COLD WAR あの歌、2つの心('18)   パヴェウ・パヴリコフスキ

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<無音の映像が、俗世との縁を切った男と女の「常(とこ)しえの旅」の情景を映し出す>


1  「それでも私は あの人を抱き締め 死ぬまで愛すでしょう」


1949年のポーランド

マズレク音楽舞踊団を率いるピアニストのヴィクトルは、イレーナ(ダンス教師)と共に、才能ある少年少女を発掘するために、片田舎の村を訪ね歩く。

イレーナの消極的な評価と裏腹に、ヴィクトルは少女ズーラを見出し、彼女が醸し出す音楽的・性的表現に魅了され、忽ちのうちに激しい恋に陥っていく。

殆ど運命的な邂逅だった。

「お父さんと何が?」とヴィクトル。
「誰の父親?」とズーラ。
「君のお父さんだ」
「何のこと?」
「何をしたんだ?」
「私を母と間違えたから刃物で。死んではいません…私に興味が?それとも私の才能に?」

それについて立ち入ることなく、ヴィクトルはズーラの音程のレッスンを続ける。

これが二人の出会いだった。

二人の関係の断片のみを切り取った映像は、ミニマリズムの表現スタイルを貫流する。

「世界の果てまで一緒よ。白状するね。密告してたの」
「僕のことをか?」
「毎週、カチマレクに。害のないことだけ。あいつ、言い寄るの」
「何を探ってる?」
「色々とね。西側の放送を聴くかとか、神を信じてるかとか。信じてる?私は信じてる…」

それを聞いて、黙って立ち去るヴィクトル。

「分かってる。私は馬鹿よ。執行猶予中だから、命令に従うしかないの…あなたを抹殺できるのよ」

そう言って、追って来るヴィクトルの視界を遮り、川に飛び込み、浮きながら歌うズーラ。(カチマレクとは、マズレク音楽舞踊団の管理部長で、政府寄りの幹部)

時の動きは速い。

ヴィクトルは西側への亡命を決意し、今や、実行に移そうとしている。

東ベルリンへ向かう列車の中で、ルーラと亡命を約束し合ったが、彼女は現れなかった。

1952年のことである。

西側に入ったヴィクトルは、東側に残ったズーラとパリで再会するが、二人の情愛の深さが空回りするだけで終始し、再度の別離をトレースする。

マズレク舞踏団がユーゴにやって来た。

1955年のこと。

しかし、ここでも相互に視認し合うのみで、何もできず、当局の計らいでパリに戻されるヴィクトルの孤独が印象づけられる。

1957年のパリで、ヴィクトルはズーラと再会し、言葉を交わし、情愛を確かめ合った。

別離と再会を繰り返すたびに、高まる二人の情愛濃度。

再会を嬉々として共有するパリの一角で、ズーラの歌声が響くのだ。

二つの心と四つの瞳
“昼も夜も ずっと泣いている
黒い瞳を濡らすのは 一緒になれないから
2人が一緒にいられないから
お母さんに禁じられたの
あの人を愛してはならないと
それでも私は あの人を抱き締め
死ぬまで愛すでしょう
死ぬまで愛すでしょう“

結局、二人は離れられず、合法的に出国したズーラと共にパリで暮らし始める。

「君にはスラブ的な魅力がある」

ヴィクトルはそう言って、大物プロデューサーのミシェルに引き合わせる。

歌手としてのズーラの魅力を売り込むのだ。

「スター性がある」

ミシェルの反応である。

こんなエピソードを挿入しつつ、二人は運命のラストシーンに収斂されていく。

パリでの生活を捨て、帰国したズーラを追って、ポーランドに帰国するヴィクトル。

当然、「亡命した裏切り者」は拘束され、収容所行き。

収容所でヴィクトルと再会したズーラは、ヴィクトル救済に動く。

丸坊主になり、昔の面影を失ったヴィクトルの表情は嬉しげだった。

以下、その時の会話。

「懲役何年?」
「15年だ。悪くない。2回、違法に出入国したスパイにしては」

ズーラは看守に金を渡し、10分だけ、二人だけの時間を確保した。

「待ってるから」
「やめとけ。君に耐えられる普通の男を探せ」
「そんな人、いない…助け出すから」

ここから、時は大きく動く。

1964年。

あろうことか、ズーラに横恋慕(よこれんぼ)するカチマレクと結婚し、政権幹部に通じている男の協力を得て、ヴィクトルを救い出すのだ。

出所したヴィクトルは、手助けしたカチマレクと、ズーラがステージに上がるホールで会話する。

「出所できて良かった。苦労したよ。副大臣と親しいんだ」とカチマレク。

カチマレクはズーラとの子供を産んでいて、「この子は人見知りで」と吐露する。

「ありがとう。感謝してる」とヴィクトル。

全ては、愛するヴィクトルを救い出すためだった。

ステージを終え、再会した二人は、洗面所にこもる。

「私を連れ出して」
「そのために来た」
「永遠にね」

バスに乗った二人が向かったのは、廃墟と化した無人の教会だった。

この究極のスポットで、二人は最も重要な言葉を、それぞれ繰り返す。

“私はズーラを妻に迎え、死が2人を分かつまで、共にいます”

“私はヴィクトルを夫に迎え、死が2人を分かつまで、共にいます。神に誓います”

結婚を誓い合った二人は、体重に合わせた量の錠剤を飲む。

致死量に達するに足るだけの睡眠薬である。

「あなたのものよ。永遠に」

麦畑が広がる外に出て、並んで座る二人。

「向こう側へ。景色がきれいよ」

映像が最後に残した、ズーラの声である。

二人は手を繋ぐ。

観る者の視界から二人は消えていく。

ラストカットである。

 

人生論的映画評論・続: COLD WAR あの歌、2つの心('18)   パヴェウ・パヴリコフスキより