天外者('20)   田中光敏

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<「資産はなく、借金だけが残されていた」男の顕彰譚>

 

 

 

1  括り切った男が拓く〈未来〉だけが広がっている

 

 

 

「1850年 東の果てのこの島国では、長きにわたる鎖国が解け、新たな風が吹き出していた。そんな時代の転換期には、必ず英雄たちが現れる。私の名は、トーマス・ブレーク・グラバー。武器商人だ」(グラバーのモノローグ/以下、モノローグ)

 

―― 少年期に薩摩藩主から世界地図を基に、地球儀を作るよう申し付けられた儒学者の父が大いに難儀した時、その地球儀を作ったのが息子・才助。

 

「天外者」(てんがらもん)。

 

母は才助をそう呼ぶようになった。

 

その才助は今、薩摩藩主・島津斉彬(なりあきら)から、「大きく育てよう」と期待され、今は勝海舟の海軍伝習所に通っている。

 

そんな才助が、先日、身投げを止めた遊女・はるが、同じ遊女たちに文字を教えていた時のこと。

 

そこに、酔っ払った侍たちが絡んで来た。

 

「遊女が字を覚えて、何が悪い。本が読みたいんだよ。世の中のことが知りたいんだよ。夢くらい見たって、いいだろ!」

「遊女のくせに!」

 

そう言うや、殴りかかろうとする侍から、才助がはるを守ったというエピソードであるが、この出会いが二人を最近接させていく。

 

はるの傷の手当をしている時だった。

 

藩の保守派の侍たちに見つけられた才助が走って逃げていくと、一緒に逃げる男がいた。

 

坂本龍馬である。

 

志を持つ二人の出会いが、ここから開かれていく。

 

ピストルで攘夷派を蹴散らす龍馬。

 

時代を先取りする男の面目躍如が際立つシーンである。

 

後日、才助が遊郭にはるを探しに行くと、岩崎弥太郎と共に、英国の武器商人・トーマス・グラバーと会食する龍馬がいた。

 

才助は見知りのグラバーに話しかける。

 

「早く追い付かねば、あんたの国に食い物にされる。だが、心配いらん。この俺がいる限り、そうはさせん」

井の中の蛙!」

 

笑いながら、グラバーが才助を指差すのだ。

 

その直後、才助は、はるを探し当てた。

 

侍に切られた傷を確認し、はるに本を手渡すためである。

 

身分の違う若武者を警戒するはるに、才助は心を込めて語りかける。

 

「お前の言う通りじゃ。皆が、夢を持てるというのが、一番大事だとな。…そんな世の中を作らねばいかん!」

 

確信的に言い切る男の熱い思いが、遊女・はるの心肝(しんかん)に触れ、真摯な心で受け止めていくようだった。

 

一年後、才助は、斉彬の死後、藩主となった久光に呼ばれ、上海に蒸気船を買いに行くように命じられた。

 

かつて、才助に万華鏡を壊され、修理してもらった長州藩士・伊藤利助(後の伊藤博文)が、イギリス留学することになり、その費用の捻出について才助に相談する。

 

ここでも、時代を先取りする男たちの志が共有されていく。

 

才助は上海に行く前に、はるに簪(かんざし)を贈った。

 

嬉し泣きするはるに向かって、才助は問う。

 

「自由になったら、何がしたい?」

「二人で、海が見たい」

 

嗚咽を抑えられない遊女が、そこにいる。

 

上海から蒸気船を買い取った才助は、その蒸気船・天祐丸を軍艦にすると決めていた。

 

生麦事件」が起きたのは、そんな折だった。

 

藩主・久光の行列を横切った英国人を、藩士が無礼討ちした歴史的事件である。

 

これを機に、世に言う「薩英戦争」の契機となった大事件である。

 

この「薩英戦争」によって、天祐丸は捕獲され、才助も英軍の捕虜となってしまった。

 

国家と藩との「非対称戦争」が収束しても、連行されたままの才助を、既に英国人に身請けされていたはるが、才助の解放を懇願する。

 

解放された才助だが、相変わらず、才助が英国に随従(ずいじゅう)したと決めつける、頭の固い藩士らから命を狙われ、逃亡生活を余儀なくされるのだ。

 

事なきを得て長崎に辿り着き、真っ先にはるに会いに行くが、英国人に身請けされた後、才助の解放と引き換えに英国に行った後だった。

 

衝撃を受けた才助は、その足でグラバーの元を訪ね、藩を通さずに援助を受け、英国へ行くことになる。

 

―― その才助と龍馬と帆船の上で語り合うシーンがインサートされる。

 

時代を先取りする男二人にとって、今や、〈近未来〉への一番乗りの争いだけが全てだった。

 

実家に戻ると、父は既に他界していた。

 

「よう、帰って来ました」と母。

「…私は、井の中の蛙だったんです。もっと、知らねばならなかった。ですが、すべきこと、やっと見つけました」

「そなたが思い描く、この先の世の姿、母にも見せてくだされ」

 

その実家に、才助の異国行きを阻止しようと、藩士たちが押し寄せて来た。

 

「殺す」と迫る藩士たちの目前で、刀を抜いた才助は、髷(まげ)を切り落としてみせるのだ。

 

「これ以上、俺の邪魔をするな」

 

そう、言い放ったのである。

 

それを見て、涙を流す母。

 

「武士」の記号を捨てた男には、もう、準ずるべき何ものもない。

 

括り切った男が拓く〈未来〉だけが、広がっているのだ。

 

 

人生論的映画評論・続: 天外者('20)   田中光敏 より