さよなら子供たち('88) ルイ・マル <厳冬の朝の残酷―「秘密の共有」が壊されたとき>

 突然、親独義勇兵が家宅捜査の名目で、学校にやって来た。
 
 「入る権利はない。ここは私立学校だ。子供と修道士しかいない」
 
 ジャン神父が拒んでも、強権的に侵入する親独義勇兵を、誰も止められない。それを見た一人の教師は、全員で運動中の列の中からジャン・ボネを呼び寄せ、彼だけを学校の奥の一角にある部屋に隠し入れた。

 それを目撃したジュリアンは、たまたま通りかかった料理番のジョゼフに尋ねた。
 
 「義勇兵が何しに?」
 「“反独”がいると、密告があったのさ」
 「反独?」
 「ドイツの強制労働から逃げようとする奴らだ。舎監(寄宿舎の管理人)のモローもだ。奴は偽名だ。俺は脚が悪いので免れた」

 そう言って、ジョゼフは調理場に戻って行った。

 まもなく、社会の授業の教室にジャン・ボネが遅れて入って来た。教師もそれを咎めない。生徒たちだけが事情を知らないでいる。

 その日、ジュリアンは母から手紙をもらって、それを読んでいた。

 “家はひっそり寂しいわ。パリは毎晩、爆撃を受けています。昨日はビヤンクール(注1)で8人の死者が出たわ。妹たちは新学期よ。ソフィーは赤十字で無料奉仕。気の毒な人が多いわ。パパは、リール(注2)の工場が不振なので機嫌が悪いの。戦争はいずれ終わるわ。来週の日曜に会いに行きます。レストランに行きましょう。楽しみにしてるわ。ママより。追伸。ジャムを食べて、健康に気をつけて”

 手紙を読み終えたジュリアンは、誰もいない部屋の状況を確認して、ジャン・ボネのロッカーを無断で覗いた。そこで彼は、一枚の写真に眼を留めた。そこには、ジャン・ボネを中央に、彼の両親が並んで写っている。ただそれだけのことだったが、寡黙なジャン・ボネに特別な好奇心を抱くジュリアンが、明らかに、思春期前期の少年の普通の存在様態を見せるようにして振舞っていた。

 その直後、ジュリアンはジャン・ボネのところに近づいて、ダイレクトに質問した。

 「両親はマルセイユ?」
 「パパは捕虜だ」とジャン・ボネ。
 「脱獄しないの?」

 それに答えないジャン・ボネに、ジュリアンは畳み掛けていく。

 「お母さんはどこ?」

 それにも答えない相手に、苛立つように少年は、その答えを強要する。

 「言えよ!」
 「非占領地区・・・しつこいぞ。ママが今どこにいるか知らない。3ヶ月も便りがない」
 
 この会話は、ジャン神父が教室の中に入って来たことで中断されることになった。


(注1)ブローニュ・ビヤンクールのこと。パリ南西部にある大都市で、ルノーの工場が置かれたことで発展した。ブーローニュの森に近くにあり、パリ市民の別荘地となっていたが、現在は高級住宅地として有名。

(注2)フランス北部の都市。第一次大戦の際ドイツに占領され、街は破壊的ダメージを受けたと言われる。その後の世界恐慌においても甚大な影響を受け、多くのリール市民が困窮を究めた。映像でのジュリアンの母の嘆きは、恐慌後のナチスドイツの侵攻(第二次世界大戦の勃発)によって、更に苦境に陥っていたリールの現実を説明している。因みに、現在のリールは、英仏間を走るユーロスターTGV(俗に「フランス新幹線」)の拠点ステーションとなっていて、大型施設が整備されサービス業が盛んである。


 森の中で、生徒たちは無邪気に遊んでいた。宝探しのゲームである。

 その中でようやく宝物を見つけたジュリアンは、その遊びのステージの森の只中で彷徨(さまよ)ってしまう。そこで彷徨った少年の中に、ジャン・ボネもいた。二人は闇の帷(とばり)が下り始めた自然の中で、脱出口を掴めずに彷徨い歩くばかり。

 ようやく道路に出た二人を救ったのは、ドイツ兵の乗るジープだった。ドイツ兵を見たジャン・ボネは咄嗟に逃げ出すが、すぐに捕捉され、二人は学校に送られることになった。ジュリアンは恐怖のあまり涙を啜っていた。
 
 「夜8時以降は森に入れない。外出禁止令を知らんのか」
 
 ドイツ兵に厳しく注意されたジャン神父は、二人を暖かく迎えたのである。

 厳しい寒さの中の森林彷徨の一件が原因で、ジュリアンとジャン・ボネは風邪を引いてしまった。二人はしばらく、校内の医療ベッドで休養を余儀なくされたのである。その医療室で、ジュリアンはジャン・ボネに、豚肉のパテを無理に食べさせようとして拒絶されてしまった。

 「豚肉だから?」とジュリアン。
 「バカなこと言うな」とジャン・ボネ。
 「君の名は、キペルシュタインだろ?発音はキペルシュテイン?」

 そこまでジュリアンが言ったとき、ジャン・ボネは、突然、相手に飛びかかっていった。シスターに注意されて、喧嘩はすぐ収まったが、その行為は、ジャン・ボネを、豚肉を食べないユダヤ人であると認識するジュリアンの嫌がらせでもあった。

 最も知られたくない親友の秘密を、ジュリアンは先日のロッカー探索の行為によって既に知っていたのである。しかし、嫌がらせの行為の裏に潜むジャン・ボネに対する好奇心が、ジュリアンの心理を支配していた事実は否めなかった。


(人生論的映画評論/さよなら子供たち('88) ルイ・マル <厳冬の朝の残酷―「秘密の共有」が壊されたとき>」)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2008/12/88.html