ジョジョ・ラビット('19)   生き抜く強さの連鎖が、刷り込まれた「英雄物語」を解体していく

1  「一人でも生き残れば、奴らの負け。今日も無事だった。明日もよ。生き延びて」

 

 

 

ジョジョ・ベッツラー。10歳。本日より、ドイツ少年団に入隊し、特別週末キャンプに参加する。厳しい訓練だ。今日から…僕は男になる。僕のすべての力と強さを捧げます。我の救世主アドルフ・ヒトラーに。総統のためなら、命も投げ出します。神のお力を」

 

ジョジョには力強い味方がいた。

 

アドルフ・ヒトラーその人自身である。

 

ジョジョの幻想の中で作られたこのパワーが、少年の内面の支えになっている。

 

「僕にはムリかも」と本音を晒すジョジョ

「できるさ!お前はひ弱で、人気もない…だが、ナチスへの忠誠心はピカイチだ。堂々と訓練に参加しろ」

 

アドルフのこの言葉に勇気づけられ、「ヒトラー万歳」を繰り返し練習して、ヒトラーユーゲントの合宿に参加する。

 

「お前たちはここで大人になる。俺はクレンツェンドルフ大尉。通称キャプテン・K」

 

戦場で片目を失って戦力外となり、ユーゲントの訓練の指揮を取るようになったと自己紹介する。

 

「お前たちはこの2日間で偉大なドイツ軍の戦闘技術を学ぶ」

 

早速、訓練が始まったその夜、同じテントの親友のヨーキーと眠りに就く前に会話する。

 

ユダヤ人って怖いな」

「別に。見つけたらぶっ殺す」

「見た目じゃ、分かんないだろ?」

「頭のツノを確かめる。奴らはクサいし…ユダヤ人を総統に渡したら、親衛隊に入れるぞ。そしたら総統の親友に」

「僕が君の親友だと…」

 

2日の訓練で、敵に止めを刺せるか聞かれた少年たちは一斉に「できます」と答えるが、反応が鈍かったジョジョが教官に指差され、答えを求められる。

 

「もちろん、殺しは好きです」

 

そこでウサギを渡され、首をへし折って殺せと命令される。

 

ウサギを抱いたジョジョに、全員が「殺せ、殺せ!」と煽り立てる。

 

ジョジョは堪らず、「逃げろ」とウサギを降ろすが、そのウサギは教官に捕まり首をへし折られてしまう。

 

「臆病者め。父親と同じだ」

「パパはイタリアで戦ってます」

 

父親は脱走したと臆病者の烙印を押され、「ジョジョ・ラビット」(臆病ラビット)と嘲笑されるのだ。

 

逃げ出したジョジョの前に、アドルフが現れジョジョを励ます。

 

「ウサギになれ。そして敵を出し抜け。ウサギは勇敢でずる賢く、強い。ウサギになれ」

 

突然、力が湧いてきたジョジョは手榴弾の教練場へとアドルフと並走し、キャプテンKから手榴弾を取り上げ投げつけるが、木に当たって跳ね返り、ジョジョの足元で爆発してしまった。

 

病院に運ばれ、手当てを受けるジョジョ

 

足を負傷し、顔に傷を負ったジョジョを母のロージーが励まし、外に出てキャプテンKの元に行く。

 

ロージーは責任を取らされ事務職に落ちたキャプテンKを殴り、ジョジョに仕事を与えるように要求する。

 

ラーム教官がポスター張りとビラ配りの仕事を提案する。

 

街中で、母と共に、公開処刑されたユダヤ人の首吊り遺体を目撃するジョジョ

 

【「ヒトラー・ユーゲント」は1926年に発足し、「ヒトラー・ユーゲント法」(1936年)によって、ナチスドイツの青少年組織として、14~18歳の全ての男子の加入が強制的に義務化され国家機関であり、集団訓練を通じてナチズムのイデオロギーと軍事教練を受け、戦争末期には戦場にもかり出された。女子にも14~17歳の少女を対象に「ドイツ女子青年団」が組織された。ボーイスカウトなど少年少女の団体を「ヒトラー・ユーゲント」に統合し、キャンプ合宿やスポーツ大会などを通じて、1939年にはドイツの若年層の98%が団員となった。1938年には来日し、熱烈な歓迎を受けた】

 

ビラ配りが終わり家に帰ると、ロージーはおらず、姉のインゲの部屋で隠し扉を見つけて入っていくと、一人の少女が匿われていた。

 

恐ろしくなって逃げ出したジョジョを捕まえた少女はユダヤ人であることを告白し、通報したら「あんたも、お母さんも協力者だと言うわ」とナチス少年のジョジョを脅す。

 

全員死刑よ」

 

ロージーが帰宅すると、ジョジョが壁の裏で音がすると言い、インゲだと話す。

 

ロージーはネズミだから駆除するまで入るなと指示する。

 

ジョジョを寝かしつけた後、匿っているユダヤ人の少女の元に行く。

 

「今のあの子は、可愛かったあの子のオバケなのかしら」

「私たち、皆オバケかも」

「そうね。厳しい人生ね」

「人生なんてない」

「ナチの連中は、“ユダヤ人を滅ぼす”と。勝たせちゃダメ」

「もう勝ってる」

「いいえ、勝はしない。一人でも生き残れば、奴らの負け。今日も無事だった。明日もよ。生き延びて」

 

ジョジョはリハビリでプールに行き、訓練に来ていたキャプテンKに質問する。

 

ユダヤ人を見つけたら?」

「俺らに言え。親衛隊が殺しに行く。協力者もろとも。念には念を入れて、周りの人間も。延々と続く」

 

家に戻り、少女を呼び出し交換条件を示す。

 

ユダヤ人のことを詳しく話してくれ」

「ドイツ人と似てるけど、私たちは人間」

「まじめに。ユダヤ人の秘密を全部話せ」

 

