<ハリウッドスターの光と陰 ―― その特化された日々を切り取った世界を映し出す>
1 父と娘が共有する時間の濃密度の高さが、男を変えていく
男は、ロスにある観光拠点ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに近い、“シャトー・マーモント・ホテル”で暮らしている。
男の名は、ジョニー・マルコ(以下、ジョニー)。
著名なハリウッドスターである。
飲み過ぎで階段から落ち、怪我をしたジョニーは、ホテルの自室に、ポールアクロバットダンサー(ポールダンサー)を呼ぶが、それを見て、さして愉悦することもない。
この空虚感が男の内側を支配している。
そんなある日、別れた妻レイラから、11歳の娘クレオのフィギュアスケートの送迎を頼まれ、一時(いっとき)、娘との触れ合いで心が満たされるようだった。
しかし、時を移さず、いつものようにパーティーで知り合った女性を情事に誘うが、コトが始まるところで、寝入ってしまうほどに、ジョニーにとって、女との日常茶飯事の情事は惰性に過ぎなかった。
されども、漫然とだらだらと続く無為な日々に、終わりが見えないのだ。
翌朝、マネージャーから電話が入り、写真撮影と記者会見に出席することになる。
更にジョニーは、特殊メイクの型取りで、頭部全体に石膏を塗りたくられ、40分も待たされる。
【この長回しのシーンには笑わされる。他にも長回しのカットが散りばれられていて、そのリアルな演出は観ていて飽きることがない】
出来上がったのは、ジョニーの面影も拾えない完璧な老人の相貌。
ホテルに戻り、呼んだマッサージ師は、いつもの女の子とは違う見知らぬ男性だった。
ところが、マッサージ師が相手と一体感になるために、全裸で施す姿を目の当たりにして、ゲイと勘違いし、マッサージに早々と帰ってもらうというエピソードがインサートされる。
ホテル在住の女からの誘いが絶えないジョニーのところへ、再び、娘クレオがやって来た。
テレビゲームで興じ、楽しいひと時を過ごした夜、別れた妻・レイラから電話が入る。
「しばらく家を空けるわ。クレオは2週間キャンプよ。送り届けて。あなたの実家の近く」
「いつ戻る?」
「分からない。少し時間がいるの」
「俺は新作の公開で、イタリアに行くんだ」
「とにかく10日までに、ベルモントに連れてって」
それだけだった。
突然、娘クレアと過ごすことになったジョニーは、クレオを随行させ、ミラノに向かう。
ホテルのプール付きのスイートルームを案内され、ミラノ市長からの表彰や会食、映画祭での授賞式などの仕事の合間に、父娘(ちちこ)水入らずの時を過ごす。
ロスに戻り、短い間の父娘の暮らしは続く。
クレオが朝食を作り、ジョニーの友人と3人で食事を供にする。
更に、二人で卓球に興じ、プールに入り、プールサイドのチェアで並んで日光浴する父と娘。
その間、ジョニーに様々な女が言い寄って来ても、特段の関心を持たず、父娘の時間を最優先して、何より愉悦するのだ。
そして、愛娘(まなむすめ)のクレオを、キャンプに車で送り届ける日がやって来た。
その車中で、突然、クレオが泣き出した。
「クレオ、どうした?なぜ泣く?」
「ママは、いつ戻るんだろ。“しばらく家を空ける”って、それしか聞いてない。パパは忙しいし」
「おいで、ほら、泣くな」
クレオを抱き寄せ、車を走らせる父ジョニー。
ラスベガスに立ち寄り、カジノで遊んで、クレオを存分に楽しませるのだ。
翌日、キャンプへと向かう乗り継ぎ場所まで、ヘリコプターに乗り込む。
「じゃ、キャンプを楽しめよ。迎えに行く」
父娘は抱擁し合い、クレオはキャンプに向かうタクシーに乗り、ジョニーはヘリに向かう。
振り返ると、クレオが父を見つめている。
ジョニーも、思わず声をかける。
「クレオ!傍にいなくて、ごめん!」
ヘリのエンジン音に掻き消されながら、ジョニーは思いの丈を声にした。
帰りのヘリの中で、涙を拭うジョニー。
ホテルの自室に戻ると、元の怠惰な生活が待っていた。
しかし、ジョニーは今、「快楽の園」での日常に振れることがない。
レイラに電話をかけるジョニー。
「どうかした?」
「俺は、空っぽの男だ。何者でもない」
「ボランティアでもしたら?」
「どうすりゃいい?俺の望みは、ただ…今から来られないか?こっちに」
「それはムリよ」
「そうか、それじゃ」
「あなたなら、大丈夫よ」
ここで電話は切れるが、ジョニーの嗚咽は止まらない。
一人、プールに入り、パスタを茹でて食べ、夜の街灯りを眺めるハリウッドスターが、そこにいる。
意を決したのか、ジョニーはホテルをチェックアウトすることにした。
フェラーリに乗り、高速を走らせる。
郊外の道路脇に愛車を止め、一人で、力強く歩き出すのだ。
そこには、吹っ切れたような笑顔があった。
父と娘が共有する時間の濃密度の高さが、男を変えていくのだろうか。
そう、思わせる括りだった。