詩集 地の底から

     地獄


くるしみの先にくるしみがある
くるしみの前にくるしみがある

くるしみの中に地獄がある



   世界

私の中に世界が見えない
世界の中に私の影が見えない

世界の中に私を拾えない
自分の影を求める私を拾えない



    時間

いつの日か
噴き上げていく絶え絶えの熱量の残滓が砕かれて

いつの日か
噴き上げてきたものを受け止める被膜の陣立てが崩されて

いつの日か
ひたひたと鈍い時間を匍匐していくときの皮膚感覚が剥がされて

いつの日か
私の中枢に喰い入って
それなしに触感し得ない熱溜りが存分に喰い千切られて

いつの日か
爛れ腐った時間の芯が溶かされていく
視界が切断された冥暗の深い闇の淵に流されていく



    電流

手の中で
脚の中で
制圧できないほどの電流が騒いでいる

指先を劈いて
腹部を波打ち
意識をぶら下げた肉塊を地の底に引き摺り込んでいく

私はもうこの騒ぎを止められない
流されていく稚拙な技術だけが晒されていた



    呻き

壊れていくものの総体が
創られていくものの総体より
いつも少しずつ目立っていって

そこにいつか屍と出会っても
呻きを刻む僅かな熱量だけが
地の底で千切れかかった時間を係留していく



    黒い戦慄

 ひと足の踏み出しが
 もう疾風の恐怖に遊ばれている

 揺さぶられ
 突き抜けられ
 内側の電流を
 無秩序に掻き回され
 私はまもなく潜っていく

 刺激が痛め尽くした残像を弄って
 地の底の黒い戦慄の中に潜っていく



    陰翳

 驚き
 哀れみ
 慰め

 ひと剥ぎひと剥ぎ言葉が壊されて
 もう視界が幻影を噛めなくなって
 壊死による空洞が一気に広がった

 地の底に深く澱んだ陰翳だけが
 支配されるものの姑息な律動感すら削られて

 まだ動いている
 まだぶら下がってる


    最初の地獄

 未知のゾーンに持っていかれたときの
 爆轟の衝迫の傍らで馬鹿話が止まらない

 ふんだんに哄笑を撒き散らす
 俗世の蜘蛛の糸の舞踏が
 其処彼処に踊っていた

 それが
 救急車で運ばれた男が見た
 最初の地獄だった

 

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