ここで少女がインゲのベッドに座ると、ジョジョが「座るな」と声を荒げる。

 

「友達だったわ。小さい頃のあんたを覚えてる」

「ムダ話はよせ。ユダヤ人たちの特徴を」

「私たちは金の亡者。でしょ?知られてないのは食べ物のアレルギーの件。チーズ、パン、お肉。食べたら即死。私を殺したいなら、それが一番よ。ビスケットも致命的」

 

懸命にメモを取るジョジョ

 

「お母さんがパンを。優しいわ。人間扱いしてくれる」

「下等な人間だ」

「あんたは?」

ユダヤ人が偉そうに!」

 

逆にジョジョは少女に捕まり、口を押さえられる。

 

「私の祖先は天使と戦い、巨人を倒神に選ばれし民族よ。あんたは、ちょび髭男に選ばれただけ。どっちが上?」

 

少女の名はエルサ。

 

ユダヤ人に関心を持ったジョジョは、そのエルサから様々なレクチャーを受ける。

 

エルサには婚約者のネイサンがいると知り、ジョジョは嘘の手紙を書いて読み上げる。

 

そこには、婚約解消について書かれているが、それを聞いたエルサが泣くと、直ちにそれを取り消す手紙を書いて読み上げる。

 

「また手紙が来たら知らせて」

「いいよ、分かった」

 

エルサとの交流で、徐々にユダヤ人少女への警戒心が解けて行き、アドルフの出番が減っていく。

 

 

人生論的映画評論・続: ジョジョ・ラビット('19)   生き抜く強さの連鎖が、刷り込まれた「英雄物語」を解体していく タイカ・ワイティティ

 より

こちらあみ子('22)   小さなスポットに置き去りにされた感情を共有できな無力感

1  「うぉー!これで赤ちゃんとスパイごっこができる!」

 

 

 

「のり君、知らん?」

 

放課後、友達に訪ね歩く小学生5年生の田中あみ子(以下、あみ子)。

 

見つからず家に帰ると、母が開いている書道教室を覗くと、そこにのり君がいた。

 

生徒の一人の坊主頭が、「あみ子だ!」と指を差す。

 

「あみ子さん、あっちで宿題してなさい」

「入ってらんもんね。見とっただけじゃ」

「いけません」

「あみ子も習字する」

「宿題終わってないのに、お習字してはいけません」

「じゃ、見とく」

「いけません。ちゃんと宿題して、毎日学校にも行って、先生の言うことも、ちゃんと聞けるんだったらいいですよ。できますか?授業中に歌を歌ったり、机に落書きしたりしませんか?ボクシングも裸足のゲンもインド人も、もうしないと約束できますか?できるんですか?できますか?」

 

あみ子は母の話はうわの空で、母の口元もの大きなホクロを見つめている。

 

道教室が終わり、のり君を捕まえ、金魚たちの墓参りに誘う。

 

のり君は儀礼的に誘いに応じ、さっさと帰っていく。

 

その日はあみ子の誕生日で、父がプレゼントを渡すや、包装紙を乱暴に剥(は)がすと、あみ子が欲しがっていたトランシーバーが入っていた。

 

「うぉー!これで赤ちゃんとスパイごっこができる!」

 

更に父は、生まれてくる赤ちゃんの写真を撮ってあげるようにと言って、あみ子にインスタントカメラをプレゼントする。

 

早速、そのカメラの練習で、父母と兄・孝太の写真を撮るが、母が手鏡を持っ髪を直すのを待ってと言ったにも拘らず、そのまま撮ってしまうので、母は気分を害す。

 

母があみ子の好物の五目御飯を用意したが、「こっちがええ」と、父が買って来たクッキーを食べ始める。

 

クッキーのチョコレートだけをペロペロ舐めながら、ずっと母のホクロを見つめるあみ子。

 

そのことで、孝太に「じろじろ見過ぎるな」と注意され、「うん」と答えるあみ子だが、今度は兄の十円ハゲを見たいと、無理やり兄の頭を掴む。

 

翌日、のり君に一方的に話をして絡み、チョコと言いながらチョコのついていないクッキーを食べさすのだ。

 

大雨の日、母の陣痛が始まるが破水し、孝太と共に母を抱え、父が病院へ連れて行った。

 

留守番するあみ子は、兄を相手にトランシーバーの練習をするが、兄からの応答がない。

 

一旦帰って来た父が孝太に話をした後、その足で病院へ戻ってしまった。

 

「赤ちゃんは?どこにおるん?」

「どこにもおらん」

 

退院して布団で横になっている母に、おやつを運んだり、手品を見せたりするあみ子。

 

母と一緒に近所の公園へ行き、お弁当を食べる。

 

「孝太さんに貰ったお箸を使って、あみ子さんと一緒に作ったお弁当を食べて、お母さんほんと、嬉しいわ」

 

道教室を再開する話をし、あみ子も一緒に参加することを許可する母。

 

「今日から習字教室が始まるよ!」

 

帰りの会」の最中の教室に大声で呼びかけ、教師に注意されるあみ子。

 

そこに坊主頭が、のり君に投げキッスするあみ子とのり君を囃し立てると、のり君は「わー!」と叫び、下を向く。

 

それでものり君は、あみ子と一緒に帰り、あみ子は嬉しくてたまらない。

 

「僕、お母さんから頼まれとるだけじゃけぇね。“孝太君の妹は変な子じゃけど、虐めたりしちゃいけんよ”って。“何か変な事しようとしたら、注意してあげるんよ”って。じゃけぇ一緒に帰ってあげとんじゃ」

 

嫌がるのり君に、弟の墓の字を書いてもらうあみ子。

 

あみ子は母の手を引き、自分が作った弟の墓を見せるや、母はその場に蹲(うずくま)り号泣してしまう。

 

