声をかくす人(‘11)   ロバート・レッドフォード <「国の混乱を防ぐために真実を捨てることができる者」と、「人間の尊厳を守るために真実を捨てることができない者」との闘いの物語>

イメージ 11  「戦時に法は沈黙する」―― その政治力学と闘う弁護士の絶望的な風景
 
 
 
ロバート・レッドフォード監督の真骨頂とも言える傑作。
 
普通の人々」(1980年製作)、「クイズ・ショウ」(1994年製作)と並んで、私の最も好きな映画である。
 
いつものように、声高に叫ぶハリウッド流の演出とは切れ、淡々と冷静な筆致で描き出した映画だからこそ、観る者に強烈に訴えかけてくる。
 
且つ、ジェームズ・マカヴォイの圧倒的な演技力が本作の訴求力を高めていた。
 
素晴らしい俳優である。
 
―― 以下、梗概と批評。
 
1863年、
 
南北戦争の渦中で重傷を負った、北軍大尉・フレデリック・エイキン(以下、フレデリック)が自軍に救出される冒頭のシーンから開かれる物語は、「運命の日」に繋がっていく。
 
その日、国務長官・ウィリアム・スワードが、南部の男によって深傷を負う事件が惹起する。
 
同時進行的に、ワシントンのフォード劇場で、妻・メアリーらと観劇中のリンカーン大統領が、ボックス席に侵入した男によって、デリンジャー小型拳銃)で銃撃されるに至る。
 
専制君主に滅びあれ!南部は復讐せり!」
 
そう叫んだ男の名は、ジョン・ウィルクス・ブース(以下、ブース)。
 
シェークスピア役者で名が知れた、南部連合(合衆国からの脱退を宣言した南部の7州が結成した連邦)の支持者の俳優である。
 
南北戦争末期に当たる、1865年4月14日のことである。
 
この甚大な事件の指揮を執るのは、陸軍長官・エドウィン・スタントン(以下、スタントン)。
 
ブースの共犯者として最初に名が挙がったのは、逃亡中の21歳のジョン・サラット(以下、ジョン)。
 
その母親・メアリー・サラット(以下、メアリー)は下宿屋を営む寡婦
 
次々に、共犯者が一斉検挙されていく。
 
当然、暗殺団の拠点となった下宿屋の捜索が行われ、メアリーが共犯の容疑で逮捕された。
 
逃亡中のブースも農場の納屋で発見され、捜索隊によって殺害されるに至る。
 
配下の将校9名を裁判官に選んだ軍法会議(軍の刑事裁判所)にかけられることになり、上院議員のリヴァーディ・ジョンソン(以下、ジョンソン)がメアリーの弁護を依頼され、フレデリックを随伴させて法廷に向かうことになる。
 
推定無罪も証明責任もなく、公平な陪審員もいない」
 
フレデリックに語ったジョンソンの言葉である。
 
かくて、7人の容疑者が法廷に引き出された後、「国家反逆行為を援助し、容疑者を潜伏させた」容疑で、デイビッド・ハンター少将(軍法委員会の委員長)からメアリーの罪状が問われるが、きっぱりと「無罪です」と答えるや、法廷にどよめきが起きる。
 
ここで、司法長官を務めた履歴を持つ南部出身のジョンソンが、軍法会議で民間人を裁くことの無効性を説き、ジョセフ・ホルト陸軍法務総監(以下、ホルト)らとの激しい議論の応酬が展開される。
 
そのジョンソンから、メアリーの弁護の担当を求められたフレデリックは拒絶するが、ジョンソンの強い要請に押し切られるに至った。
 
「私は南部生まれのカトリック。何よりも献身的な母親です。人殺しではありません」
「それだけでは無罪になりません」
 
相互に信頼関係を築けない初対面の、フレデリックとメアリーの会話だった。
 
メアリーから頼まれて、監視官付きの下宿屋を訪ねたフレデリックは、メアリーの娘・アンナと会いに行く。
 
逃亡中のジョンの部屋を調べた結果、アメリ南部連合の首都・バージニア州リッチモンド行きのチケットを確認し、ジョンの友人の存在を知り、下宿人名簿を点検しようとした時だった。
 
何者かによって部屋に石が投げ込まれ、フレデリックが急いで部屋の外に出るが、何の手掛かりも掴めなかった。
 
「あなたのことが理解したくて」
 
フレデリックの恋人・サラの言葉である。
 
かくて、そのサラが傍聴席にいる中で法廷が開かれる。
 
検察官・ホルトが、ジョンと同級であり、メアリーをよく知る検察側の証人としてワイクマンを出廷させる。
 
この法廷で明らかになった事実。
 
それは、ワイクマンを追求するフレデリックが、リッチモンド行きのチケットの所有者であり、彼が大統領暗殺計画を知っていた可能性を示唆するものだった。
 
そのことは同時に、メアリーの有罪性を高めるものでもあった。
 
以下、フレデリックとジョンソンの会話。
 
「彼女は有罪です。弁護など無理です」
「有罪の証拠はない」
「無罪の証拠もありません。無理です」
「では、こうしよう。彼女の有罪を証明したら、弁護人を降りていい」
 
覚悟を決めたフレデリックは、メアリーと接見するが、息子のジョンが暗殺計画に加担せず、リンカーン大統領の誘拐こそが本来の目的だったと言うのだ。
 
リンカーンを誘拐し、南軍の捕虜と交換しようとしたの」
「なぜ、警察に言わない?」
「息子が仲間だったのよ」
「だが、誘拐から暗殺に計画を変更した」
「いいえ。息子は違います。息子は人殺しじゃないわ」
 
