25時('02)  スパイク・リー  <大いなる悔悟の向こうで――― 選択できなかったもう一つの人生>

 様々な廃棄物が捨てられているような汚濁した路傍の一角に、その犬は死にかかっていた。友人のコースチャと車を飛ばすモンティの視界に、その犬が捉えられたとき、なお本来的な攻撃性を振り絞って見せるかのような、白の斑(まだら)の入った黒犬に近づき、彼はその命を救うことを決めた。

 死にかかってもなお、断末魔の如き抵抗を捨てない犬に運命の糸を感じたのか、モンティはその犬を決死の覚悟で捕縛したのである。
 
 「苦しみながら、野垂れ死にするよりましだ」
 
 やがてモンティは、その犬にドイルという名を付け、愛犬として育て上げていく。その犬はマスチフ種のアメリカン・ピットブル・テリア。元々、イギリスで闘犬として完成された曰く付きの犬である。従って、体中にタバコの火を付けられていたこの闘犬ドイルは、恐らく、闘犬としての役割を果たせなくなったが故に、飼い主から捨てられた運命に遭っていた。
 
 「悪くなるものは、悪くなっていく」

 アイロニカルな経験則が多いことで知られる、「マーフィーの法則」の有名なフレーズのうろ覚えの知識を例に挙げ、「お前は疫病神。悪運を呼ぶ」と言葉を添えながら、コースチャは闘犬を飼うことに反対した。しかし、モンティは仕事仲間の忠告を振り切って、瀕死の状態にあったドイルの運命を引き受けたのである。
 
 映画のこの導入部は、作品に描かれた主人公モンティの苛酷な物語の心理的なラインに繋がっていて、非常に鮮烈な描写だった。
 
 ―― タイトル・クレジットが映し出されていく背景に、ニューヨークの無機質な超高層のビルがブルーの光に照射され、不夜城と化した摩天楼の異様な風景を不必要なまでに輝かせていた。それはまるで、一つの巨大な生き物のように洋上に浮き上がっているようであった。
 

 ドイツ移民の政治家の名前に由来するるカール・シュルツ公園(イースト・リバー沿いにある、マンハッタンの公園)の一角で、愛犬ドイルを伴って、モンティは長い一日の始まりを重苦しくスタートさせていた。
自分にヘロインを求めて来る男を拒んで、彼は「俺はもうゲームオーバーだ」と突き放すだけ。彼に今、ドラッグへの関心を切り裂く意識に捉われているようだった。

 彼はその足で、母校の高校を訪ねた。

 そこには、旧友のジェイコブが教諭として教鞭を執っていた。モンティはジェイコブを授業中に訪ねたのである。

 モンティの用件は、自分の送別会に皆集まるので、フランクを伴っていつもの店に来て欲しいということ。
ジェイコブがモンティの話を承諾したとき、授業の終了を告げるベルが鳴った。ジェイコブが生徒たちの中に戻ったとき、既に生徒たちは教師を無視して、教室を一斉に後にしたのである。

 これが、アメリカのハイスクールの日常的風景なのだろうか。

 嘆息するジェイコブのもとに一人の女子生徒が戻って来て、ハニー・トラップの振舞いをチラつかせながら、自分の成績評価を上げてくれるように求めてきたのである。それに取り合わないジェイコブは、株式ブローカーのフランクに電話して、モンティの件を確認した。
 
 散歩から戻ったモンティを待っていたのは、恋人のナチュレルだった。恋人と会っても、モンティの表情は浮かなかった。彼には今、恋人を受容できない事情があったのだ。彼はソファで、あの夜のことを回想していた。
 
 ―― あの夜、モンティは突然の来訪者に怯えていた。

 麻薬取締り局の捜査官たちの、抜き打ちの夜襲が出来したのである。ソファの中に隠されていた麻薬を取り出した捜査官によって、モンティはその場で逮捕されたのだ。その後、保釈されたモンティに下された判決は、懲役7年の実刑だった。

 この日、モンティは「最後の一日」を迎えていた。明日、刑務所に収監されるのである。

 ニューヨークには、「ロックフェラー法」という麻薬取締法があって、初犯でも収監される厳しいペナルティが科せられるのだ。彼の朝からの暗鬱な表情の理由は、全てそこにあった。

 彼にはもう、24時間という時間しかない。この時間をどう過ごすか。どう生きていくか。どのようにして、娑婆とのケジメを付けていくか。それが定まらないまま、彼の心は揺れている。怯えている。

 彼を怯えさせている最大の理由は、刑務所生活で予想される暴力である。ハンサムな白人に対する性的暴力の現実を免れないと観念しているモンティだが、しかし収監を拒めば、逃亡か自殺しかない。いずれを選択しても、彼にとって絶望的な状況であることに変わりはないのだ。

 
(人生論的映画評論/25時('02)  スパイク・リー   <大いなる悔悟の向こうで――― 選択できなかったもう一つの人生>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2008/11/02_30.html