その声を聞きつけてやって来た孝太が、「何これ?」と墓のプレートを引き抜き、ちょうど帰って来た父が母を連れて行く。

 

その翌日、のり君が泣きながら父親に連れられ、謝罪しに来た。

 

学校であみ子は「お前のせいで怒られた」とのり君に蹴飛ばされる始末。

 

家に帰ると、変な臭いがすると騒ぐあみ子に、父は孝太がタバコを吸っているんだろと答える。

 

あみ子は孝太にやめさせようと圧(の)し掛かるが、反対に投げ飛ばされる。

 

「うっさいんじゃ!お前、死ね!」

 

タバコを吸っている孝太を咎めない無気力な父親。

 

道教室の生徒は激減し、勝手にゲームをしているが、母はうな垂れ注意もしない。

 

土足で上がって来た孝太が母に金をせびり、月謝を奪い取ろうすると、教室を覗いていたあみ子が阻止しようとして叩き飛ばされる。

 

孝太は既に不良仲間に入り、バイクを乗り回しているのだ。

 

例の一件以来、この家庭は内部から壊れ切っているようだった。

 

  

人生論的映画評論・続: こちらあみ子('22)   小さなスポットに置き去りにされた感情を共有できな無力感  森井勇佑 より

英雄の証明('21)  犯しやすい人間の脆弱性を細密に描いた映画の切れ味

1  「その時、思ったのです。これは何かの啓示で、私の行いは誤りであり、金かは返すべきなのだと」

 

 

 

イランの世界遺産ペルセポリス遺跡があるシラーズの街。

 

元妻の兄・バーラムからの借金を返済できずに告発され、刑務所に服役しているラヒム。

 

2日間の休暇で出所したラヒムは、婚約者・ファルコンデが拾った金貨を換金し、バーラムに返して自由の身になることを考えている。

 

早速、ファルコンデと貴金属店へ換金しに行くが、計算してもらうと返済額の半分にも満たず、後ろめたい気持ちもあるラヒムは、そのまま店を出る外になかった。

 

姉のマリの家に息子のシアヴァシュと共に住んでいるラヒムは、義兄のホセインに協力を求め、バーラムの店へ行く。

 

不在のバーラムにホセインが電話を掛けて、3年越しの借金の一部返済について交渉するが、「奴はペテン師だ。もう話すことはない」と相手にされない。

 

「全額返せたら、こんな屈辱も受けなかった」

「もし俺が小切手を用意できたら、750万トマンを毎月返せるか?」

「働くよ」

「どこで?」

「どこでもだ」

「その言葉を信じるよ」

「刑務所には戻りたくない」

 

しかし、バーラムが要求する借金の不足分の返済をホセインが小切手を切って肩代わりする案に、姉のマリは「先に仕事を見つけなさい」と難色を示す。

 

マリはラヒムが持っているカバンと金貨を見つけて不審に思ったのだ。

 

ラヒムはシアヴァシュを吃音矯正の教室へ連れて行き、そこに言語聴覚士として勤めるファルコンデに「後ろめたい」と告白する。

 

「神様への祈りが通じて奇跡が起きたはず」と信じるファルコンデは、今さら何を言うのかと呆れる。

 

「落とし主を探して」

 

ファルコンデはそう言い放ち、「君も来てくれよ」とラヒムの呼びかけを無視して去っていく。

 

銀行へ行くと、バッグの落とし主の申し出はなく、銀行の協力を得て、連絡先を刑務所にした張り紙を作り、随所に貼り出していく。

 

程なくして、落とし主の女性から電話が刑務所に入り、バッグの特徴などを確認したラヒムは姉の家に取りに行くように伝える。

 

マリの家に来たその女性は涙を流しながら、バッグを失くした経緯を話す。

 

「自分が外出中に夫や義兄に見つけられて、勝手に使いこまれるかと思うと怖かったんです。私が金貨を持っていたとバレないように、お金に換えるつもりでした…じゅうたん織で一生懸命に稼いで、内緒で貯めたんです。いつか困った時に使えるようにと」

 

落とし主の女性はバッグを受け取り、感謝して帰って行った。

 

ところが、この話が刑務所で美談として取り上げられ、テレビ局や新聞社から取材に来ると言うのだ。

 

「持ち主を見つけるために、君は休暇を惜しまず使った」とサレプール刑務所長。

 

困惑するラヒムは、幹部のタヘリに拾ったのは妻であることを告白するが、そのまま話せばいいと言われ、更に、まだ正式な妻ではなく、名前を出せないと事情を話す。

 

しかしタヘリは取り合わず、金貨を返したのだから問題ないと言い、早速テレビカメラが入り、取材を受けることになる。

 

「彼は真面目で正義感にあふれ、頼りがいもある実直な男です」とサレプール。

「彼は金銭的な苦労を抱えていましたが、人は欲望より善意を優先することを今回の行動で示しました」とタヘリ。

 

テレビが放送され、囚人たちに交じって、インタビュー映像を笑顔で見るタヘリ。

 

「なぜ刑務所に?」

「新しい商売を始めるために、融資を受けたんです。でも事業のパートナーにお金を持ち逃げされました。そして肩代わりした保証人に訴えられ服役したんです」

 

ラヘルがバッグを拾った場所を案内し、落とし主を探す張り紙を写し、所長たちはラヘルが如何に刑務所の文化活動に貢献しているかを称える映像が流される。

 

それを面白く思わない囚人の一人が「うまくダマしたな」と声をかけ、「奴らのケツ拭き役か…シャクリが自殺した件もお前なら暴露できたろ」と嫌味を言われるのだ。

 

その直後、タヘリが借金問題を解決するために仲介するが、一括返済を求め、今回の美談が「作り話」だと主張するバーラムと話は決裂するが、ラヒムはチャリティ協会に招待され、シアヴァシュと共に登壇する。

 

