香港、燃ゆ

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1  「日本政府は、自分の国民の人権と身の安全、自由と命のために何か言うべきだと思います」


一人の女性がいる。

22歳の大学生である。

彼女の名は、周庭(しゅうてい/以下、全て敬称略)。

自らを「オタク」と自称し、アニメ好きで、独学で日本語を習得したほどの日本贔屓(びいき)の周庭は、「2014雨傘運動」で「ミューズ(女神)」と称された、英国領香港生まれの香港人である。

但し、「香港基本法」(香港特別行政区基本法)の「第18条及び付属文書3」により、彼女の国籍は、二重国籍が認められていない中国の国籍法の適用によって、外国国籍に「変更」することを「香港政府」(香港特別行政地区政府)の入管当局に登録し、許可が下りない限り、中国ということになる。

従って、「香港政府」の元首は、習近平中国国家主席である。

2016年時点で、734万人が居住する香港の民族の91%が中国系で、言語も中国語、広東語と英語が公用語基本法第9条)、そして、仏教、キリスト教イスラム教、ヒンドゥー教ユダヤ教道教という風に、宗教は多様である。(参考記事・「外務省・香港基礎データ」)

さて、周庭のこと。

2016年に、香港の自決権を掲げる政党として立ち上げられた「香港衆志」(ホンコンしゅうし=「デモシスト」)の常務委員を務め、「非暴力の民主化」という理念の下に活動するが、残念ながら、香港独自の選挙制度・「選挙委員会」(定数は1200名)により選出された、「香港行政長官」をトップとする「立法会」(議会)での議席を持っていない。

正確に言うと、「デモシスト」の若き初代主席・羅冠聡(らかんそう/現在26歳)が参加した「2014雨傘運動」において、10代学生が結成する「学民思潮」(香港の学生運動組織)の創立者・黄之鋒(こうしほう/現在22歳)らと共に主導し、扇動した罪で禁錮刑を言い渡されたことで、虎の子の1議席を失ったという顛末(てんまつ)がある。

「立法会」(議会)での議席を失う主因となった、「雨傘革命」と呼ばれる学生蜂起・「2014雨傘運動」において、黄之鋒と共に、学生ストライキを断行した周庭は、なお燃える香港の現在を見据(みす)え、当時の活動を語っている。

ここから、周庭のインタビューを「ニューズウィーク日本版」(2019年6月17日/「『香港は本当にヤバいです』 逃亡犯条例の延期を女神は『予言』していた」)の記事から一部引用する。

その前に、インタビューの背景にある、日々、過激化していく、出口の見えない「騒乱」の状況を惹起した大デモンストレーションの連射について、正確に整理しておく必要がある。
この大デモンストレーションの連射は、「普通選挙の実施」=「香港に、今ない民主主義」を求めた「2014雨傘運動」と異なって、2019年6月から開かれた「香港騒乱」の様相を呈し、今や、「2019雨傘運動」の範疇を超え、「香港暴動」の風景さえ露わにしているのだ。

後述するが、香港で身柄を拘束した学生活動家らの、中国本土移送を可能にする「逃亡犯条例」の改正に反対する活動家らは、改正案の「完全撤回」を求めて、敢(あ)えて中心部から離れたエリアで大デモンストレーションに打って出た。

そのデモ隊の一部が、ゴム弾用の銃や催涙スプレーを、確信犯的に使う警官隊と衝突したことで、混乱が香港の広い範囲に拡大する事態にまで進展していく。

香港政府トップの林鄭月娥(りんていげつが=キャリー・ラム)行政長官は、改正案審議の再開の予定がないことを表明したが、反対派は納得しなかった。

この辺りから、多くの香港住民をインボルブした「香港騒乱」の様相を呈するに至る。(参考記事・「時事ドットコムニュース」2019年7月14日)

以下、周庭のインタビュー。

――6月9日(2019年)のデモに103万人が参加し、更に、続いて起きたデモを香港警察が激しい暴力で鎮圧しようとする、という急な展開になっている。予想できたか?

「予想できなかったです。昔から催涙弾催涙スプレー、警棒は使われていたが、今回は『ルール』が守られていない。催涙弾を撃つときは一定の距離を空ける決まりのはずだが、今回はデモ隊の目の前で撃っている。(ゴム弾の)銃は雨傘運動の時には使っていない。デモ隊の頭に向けて撃っているが理由がない。警察官が命の危険を感じるレベルではないのに、なぜ、デモ隊に対して銃を撃つのか。しかも頭を打たれた1人はメディア関係者です。香港人として暴力を許せない。警察は(デモ参加者を)殺す気ではないでしょうか」

――現地の映像を見ていると、ただ、立っている人に催涙スプレーを掛けたり、引きずり倒して警棒で殴ったりしている。

「反抗する力を失った人に暴力をふるうのはルール違反です」

――香港警察がデモを激しい暴力で鎮圧するのは意外だ。

「警棒は雨傘運動の後半から、よく使われるようになりました。1人のデモ参加者が、5、6人の警察官に囲まれて暴力を振るわれることがあった。それでも(ゴム弾用の)銃を使ったことはない」

――デモにあれほどの参加者が来るとは予想していなかった?