この会話の中で、「戦って死ぬなら本望だよ」と言い放つ、ジョンの行動を止めようとするメアリーの回想シーンが挿入される。
 
「暗殺の共犯である可能性はある」と指摘するフレデリックに、「分りません」と答えるメアリーの、嗚咽交じりの悲痛な表情が映し出された。
 
法廷シーン。
 
ホルトの証人として、メアリーの家を調べたスミス少佐が出廷する。
 
スミス少佐が言うには、ジョンがブースを深く崇拝する証拠の写真を確認したというもの。
 
更に明らかになったことは、下宿屋に訪ねて来た男と面識がないと、メアリーがスミス少佐に答えたにも拘わらず、その男が、今、容疑者として法廷内にいるルース・ペインであるという事実だった。
 
ルース・ペインこそ、国務長官と、長官の息子を刺傷させた男である。
 
メアリーの立場が益々不利になっっていく状況下にあっても、フレデリックは必死に弁護する。
 
メアリーの視力の悪さを指摘することで、ルース・ペインを見間違えたのではないかと言うのだ。
 
どこまでも合理性に拘泥するフレデリックの姿勢は、一貫して誠実である。
 
「この裁判は、条約より平和を守る効果がある。迅速で断固とした判決こそ、南部の新たな陰謀を防ぎ、北部から復讐の念を取り払う。世界は変わった」
 
フレデリックの姿勢の一貫性を目の当たりにしたスタントンが、ジョンソンに語った言葉である。
 
一方、「食事拒否」の抵抗を崩さないメアリーの体調悪化に不安を抱くフレデリックは、メアリーの精神異常の危うさをホルトに訴える。
 
その結果、「拘禁性ノイローゼ」の危機から解放されたメアリー。
 
そのメアリーに、ジョンの隠れ家を尋ねるフレデリックに対して、メアリーは「私は敵?」と答えるばかりだった。
 
「命を救いたい」
「息子の命と引き換えにして?」
 
これ以上、反応する術もないフレデリック
 
この孤立無援な状況下で開かれた法廷で、益々、孤立していくフレデリック
 
居酒屋の主人・ロイドによって、ブースの双眼鏡をメアリーとワイクマンから渡され、“ロイド、火器の用意を”という指示があったことを証言するのだ。
 
火器とはライフル銃のこと。
 
しかしフレデリックは、ジョンこそがロイドの店に火器を運んだ事実を証明する。
 
息子の命を守りたい一心のメアリーが、自分を無罪にするためのフレデリックの弁護を大声を上げて拒絶する。
 
弁護側の証人には裏切られ、友人や恋人も去っていく孤立無援な状況下で、フレデリックはジョンの姉のアンナに、「母は無罪です」と証言させて退廷させられる始末だった。
 
「弟なしでも母は救える?」とアンナ。
「多分、無理だ」とフレデリック
 
かくて、フレデリックの最終弁論が開かれる。
 
「メアリー・サラットが告発された真の理由は明白です。それは息子のジョンです。ブースを家に招いたのは彼です。ロイドの居酒屋に銃を隠したのは彼です。ジョンが暗殺の共犯なら、彼が罰を受けるべきで、こんな貧弱な根拠で母親が有罪になるなら、誰もが有罪です。復讐の念でメアリー・サラットを罰し、神聖な法を傷つけないでください」
 
そして、裁判官の判決が決定される。
 
メアリー・サラットには同情の余地があるということで、彼女以外の3人の被告人を死刑に処すこと決定する。
 
しかし、この結論に納得しないスタントンは、全員の処刑をホルトに命じるのだ。
 
その結果、メアリーは、「大統領暗殺の共謀、副大統領暗殺の共謀、国務長官暗殺未遂の共謀」で有罪となり、絞首刑に処するという判決が下る。
 
この事実を知ったアンナは泣き崩れ、逃亡中のジョンにも知らされて、彼の複雑な表情が映し出される。
 
「実の息子さえ救わない命を、なぜ君が救う?」
 
最も無念な思いに駆られるフレデリックが、単刀直入に、ジョンソンに突きつけられた言葉である。
 
それでも、処刑を翌日に控え、不当な判決に憤怒する彼の権力への闘争心は萎えない。
 
「正義に関わることです」と語り、判事から「人身保護令状」(注)への署名を得たフレデリックは、その「人身保護令状」を手にしてスタントンに会いに行く。
 
国務長官が刺殺されそうになり、大統領が頭を撃たれて国中が混乱に陥った時、秩序を回復し、正義を守るのが先か、それとも、暗殺者の権利を守るのが先か?」
 
このスタントンの物言いに、フレデリックは反駁(はんばく)する。
 
「あなたの言う正義は復讐です」
「復讐など考えたことはない。だが、国を建て直すためなら、私は何でもやる。私も憲法を尊重しているが、いくら尊重しても、国が倒れたら意味がない」
 
この後、通常裁判所への移送をスタントンに要請したフレデリックは、その旨をメアリーとアンナに伝える。
 
フレデリックに感謝するメアリー。
 
しかし、メアリーへの刑の執行の通告する軍の刑吏官が現れて、「人身保護令状」が出ていることで対抗するが、大統領命令の文書を見せられ、もう抵抗する術がなかった。
 
 

 人生論的映画評論・続声をかくす人(‘11)   ロバート・レッドフォード <「国の混乱を防ぐために真実を捨てることができる者」と、「人間の尊厳を守るために真実を捨てることができない者」との闘いの物語>)より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2015/12/11.html