協会長のラドメヘルは、「無償の勇気に対する感謝の証しとして、彼に審議会の職を提供したい」との地方審議会からの申し出を紹介し、表彰状を渡す。

 

「私は金貨を売る誘惑に駆られました。しかし行った店がまずかったんです。店主が金貨の価格を計算しようとした時、計算機が壊れました。取り出したペンもインク切れでした。その時、思ったのです。これは何かの啓示で、私の行いは誤りであり、金かは返すべきなのだと」

 

会場でのラヒムのスピーチである。

 

万雷の拍手が起こった。

 

今度は息子のシアヴァシュにマイクが向けられる。

 

「僕は…お願いします。お金をたくさん借金した…お父さんが…刑務所に…戻らなくていいように、今日も持ってきました。僕の…お金…ここに」

 

吃音症の息子の父への思いが同情を誘い、多額の寄付が集まる。

 

この会場にはバーラムも来ていて、チャリティで集まった寄付金と仲間のカンパを足して返済することになった。

 

しかし、バーラムは1億5000万トマムの借金に対して「3400万じゃ話にならん」と言って席を立つ。(因みに、借金額1億5千万トマンは約400万円)

 

「女性たちだけでなく、囚人たちまで寄付してくれたんですよ。協力を」

「私をペテン師扱いか」

「彼の行いを評価してあげて」

「…過ちを犯さないことが、なぜ評価される?」

「何が不満なんです?」とラヒム。

「その恩知らずな態度だ」

 

席に戻ったバーラムは納得できない。

 

険悪なムードとなって、別室に連れ出されたバーレムは、テレビの取材で電話をかけた際に、「彼の行いに感動して釈放させたと言えば、あなたに対する視聴者の印象も良くなる」と言われたバーラムは、甥であるシアヴァシュの為だと同意する。

 

ラドメヘルから紹介された審議会の人事部長に面接すると、バッグを返した女性の電話番号や住所、バッグを返した証拠など詳しく質問されるが、ラヒムは何も情報を示すことができなかった。

 

「作り話かもしれないと…SNSなどでウワサが飛び交ってるんですよ」

「お疑いで?」

「私は信じませんが、問題はその内容です。最近刑務所で起きた自殺事件を隠ぺいするために捏造されたと…持ち主やご家族に来てもらってください。その人たちの証言と署名があれば、騒ぐ連中が来ても安心でしょう。やれますか?」

「はい」

 

かくて、「英雄の証明」への重くて艱難なラヒムの旅が開かれていく。

 

  

人生論的映画評論・続: 英雄の証明('21)  人間の脆弱性を細密に描いた映画の切れ味  アスガー・ファルハディ より

英雄の証明('21)  犯しやすい人間の脆弱性を細密に描いた映画の切れ味

 

1  「その時、思ったのです。これは何かの啓示で、私の行いは誤りであり、金かは返すべきなのだと」

 

 

 

イランの世界遺産ペルセポリス遺跡があるシラーズの街。

 

元妻の兄・バーラムからの借金を返済できずに告発され、刑務所に服役しているラヒム。

 

2日間の休暇で出所したラヒムは、婚約者・ファルコンデが拾った金貨を換金し、バーラムに返して自由の身になることを考えている。

 

早速、ファルコンデと貴金属店へ換金しに行くが、計算してもらうと返済額の半分にも満たず、後ろめたい気持ちもあるラヒムは、そのまま店を出る外になかった。

 

姉のマリの家に息子のシアヴァシュと共に住んでいるラヒムは、義兄のホセインに協力を求め、バーラムの店へ行く。

 

不在のバーラムにホセインが電話を掛けて、3年越しの借金の一部返済について交渉するが、「奴はペテン師だ。もう話すことはない」と相手にされない。

 

「全額返せたら、こんな屈辱も受けなかった」

「もし俺が小切手を用意できたら、750万トマンを毎月返せるか?」

「働くよ」

「どこで?」

「どこでもだ」

「その言葉を信じるよ」

「刑務所には戻りたくない」

 

しかし、バーラムが要求する借金の不足分の返済をホセインが小切手を切って肩代わりする案に、姉のマリは「先に仕事を見つけなさい」と難色を示す。

 

マリはラヒムが持っているカバンと金貨を見つけて不審に思ったのだ。

 

ラヒムはシアヴァシュを吃音矯正の教室へ連れて行き、そこに言語聴覚士として勤めるファルコンデに「後ろめたい」と告白する。

 

「神様への祈りが通じて奇跡が起きたはず」と信じるファルコンデは、今さら何を言うのかと呆れる。

 

「落とし主を探して」

 

ファルコンデはそう言い放ち、「君も来てくれよ」とラヒムの呼びかけを無視して去っていく。

 

銀行へ行くと、バッグの落とし主の申し出はなく、銀行の協力を得て、連絡先を刑務所にした張り紙を作り、随所に貼り出していく。

 

程なくして、落とし主の女性から電話が刑務所に入り、バッグの特徴などを確認したラヒムは姉の家に取りに行くように伝える。

 

マリの家に来たその女性は涙を流しながら、バッグを失くした経緯を話す。

 

「自分が外出中に夫や義兄に見つけられて、勝手に使いこまれるかと思うと怖かったんです。私が金貨を持っていたとバレないように、お金に換えるつもりでした…じゅうたん織で一生懸命に稼いで、内緒で貯めたんです。いつか困った時に使えるようにと」

 

落とし主の女性はバッグを受け取り、感謝して帰って行った。

 

ところが、この話が刑務所で美談として取り上げられ、テレビ局や新聞社から取材に来ると言うのだ。

 

「持ち主を見つけるために、君は休暇を惜しまず使った」とサレプール刑務所長。

 

困惑するラヒムは、幹部のタヘリに拾ったのは妻であることを告白するが、そのまま話せばいいと言われ、更に、まだ正式な妻ではなく、名前を出せないと事情を話す。

 