「元々の予想は30万人でした。100万人は誰も想像しなかったと思う」

――そのうち10~20%は2014年の雨傘運動に参加したが、その後、デモに来なかった人、30~40%は全くデモに参加するのは初めての人、と周さんは分析している。雨傘運動の失敗以降、無力感が広がっていたにも拘らず、これだけたくさんの人が集まったのはなぜか。

「この運動は特別だと思う。なぜかというと、逃亡犯条例の改正案が可決されたら、香港人はデモの権利や中国政府に反対する権利も失う。この条例案が可決されたら絶望だ、終わりだという感情を持ってみんなデモに参加したと思う」

――危機感が共有されている、と。

「危機感というより恐怖感、恐怖感よりも絶望感だと思います。今回だけは阻止しないとダメ、という意思がすごく強かった。今までの運動とは全然違う」

――逃亡犯条例は、香港人台北で殺人事件を起こしたことをきっかけに改正の動きが始まった。もし事件がなければ、香港政府は改正しなかったのか。

「そうではないと思う。この事件は政府の『言い訳』」

――元々、こういう条例を作りたいと思っていた、と。

「この事件はきっかけの1つと思います。台湾は中国の一部という前提に納得できないので、今、(改正案が)可決されても台湾は(香港人容疑者を)引き渡さない、とはっきり言った。可決されても、台湾からの殺人犯引き渡しは実現されない。本当の理由は殺人犯の引き渡しではない、と皆が思っている。
(略)私たちのような活動家だけではなく、中国の官僚と深い関係のある、中国で商売をやっている香港人や外国人をターゲットにするのでは、と思います。今回、財界やビジネス界が強く反対するのはその証しじゃないかと」

――自分の身にいつか危害が加えられるのでは、という恐怖感はないか。

「恐怖感はあります。この改正案が可決されたら、中国はやり放題になる」

――今月20日に、犯人引き渡し条例の改正案が審議され、このまま押し切られると可決されてしまう。

「でも、立法会の審議は(デモの影響で)キャンセルされた。審議をするための会議が開けるのか、私は疑問です」

――万一、そうなった時、次にどうするのか。

「今はこの運動に集中したい。これが可決されてしまうとヤバいです」

――香港から逃げ出す人たちが増えている。

ドイツ政府も、香港からの政治難民を2人受け入れました。

――周さんも万一、身の危険が迫ったら同じような行動を?

「今はない。今は戦いたい。その時になったら、どういう気持ちになるのか予想できない。残りたいです。香港に対する責任感があるから。法案が可決されたら、香港イコール中国です。香港のメリット、香港の良さがなくなってしまう。今回の改正を心から支持している人はあまりいない。普段、ビジネス界の人たちは自分の意見を言わないし、親中派が多い。今回は自分たちが一番危ないので反対している」

――確かに、今回のデモは若者だけじゃなくて年を取った人も参加している。

「世代に関わらず、参加しています。100万人は本当に歴史的。私も初めて100万人のデモに参加しました」(筆者、段落等、再構成)

以上、周庭のインタビューの骨子の部分を引用したが、本音を隠すことなく、心情を率直に表現する彼女の真摯(しんし)さに、正直、深い感銘を受けた。

敢えて引用しなかったが、このインタビューで、我が国の対応の物足りなさを批判する、周庭の章々(しょうしょう)たる言辞を受け、忸怩(じくじ)たる思いが込み上げてきて、二の句が継げなかった。

彼女は、ここまで言い切ったのだ。

「日本政府は、自分の国民の人権と身の安全、自由と命のために何か言うべきだと思います。中国は法治社会ではない。ルールを守らない政権で、勝手に罪を作りあげるのがとてもうまい。中国で収監され、不可解な形で死んだ人もいる。自由や政治的な権利だけでなく、命の問題。捕まって中国に送られたら帰れるかどうか分らない。だからこそ、香港人だけではなく、欧米政府やEUが反対の声を上げている。日本企業や日本人がたくさん香港にいるのだから、日本政府も反応しないとだめだと思う」

その通りだと思う。

それができない我が国の政権本体に、私は慚愧(ざんき)に堪えない思いで一杯である。

以下、「時代の風景:香港、燃ゆ」よりhttps://zilgg.blogspot.com/2019/08/blog-post.html