八月の狂詩曲('91)   「戦時の悲劇」と「牧歌的な平和」が架橋する

1  「戦争が終わってもう45年も経つとに、ピカはまだ戦争ば止めとらん。まだ人殺しば続けよる。ばってん、みんな戦争のせいたい」

 

 

 

「なんだか、おかしな夏でした。その夏休みには、奇妙な出来事ばかり起こりました」(たみのモノローグ)

 

長崎の山村に住む祖母・鉦(かね)の元に、4人の孫たちが泊まりに来ていた。

 

縦男(たてお/良江の息子)が調子の外れたオルガンを弾き、絶対に調律して直してみせると言うと、たみ(忠雄の娘)が無理だと茶化す。

 

ハワイから届いた忠雄のエアメールをたみから渡された縦男は、鉦とみな子(良江の娘)、信次郎(忠雄の息子)らが集まる居間へ行き読んで聞かせるのである。

 

その手紙には、ハワイで農園を営む鉦の兄・錫二郎(すずじろう)が重い病に罹患し、鉦が嫌だというので代わりに会いに行った息子の忠雄と娘の良江が、アメリカ人と結婚した錫二郎の家族から歓待される様子が書かれていたが、錫二郎は妹の鉦に会いたがっており、夏休み期間の孫たちがハワイに連れて来てくれないかとの要望に応えて、鉦が考え直して欲しいという内容だった。

 

錫二郎の息子のクラークからも、父が死ぬ前に会って欲しいとカタカナで書いた手紙が添えられており、孫たちも鉦のハワイ行きを期待含みで説得しようとするが、十何人の兄弟の1人である錫二郎のことを覚えておらず、何かの間違いだと言い張り、埒が明かない。

 

その鉦の作る食事は孫たちの口に合わず、たみが作ることを提案し、長崎に買い出しに行くことになった。

 

縦男は、鉦のハワイ行きを説得すると家に残った。

 

丘の上から長崎市内を見下ろしながら、たみがみな子と信次郎に語りかける。

 

「このキレイな長崎の町の下には、一発の原子爆弾で消えてしまった、もう一つの長崎があるのよ」

「お祖父ちゃんは、その長崎の原爆で死んだんだろ?」と信次郎。

「そう」

「お祖母ちゃんは、どうして助かったの?」

「家にいたからよ。あそこは爆心地から8キロも離れた山の影だから」

「でも、あの頭、原爆でやられたんだって言ってたよ」

「お祖母ちゃんはあの日、お祖父ちゃんを探しにこの長崎まで来たからよ。お祖父ちゃんが勤めていた学校、爆心地の近くなの」

「それで、お祖父ちゃん、見つかったの?」

「学校は潰れて燃えて、焼け爛れた死体がいっぱいで、どれがお祖父ちゃんか、とうとう分からなかったの」

 

そこから3人は、祖父が勤めていた学校を訪れた。

 

「お祖母ちゃんはここの先生だったのよ。お祖父ちゃんと結婚して辞めたの」

「運がよかったね」

「どうかしらね…お祖父ちゃんが亡くなった時、あたしたちのお父さんはまだ赤ん坊。みなちゃんのお母さんは、お祖母ちゃんのお腹にいたのよ。一人残されて、大変だったに違いないわ」

 

校庭に置かれた被爆して歪んだジャングルジムのモニュメントを前に佇ずみ、帽子を取って祈りを捧げる3人。

 

「お祖父ちゃん、見つかんなくても、ここにいるよ、きっと」

 

「その日、私たちは長崎の町を歩き回りました。原爆のことをもっと知りたかったからです」(たみのモノローグ)

 

浦上天主堂被爆した石像を見て、「天使たちも、みんな泣いてる」とたみが呟く。

 

長崎の平和公園で、各国から送られてきた慰霊碑を見ながら、「アメリカのがないね」と言う信次郎。

 

「当たり前じゃない。原爆を落としたのはアメリカよ」とたみ。

 

噴水に建てられた「のどがかわいてたまりませんでした…」と刻まれた石碑を読み上げ、「水、水、みんなそう言って死んでいったのよ」とたみが言うと、3人は石碑に水をかける。

