多摩森林科学園の春

 JR高尾駅で下車し、北口から10分ほど歩けば辿り着く多摩森林科学園

 かつて浅川実験林と呼ばれていた頃から、サクラ保存林として名高い件の多摩森林科学園に、私は殆ど毎年のように通い詰めていた。

 当時は入園料もなく、入口でサインするだけで8haもある広い敷地の中を、コースに沿って自由に散策できたものだが、1988年に「森林総合研究所多摩森林科学園」と改称した辺りから一般的に知られるようになり、私が最後に行った2000年には、多くの人が引きも切らず詰めかけて、狭いコースで身動きできないほどの混雑ぶりだった。

 各種のサクラの開花がピークアウトを過ぎ、新緑に彩りを変容させる4月末期には、濃桃色の八重の花を凛と咲かせるカンザンを目前にした、休憩スポットでのお花見風景を見ていると、つくづく「サクラ好き」の日本人の文化的特性を、今更のように感じてしまうもの。

 そんな日本人の「サクラ好き」の理由が、優雅に咲かせた一瞬の「美」が、風雨の洗礼を受けた翌日には葉桜になってしまう、見事な「散り際の美学」にあるという俗説が浸透しているが、私はそうは思わない。

 なぜなら、日本人が好きな花はサクラの花に限らないからだ。

 ウメ、ツツジアジサイ、キクなどの花も、それぞれの季節には花見の催しがあって、その名所も日本各地に散在している。

 思うに、これらの花は全て花期が長く、散り際も決して美しいとは言えないのである。

 では、どうして日本人の「サクラ好き」だけが、そこだけは特別の何かのように言われ続けるのだろうか。

 その答えは、一つしかないと思う。

 要するに、エドヒガン系のサクラと、オオシマザクラの交配によって生まれた奇跡的な品種であるソメイヨシノという花の、他を圧倒するが如き出色の美しさ。

 これに尽きると思う。

 それ以前の花見の定番と言えば、吉野山に代表されるヤマザクラだったが、好みの違いで分れるだろうが、山地に自生するこの花は、開花と同時に赤味を帯びた若葉が出て葉桜となるので、花の色と若葉の赤味が混淆された分、色彩の密生度が不足がちの印象を与えてしまうのである。

 そのことを考えるとき、満開時に、長く伸びた枝に花だけがびっしり密生することで、ソメイヨシノの美しさは比類がないものとなっているのだろう。

 淡紅白色の5弁の花をつける、群を抜いた密生度の高さこそ、眩い色彩の外見的な訴求力を誇るソメイヨシノの人気、即ち、日本人の「サクラ好き」の最大要因であると言っていい。

 この外見的な訴求力は、周囲の風景をも変容させる力を持っている。

 そう思うほどに、魅力的な花であり、まさに、「光の春」と「気温の春」を特徴づける「陽春」を代表する花 ―― それが、ソメイヨシノなのである。

 ともあれ、そんな「サクラ好き」の日本人が、600種以上、1700本のサクラの花が、一カ月の長期にわたって、順次に咲いていく壮観さを堪能できるスポット、それが高尾にある多摩森林科学園である。

 当然、このサクラ保存林だけはソメイヨシノ人気とは無縁に、「サクラ好き」の日本人を存分に惹きつける風景美の魅力に溢れているが故に、私のように、開花期の微妙な差異が見せる様々な相貌を画像に収める趣味を持つリピーターが増える因子になっているのだろう。

 私としては、薄い紅色の花を咲かせるコヒガンザクラと、濃桃色系のカンザンの花が最も好みであるので、それらの花の満開時に足繁く通うことが多かった。

 その混雑ぶりも忘れるほど、高尾の特定スポットで絢爛の美を誇るサクラ保存林に、年中行事のように通い詰めていた頃から、早11年。

 今は、多摩森林科学園に関するブログの紹介などで、鮮度の高い画像に見入って、一人懐かしがっている日々を過ごしている。

 
[ 思い出の風景   多摩森林科学園の春 )  ]より抜粋http://zilgf.blogspot.com/2011/09/blog-post_12.html