しかしタヘリは取り合わず、金貨を返したのだから問題ないと言い、早速テレビカメラが入り、取材を受けることになる。

 

「彼は真面目で正義感にあふれ、頼りがいもある実直な男です」とサレプール。

「彼は金銭的な苦労を抱えていましたが、人は欲望より善意を優先することを今回の行動で示しました」とタヘリ。

 

テレビが放送され、囚人たちに交じって、インタビュー映像を笑顔で見るタヘリ。

 

「なぜ刑務所に?」

「新しい商売を始めるために、融資を受けたんです。でも事業のパートナーにお金を持ち逃げされました。そして肩代わりした保証人に訴えられ服役したんです」

 

ラヘルがバッグを拾った場所を案内し、落とし主を探す張り紙を写し、所長たちはラヘルが如何に刑務所の文化活動に貢献しているかを称える映像が流される。

 

それを面白く思わない囚人の一人が「うまくダマしたな」と声をかけ、「奴らのケツ拭き役か…シャクリが自殺した件もお前なら暴露できたろ」と嫌味を言われるのだ。

 

その直後、タヘリが借金問題を解決するために仲介するが、一括返済を求め、今回の美談が「作り話」だと主張するバーラムと話は決裂するが、ラヒムはチャリティ協会に招待され、シアヴァシュと共に登壇する。

 

協会長のラドメヘルは、「無償の勇気に対する感謝の証しとして、彼に審議会の職を提供したい」との地方審議会からの申し出を紹介し、表彰状を渡す。

 

「私は金貨を売る誘惑に駆られました。しかし行った店がまずかったんです。店主が金貨の価格を計算しようとした時、計算機が壊れました。取り出したペンもインク切れでした。その時、思ったのです。これは何かの啓示で、私の行いは誤りであり、金かは返すべきなのだと」

 

会場でのラヒムのスピーチである。

 

万雷の拍手が起こった。

 

今度は息子のシアヴァシュにマイクが向けられる。

 

「僕は…お願いします。お金をたくさん借金した…お父さんが…刑務所に…戻らなくていいように、今日も持ってきました。僕の…お金…ここに」

 

吃音症の息子の父への思いが同情を誘い、多額の寄付が集まる。

 

この会場にはバーラムも来ていて、チャリティで集まった寄付金と仲間のカンパを足して返済することになった。

 

しかし、バーラムは1億5000万トマムの借金に対して「3400万じゃ話にならん」と言って席を立つ。(因みに、借金額1億5千万トマンは約400万円)

 

「女性たちだけでなく、囚人たちまで寄付してくれたんですよ。協力を」

「私をペテン師扱いか」

「彼の行いを評価してあげて」

「…過ちを犯さないことが、なぜ評価される?」

「何が不満なんです?」とラヒム。

「その恩知らずな態度だ」

 

席に戻ったバーラムは納得できない。

 

険悪なムードとなって、別室に連れ出されたバーレムは、テレビの取材で電話をかけた際に、「彼の行いに感動して釈放させたと言えば、あなたに対する視聴者の印象も良くなる」と言われたバーラムは、甥であるシアヴァシュの為だと同意する。

 

ラドメヘルから紹介された審議会の人事部長に面接すると、バッグを返した女性の電話番号や住所、バッグを返した証拠など詳しく質問されるが、ラヒムは何も情報を示すことができなかった。

 

「作り話かもしれないと…SNSなどでウワサが飛び交ってるんですよ」

「お疑いで?」

「私は信じませんが、問題はその内容です。最近刑務所で起きた自殺事件を隠ぺいするために捏造されたと…持ち主やご家族に来てもらってください。その人たちの証言と署名があれば、騒ぐ連中が来ても安心でしょう。やれますか?」

「はい」

 

かくて、「英雄の証明」への重くて艱難なラヒムの旅が開かれていく。

 

  

人生論的映画評論・続: 英雄の証明('21)  人間の脆弱性を細密に描いた映画の切れ味  アスガー・ファルハディ より

ハケンアニメ!('22)   「義務自己」「理想自己」を粉砕する原点回帰への時間の旅

1  「今回のクール、視聴率から何まで全部勝って、覇権を取ります!」  

 

 

 

「どうしてアニメ業界なんですか?」

「誰かの力になる、そんなアニメを作るためです」

「国立大学を出て県庁で働いているでしょ?なんでわざわざ?」

「王子千晴(おうじちはる)。王子千晴監督を超える作品を作るためです」

 

斉藤瞳の転職先である、アニメ制作大手「トウケイ動画」の面接での会話である。

 

7年後。

 

編集スタジオ ピー・ダック。

 

チーフプロデューサーの行城理(ゆきしろおさむ)に抜擢された瞳は、初めて新人監督の作品として、『サウンドバック 奏(かなえ)の石』(以下、『サバク』)のテレビ放送に向け奮闘しているが、スタッフとの意思疎通がうまく取れず、ストレスを溜めている。

 

彼女の覇権争いの対象作品は、憧れの王子千晴監督の『運命戦線 リデルライト』(以下、『リデル』)であり、その王子を支えるプロデューサーは有科香屋子(ありしなかやこ)。

 

物語は、同じ土曜5時に放送される両者のテレビアニメの視聴率を巡る覇権争いとして展開する。

 

【「覇権」とは、アニメ業界で、1クールもしくは1年間の間で、映像ソフトを最も売り上げたとされるアニメ。 それぞれ、クール覇権と年間覇権と呼び分けられ、クール覇権は「冬」「春」「夏」「秋」の4作品のこと】

 

肝心な王子は時々行方をくらます悪癖があり、今回もまた、連絡が全く取れないで有科を悩ませている。

 

行城はアニメ雑誌の『サバク』の表紙の作画を、スタジオ「ファインガーデン」の「神作画」で有名なアニメーター並澤和奈(なみさわかずな)に強引に依頼し、引き受けてもらう。

 

