1 「宗教国家」・アメリカの中枢に風穴を開けた男の物語
―― 結論から言えば、密造酒を売り歩くほどに貧しかった少年期をルーツに、「稼ぐ」ことを生き甲斐にする好色家が表現の自由に託(かこつ)けて、「稼ぐ」人生を具現していく「ポルノ王」の男(ウディ・ハレルソン)の馬力と、「自由」を専門にする生真面目な弁護士(エドワード・ノートン)の弁舌能力が強力に相互作用し合うことで、「不真面目」と「生真面目」の融合による統合力のパワーを描き切ったこと ―― これが、この映画の成功(「ベルリン国際映画祭金熊賞」ほか多数)をもたらしたと言える。
「自由」を専門にする生真面目な弁護士が、好色家の「稼ぎ」の内実とは全く無縁な男であったこと。
元大統領夫人・ジャクリーン・ケネディのヌード写真をカメラマンから買い取り、それを「ハスラー」に掲載したことで、ラリーを囲繞する風景は一変する。
200万部の販売部数を達成し、オハイオ州知事も買ったというニュースが、コメント付きでテレビで放送されるのだ。
当然、億万長者となり、豪邸を手に入れ、新人ダンサー時代からの恋人・アルシアと結婚したラリーを囲繞する風景がポジティブな熱気のみで歓迎されるわけがない。
「健全な市民を守る会」主催における、銀行家・投資家等の肩書きを持つカトリック教徒・チャールズ・キーティングの声高な講演の言辞である。
ラリーが「猥褻罪、及び組織犯罪容疑」で逮捕されたのは、「ハスラー」の企画で盛り上がっていた時だった。
矛盾の指摘は意表を突く面白さがあるが、それのみでは、「バイブル・ベルト」と呼称される大きなエリアを持つ、「宗教国家」・アメリカの中枢に風穴を開けることが難しい。
法廷での「ポルノ王」の行為の様態が衝動的で、傍若無人であり過ぎたため、まるで、「損得原理」を弁(わきま)えない「幼児反抗」のレベルを露わにするだけだった。
予期せぬ事件だったが、「人民の武装権」を認知した「アメリカ合衆国憲法修正第二条」(注2)に象徴される、「銃社会」・アメリカの、もう一つの相貌についても非武装過ぎたのである。
号泣する男が、号泣を閉じた時、そこだけは譲れない、男の情愛ラインを踏みにじるプロテスタントの言辞に触れて、劇的に一変するのだ。
男の妻を軽侮する福音主義派の伝導士の発言を耳にしたことで、保守層から絶大な尊敬を被欲する男との全人格的闘争を決意する。
しかし如何せん、男には「理論武装」の脆弱性は無論のこと、何より、衝動的で傍若無人な性格傾向が、常に仇になってしまうのだ。
「宗教国家」・アメリカの中枢に風穴を開けるには、「反体制の活動家」とは全く無縁な男の人格的・理論的な脆弱性がネックになっていた。
「自由」を専門にする生真面目な弁護士・アイザックマンは、「不真面目」さから供給される男から、「真面目」の馬力を受け取って、それを心理的推進力にして、「宗教国家」アメリカの保守層の「精神武装」を解除する弁論を展開し、完全勝訴の判決をもぎ取ったのである。