走するレオがいた。

 

一方、ペドロ宛の手紙が届いた。

 

「“くそったれのゲイ野郎。お前と恋人を殺すぞ”」

 

ペドロは稽古中のゲイパートナーに、仕事で旅に出ると別れを告げ、去って行く。

 

ヘオルヒナはレオが追われて家に帰れないと、姉の家に泊めてもらうことになる。

 

朝、目を覚ましたヘオルヒナは、戸外に出て、海外に売られた赤ちゃんを想い、海に向かって静かに歌い出すのだ。

 

〈お休み 赤ちゃん お眠り 母さんも 眠るから なぜ眠くないの? なぜ眠くないの? 私の赤ちゃん お前の眠りが 私の赤ちゃん お前の眠りが 愛に満ち 穏やかでありますように 愛に満ち 穏やかでありますように 母さんも眠るから 母さんも眠るから 天使がやってくる お前に歌うために…〉

 

ラストシーンである。

 

 

人生論的映画評論・続: 名もなき歌('19)    メリーナ・レオン より