 

「しかし、多くの人たちにとって、原爆は遠い昔の出来事に過ぎません。そして、どんな恐ろしい出来事も年と共に、忘れられていくのです」(モノローグ)

 

「これでいいのかしら?」

「何だか、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんが可哀そうだね」

 

3人は今、神妙な面持ちで後部座席に揺られている。

 

暗い畦道を歩いていると、帰りを心配して迎えに来る祖母の姿が見えた。

 

「お祖母ちゃん!」と走り寄る3人。

「遅かったとねぇ」

 

みな子の作った夕飯を食べた後、縦男が鉦から聞き出した兄弟姉妹たち11人の名前を書き並べた黒板に集まる。

 

鉦は他にも2,3人いるが思い出せないと言い、縦男は名前が抜けている順番からも、錫二郎は兄だと主張するのだ。

 

「思い出しても、お祖母ちゃん、ハワイへは行かないよ、きっと…お祖母ちゃんはアメリカが嫌いなんだ。当然だよ。原子爆弾でお祖父ちゃんを殺されたんだからね」と信次郎。

「あたしもそう思う。私たちも私たちの親も戦争を知らないし、原子爆弾のことだって話には聞いていても、少し怖いおとぎ話くらいに思ってただけ。原爆を頭の上に落とされた人たちの気持ちなんか、少しも分からなくて。考えもしないで。お母さんなんか、ハワイに大金持ちの親戚がいるって聞いたら、興奮しちゃって!」とみな子。

「嫌ね。私のお父さんだってそうよ。お祖母ちゃんに、ろくに話もしないで、慌ててハワイ行っちゃって!」

 

孫たちの話を後ろで聞いていた鉦が、スイカを運んできた。

 

「嬉しかねぇ。祖母ちゃんのことば、そげん考えてくれて。本当にありがとな。ばってん、アメリカば恨んどったとは、昔んことだでな。お祖父ちゃん死んでから、もう45年。今は、アメリカは別に好きでもなかけど、嫌いでもなか。みんな戦争のせいたい。戦争が悪かとやけ…錫二郎とかいう人んことで、お父さんやお母さんのことば、悪う言うたらいかん。二人は祖母ちゃんがハワイへ追いやったようなもんたい。その間、お前たち4人ば預かるとの嬉しゅうて…ハワイのお金持ちのことは、どうでんよか…」

 

鉦は黒板に書かれた既にこの世を去った兄弟姉妹たちの名前を見て、様々なエピソードの記憶を思い起こしていく。

 

鉦は、また黒板に書かれた名前にある、一番下の鈴吉という頭の弱い子が、原爆で髪の毛が抜け、部屋に籠ったきりになり、出て来なくなったという話を始めた。

 

「ばってん、夏の暑か日はさすがに我慢できんとやろ。月の出たら、こっそり山奥の滝壺まで泳ぎに行きよったけど…」

 

信次郎が部屋に籠って何をしてたかを訊くと、「どういう訳か、目ばっかり…紙さえあれば、飽きもせんで、目ん玉ばっかり描きよった」と言うので、黒板に目を描いて見せた。

 

すると鉦は、「これたい!この通り…そう言えば、お前は鈴吉にそっくりたい。瓜二つじゃ」と言うと、信次郎はむっとするが、他の皆は大笑いする。

 

その鈴吉が夏の暑い日に泳ぎに行ってたという滝壺へ、4人でやって来た。

 

弁当を食べながら、ハワイへ行く話をしていると、滝壺を泳ぐ白蛇を見つけ凍り付いてしまうのだ。

 

帰り道、小さなお堂で「般若心経」(はんにゃしんぎょう/浄土真宗を除く宗派で唱えるお経)を唱える年寄りたちの中に鉦もいた。

 

「時々おばあさんたちが集まって、皆で一緒に亡くなった人たちの供養をするの」とたみ。

 

4人と一緒に帰る鉦が、立ち止まって振り返る。

 

「蛇の目?鈴吉のあの目は、蛇の目じゃなか。人の目でもなか。あいは、ピカの目じゃ」

 

