「三度目の殺人」('17)   是枝裕和

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<確信犯的に断罪する男 ―― その男への同化から解き放たれた時、全てが終わる>


【心理サスペンスの傑作。被告人との接見のシーンが圧巻だった。是枝監督流の社会派系のメッセージが強含みにならない心理劇として受容できた。福山雅治の渾身の演技に心を打たれた】


1  毒液を出す牙の一端を晒され、寒気立つ弁護士が今、そこに、浮き出ている


「理解とか、共感とか、弁護するのに、そういうのいらないよ。友達になるわけじゃないんだから」

斯(か)くも、合理的な思考を基本スタンスにする弁護士がいる。

弁護士3名(一人は「ノキ弁」)、事務員1名を擁し、法律事務所を運営する重盛(しげもり)である。

この重盛が、司法修習の同期で「ヤメ検」の摂津(せっつ)と共に、厄介な殺人事件の弁護を担当するが、30年前に、北海道・留萌(るもい)で、強殺で2人殺して無期懲役になり、仮釈で出所した男・三隅高司(みすみたかし)が起こした殺人事件の弁護に翻弄され、疲弊し切っていく。

一切は、拘置所の接見での三隅の言動に起因する。

自ら勤務し、解雇された川崎の食品加工を経営する社長をスパナで撲殺し、財布を奪って火をつけ、ガソリンで燃やした犯罪をあっさり認めたにも拘らず、その動機が二転三転する始末なのだ。

「飲んでやけになって」と言うや、摂津から、「前回訊いたときは、前から殺してやろうと思ってたって、言わなかったっけ?」と突っ込まれると、「そうだったかなぁ」と吐露したばかりか、被害者の奥さんに依頼され、保険金目当てで殺したという独占告白のインタビューを週刊誌に掲載させるなど、プロの弁護士を煙に巻いてしまう三隅の言動の「首尾一貫性の欠如」が、事件の隠蔽に関わるものか、それとも、殺人へのハードルが低いだけの「空っぽの器」(後述)に由来するものなのか、全く不分明である。

それでも、重盛の基本スタンスは崩れない。

三隅の言動に翻弄される重盛が、「公判前整理手続き」の話し合いの直後のこと。

「あなたみたいな弁護士が、犯罪者が罪と向き合うのを邪魔するのよね」

重盛に言い放った篠原検事の挑発的言辞である。

「罪と向き合うって、どういうことですか?」と重盛。
「真実から目を背けないってことじゃないですか?」と篠原。
「真実?」

検事の言辞に嫌味な笑いを返す重盛。

しかし、相手が三隅となると、重盛に緊張感が漂動するのだ。

「マインドリーディング」、或いは、エドガー・ケイシー流の「コールドリーディング」もどきの行為を成す三隅が、そこにいる。

ガラス越しに相互に手を合わせて、重盛に娘がいることを言い当てる。

温柔な言い回しによるマインドリーディング風の能力と、罪を犯した者の凶暴性が共存する男の底気味悪さ。

その片鱗が可視化される接見があった。

重盛が留萌から戻って来た直後の接見である。

留萌に行った行為に不快感を露わにする三隅に、重盛が進言するのだ。

「自分のしたことに、ちゃんと向き合うってことも、必要だと思いますよ」

これが、弁護士に真実の追求を求めない重盛の言葉であることに驚かされる。

三隅との接見を通して、ここまで変容する合理的思考の弁護士が、今、そこに、浮き出ている。
以下、この時の会話。

「向き合う?そんなこと、皆してんですか?」と三隅。
「してるんじゃないですか?」と重盛。
「してないでしょ!だって、色んなこと見て見ぬ振りしないと、生きていけませんから、そっちじゃ」
三隅は溜息交じりに、そう吐き捨てるや、苛立って、火傷の跡の皮を剥(む)き散らす。
「今回、社長を殺したことは、後悔してるんですよね?」
「後悔?」
「だって、手紙にも、そう書いてあったんじゃないんですか?」
「そりゃ、あのもう一人の弁護士(当初、事件を担当していた摂津のこと)が書け書け、と言うから」
「三隅さん、本心はともかくね、法廷では、そういう態度はしないでくださいね」
「分ってます」
裁判員裁判なんですから」
「分ってますけどね。あんな奴、殺されて、当然だったと思いますよ」
「当然?どうしてそう思うんですか?」
「…生まれてこない方がよかった人間ってのが、世の中にいるんです」
「だからと言って、殺してすべて解決するわけじゃないじゃないですか」
「重盛さんたちはそうやって、解決してるじゃないですか」
「死刑のことを言ってるのかな、それは?」

