イブラヒムおじさんとコーランの花たち('03) フランソワ・デュペイロン <「ファンタジー」に包んだ、「イスラム教の本来的な『寛容』の精神」という主題提起>

  1  トルコ移民の老人の包括力に抱かれるユダヤ人少年



 13歳のユダヤ人少年であるモイーズ(以下、「モモ」)は、「筆下ろし」の願望を実現するために、貯金箱を壊して、パリのブルー通りの向かい側にある、トルコ移民の老人の食料品店へ両替に行った。

 食料品店主の名は、イブラヒム。

 高年齢の老人である。

 そのイブラヒムには、クレプトマニア(病的な窃盗癖)化しつつあるモモの行為は全て筒抜け。

 それでも、イブラヒムは何も注意することをしない。

 ともあれ、両替した35フランを持って、モモは若い娼婦を買うことに成功し、「筆下ろし」の願望を実現するに至った。

 「これで大人ね」

 そう言われ、安堵する少年。

 「今度は、お土産を持って来てね」

 娼婦の御ねだりに反応した少年は、直ちに、ぬいぐるみの人形を届けに行った。

 笑みを返される。

 まだ子供なのだ。

 ウキウキ気分のモモと、不機嫌な父の帰宅の不均衡感の構図が、そこに切り取られていた。

 「金を使ったら、レシートをもらっておけ」

 父子関係の殺伐さを象徴する説教である。

 誕生日を忘れ、トルコ移民の老人の食料品店で盗んだケーキで、自分でローソクを点けて祝うモモ。

 「君がくすねた分を取り返さなくちゃな」

 このイブラヒムの一言から、物語が開かれていく。

 「弁償するよ」とモモ。
 「弁償しなくていい。だが、盗み続けるならウチの店でやってくれ。パンも毎日買わんでいい。余ったパンは火で炙ればうまい」

 全てお見通しだったイブラヒムの言葉には、それが信じられる程に、どこか温もりがあった。

 食品を無償で渡す「約束」を、本気で実践するイブラヒム。

 お陰で、モモは大助かり。

 ボージョレ・ヌーボーを飲み、御機嫌な父。

 しかし、「ポポルは良い子だった」と父。

 「いつも、その話だ」とモモ。

 ポポルとは、モモの兄の名のことで、父子を捨てて、家を出た母の連れ子ということになる。

 そんな父に対して、イブラヒムから学んだ「笑うことの幸福感」を表現して見せても、「歯列矯正が必要だ」と言われるばかりで逆効果になる始末。

 「ポポルは良い子だった」という父の心の壁が、モモの前に常に立ち塞がってしまうのだ。

 「ポポルは、ママに笑い方を教わったはずだ」

 イブラヒムに辛い思いを打ち明けるモモに、トルコ移民の老人は言い切った。

 「ポポルよりも、君の方が100倍良い」

 そんな言葉に勇気づけられる程、今や、モモはイブラヒムを「本当の父」と慕うようになっていった。

 
 
(人生論的映画評論/イブラヒムおじさんとコーランの花たち('03) フランソワ・デュペイロン <「ファンタジー」に包んだ、「イスラム教の本来的な『寛容』の精神」という主題提起>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2011/04/03.html