帰らざる日々('78)   〈あの夏〉が蘇り、不透明な自己の〈現在性〉を穿ち、鮮度を加えて立ち上げていく

1  「何であんなことしたって聞きたいんだろうけど、人の誠意をあまり疑うなよな。律儀過ぎるんだよ、お前」

 

 

 

キャバレーのボーイをしている作家志望の野崎辰雄(以下、辰雄)は、父・文雄の急死の電報を受け、6年ぶりに信州・飯田に帰郷することになった。

 

帰郷の理由を明かさない辰雄に不審に思った同棲中の同僚のホステス・螢(けい)子が、列車の見送りに来た。

 

1978年・夏

 

甲府駅で婚約者を連れ乗り込んで来た高校時代の級友・田岡が、辰雄に声をかけた。

 

田岡は勤務する防衛庁の上司の娘である件(くだん)の婚約者を辰雄に紹介する。

 

この田岡との再会から、辰雄は高校3年生だった6年前の夏の出来事を回想していく。

 

1972年7月8日・飯田市

 

その頃、辰雄は友人たちと屯(たむろ)する喫茶店のウェイトレス・真紀子に思いを寄せていた。

 

その真紀子に同級生の黒岩隆三(以下、隆三)が金を無心しているのを目撃した辰雄は、隆三に対抗意識を燃やすのだ。

 

辰雄は、高校のマラソン大会で隆三を見つけて追い越すが、先回りした隆三に負けて悔しがる。

 

辰雄の母・加代は、女を作った父・文雄と別居し、女手一つでバーのマダムをして育てているが、離婚届に判を押すつもりはない。

 

辰雄のクラスは建築科で、授業を真面目に受けている生徒は殆どおらず、弁当を食べたり、大概はエロ本を読んだりしている。

 

教師にエロ本を取り上げられ破られた辰雄の友人・相沢が教師に殴りかかると、級長の田岡が相沢を殴って乱闘になってしまった。

 

その二人にバケツの水をかける辰雄。

 

現在。

 

そんな昔のエピソードを列車の中で話す辰雄と田岡。

 

結局、相沢が3日間の停学となり、田岡にはお咎めなしだったと辰雄が振り返る。

 

その相沢のテキヤ姿を目撃したと田岡は話す。

 

「しかしまあ、あの夏はいろんなことがあったよな…あの、首吊り事件…」

 

1972年7月11日

 

辰雄が高校の近くの神社にいると、隆三が近づいて来て、見透かすように真紀子の写真を渡し、金を出せば口を聞いてやると言うのだ。

 

バカにされたと思い腹を立てた辰雄は隆三に殴りかかり、取っ組み合いの喧嘩が始まるが、よろけた辰雄が掴んだのは男の首吊り死体だった。

 

悲鳴を上げて腰を抜かす辰雄に対し、隆三は平然と男のバッグから現金を奪い、一部を辰雄のポケットに突っ込んで去って行った。

 

翌日、公金横領事件の自殺と新聞記事になった首吊り死体が神社で発見され大騒ぎとなり、学生たちは窓から捜査の様子を覗いている。

 

そこに隆三が辰雄に近づいて来て、「これからも宜しく」と、土木科の黒岩隆三だと自己紹介するのだった。

 

父・文雄が学校帰りの辰雄に声をかけ車に乗せ、加代に離婚のサインを催促するように頼む。

 

その夜、辰雄は加代の店に行き、その旨を話すが加代は相手にしない。

 

そこで、店の常連客のヤクザの戸川佐吉(以下、戸川)に酒を飲まされた辰雄は、次の店へ連れて行かれると、中学生時代の同級生だった平井由美(以下、由美)の母親が経営する店だった。

 

その店が担保に取られそうになっているのを戸川が掛け合ってくれてると由美に聞き、戸川が電話口でドスを利かせて怒鳴っているのが恐ろしくなった辰雄は、そそくさと店を後にする。

 

その帰り道に、隆三が坂道を自転車でトレーニングしているのを見た辰雄は心を打たれた。

 

1978年7月13日

 

試験勉強をしている隆三は集中できず、机の引き出しから競輪学校のパンフを取り出す。

 

そこに、真紀子がおはぎを持って来た。

 

二人は従姉弟同士で、隆三は離れに住み、伯母から疎(うと)まれていると思い込んでいる。

 

「僻(ひが)み屋ね。だから友達もできないのよ」

「友達か…いないこともないな…うん、奴はいい。親友さ」

 

それが真紀子に気がある辰雄であると話す隆三。

 

期末試験の帰り、待っていた隆三に誘われ、辰雄は真紀子のいる喫茶店へ行った。

 

チンピラに絡まれた真紀子を助けようとして、辰雄がどやされている場に戸川が入って来るや、チンピラは退散していった。

 

その日、誕生日の由美から電話が入り、戸川と母親が旅行に行って留守の店に行った辰雄は、初めて由美と結ばれる。

 

7月24日。

 

隆三に真紀子からの伝言を知らされた辰三が待ち合わせの公園へ行くと、真紀子もまた隆三の伝言で呼び出されただけだった。

 

二人はキスを交わすが、真紀子は辰雄をあくまでも高校生として扱い、隆三の家に連れて行く。

 

「何だって、あんな小細工したんだ」と辰雄。

「迷惑だったって言うのか?満更でもなかったくせに。バカたれが」と隆三。

「お前の魂胆が分からんよ」

「俺はな、二人とも好きなんよ。真紀も、お前も」

 

隆三は辰雄を真紀子とセックスさせようと強いるが、辰雄はきっぱりと断る。

 

隆三は真紀子が涙を流すのを見て、それ以上無理強いはせず、夏休みに天竜下りの船運びのバイトに誘うが、辰雄はそれも断った。

 

真紀子は部屋を出て行き、隆三は辰雄に酒を振舞う。

 

「何であんなことしたって聞きたいんだろうけど、人の誠意をあまり疑うなよな。律儀過ぎるんだよ、お前」

 

現在。

 

駒ヶ根で田岡と婚約者が下車するところで、辰雄は螢子が乗車していることに気づく。

 

「こうでもしなくちゃ。絶対秘密主義なんだもん」

 

ここで辰雄は帰郷の目的が、実父の葬儀であることを明かすのである。

 

人生論的映画評論・続: 帰らざる日々('78)   〈あの夏〉が蘇り、不透明な自己の〈現在性〉を穿ち、鮮度を加えて立ち上げていく  藤田敏八