鉦はその日、空襲警報を聞いて、山の向こうの長崎の方向を鈴吉と見ていたと話し出す。

 

「急にそん空の裂けて光った。そん裂け目から、大きか目の覗いた。うちも鈴吉も、その大きか目に睨まれたごとあって、空ば見上げて動き切れんかった。ドーンと大きこと音がして地面の揺れた。鈴吉ば、腰ば抜かして、目剥いて、まだ空ば見上げとった。そん時から、ピカの目に取り憑かれて、そん目ばっかり見よるけん、そん絵ばっかり描きよったとじゃ。うちも、あん目ば忘れられん。あげん怖か目はなか」

 

そう話すと、鉦は踵(きびす)を返して、家に戻って行った。

 

まもなく、縦男が書いた錫二郎に兄弟の名前を問う手紙の返事が届き、確認が取れたので、鉦にハワイ行きの決断を忠雄が求めてきた。

 

鉦の「行く」という言葉を聞いて、歓喜する4人。

 

但し、祖父の命日の供養を済ませてからとなり、早速、その旨を伝える電報を打った。

 

その電報と行き違いに、突然、忠男と良江の兄妹(鉦の子)がハワイから帰って来て、8月9日が祖父の命日であることに触れ、錫二郎の息子のクラークに知られるのがまずいと言い出すのだ。

 

「なんてったって、クラークさんはアメリカ人よ。お祖母ちゃんの連れ合いが原爆で死んだって分かれば、気まずいことになるわ」と良江。

 

「困ったな」と忠雄。

 

感性豊かなたみは、錫二郎やクラークらに祖父の話をしなかったことに呆れる始末。

 

そこに、良江の夫・登と忠雄の妻・町子が到着し、大人たちはハワイの広大なパイナップル農園や豪邸話で盛り上がるが、信次郎が「お祖母ちゃんに会いに来たのに、なんでお祖母ちゃんのこと聞かないの?」と町子に尋ね、水を差す。

 

その頃、鉦はお堂に集まり、お経を唱えていた。

 

たみは父親たちが祖父のことを隠すのがおかしいと、縦男に疑問をぶつける。

 

「良く言えば、錫二郎さんやクラークさんに対する思いやり。悪く言えば、外交的駆け引きと打算。はっきり言えば、せっかく掴んだ大金持ちとの付き合いに水を差すようなことはしたくないのさ」

 

相変わらず、大人たちの農園と豪邸話は続き、東京のパイナップル工場への忠雄の就職話に沸き立つ会話を聞いていた鉦は怒り出す。

 

「浅ましかぁ!まるで乞食じゃ。うちはな、錫二郎って人が、兄さんやけん会いに行くと。大金持ちやけ会いに行くわけじゃなかとぞ!」

 

その直後、鉦はお祖父ちゃんが好きだった月見に孫たちを誘う。

 

そんな中、クラークが日本に来るという電報が来て、鉦のハワイ行きの話もなくなり、落胆する良江は、「アメリカ人は原爆を思い出させられることが嫌なのよ」と、縦男が書いた電報を出したせいだと決めつけ、頭を叩くのだ。

 

クラークは今度の話に区切りをつけ、一連の交流をなかったことにするために来日すると解釈したのだった。

 

鉦は自分が書かせたと良江を戒める。

 

「やめんか!…本当のことば書いて、何んで悪か。バカか。原爆ば落としといて、そいを思い出すとが嫌って?嫌なら思い出さんでよかけど、こいも知らんとは言わせん。ピカは戦争ば止むるために落としたって言うて、戦争が終わってもう45年も経つとに、ピカはまだ戦争ば止めとらん。まだ人殺しば続けよる。ばってん、みんな戦争のせいたい。戦争に勝つために、人は何でんしよる。いずれ己は滅ぼすことまですっとじゃ」

 

これまで溜め込んできた祖母の情動が炸裂する瞬間だった。

 

人生論的映画評論・続: 八月の狂詩曲('91)   「戦時の悲劇」と「牧歌的な平和」が架橋する  黒澤明 より