ウルガ('91)  ニキータ・ミハルコフ <「全身遊牧民」としてのアイデンティティのルーツを確認する拠り所>

 1  「内モンゴル自治区」という縛りの中で ―― プロット紹介



 プロットを簡潔にまとめてておこう。

 「内モンゴル自治区」 ―― そこは、中国の北方に位置する自治区である。

 近年、豊富な石炭と天然ガス等の産出によって顕著な経済発展を遂げている「内モンゴル自治区」だが、草原の面積が全国の草原の4分の1というデータに象徴されるように、ユーラシア大陸奥深くに息づく、広大な草原と原始林を擁する遊牧民の世界も健在である。

 本作の舞台は、近代文明と切れたかのような、この大草原の一画に点景の風景を彩り、遊牧民の生命線であるゲルの生活。

 そこに広がる大草原の中枢に、馬上の男が長い棹を立て、自らの意志を表明した。

 本来、馬を捕捉するための道具であるその棹の名は、ウルガ

 ウルガを地面に立てる目的は、「『愛情交歓』の邪魔はするな、近寄るな」というシグナルで、遊牧民の生活風習である。

 残念ながらその日、ウルガを地面に立てようとしても、男は妻にセックスを拒絶されてしまった。

 男の名は、ゴンボ。妻の名は、パグマ。

 拒絶理由は、中国の「一人っ子政策」の影響下で、3人までしか許可されない子供を既に儲けているので、パグマにとって、男とのセックスは合理的な避妊による方法以外に考えられないのだ。

 そんな折、ゴンボは、鳥葬の風習にショックを受けたことから、トラックを河に突っ込んでしまって、助けを求めて叫ぶロシア人を助け、ゲルに泊め、厚遇した。

 ロシア人の名は、セルゲイ。

 ミハイル・ゴルバチョフ大統領の時代であるから、男が帰属する国民国家ソ連である。

 叔父さんを大草原に鳥葬する風習や、客をもてなすための羊を殺し、血を抜く日常性を正視できず、思わず視線を逸らすセルゲイだったが、ゴンボの家族の素朴な振舞いに感激し、ゲル内での食事、飲酒の後、「音楽の才能があるの」と母に言われ、アコーディオンを奏でる長男の演奏に感嘆し、一家との絆を一夜にして深めていく。

 その夜、ゴンボは妻に迫るが、またしても拒まれた。

 妻のパグマは、夫のゴンボをゲルの外に出して、避妊具の必要を説くが、知識に欠けるゴンボは気乗りしない。

 町育ちのパグマは、ゴンボにテレビ等の購買目的で都市への買い物を依頼したが、本当の理由は避妊具の購買にあった。

 ゴンボとセルゲイによる、都市への二人旅。

 ゴンボはテレビと自転車を買ったものの、結局、避妊具の購買を回避してしまうのだ。

 ディスコでセルゲイが惹起した騒動を、ゴンボは友人を頼って収拾した後、帰途に就いた。

 大草原での仮眠の中で、ゴンボはチンギス・ハーンの夢を見た。

 そのハーンから、電化製品を持ち、遊び感覚で自転車を乗り回すゴンボに対して、「遊牧民」という「生き方」が否定されるに至り、ゴンボはショックを受けるばかりだった。

 それが、帰郷後のゴンボの憂鬱を決定付けたのである。

 映像は、そんなゴンボの憂鬱を払拭させる、4人目の子供を儲けた事実を告げるナレーションの内に括られていった。



(人生論的映画評論/ウルガ('91)  ニキータ・ミハルコフ <「全身遊牧民」としてのアイデンティティのルーツを確認する拠り所>」)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2010/07/91_1855.html