恥じらいながら偽善に酔う

 阪神大震災(写真)は、眼を覆わんばかりの悲惨の後に、無数の人々の善意が圧倒的な集合力を誇示して見せて、無念にも、そこに集合を果たせなかった人々のハートフルな胸を幾分撫(な)で下ろさせたようである。この国の戦後の、「心の荒廃」を本気で信じている人々にとって、災難の後の援助の輪の広がりは、とても心安らぐ何かであったに違いないであろう。

 ところが、このボランティアの動向を仔細にフォローしていくとき、少なくとも私には、とても印象に残る一つの現象があった。現地でのボランティアのニーズは、圧倒的に事務ワークの方が多いのにも拘らず、ボランティア志願は現場ワークに集中した事実がそれである。

 理由は明瞭である。

 事務ワークでは、被災者と間接的にしか繋がることができないため、援助の手応えを実感できないのである。それに対して、現場ワークには被災者からの直接的な感謝の反応がある。これが大きいのだ。

 多くのボランティアは、「何か良いことをした」という事実を自我に記憶させるときに、何某かの精神的快楽を随伴させずにはいられないようである。「善の実践→精神的快楽」の増幅というラインがセットになって、自らの自我に心地良く収納されていくことで、ボランティア活動が拠って立つ自我の、言わば、その磁場の振動を防ぎ、安定的に人生観を固めていくならば、それは単なる援助行動以上の何ものかに変わり得る。継続性は常に一定のメンタルパワーとなるからである。

 ボランティアの快感があるとすれば、単に、「何か良いことをした」自己よりも、「人から直接に感謝の労(ねぎら)いを受けるような良いことをした」自己への認知を、当然、深々と経由した方がいいに決まっている。言わずもがなのことであろう。
 
 一応、ボランティア三原則として、「主体性」、「連帯性」、「無償性」が上げられているが、「精神的無償性」というコンセプトにまでは踏み込まれてはいない。極めて倫理的な原則の中に、敢えて偽善を忍ばせる必要もないからである。では、私たちは果たして「顔の見えない人々」を救い得るのだろうか。

 「関係の直接性」という原則は、ボランティア精神には含まれていないのだ。当然である。事務ワークが排除されてしまうからだ。

 然るに、ボランティアの対象が広がりを持つほど、ボランティアもまた分業化されざるを得ない。分業化が進むほど、事務ワークの比重も増す。そこでは、「顔の見えない人々」への無償のサポートが淡々と遂行されている。直接的な労いのメッセージもそこには届かず、華やかなライトも浴びず、黙々と、ただそうすることによって自分の細(ささ)やかな行為が、「誰か困っている人の何かに役立っている」と素朴に信じられる善意と、際立った想像力。この二つの能力が事務ワークに携わる人々のコアになっていて、そこにこそ私は、圧倒的な感銘を受けるのである。

 顔が見えても見えなくても、それが目立ったサポートになってもならなくても、自分もまた、いつかそのようなサポートのお世話になるかも知れないという程度の理由で、ボランティア活動に参加する人の善意と想像力。その目立つことの少なさと反比例するかのような精神の気高さこそ、或いは、極限のヒューマニズムであるかも知れない。人間はそこまで辿り着くことが可能なのだろう。
 
 思うに、「主体性」、「連帯性」、「無償性」のみを持って、「ボランティア三原則」として括る方が可笑しいのである。私はこの原則に、敢えて「自己相対化」というコンセプトを加えたいと考えている。

 要するに、「人は人、自分は自分。自分の実践が、ボランティアとしての細(ささ)やかなる合理的有効性を保証していると信じられるが故に、自分はこの実践を遂行しているのだ」というスタンスで、ボランティアに関わる括り方こそ枢要であると思うのである。この「ボランティア四原則」でOKではないか。切にそう考えるのだ。

 だからと言って、顔の見える人しか救えないボランティアを、「関係の直接性」という一点のみで裁くのはあまりに傲慢すぎる。彼らは感情交歓をこそ手に入れたいのではないか。そこでの、切実なまでに人間的なゲームに束の間酔っても、別に、善意の過激なセールスによって足元を掬われるほどの何かでもあるまい。
 
 恥じらいながら偽善に酔う。

 このスタンスを崩さないことだ。

 束の間酔って、暫く恥じらい、そしてまた、昨日もまたそうであったような日常を自らの律動で動いていくことだ。酩酊を一定の流れの中で遊ばせて、その流れの中で清算し、その一部を明日の熱量に繋いでいけば、殆ど自己完結的ではないか。人は酔うときにも、その酔いに見合っただけの自己管理が必要なのである。
 
 
(「心の風景/恥じらいながら偽善に酔う」より)http://www.freezilx2g.com/2008/11/blog-post_01.html(2012年7月5日よりアドレスが変わりました)