アマンダと僕('18)  それでも、人間は動く

1  「昨日の夜、大変なことが起きたんだ。男たちが銃を持って…ピクニックや散歩に来てた人たちを撃った。大勢が撃たれた…」

 

 

 

パリで短期滞在のアパートの雑用をしているダヴィッドは、案内するインド人観光客の到着が遅れたことで、姉・サンドリーヌの7歳の娘・アマンダを学校に迎えに行くのが遅れてしまった。

 

高校で英語教師をしているシングルマザーのサンドリーヌは、そのことでアマンドを責めたが、ダヴィッドを慕うアマンダが庇う。

 

サンドリーヌとダヴィッドも、母親と離婚した父親に育てられ、その父も2年前に亡くなり、元々仲の良いこの姉弟は常に協力し合って生活しているのだった。

 

ダヴィッドが帰り、サンドリーヌがアマンダの宿題を見ていると、アマンダがテーブルの上にあった本のタイトルに反応する。

 

「“エルヴィスは建物を出た”って何?」

 

サンドリーヌは、エルヴィスは昔のアメリカの人気歌手で、コンサートが終わってもファンが帰らなかったので、係の人がマイクで、「“エルヴィスは建物を出ました”」と言ったことに始まると説明する。

 

「“もう帰ってくれ”ってことよ。分かる?その表現が有名になり、今も使われているわけ。“望みはない”、“おしまい”ってこと」

「分かった。面白いね」

 

サンドリーヌは更に、ネットにあるその時の録音をアマンダに聞かせ、続いて流れてくる音楽に合わせて、二人は楽しそうに踊って盛り上がる。

 

そんな折、ダヴィッドの向かいのアパートに新しい入居者のピアノ教師・レナを案内し、互いに惹かれ合う二人は親交を深めていく。

 

ある日、サンドリーヌが手に入れたウィンブルドンのチケットをテニスプレーヤーだったダヴィッドに手渡し、3人でロンドンへ行こうと誘った。

 

ロンドンには、幼い頃に姉弟を捨てた実母・アリソンが住んでおり、サンドリーヌがアリソンと自分を会わせようとしていると知ったダヴィッドは反発する。

 

「僕はアリソンにあまり会いたくない。“会いたい”って手紙も来たけどさ…手紙が来た時点で相談してくれよ」

「そっちにも来たでしょ?」

「ゴミ箱の中にあるよ。20年後の再会なんて…」

 

しかし、ダヴィッドは気を取り直し、3人のウィンブルドン行きを素直に喜び合う。

 

ある日、サンドリーヌは新しい恋人イヴァンと、ダヴィッドとレナの4人でピクニックに行くことになり、アマンダをシッターに預け、慌てて出て行った。

 

一方、ダビッドは駅で列車が遅れて案内する客が到着しないので、レナに連絡を入れた後、急いで自転車で向かった。

 

公園に到着すると、ダヴィッドは信じがたい光景を目の当たりにして衝撃を受ける。

 

血に塗れた多数の死傷者が横たわっていたのである。

 

パリ同時多発テロだった。

 

サンドリーヌはその犠牲者の一人で、レナも重傷を負って病院へ運ばれていた。

 

憔悴するダヴィッドは一睡もせず、サンドリーヌの家で朝を迎え、起きて来たアマンダを散歩に誘う。

 

ベンチに座り、アマンダの手を握りながらダヴィッドは話し始めた。

 

「昨日の夜、大変なことが起きたんだ。男たちが銃を持って…ピクニックや散歩に来てた人たちを撃った。大勢が撃たれた…ママもだ」

 

ダヴィッドはアマンダの手を握ったまま嗚咽する。

 

「でも…どうしてみんなを撃ったの?いつママに会う?」

「もう会えない。死んだんだ。二度と会えない…」

 

ダヴィッドはアマンダを抱き締めた。

 

歩きたいというアマンダと手を繋ぎ、二人は無言で街を彷徨し、橋からセーヌ川を俯瞰する。

 

軍の兵士があちこちで警備しており、建物の中に入ろうとすると、「散歩する日じゃない。帰りなさい」と言われてしまい、アマンダは抑えていた感情が爆発し、歩きながら落涙してしまうのだ。

 

アマンダを父の妹の叔母・モードの家へ預け、ダヴィッドは公園の木を切るバイトをし、アマンダの今後について、役所に相談に行った。

 

「まず、アマンダの法的身分が必要です。旅行や手術にも欠かせません」

 

その為には、裁判官が親族を集め、親族会議を通して、後見人と監督人(裁判官と共に後見人を監視する人)を決める必要があると説明する。

 

