エゴイスト('23)   そこだけは輝きを放つ〈愛〉のある風景

 

1  「二人でやれるところまで、やってみよう。お母さんのために」

 

 

 

女性雑誌の編集者である斉藤浩輔(以下、浩輔)は、仕事の後のゲイ仲間との夕餉(ゆうげ)を愉悦している。

 

その浩輔の帰郷の際のモノローグ。

 

「憎むほど嫌いだった故郷の田舎から逃げるように、18歳で東京に出た。そんな僕にとって、服は鎧だ…あの時、僕や母をバカにしたブタたちから、このブランドの服が守ってくれる」

 

中学生時代、亡くなった母の香典返しのノートを破り、紙飛行機を作って飛ばす同級生。

 

「オカマのババアの香典返しなんていらねえよ」

 

こんな風に蔑まれていた男が、ブランドの服で武装して、毎年、浩輔は母の命日には実家に帰り、線香をあげている。

 

「お前、誰かいい人いないのか?」と、父・義夫に聞かれると、「いい人がいればね」とはぐらかす浩輔。

 

ゲイ仲間に紹介された、パーソナルトレーナー(トレーニング指導の専門職)の中村龍太(以下、龍太)とスタジオで、待ち合わせ、早速、トレーニングが始まった。

 

レーニングの後、龍太は喫茶店で食事のアドバイスをし、そこで自分のプライベートを語る。

 

「俺なんか高校中退なんで、仕事選べなくて。それと、うち、母子家庭で、しかも俺が14歳の時におふくろが病気しちゃったから、俺が働くしかなくて。今は、他のお仕事をしながら、パーソナルトレーナーやってるんですけど、ゆくゆくは、この仕事だけで生活したいんです」

 

そう話すと隆太は、満面の笑みを浮かべる。

 

「偉いね」

 

唯一、武装解除できる居酒屋で、ゲイ仲間といつものように食事をして、その内容を龍太に携帯で報告する浩輔。

 

龍太について聞かれた浩輔は、「可愛いの…でもピュア。滅茶苦茶いい子」と嬉しそうに答える。

 

帰途、次のトレーニングが終わり、先日、隆太が高くて買えなかった母への寿司屋のお土産を、浩輔が買ってきて遠慮する隆太に手渡す。

 

歩道橋の階段の途中で、龍太が浩輔に軽くキスをした。

 

「ちょっと、どういう意味?お寿司のお礼?」

「違います…斎藤さん、魅力的です」

 

その足で龍太を浩輔のマンションに連れて部屋に入ると、隆太は浩輔にキスをして、二人は結ばれた。

 

龍太を玄関で見送り、深呼吸した浩輔はベランダに出て、振り向いた龍太に手を振る。

 

龍太も何度も浩輔に手を振り返すのだった。

 

「私の中に夜がある。小さい頃から私の中で、私の心を見据えてきた、暗い、暗い、夜が…」(モノローグ)

 

浩輔は魂を込めて、『夜へ急ぐ人』を歌い上げる。

 

毎週のトレーニングの後は、浩輔のマンションで二人は愛し合い、浩輔は帰りには必ず龍太の母への土産を持たせた。

 

いつものように、浩輔が帰りがけに土産を渡そうとすると、龍太がそれを拒む。

 

「もう、終わりにしたいんです」

「え?…もう、会いたくないっていうこと?」

「うん。もう会いたくない」

「…そう。僕と寝たりするのが嫌だったら、全然、そう言ってもらっても…」

 

首を強く横に振る龍太。

 

「浩輔さんのことは好きです」

「じゃ、何で?ちゃんと分かるように説明して。もしかして、龍太のお母さんに色々やったりして…」

「違う!違うんです…俺ずっと“売り”やってる。高校辞めてからずっと。ずっとちゃんとできてた。でも、浩輔さんに出会ってから苦しいんです。割り切れないんです。俺、何もないから。この仕事でしか母さん養えない。だから、ごめん。ごめんなさい」

 

そう言い残して、龍太は去って行った。

 

置き去りにされた浩輔は、呆然と立ち竦(すく)む。

 

すぐに龍太に電話をかけるが、応答しない。

 

その後、繰り返し電話しても応答なし。

 

龍太は指名された客のホテルの部屋に入り、“売り”を務めている。

 

浩輔は、思い切った行動に打って出た。

 

