反偉人論

 民主主義や愛を語る人が、常に謙虚な博愛主義者であるとは限らない。

 多弁なヒューマニストはまず怪しいが、寡黙なエピキュリアンというケースも大いにあるので、語らない人が必ずしも美徳の体現者であるとは、当然言い切れない。どだい、人間を特定の尺度で測ってしまうことが既に充分に傲慢なのである。

 多くの子供向けの偉人伝の弊害もまた、特定の尺度で人間を評価してしまう、その乱暴な人間観にある。大体、人間を「偉人」と「凡人」に分ける、二分法そのものが愚劣なのである。

 偉人伝という枠組みが既に合理性を持たず、当然、そこからドロドロした人間的感情が排除されていくから、例えば、ゴッホという厄介な人格を、「炎の人」という耳障りのしないイメージのうちに奇行の一切までも収斂させていくことで(「寛大効果」と言う)、その時々の苦悩の根柢にあったものが曖昧になり、結局、根拠の稀薄なイメージをなぞっただけのフラットな人間観で誤魔化すしかなくなるのである。
 
 どれほど善行を積んだ人間にも、語られたくない闇の記憶を持ち、悪行の限りを尽くした凶悪犯にも微笑ましいエピソードの一つくらいはある。

 人間をこのように把握できない人は、自分にない他者の抜きん出た能力を誇張して捉え、根拠なしに天才と呼んだりもする。また逆に、自分にない欠陥を他者の中に見ると、その他者が理解不能の欠陥人間であると決め付けたりもする。人間の多様性を理解していくパンフォーカスな能力を持たないと、他者を部分部分で切り取って、そこに過剰な思い入れをした果てに、勝手に失望したり、勝手に心酔したりする主観のゲームをいつまで経っても克服できなくなるであろう。
 
 例えば、かのベートーベンは音楽の天才も知れないが、果たして「偉人」と称えられるほどの人物であったか、大いに疑問である。

 弟の子、カールをその実母と親権を争った末に奪った挙句、その滅茶苦茶な教育実践の故に、「愛する甥」を自殺未遂事件にまで追い込む始末。当人のカールは、終始養父(ベートーベン)から逃れたいと訴えていたと言う。

 些か誇張して言えば、ベートーベンは終生、自分の激しい感情を抑えられず、それを周囲に発散することによってしか、他者との関係を構築できないような未成熟な自我を持っていたということだ。
 
 この自我が特定の才能と結合したことで、歴史に残るような芸術世界を作り上げたからといって、彼を「偉人」に祭り上げるようとする発想それ自身がおぞましい。詰まる所、ベートーベンという商品価値は、その個性的で類稀な音楽的表現力のうちに、過激なまでに非妥協的で、エゴイスティックな人間性が、ファン・ゴッホにも通底するような、「激情性」という親和価値として収斂されることで、初めて眩いまでの統合性を獲得するに至ったのである。

 芸術と激情性の結合が、そこに抜きん出た統合性を顕示し、これが商品価値となって印象的なイメージで固めていく。特定の尺度で測っていくことで仮構されたイメージからは、商品価値と看做(みな)されることがない情報は、当然の如く排除される。その文脈のうちに、数多の偉人伝が誕生するのだ。

 芸術家は、その優れた作品群(つまり、商品価値としての一次的個性)のお蔭で、彼の破天荒な性格までも個性と看做(みな)され、しばしば商品価値を高めるということだろう。

 偉人伝の許容域から逸脱するだろうが、夭折したロックシンガー、尾崎豊の「純粋さ」が、実際の所、未成熟な自我の裏返しでしかないのにも拘らず、当時、彼を支持するティーン・エイジャーの熱狂によって、法外な付加価値をもたらした事実も、以上の例に漏れないということである。

 もっとも現代の平均的ティーン・エイジャーには、尾崎の「反抗」の意味が判然としないと考える傾向が顕著なようだ。(注1)

 ともあれ、このような偉人伝に、果たして学ぶべきどのようなエキスが含まれていると言うのか。

 私たちはそこで、人間の学習をするつもりになっても、出会うのはいつも美化され、神懸かったエピソードばかりだから、まともな神経の持ち主なら、そこでの昂揚感を簡単に絶対化したりしはしないはずである。

 ところが、感動経験を相対化できない人がいて、このような御仁が未知のゾーンに連れていかれてしまうと、何かすぐメロメロになったりするから厄介なのだ。このような御仁が、常に偉人伝や大ヒーローを必要としてしまうのだろう。偉人伝を待望する欠損感覚を自覚し、それに耐える自我こそ切望されるのである。
 
 反偉人論の言及のついでに、特定の人格が商品価値を持ち得る例を、良寛上人の晩年の「ストイック」な生き方で見てみよう。

 良寛上人の童心性、純粋な心情、素朴さ、無欲な心、平和主義的なメンタリティなどは、良寛上人を象徴する重要な性格因子であり、枢要な人間的価値ではあるが、それだけで商品価値になるかどうかは必ずしも決められない。

 なぜなら、この世の中に純粋で、子供っぽい大人はゴロゴロいるが、私たちは彼らを「現代の良寛」とは呼ばないのだ。寧ろ、「キダルト」という流行語に象徴されるように、「子供っぽい大人」=「大人になれない未熟な男」と蔑視するのが通り相場ではないか。

 良寛の童心性が商品価値を持つのは、良寛曹洞宗の僧侶という、当時にあって社会的にハイレベルな階層に属していると認知されていたからであり、且つ、貞心尼(深く心を通わせた弟子)の「蓮(はちす)の露」に遺された和歌や、「天上大風」などの書などに見られる文才、詩才に長けた有能な文化人としての周囲の評価が存在したからである。

 だからこそ、村民は商品価値を有する彼の揮毫(きごう)の書を求めて、足繁く越後国上寺(こくじょうじ・現新潟県燕市)の五合庵(写真)を訪ねたのである。かくも偉大な文人僧侶が20年間の長きにわたって住み、そのことを鼻にかけないで、村の子供たちと無邪気に遊んだからこそ、良寛伝説が誕生したのであって、決してその逆ではないことを理解すべきだろう。

 即ち、良寛の童心性は、本来の商品価値である個性(有能な文人僧侶)と結びつくことで、初めて商品価値を持ったのである。

 更に言えば、70歳の良寛上人が30歳の貞心尼との間に、男女の関係があったとしても何ら不思議なことではないし、その辺の最も人間的な振舞いを禁忌にしてしまう発想自体の方が、何より「非人間的な人間把握」であると言えるだろう。 

 
(「心の風景/反偉人論」より)http://www.freezilx2g.com/2008/10/blog-post_2939.html(2012年7月5日よりアドレスが変わりました)