絶対的弱者は絶対的に孤独である。
自らが他者に全面依存しているという確信的辛さが、ますます弱者を孤独に追いやり、弱者の自覚を絶対化する。
弱者は、もうこの蜘蛛の糸から脱出不能になる。
弱者はかなりの確率で抑鬱化するだろう。
壊れゆく明日のリアリティに引き摺られながら、千切れかかっても、なおそこに留まっている自我の生命力に、ひたすらぶら下がるのみである。
何ものにも埋められない荒涼とした風景が何処までも伸びていき、震えを止められない自我が定点を失って、その体力の臨界点を越えたとき、それが支えた身体の中枢から、加速的な自壊現象が開かれてしまうだろう。
絶対的弱者は壊れゆく明日の暴力の只中に、千切れかかった自我を必死にぶら下げて、あと一日だけ時間を延す知恵を作り出すことができるかどうか。
そこに賭ける外にない。
絶対的弱者にとって、人生とは賭博のようなものである。
それは崩れゆく者の最後の供給源だった。
草生(くさむ)す廃道に蹲(うずくま)る意志が、褐色の空に縋りつく。
天の糸にぶら下がるのだ。
自我の異臭が何もかも退けていた。
先が見えなかった。
軌跡も消えていた。
そんなことはもうどうでも良かった。
天の糸にぶら下がる以外になかったのである。
最後に供給してくるものを信じたかったのだ。
冥闇(めいあん)と弧絶の闇を抜けようなどとは思わなかった。
一切は、この日を抜けるだけだった。
一切は、この日に有りっ丈の養分を満たすことだった。
この日だけが全てだったのである。
この覚悟こそ、脆弱なる者の最後の到達点だった。
自らが他者に全面依存しているという確信的辛さが、ますます弱者を孤独に追いやり、弱者の自覚を絶対化する。
弱者は、もうこの蜘蛛の糸から脱出不能になる。
弱者はかなりの確率で抑鬱化するだろう。
壊れゆく明日のリアリティに引き摺られながら、千切れかかっても、なおそこに留まっている自我の生命力に、ひたすらぶら下がるのみである。
何ものにも埋められない荒涼とした風景が何処までも伸びていき、震えを止められない自我が定点を失って、その体力の臨界点を越えたとき、それが支えた身体の中枢から、加速的な自壊現象が開かれてしまうだろう。
絶対的弱者は壊れゆく明日の暴力の只中に、千切れかかった自我を必死にぶら下げて、あと一日だけ時間を延す知恵を作り出すことができるかどうか。
そこに賭ける外にない。
絶対的弱者にとって、人生とは賭博のようなものである。
それは崩れゆく者の最後の供給源だった。
草生(くさむ)す廃道に蹲(うずくま)る意志が、褐色の空に縋りつく。
天の糸にぶら下がるのだ。
自我の異臭が何もかも退けていた。
先が見えなかった。
軌跡も消えていた。
そんなことはもうどうでも良かった。
天の糸にぶら下がる以外になかったのである。
最後に供給してくるものを信じたかったのだ。
冥闇(めいあん)と弧絶の闇を抜けようなどとは思わなかった。
一切は、この日を抜けるだけだった。
一切は、この日に有りっ丈の養分を満たすことだった。
この日だけが全てだったのである。
この覚悟こそ、脆弱なる者の最後の到達点だった。
(心の風景 /草生す廃道に蹲る意志 文学的な、あまりにも文学的な )より抜粋http://www.freezilx2g.com/2012/05/blog-post_17.html(7月5日よりアドレスが変わりました)