「日本を代表するエンターテインメント、アニメ。その市場規模は2兆円とも言われ、毎クール50本近い新作が、今、この瞬間も生み出されている。制作現場で働く人々は、最も成功するアニメ、つまり、『覇権』を取るアニメを生み出すために日夜戦っている。彼らが目指す最高の頂。それがハケンアニメなのだ!」(ナレーション)

 

コンテ撮→作画打ち合わせ→線撮→美術・CG打ち合わせ→美術→仕上げ→撮影。

 

これがアニメ制作の行程である。

 

そのアニメ制作の監督の立場にある瞳は、スタッフに細かな指示を出すが、上手く伝わらない。

 

相手に聞く耳を持たせる力量不足もあるが、「無意識の偏見」(女性・新人監督)によって、端から相手にされていないようだった。

 

脚本会議が終わり、残って絵コンテを描きたいと言う瞳を、行城が強引にフィギアの打ち合わせとファッション誌の取材に連れ出す。

 

四季テレビの製作局長・星に、一週間音沙汰のない王子について詰問される有科。

 

「王子監督。何年か前に急に降りてるよね。戻って来なかった場合、あなたに責任取れるの?億単位の金がかかってるんだよ!」

 

何も答えられない有科は、『リデル』の監督交代候補リストを渡される。

 

一方、録音スタジオで、主役担当の声優・群野葵(むれのあおい)のセリフの音入れで、何度もダメ出しする瞳。

 

群野はついに泣き出し、スタジオを出て行ってしまった。

 

「私は反対したんです。ルックスだけで実力のないあの子入れるの」

「彼女は人気があります。客を呼べる。そうでもしないと、無名監督のあなたは、王子千晴に勝てません」と行城。

 

自宅に帰ると、アパートの隣室に住む小学生のタイヨウが、瞳の飼い猫と遊びにベランダに上がり込んでいた。

 

「好きなアニメとかある?」

「ない」

「あまり好きじゃない」

「て言うか、好きじゃない。アニメってみんなウソじゃん。現実にはヒーローとかいないし、あんなの信じて、みんなガキだよ」

 

瞳は自分が子供の頃のことを思い起こす。

 

友達の差し出す魔法のステッキを拒絶し、「この世界には魔法なんてないんだよ」と言い返す少女・瞳。

 

そして、瞳と王子の対談の当日。

 

然るに、この期に及んで姿を見せない王子に、有科は諦めの境地になっていた。

 

そこに突然現れた王子を、思い切り殴り飛ばす有科。

 

ハワイに行っていたという王子は、11話までを描き上げており、最終話はこれからだと言うや、有科に絵コンテを渡す。

 

大勢のファンたちが集合する会場の舞台に登壇するのは、圧倒的人気を誇る王子と、おまけのような無名の新人・瞳。

 

それぞれのアニメ映像が流れ、作品について自ら解説する。

 

アニメは「オタクや一部のファンのものではなく、普通の人の一般的なものへ変化しつつあります。更に、一億総オタク化という言葉すら生まれています」という司会者の物言いに異を唱える王子。

 

「ずいぶん、上からの言葉ですね。あのさ、世の中に、普通の人なんていないすよ…暗くも不幸せでもなく、まして現実逃避するでもなく、この現実を生き抜くための力の一部として俺の作品を必要としてくれるんだったら、俺はその人のことが自分の兄弟みたいに愛おしい。なぜなら俺もそうだったからね。だから、総オタク化した一部の人々なんていう抽象的な表現じゃなくて、そういう人のために仕事ができるんなら、俺は幸せです」

 

約束されたように沸き起こる万雷の拍手。

 

今度は、王子監督の『光のヨスガ』に憧れてアニメ業界に入ったという瞳に話が振られる。

 

「私、子供の頃、アニメに全然興味なくて、魔法少女に選ばれるのはいつも最初からキレイな家で、可愛い顔している一部の女の子だけだって思ってました。でも、『ヨスガ』は違った。団地に住んでる何でもない子が主人公で、私の子供の時と変わらなくて。『ヨスガ』に会って、初めて今までの自分の人生が肯定されました。魔法にかけられた。私がこの業界に入ったのは、見てくれた人に魔法をかけられるような作品を作るためです。だから、憧れの王子監督が裏の枠にいるのは光栄です」

「どうもありがとう。でも、そっちが裏ね。こっちは表」

「それは視聴者が決めることだと思います」

「確かに。じゃ、視聴者に決めてもらおう。どっちが表か」

 

ここで瞳は立ち上がり、王子に宣戦布告する。

 

「私、負けません!!」

「どうした急に」

「…今回のクール、視聴率から何まで全部勝って、覇権を取ります!」

 

会場を包み込むような哄笑(こうしょう)の渦。

 

その様子を真顔で見つめる行城。

 

対談が終わり、王子は有科に訴える。

 

「最終話でさ、主人公殺しちゃダメ?今度こそ、ちゃんと殺したいなって」

「夕方5時は、子供が観る枠です」

「有科さんって、枠とかで内容変える人なんだ」

 

一方、瞳は「言い過ぎた」と悔いて、悄然(しょうぜん)として俯(うつむ)くことになる。

 

放送局の幹部会議で、有科は王子の最終話の意向を、主人公の死を例えとして伺いを立てるが、呆気なく却下されるのは自明だった。

 

その直後、王子の家を訪ねた有科は、土産を買ったレシートからハワイには行かず、ホテルにいたことを知るに至り、本音を吐露する王子。

 

「描くことの壁は、描くことでしか超えられないんだ。気分転換なんて、死んでもできない。ひたすら、噛り付くようにやるしかないんだ」

 

初回放送の日の、それぞれのイベント。

 

サウンドバック』公開招待上映会は、アイドルの群野を目当てに多くのファンが集まり、登壇した瞳は、群野の音頭で万雷の拍手を浴びる。

 