無言を通す男は感情を昂(たかぶ)らせ、席を立って出て行こうとする。

「ノキ弁」(法律事務所の一角を借りている無給の弁護士)の川島弁護士が、後方から誹議(ひぎ)の言辞を投げ入れる。

「いないですよ!そんな人、いないです。生まれてこない方がよかった人なんて」

振り向き、一方的に接見の終了を告げる三隅。

それは、この男の内側で隠し込まれているであろう、毒液を出す牙の一端を晒す光景だった。

重盛が、北海道の大学の受験を目指している事実を知り、事件の被害者の娘・高校生の咲江と会ったのは、接見のシーンの直後のこと。

咲江と、北海道出身の三隅の関係を尋ねるが、明言しない咲江。

その咲江は、三隅に脚の悪い娘がいた事実を知らなかった。

この二人の関係の中で、三隅の内側に封印されたプライバシーの開示が禁忌になっていたことが判然とする。

そのことは、二人の関係の本質が、同時に、禁忌になっている咲江のプライバシーの「取り込み」(心理学で言う「取り込み」とは、他者が抱える問題を自分のものとして錯覚し、内化すること)が主線になっていたことを想起させる。

少しずつ、三隅が抱える、深い闇の奥に潜む裸形の相貌性が、重盛の射程に喰い込んでくるのだ。

「あんな汚い仕事でお金を稼ぐくらいなら、潰れた方がいい」

被害者の夫と共有しているであろう「食品偽装」の問題を、母に対し、咲江は直截(ちょくさい)に曝け出す。

「食品偽装」の違法行為(2013年に成立した「食品表示法」)の問題で、「潰れた方がいい」とまで言い切る咲江の憤りもまた、三隅との間で共有されていたと思われる。

この憤激の感情は、三隅の「取り込み」の中で増幅していったことが考えられるのだ。

その三隅との接見の中で、重盛は追い詰められる。

「重盛さんは、その話信じてますか?窃盗とか、保険金とか。信じてはいないけど、その方が勝てるってことですか?」
「そういう側面もありますかね。法廷戦術的には」
「重盛さん、本当は、なんで殺したと思ってるんですか?本当の動機です。本当のことには興味がないかな?」
「そんなことないですよ」
「じゃあ、教えてください」
「じゃあ、一つだけ質問させてください」
「ヒントですね。どうぞ」
「あの十字、どういう意味があるんですか?裁こうとしたんじゃないですか?」
「裁く?」
「裁く。罪を」
「どんな?」
「それは、僕には分らない」
「裁くのは私じゃない。私はいつも、裁かれる方だから…カナリアが一羽だけ、逃げたって話したでしょ?あれ、僕がわざと逃がしたんですよ。…僕がしたみたいに、人の命を弄(もてあそ)んでる人が、どっかにいるんでしょうか。いるんなら、会ってみたい。会って、言ってやりたいんです。理不尽だって」
「でも、あなたが理不尽な目に遭っているわけじゃない」
「父親も母親も、妻も、何の落ち度もないのに、不幸になって死にました。なのに私は今、こうして生きている。彼らの意思とは関係のないところで、命は選別されているんですよ。理不尽に!」

三隅の激越な表現に寒気立ち、慄(おのの)くような重盛は、長い「間」の中から、テーマを変えて言葉を繋ぐのだ。

「その話…いや…あなた、なんで裁判長にハガキなんか出したの?」

困惑を隠しながら、重盛は恐々と三隅に訊く。

「憧れていたんですよ。人の命を自由にできるじゃないですか」

想像を絶する答えが返ってきて、四の五の言う機会を封印されてしまった。

 

 以下、人生論的映画評論・続: 三度目の殺人 ('17)   是枝裕和

より