1 「越中女一揆」の風景の一端
「大正七年、あらゆる権利を男が握っていた頃、富山県の漁村では、働く女房、“おかか“たちに生活の全てが委ねられていました」(ナレーション)
女子校を中退し、17歳で漁師・利夫の元に嫁いで来たイト(いとを便宜的にイトにする)は、今や3人の子供を持つ“おかか”で、米俵を浜へ担いで運ぶ仲背(なかせ/仲仕:港湾荷役労働者)として働いている。
四月。
「おらもお前も、結局、体が動く限り、真面目に働くしかないがよ。死ぬまでそうするしかないがやて」
そう言って、利夫は識字能力のあるイトに本を渡し、喜んでもらう。
秋になったら帰って来ると言って、子供たちを抱き締め、イトの義母はそれを見守る。
「子供たちのこと、頼むぞ」
頷くイト。
艀船(はしけぶね)に乗って、海に出た利夫を、浜で見送るイト。
「魚が獲れない時期になると、男たちは船に乗って、北海道や樺太に出稼ぎに行き、何か月も命懸けの漁をしていました」(ナレーション)
三か月後。
「当時、漁村の肉体労働者たちは、一日に白米を男は一升、女は八合も食べていました。とにかく、米が命の源だったのです」(ナレーション)
漁町を仕切っている「清(きよ)んさのおばば」(以下、おばば)が、源蔵の浮気で揉(も)める妻トキとの間に入り、難なく収めるというエピソードが挿入される。
これは、富山の女の強さを物語るエピソード。
「仲背の日当は約二十銭。“おかか”たちは、これで、亭主の一日分の米をやっと買えていたんですが…」(ナレーション)
既に、米一升が三十三銭に値上っていて、“おかか”たちは不満を募らせていた。
かくて、その不満が炸裂する。
「米を旅に出すな!」
イトが話を持ち掛け、おばばの掛け声のもと、“おかか”たちは、浜で米俵の積み出し阻止の実力行使に出たのである
そこに地元の警官がやって来て、呆気なく頓挫した。
大阪新報社では、「米は積ませぬ」という見出しの地元紙を読む編集局長・鳥井が、若い記者・一ノ瀬に対して富山への取材を命じる。
早速、現地へ行った一ノ瀬は、寺子屋で教師をする雪から、浜の“おかか”についての話を聞かされた。
「この辺りだと、七月と八月は鍋割月(なべわりづき)と呼ぶがです…夏になると不漁が続いて、鍋に入れる物が少なあなって、火つけると、鍋が割れてしまう故が意味です。そんな厳しい夏の間も、お父さんが出稼ぎに行ってる時は、お母さんが家計を支(ささ)えんといけんと、稼ぎがいい仲背の仕事をするがなかです」
一ノ瀬が、例の積み出し阻止の実力行使について「暴動」という言葉を使ったことに、大袈裟だと笑う雪。
「この年、全国各地で米の価格が暴騰したんですね。それはここ、米処(こめどころ)富山でも同じこと。原因は米の需要増加が引き起こした米不足。そこに目を付けた投機筋が、米の値段を釣り上げた。更に、シベリア出兵の噂が拍車をかけたのでございます…シベリア出兵が現実のものとなれば、現地の兵隊たちの食料として米が必要になる。そうなれば、政府は間違いなく米を高く買い取るに違いない」(ナレーション)
地元紙に「暴動」と書かれたことに不満なイトたちは、再び、おばばを先頭にして、寄生地主(大地主)の黒岩邸のもとに直談判に向かうが、待ち構えていた警察に蹴散(けち)らされてしまった。
トキが家に戻ると、黒岩に雇われている源蔵は、小賢(こざか)しいイトを相手にするなと指図する。
「男が参加すると騒動がデカなったよ…男が動けば世界が変わる。けどよ、女が動いたところで、何も変わらんがやちゃ」
今度は、またイトがおばばを担いで、鷲田(わしだ)商店のトミ(これも、とみを便宜的にトミにする)の家へと大勢で押しかけ、米の値段を下げることを直訴するシュプレヒコールを上げた。
それに対し、2階の窓から見下ろすトミが、米が食べられなければ死んでしまえばいいと暴言を吐くのだ。