初回の視聴率は同率1位。

 

しかし、2回目は早くも『リゲル』が1位となり、SNSの話題は「リゲル」を絶賛するものばかりとなり、その差はどんどん開いて『リゲル』の独走状態となる。

 

声優の群野とは相変わらずしっくり行かず、王子にも彼女のインスタやツイッターをチェックしたかと心配される始末。

 

スタッフも匙を投げ始め、「新人で、しかも女の監督」で元々反対だったと話しているのを耳にしてしまう瞳。

 

「所詮、代打か」と宣伝担当の越谷。

「次はないっすね。こんな大舞台でコケたら」と制作デスクの根岸。

 

精神的に追い詰められていく新人監督が、意地でも捨てられないスポットで辛うじて呼吸を繋いでいた。

 

  

人生論的映画評論・続: ハケンアニメ!('22)   「義務自己」「理想自己」を粉砕する原点回帰への時間の旅  吉野耕平 より 

 

 

ヤクザと家族 The Family ('21)   求めても、求めても得られない「家族」という幻想

1  「これで、家族だな」「親分、宜しくお願いします」

 

 

 

1999年。

 

覚醒剤の売買をシノギとしてきたヤクザの父親の葬儀に、バイクで駆けつけた山本賢治(以下、山本)。

 

顔見知りのマル暴の大迫(おおさこ)に声をかけられた。

 

「お前は、父親みたいになんじゃねぇぞ」

「おめえに関係ねぇだろ」

 

外で待っていた手下の細野と大原とを随行させ、バイクを走らせていると、車で覚醒剤を売っている男を発見する。

 

山本はその男を殴って覚醒剤の入ったバッグを奪い、現金だけ奪って海に投げ捨てる。

 

その金で、母と慕う木下愛子(以下、愛子。「オモニ」と呼ばれる)の韓国料理店で食事を摂る3人。

 

愛子の夫の木村は、以前、柴咲組(しばさきぐみ)の若頭だったが、抗争で命を落としている。

 

そこに柴咲組の組長・柴咲博が幹部の中村努らを連れ、会食のために入店して来た。

 

突然、武装した男たちが乱入して暴行し、柴咲に拳銃を向けた。

 

その様子を見ていた山本は、拳銃を向けた男の頭を鉄鍋で思い切り殴り倒す。

 

「おめえら、うるせぇんだよ!」

 

パトカーのサイレンが聞こえ、山本ら3人はそのまま逃走した。

 

翌朝、乱雑に散らかるアパートに戻った山本の元に中村が訪れ、組の事務所へ連れて行く。

 

待っていた柴咲が、昨日の礼を言うが、山本は「別にあんたら助けたわけじゃない」と素っ気ない。

 

「ヤクザにはならねぇよ」

「うちは、シャブには触らんよ」

 

山本の尖った態度にも、大らかに接する柴咲。

 

山本は柴咲の名刺を受け取り、帰途につくと、覚醒剤を奪ったことで侠葉会(きょうようかい)の組員に追い詰められ、激しい暴行を受ける。

 

若頭の加藤は覚醒剤を海に捨てたと知ると、山本ら3人を臓器売買に引き渡すため、港へ連行した。

 

そこで、山本が柴咲博の名刺を所持しているのを手下の川山が発見し、先年、手打ちにした柴咲組に疑義の念を抱く加藤は、柴咲が裏で糸を引いていると責めるのだ。

 

「柴崎組なんか、関係ねぇ。俺は、山本賢治だ!」

 

加藤は柴崎組に連絡を入れ、山本は柴崎の元に引き取られる。

 

「何か、えらく頑張ったらしいな、賢坊。行くとこあんのか、賢坊」

 

柴崎に優しく声をかけられた山本は、堰を切ったように号泣する。

 

これで腹が決まったのか、ヤクザ嫌いの山本は柴咲と「親子盃」を交わすのである。

 

「これで、家族だな」

「親分、宜しくお願いします」

 

かくて、ヤクザを拒絶してきたチンピラが、ヤクザの闇の世界に吸い込まれていくのだ。

 

【「親子盃」とは、親分と子分の関係を特定化し、親分に自分の命を預けるための儀式】

 

  

人生論的映画評論・続: ヤクザと家族 The Family ('21)   求めても、求めても得られない「家族」という幻想    藤井道人 より

TITANE/チタン('21)   ジェンダーの矮小性をも超える異体が産まれゆく

1  「お前に手を出す者は、俺が殺す。俺がお前を殴ったら自殺する」

 

 

 

少女アレクシアは、父親が運転する後部座席から運転席を蹴り続け、運転を妨害する。

 

更にシートベルトを外して立ち上がるアレクシアを制止しようと、父親が後ろを振り向いたところで車は大きくスピンし、事故を起こしてしまう。

 

損傷した頭蓋骨にチタンを埋め込む手術を施され、神経が繋がったところで退院したアレクシアは、車に対する愛情を露わに表現するのである。

 

成人したアレクシアは、右側頭部に手術痕を残しながら、今やモーターショーのショーガールとして人気を博している。

 

ショーが終わってファンたちのサインに応じ、帰宅するところを男に追いかけられた。

 

車に乗ったところで、サインが欲しいという男のキスに応じたが、アレクシアは髪をまとめた鋭い金属製のヘアピンを男の耳に刺し、殺害してしまうのだ。

 

遺体を運び、吐瀉物の汚れを落としにショールームに戻ってシャワーを浴びていると、ドアを激しく叩く音が耳に入ってきた。

 

全裸のままドアを開けると、ショールームのマッスルカーがスポットライトを点灯させ、その誘いに導かれ、アレクシアは車に乗り込み、件(くだん)のマッスルカーと激しくセックスする。

 

自宅に戻ったアレクシアは、父親と会話を交わすことなく、それぞれに朝食を摂り、テレビではニュースが流れている。

 

