キューポラのある街('62)  浦山桐郎 <「風景の映画」としての「青春前向き映画」>

 鋳物工業の町として著名な荒川北岸の町、埼玉県川口市

 キューポラとは、鋳物製造で銑鉄(鉄鉱石を溶鉱炉で還元して取り出した鉄)を溶かす溶銑炉のこと。

 京浜工業地帯の大企業の下請生産のための中小企業であるという、構造的な脆弱性を持つ鋳物業者は、高度経済成長による都市化の急激な進展で、その産業風景を大きく変えつつあった。

 本作のモデルとなった家族もまた、その風景の変容の影響を受けつつあったが、昔気質の職人の典型のような家族の父は、大工場の買収によって解雇されるに至った。

 家族の生活が困窮する中で、本作のヒロインである元気一杯の中学三年生は、健気に頑張っていた。

 その名は、ジュン。

 パチンコ屋でバイトしながら、高校進学の学費を稼ごうと必死に頑張るのだ。

 しかし、高校進学の学費を捻出するのに四苦八苦する家族の母は、我が子を「労働力」として期待する思いを隠せない。

 「勉強、勉強って言うけどさ、お前、少しはウチのこと考えてみな。高校行くたって、大変なんだから、ウチは」

 「向上心」の強い長女も負けてはいない。

 「父ちゃんの我がままで、自己中心主義だからいけないんだわ。あたい、家の犠牲になんか、なりたくないもん!」

 昔気質の職人の典型のような家族の父は、労働組合を「アカ」と断じて、その援助を拒むのだ。

 そんな父を「自己中心主義」と決め付けるジュンの自我には、既に「戦後教育」の洗礼を受ける者の価値観が抱懐されていて、それを親に向かって主張する態度においても、まさしく少女は「戦後教育」の申し子と言っていい。

 優等生であるが故に、受験勉強して県立第一高校への進学を諦め切れないジュンが、家庭の事情で断念せざるを得なくなったとき、持前の「向上心」だけが空回りし、次第に未来への希望を失っていく。

 担任教諭の尽力で、修学旅行の費用の心配をしなくなっても、高校進学への希望を失ったジュンは、結局、修学旅行に行くことをせず、その生活態度に捨て鉢な言動が目立っていく。

 担任教諭がジュンの家を訪ねたのは、そんな折りだった。

 「勉強したって、意味ないもん」

 担任教諭を前に、ジュンは投げやりな態度を露わにした。

 教育熱心な担任教諭は、声を荒げながらも、諭すように言った。

 「バカなこと言っちゃいかん!受験勉強だけが勉強だと思ったら、大間違いだ。高校は行かなくても、勉強はしなくちゃいかんのだ。いいか、ジュン。働いてでも、何をやってでもだな、その中から何かを掴んで、理解して、付け焼刃ではない自分の意見を持つ。昼間の高校へ行けなかったら、働きながら定時制の学校に行けばいい、それがダメなら、通信教育を受けたっていい」

 それは、「向上心」の強い少女の、未来への希望を決定的に繋ぐに足る言葉だった。

 以下は、その直後の少女が書いた作文の一節である。

 「私には分らないことが多過ぎる。第一に、貧乏な者が高校へ行けないということ。今の日本では、中学だけでは下積みのまま、一生うだつが上がらないのが現実なのだ・・・皆、弱い人間だ。元々、弱い人間だから、貧乏に落ち込んでしまうのだろうか。それとも、貧乏だから弱い人間になってしまうだろうか、私には分らない」

 「金持ち=悪」⇔「貧乏=善」という二元論の提示が気になるが、少女の作文を介して、作り手の極めてシンプルなメッセージが仮託されている描写であった。

 それでも、この一連のシークエンスは、「向上心」の強い少女の迷走と希望が、思春期の揺動の中で、なお未来を捨てない自我のうちに、一定の秩序を結んでいく清冽さを表現していた。


(人生論的映画評論/キューポラのある街('62)  浦山桐郎 <「風景の映画」としての「青春前向き映画」>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2011/03/62.html