「大正七年八月四日、午後八時より、女房達の集団が米の所有者たちを歴訪。暴行の被害、最も甚(はなは)だしく、米穀商・鷲田方、所轄警察署は応援巡査の派遣を求め、警戒に勤めている」(ナレーション)
地元紙を読む鳥井は、一ノ瀬からの報告を受け、戸障子(としょうじ/雨戸と障子)は破壊されたことを聞き出し、「越中女一揆」として全国に配信するに至る。
その新聞を読んだトミは、警察署長の熊澤(くまざわ)を呼びつけ、おばばの逮捕と、“おかか”たちの分断工作を仕掛けた。
この分断工作は功を奏す。
おばばが逮捕されたことによって活動は沈静化し、トミはイトに米騒動から手を引くように迫っていく。
「あんたんとこだけ、米、今まで通りの値段で売ってあげるっちゅうのはどうかいね」
最初は断ったイトだったが、他の仲間もそれぞれ融通されていると知らされ、心が動く。
「二度と米騒動に出るな」
源蔵が帰って来るなり、トキに強く言い放った。
漁港で働く源蔵もまた、解雇すると脅されているのだ。
サチの娘・みつが米を盗もうとして捕まり、警察に連れていかれる場を目の当たりにしたイトの長男が妨害し、「みつの代わりに自分が行く」とあっけらかんと言ってのける。
「泥棒をしたがは、おばちゃんのせいやから。おばちゃんは、米も銭も腐るほど持っとんがに…おばちゃんは自分のことばっかり大切で、他の人の気持ち考えたことないがよ」
トミは、「自分だけ大切にしとんのは、わしだけはないがやよ」と余裕を持って言い放つ。
「夕べ、ご飯いっぱい食べたやろ」とトミに言われ、長男はイトが特別に米を優遇されたことに気づく。
そんな折、みつは夜中に米を盗みに行き、米俵が落下して死んでしまうという由々しき事態が起こる。
斯(か)くして、イトは益々孤立して、トミの分断工作は奏功するのである。
一方、鳥井の意向で、自分の取材が正確に扱われず、地団駄を踏む一ノ瀬は、町を去る際にイトに吐露した。
「あなたたちが闘う姿を見て、衝撃を受けました。闘う理由を聞いて、心を動かされました。だから、たくさんの人たちに知ってもらいたいと思う、全身全霊をかけて記事を書きました」
「そう言うてくれるだけで、十分やわ。無駄じゃなかったんやね」
イトはその言葉に勇気づけられ、再び、積み出し阻止を決行しようと、“おかか“たちに呼びかけるが、裏切り者扱いされ、相手にされなかった。
イトは、他の“おかか”たちも、鷲田から似たり寄ったりの恩恵を受けていると指摘するが、巻き込まれたくないと口々に言われ、拒否される。
しかし、家に戻された瀕死のおばばの床に、“おかか”たちが集まり、おばばがいなくなってから分断され、為す術もなく過ごしてきたことを、銘銘(めいめい)が語り合う。
ここでイトは立ち上がり、おばばが逮捕される際に皆に告げた言葉を、力強く宣言した。
「負けんまい!」
それに続いて、皆も立ち上がり、一人一人が声を上げるのだ。
「負けんまい!」
「やらんまいけ!」(「やってやるぞ」という富山弁)
翌朝、イトは浜に“おかか”たちを集め、米俵の積み荷阻止を仕掛けていく。
「米を旅に出すな!」
イトの掛け声を合図に、“おかか”たちは、一斉に米俵を運ぶ男たちに襲いかかり、米俵の荷積みを阻止した。
「米の積み出し阻止は成功し、町議会は救済措置を講じて、米の支給と安売りを決定しました。“おかか”たちの完全勝利でございました…実りの秋がやって来た頃、時の寺内内閣は崩壊しました。全国各地で起こった米騒動の責任を取ったわけです。家族の命を守りたい、ただそれだけの“おかか”たちが、気がつけば時代を変えていたのです」(ナレーション)
イトの元に、夫の利夫が帰って来た。
難儀な夏を乗り越え、笑みを浮かべるイトが、そこにいた。
「越中女一揆」の風景の一端を描いた物語のラストシーンである。