その資格があるのは、叔母のモードか、アマンダと会ったことのない母・アリソン、そしてダヴィッドだった。

 

「行為の制限がある未成年者には、法的な父親が必要です…あなたの考えは?」

「姪を育てるなんて、想像もできない。いい子ですけど…」

「引き取るのは怖い?お若いし、当然だわ。ご不幸の直後だし」

 

数週間以内に決めなければならないが、24歳のダヴィッドには、突然、姪を娘とする覚悟を括りようもなかった。

 

早速、休日にも仕事があるダヴィッドは、遊びに行きたがるアマンダを持て余す。

 

むくれたアマンドダヴィッドは謝り、仕事の後、テロで足を負傷した友人アクセルの家へ連れて行く。

 

アクセルの恋人のラジャにアマンダを預け、二人は公園を散歩し、今後のことを話し合った。

 

夜中にアマンダの泣いている声で目が覚めたデヴィッドは、慌てて部屋へ行って理由を訊ねるが、何も答えずベッドに座って泣き続けるアマンダを、何とか寝かしつけようとする。

 

それでも泣き止まないアマンダに、「…僕がいるから、手を握って。大丈夫。僕がついてる」と優しく言い聞かせ、添い寝をして落ち着かせるのだった。

 

その後、退院するレナを迎えに行ったダヴィッドは、右手を負傷したレナの荷物を運ぶ。

 

「大丈夫?」

「ええ…ねえ、ダヴィッド。私と一緒にても、楽しくないと思うわ。独りになりたいの。本当にごめん」

「とんでもない。気持ちはよく分かる」

 

程なくして、ダヴィッドは施設を訪ね、院長に多様性を重んじるなどの施設の方針の説明を受けるが、外出許可が年2回という規則に引っ掛かり、諦めざるを得なかった。

 

モードの家にアマンダを迎えに行くと、「帰りたくない、ここに泊まる」と言って駄々をこねるのだ。

 

「あっちこっちはイヤ。私は誰と住むの?叔父さん?モード?」

「アマンダ。今は少し特別な時期なの…ダヴィッドと一緒に過ごすのも大切なの。彼は私より元気よ」とモード。

 

それでも「帰らない」と言い張るアマンダだが、結局、ダヴィッドの自転車の後ろに乗って家に帰り、玄関を開け、灯りをつけた瞬間、母のいない部屋の風景にアマンダの表情が翳(かげ)る。

 

ダヴィッドが洗面室のサンドリーヌの歯ブラシや化粧品などを片付けると、翌朝、そのことに気づいたアマンダが噛みついた。

 

「ママの歯ブラシよ!人の家のこと勝手に決めないで!」

「悪かった。戻しておくよ」

「今すぐ。今すぐ返して!」

「今は時間がない。急がないと」

 

アマンダはむくれて部屋に戻り着替え始め、ダヴィッドは慌てて、サンドリーヌの歯ブラシを戻した。

 

学校に遅刻する二人は、駆け足で向かう。

 

ダヴィッドはアマンダを連れ、レナの勤めるレコード店に行き、アマンダの家で3人で食事をする。

 

アマンダを寝かしつけたその夜、レナは自分の気持ちを吐露する。

 

「突然、親を失うなんてかわいそう。あなたが救いね。支えてくれてありがたいけど、こんな生活続けられないわ。静かで、平穏な生活を送りたいの」

「よければ、僕の家へ。それから、じっくり考えればいい」

「母親と故郷に戻るわ」

「…あなたには支えが必要よ。あなたを励ましてくれる人が。今の私は、あなたたちを支えられない」

 

堅く抱擁する二人だったが、レナはアパートを引き払い故郷へ帰って行った。

 

その日のうちに、レナの片付けられた部屋に住む客を迎えに行ったダヴィッドは、駅で待っている間、抑えようとする感情が込み上げてきて、堪らずに嗚咽を漏らす。

 

全てを失っていく若者は今、人生の転換点に立ち竦んでいるのだ。

 

【パリ同時多発テロ事件/2015年11月13日、パリ中心部と郊外で発生した組織的なテロリズム事件。自動小銃などで武装したイスラム過激派IS(イスラム国)が劇場、レストラン、カフェなどを相次いで襲い、少なくとも 130人を殺害、350人以上に重軽傷を負わせ、フランス国民(特にパリジャン・パリジェンヌ)を震撼させた。因みに、映画の登場人物たちが暮らすパリの東部、地下鉄ヴォルテール駅近く(パリ11区)は、中心的な犯行現場でもあった】

 

人生論的映画評論・続: アマンダと僕('18)  それでも、人間は動く  ミカエル・アース