スモーク(’95) ウェイン・ワン <嘘の心理学 ―― 「防衛的な嘘」を溶かし、「配慮的な嘘」が心の空洞を埋めていく>

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何度観ても感動する。
 
この映画は、私が観たアメリカ映画の中で、「スケアクロウ」、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」、「カポーティ」、「クイズ・ショウ」などと並んで、最も好きな映画の一本である。
 
―― 以下、梗概と批評。
 
 
 
1  「4千枚。皆、同じ場所の写真だ。俺のプロジェクトだ。一生を懸けた俺の仕事だ」
 
  
 
 
 
「ウォルター・ローリー卿が英国にタバコを紹介した。彼は“タバコの煙の重さを計れる”と女王に言った」

「そんなバカな。空気と同じだぜ」 とタバコ屋の客。
「卿は利口な男で、まず、新しいシガーを一本。それを秤に乗せて、重さを計った。それからシガーに火をつけ、秤の皿に灰を落とした。シガーを吸い終わると、吸い殻も皿に入れた。そして、灰と吸い殻の重さから差し引いた。その差が煙の重さだ」

一人の男が蘊蓄(うんちく)を垂れるような、他愛もない会話を繋ぐ、オープニングシーンの日常会話の一端である。
 
男の名はポール・ベンジャミン(以下、ポール)。
 
小説家である。
 
その小説家のポールについて、タバコ屋の客たちに紹介したのは、そのタバコ屋の店主であるオーギー・レン(以下、オーギー)。
 
常連客であるポールは、数年前に、銀行強盗事件の流れ弾で妻を喪ったトラウマによって、本を3,4冊出版しただけで、創作に向かえない日常性を常態化していた。
 
「まだ、痛手から立ち直れないのさ。かみさんは、その直前、シガーを買いに来た。いい人で、妊娠4か月か5カ月だった。勿論、赤ん坊も死んだ。彼女が、もし代金をピッタリ払わなけりゃ、或いは、店がもう少し立て込んでたら、店を出るのがちょっと遅れて助かったかもな」
 
これが、オーギーの話の全てだった。
 
そのポールが、歩行中に車に轢かれそうになる事故未遂に遭う。
 
危機一髪で助かったのは、ラシードと名乗る少年に助けられたからである。
 
ラシード少年への感謝の思いで、ポールは少年を自宅に招こうとするが、レモネードを奢るだけで、その日は少年と別れた。
 
夜になり、閉店間際のオーギーの店に寄り、タバコを買いに来たポール。
 
「ただのタバコ屋じゃなかったわけだ」
 
ポールが、店のカウンターの上に置いてあるカメラを見た時の言葉である。
 
オーギーは、ブルックリン(ニューヨーク市の行政区の一つ)の一角でタバコ屋を経営しながら、10年以上もの間、毎日、同じ場所で、同じ時刻に、店の前の街を写真に撮っていた。
 
これが、オーギーの唯一の趣味だった。
 
その趣味の写真を、ポールに一枚ずつ見せていくオーギー。
 
「皆、同じだ」とポール。

「そう。4千枚。皆、同じ場所の写真だ。俺のプロジェクトだ。一生を懸けた俺の仕事だ」とオーギー。
「驚いたな。だが、分らない。そもそも、こんなことを始めたきっかけは?」
「ただの思い付きさ。俺の街角だ。世界の小さな片隅に過ぎんが、色んなことが起こる」

ただ単にアルバムを捲(めく)るだけのポールに、オーギーは主張する。
 
「ゆっくり見なきゃダメだ。同じようでも、一枚一枚、全部違う。よく晴れた朝、曇った朝。夏の陽射し、秋の陽射し。ウィーク・デー、週末。厚いコートの季節、Tシャツと短パンの季節。同じ顔、違った顔。新しい顔が常連になり、古い顔が消えてく。地球は太陽を回り、太陽光線は、毎日、違う角度で差す」
 
このオーギーの言葉に促され、それに従うポール。
 
ポールが、亡妻・エレンが写っている写真に気づいたのは、その直後だった。
 
その事実を知っているオーギーは、事の成り行きで、「一生を懸けた仕事」の結晶であるアルバムを、ポールに見せていく。
 
思わず、ポールは咽び泣いてしまう。
 
そのポールの肩に手を置き、黙って慰めるオーギー。
 
自分のアルバムの中で生きているエレンを、ポールに見せて上げたかったのだろう。
 
ラシードがポールの前に現れ、約束通り、彼を泊めるに至ったのは、その翌日である。
 
そのラシードがポールの目を盗んで、自らの紙袋を本棚の奥に隠したのは、仕事をするポールに起こされた後だった。
 
2日間、世話になり、お礼を言って、ポールの家を後にするラシード。
 
その日のうちに、ポールの家に、エマという名の来客があった。
 
甥のトーマスを捜すためにやって来たエマの話によると、そのトーマスこそ、ラシードの本名であり、「非在」・「不在」の両親に代わって育てた親であるという事実が判然とする。
 
「非在」とは母親の死であり、「不在」とは、父親の12年前の蒸発のこと。
 
更に、「不在」の父親が、郊外の給油所で見かけたという情報を得て、トーマスが「父親探し」の家出をしたということ。
 
そして今、16歳のトーマスは、郊外の給油所で車の修理をする男・サイラスの様子を、朝から見つめていた。
 
その様態に疑念を持つサイラスの方からトーマスに話しかけていくが、トーマスは、「壊れかけた、あのボロ小屋は絵になる」と言い抜け、スケッチが目的で座っていたと反応する。
 
「いっそ、俺を雇ったらどうだ?」
 
その絵に無関心なサイラスに本音を漏らすトーマスだが、サイラスは3週間前に買った給油所を閉鎖することを考えているので、とうてい乗れない相談だった。
 
その頃、オーギーの店に、昔の恋人・ルビーが訪ねて来た。
 
オーギーとの子供であると言い切るルビーは、娘のフェリシティが家出をしたので、協力を求めてきたのだ。
 
ドラッグ中毒でスラムに屯(たむろ)し、しかも、妊娠4か月のフェリシティの相談を受けても、自分の娘ではないと確信するオーギーは、「俺を裏切った女を、なぜ信用できる?」と言い放つ。
 
「挙げられて、どうなった?軍隊か、ムショか。大学へ行く代わりに、4年間、海軍。戦友は手足を失い、俺の頭も吹っ飛びかけた。お前は、あのアホたれのビルと結婚」
 
このオーギーの話の内実は、ルビーのために宝石強盗をして捕まった事件のことで、その結果、軍隊行きか、それとも刑務所行きかという絶望の二択の挙句、ベトナム戦争に従軍し、そこで凄惨な風景を目撃したトラウマのこと。
 
だから、ビルとすぐに別れて、一人でフェリシティを育てた苦労の末、最悪の状況を招来した現実の重さに耐えられず、オーギーに救いを求めて来たという訳である。
 
しかし本音を言うと、持ち金の余裕のないオーギーは、ルビーを突き返すしかなかった。
 
 

人生論的映画評論・続/スモーク(’95) ウェイン・ワン <嘘の心理学 ―― 「防衛的な嘘」を溶かし、「配慮的な嘘」が心の空洞を埋めていく> )より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2016/10/95.html