携帯でゲイの買春サイトで龍太を探し出し、客としてホテルの部屋で待ち合わせるのだ。

 

「初めまして」と入って来た龍太は驚き、困惑するが、浩輔は「5分だけ話しさせて」と龍太を説き伏す。

 

「僕はね、龍太が好き…お母さんのために一生懸命働いている龍太が好き。だけど僕にも手伝わせて」

「迷惑かけられないよ」

「迷惑かどうかって、こっちが…」

「会わなきゃ良かった。会わなかったら、こんなに辛くなかった。今までは、ちゃんとできてたんだよ」

「…僕が買ってあげる。龍太の専属の客になる。月20万円。それしか払えないしけた客だけど。それでも足りない分は、龍太がさ、他の仕事で頑張って稼ぐ。そんなの無理か。そんなの割に合わないって言うんだったら、もう諦める。あなたの前から消える。どうする?龍太が決めていいよ…龍太、一緒に頑張ろう…龍太」

 

嗚咽する龍太は、浩輔の肩に顔を埋め啜(すす)り上げるのだ。

 

龍太は今、産廃処理業者の廃品を運ぶ肉体労働を始めた。

 

それだけでは生活費が足りず、疲れてソファで休んでいた龍太は、今日から深夜のバイトに行くと言って起きる。

 

「ごめんね…僕が言ったから」

「俺さ、おふくろに本当の仕事言えるの、嬉しいんだよね」

 

その後、龍太の母に会いにアパートを訪れた浩輔。

 

母・妙子の手料理を振舞われ、3人で写真を撮る浩輔は、最初は緊張したものの、幸せに包まれる時を過ごすことができた。

 

その妙子が入院し、隆太は待合室で待っていた浩輔に、ヘルニアの手術をすることになったと告げ、衷心(ちゅうしん)より案じる浩輔。

 

自宅に戻った浩輔は、入院中の母との会話を思い出していた。

 

「母さん、浩ちゃんが大人になって、お嫁さんもらうまでは元気でいないとね」

「僕、お医者さんになって、母さんの病気治すから」

「ありがとう」

 

病院の外のベンチに座る龍太に妙子が退院することを聞き、浩輔は封筒を渡して、足が悪い妙子の通院のために、龍太名義の中古車を買いに行くことになる。

 

「それはさすがに」と固辞する龍太だが、「二人でやれるところまで、やってみよう。お母さんのために」と説得され、今や、全幅の信頼を寄せるパートナーの温かさを違和感なく受容するのだ。

 

浩輔は子供の頃、唯一、家族3人で海に旅行して時のことを話していく。

 

それがとても嬉しくて、朝から岬へ行って、ずっと海を眺め、風に吹かれていた思春期の頃を回想する。

 

「その風が母親の病気、全部持ってってくれないかなあ、とか思ってた」と浩輔。

 

突然、龍太が浩輔の写真を撮りながら、質問する。

 

「浩輔さんって、天国ってあると思いますか?」

「何です、急に。天国?僕はそういうのは信じない。全然。目に見えるものしか信じない」

「でも、もし天国があったら、亡くなったお母さんにもいつか会えるかも知れないでしょ」

「うん。でも、そういうこと考えても、答え出ないもん」

「浩輔さんって、超現実主義だよね」

 

その夜、浩輔は龍太の髪をドライヤーで乾かし、隣で眠る龍太の美しい顔を慈しむように指でなぞるのだった。

 

翌朝、龍太はコーヒーを淹れながら、今度の日曜日に車が来たら、龍太の運転で海へ行こうと誘う。

 

浩輔は快諾し、仕事へ行く龍太を送り出すが、昼も夜も仕事に精を出す龍太の体力は消耗し、著しく衰弱していた。

 

日曜日、納車された車の助手席で龍太が来るのを待っていた浩輔が電話をかけると、龍太ではなく妙子が出てきて、驚愕の事実を知らされる。

 

「浩輔さん、あのう…龍太、亡くなりました。今朝ちっとも起きてこないんで、起こしに行ったら、布団の中で、もう息してなくて…龍太…死んじゃいました」

 

震えが走り、返す言辞もなく凍り付いてしまうのだ。

 

宙吊りにされた底深い世界に押し込まれた心に浮かび出るのは、龍太の弾ける笑みだった。

 

人生論的映画評論・続: エゴイスト('23)   そこだけは輝きを放つ〈愛〉のある風景  松永大司