「南仏東部で恐ろしい事件が。木曜日に47歳に男性の遺体が見つかったのです。今年4人目の被害者であり、これ以前に男性2人女性1人が殺されています…」

 

そのニュースを聞いた父は、一瞬、アレクシアの方に視線を向ける。

 

母親に元気かと聞かれ、「お腹が痛い」と答えると、医師である父に診てもらえと言われるが、迷惑そうな表情を見せる父。

 

触診して、「何でもない」とあっさり済ませるのみ。

 

その後、同じショーガールジャスティーヌと愛し合い、身体を重ねるが、乱暴に扱うので続かず、途中で嘔吐したアレクシアは、バスルームで妊娠検査をして陽性結果が出る。

 

ヘアピンで膣を刺して手ずから中絶を図るが、黒いエンジンオイルが出てくるだけで頓挫する。

 

案じるジャスティーナと再び結ばれようとするが、またしてもヘアピンで刺殺し、ホームパーティーに集まっていた他の男女3人も次々と殺害してしまうのだ。

 

自宅に戻り、着ていた服に火を点け、燃え盛る炎に見入り、部屋にいた父親を閉じ込めて逃走する。

 

ヒッチハイクで駅に向かうが多数の警察の検問があり、既に特定され、指名手配されていたアレクシアは行方不明者の掲示板にある“アドリアン・ルグラン”に成り済ますことを企図する。

 

その直後の行動は常軌を逸していた。

 

トイレに入って髪を切り、胸と腹にテーピングした上に、自ら殴りつけ、鼻をへし折り、男に変装したのである。

 

警察に名乗り出たアレクシアは、アドリアンの父ヴァンサンの面会を受ける。

 

DNA鑑定を促されるが、ヴァンサンは「息子なら分かる」と言って一蹴する。

 

彼はアレクシアをアドリアンと認め、車で自宅へ連れ帰っていく。

 

終始無言のアドリアンの手を握り、嗚咽するヴァンサン。

 

「話す気になったら話せ」

 

突然、車から降りて逃走するアドリアンを捕捉するや、ヴァンサンは言葉を添えた。

 

「お前に手を出す者は、俺が殺す。俺がお前を殴ったら自殺する」

 

消防隊長をしているヴァンサンは、消防署にある自宅に戻ると、出迎えた隊員のライアンに息子であるアドリアンを紹介するが、一貫して反応しない。

 

部屋に着いたアドリアンは上半身に撒いたテープを外し、ベッドに横たわる。

 

ヴァンサンが服を脱いで寝るようにと近づくと、蹴り返すアドリアン

 

そのヴァンサンは、日夜ステロイド注射をして男性性を保持し、常に体を鍛えている。

 

翌日、アドリアンの髪を切り、消防隊員の制服を着せ、隊員たちに「私は神だ。神の子はキリストだ」であると強制的に紹介し、隊員らは絶対的な権威の前に服従するのみ。

 

いつまでも無言を通すアドリアンに業を煮やしたヴァンサンは苛立ち、汚れた服の胸のあたりを見せろと言われ、極度に体に触れられることを拒絶するアドリアンは、部屋を出て行こうとするが鍵がかけられていて、もう打つ手がなかった。

 

音楽をかけ、踊りに巻き込むヴァンサンだが、アドリアンの頬を叩いて挑発するヴァンサンをアドリアンは押し倒して殴りかかり、ヘアピンを手にするが、全く相手にならなかった。

 

「なぜ出て行こうと?ここが家だ」

 

ヴァンサンが鍵を渡すと、アドリアンはそのまま出て行った。

 

感情の起伏が激しいのか、絶望したヴァンサンは薬を飲み、注射を過剰摂取して倒れてしまうのだ。

 

喪失感を埋められないようだった。

 

街に出てバスに乗ったアドリアンだったが、出発前に下りて家に戻り、バスルームで動かなくなっているヴァンサンを発見し、一旦はヘアピンで殺そうとするが何も成し得なかった。

 

アドリアンの変化が垣間見えるカットである。

 

「パパ、起きて、パパ!」

 

初めて声を出したアドリアンは、ヴァンサンを抱き寄せた。

 

そんな中、腹部が膨れてきたアドリアンは、クロゼットのワンピースを着て、鏡に映す。

 

ヴァンサンがやって来て、その姿態を視界に収めることなく、「一体、何してるんだ」と難詰(なんきつ)するが、隠せぬ思いを吐露する。

 

「…やはり、お前は俺の息子だ」

 

アドリアンが見ていた息子の幼い頃のアルバムをめくり、クッションを抱いたアドリアンを抱き締める。

 

まもなく、母親の通報で息子の薬物過剰摂取の救助に立ち会ったアドリアンは、同時に卒倒して倒れた母親の蘇生処置を任され、ヴァンサンの指示のもと実行していく。

 

母親の息が吹き返し、人命救助に携わったアドリアンを聢(しか)と抱き締めるヴァンサン。

 

ライアンがスマホでアレクシアの指名手配の画像を見て、アドリアンに疑義の念を抱く。

 

「君の正体は?」

 

その問いに笑って見せるアドリアン

 

隊員達が集まり、音楽に合わせて気持ちよさそうに踊るヴァンサン。

 

ライアンに呼ばれ、アドリアンについての話をしようとするが、「息子の話はするな」という一言で終止符。

 

ライアンは頷くしかなかったが、その足でアドリアンに言い放つ。

 

「前にいたところへ戻れ!いいな?このままだと、ただじゃすまないぞ!」

 

アドリアンはヴァンサンのもとへ行き、手を繋いで踊り、笑みを交わす。

 

抱き寄せられ、体を回転させるアドリアン

 

至福のひと時を過ごすのである。

 

  

人生論的映画評論・続: TITANE/チタン('21)   ジェンダーの矮小性をも超える異体が産まれゆく  ジュリア・デュクルノー より