隠された記憶('05) ミヒャエル・ハネケ <メディアが捕捉し得ない「神の視線」の投入による、内なる「疚しさ」と対峙させる映像的問題提示>

 差出人不明のビデオテープが届く事態に不安を募らせていく、テレビ局の人気キャスターの夫と、出版社に勤務する妻。

 夫の名は、ジョルジュ。

 妻の名は、アンヌ。

 そこに送付されていた、子供が血を吐く拙い絵。

 更に、今や介護者と共に暮らす実母が住む、ジョルジュの生家を写すビデオテープが届くに及んで、ジョルジュは忘れていた遠い昔の記憶を想起する。

 そのビデオテープと共に送付されていた拙い絵に描かれていたのが、鶏の頸を切って、鮮血が迸(ほとばし)るものだったからだ。

 生家に出向くジョルジュ。

 自慢の息子の珍しい訪問を歓迎しながらも、深刻な事情を察知した母は直截に聞いていく。

 「どうしたの。悩みでもありそうだね?」
 「何でもないよ」

 映像で初めて見せるジョルジュの穏やかな表情には、最も聞きたいことがあっても、母に心配をかけまいとする配慮が窺えるのだ。

 「どこか変だよ。心配になってきた。話してごらん」
 「何でもないよ」

 結局、近況報告に終始した母子の会話だった。

 最も聞きたいこと ―― それは、6歳のとき、養子にしていたマジッドについてのことである。

 養子にしていたマジッドを孤児院に送り込んだ過去が、差出人不明のビデオテープの事件に絡んでいると確信したから、ジョルジュは生家に出向いて来たのだ。

 「思い出したくもないね」

 母の一言で、息子はマジッドの件に触れずに話を切り上げ、眠りに就いた。

 その夜、悪夢を見て、うなされるジョルジュ。

 鶏の頸を切断した一人の少年が、傍にいた別の少年に斧を手に向ってくる悪夢である。(トップ画像)

 前者の少年がマジッドであり、後者の少年がジョルジュであることは、やがて物語の中で判然とするが、ここでは、「過去の忌まわしい記憶」に呪縛されているジョルジュの恐怖の片鱗が描かれているだけだった。

 帰宅したジョルジュが、次に送られたビデオテープを、妻のアンヌと共に見ている。

 これが、その直後の映像だ。

 今度は、ストリートと集合住宅が写されたビデオである。

 警察に相談しようという妻の意見を擯斥(ひんせき〉して、「思い当たる人がいる」と答えるジョルジュ。

 彼は、その集合住宅の部屋にマジッドが住んでいると確信しているのである。

(人生論的映画評論/隠された記憶('05) ミヒャエル・ハネケ <メディアが捕捉し得ない「神の視線」の投入による、内なる「疚しさ」と対峙させる映像的問題提示>)より抜粋http://zilge.blogspot.jp/2011/10/05.html