1 「家族抜きで、行動した事がないんです」
漁で生計を立てる4人家族のロッシ一家。
父フランク、母ジャッキー、そして兄レオの3人は、共に聴覚障害者。
高校生の娘ルビーが健聴者なので、「コーダ」である。
【コーダ(CODA)とは聴覚障害の家族を持つ健聴者のことで、ルビーはヤングケアラーになる】
従って、仲介人との交渉もあり、漁の仕事にはルビーの存在は不可欠である。
この日も、思ったような高値で魚が売れず、家族の不満が募る。
〈今日は病院に行く日だぞ。忘れるな〉
フランクが手話でルビーに声をかけると、〈了解〉と返し、その足で学校へ自転車を飛ばして向かう。
しかし、授業中に疲れで居眠りして教師に注意され、友達も冷ややかだった。
ルビーは学校で浮いているのである。
新学期の選択授業を決める際、気になる男子生徒のマイルズが選んだ合唱クラブを、ルビーも選ぶ。
学校帰りに、両親がトラックで迎えに来るが、大音量の音楽をかけたままで、他の生徒たちの衆目に晒され、ルビーは慌てて、運転するジャッキーに、〈うるさい〉と言うや音量を下げるが、フランクは〈ラップは最高だ。ケツがズンズン振動する〉と返して、音量を上げてしまう調子だった。
3人で病院に向かい、父親のペニスが燃えるように痒いということをルビーが控えめに通訳すると、医師に“インキンタムシ”と診断され、「患部を乾燥させて、セックスは2週間控えて」と念を押されてしまう。
合唱クラブの初めての授業で、発音が難しいので「V先生と呼んでくれ」と言う担当教師のベルナルドは、音域を確かめるため、一人一人に“ハッピーバースデイ”を歌わせるが、順番が回って来たルビーは、緊張してどうしても歌えず、そのまま教室を飛び出して行った。
森の中に入り、誰もいない池の畔で、“ハッピーバースデイ”を伸びやかな美しい声で歌うルビー。
帰宅すると、ジャッキーがカードの支払いができなかったとフランクを責め、金のやり繰りのことで喧嘩をしていた。
〈船を売ったら?〉
〈俺には漁しかないんだ〉
漁を終えて港に着くと、漁業長が、政府の要求で、漁に違法行為がないかチェックするため、海上監視員を漁船に乗せることが義務づけられる旨を漁師らに伝える。
1日800ドルのコストを負担することで、漁業者は一様に反発し、ルビーに同時通訳されたフランクは、〈1日の稼ぎより多いぞ〉と怒るが、〈みんなに言ってよ〉とルビーに返されると、そのまま帰ってしまう始末。
その足で、ルビーはV先生を訪ねた。
「合唱を選んだのに、歌うのが怖いか?」
「人前だと緊張して。からかわれるわ。入学したころ、しゃべり方が変だと」
「“ろう家族の子(コーダ)”かね?君以外は、全員?だが歌う。なるほど」
「はい」
「なぜ逃げだした?」
「怖くなって…ヘタだと思われるわ」
「…大事なのは、声で何を伝えられるかだ。君は伝えられるか?」
「そう思います」
「では授業で会おう」
唯一の友人のガ―ティーが、ルビーの家を訪ねて来た。
レオを狙っているガ―ティーは、ルビーに「マジな話。手話ってどうやるの?」と頼み込む。
授業に参加したルビーは、V先生に指名されて歌うが、呼吸がなっていないと、大型犬のように腹から声を出す練習をさせられた後、伸び伸びした声で歌い上げ、皆を驚かせた。
授業の終わりに、ルビーとマイルズが呼ばれ、二人で秋のコンサートで、「ユアー・オール・アイ・ニード」のデュエットをするように言い渡された。
次の授業の後、残ったルビーとマイルズがV先生の前で歌うと、二人で練習してこなかったことを注意され、その場で二人を向き合わせ、ハモる練習をする。
マイルズが帰り、V先生はルビーを励ます。
「できるさ。まだ不安定だが、魅力的な歌声だ」
そして、ルビーの卒業後の進路について訊ね、マイルズも受験するバークレー音大を勧めるが、「経済的にムリ」と答えるルビーに、奨学金もあると言い添えるV先生。
「歌う時の気分を説明してみろ」と言われたルビーは、言葉にはできず、思いを巡らせ手話で応えてみせるのだった。
それを受け止めたV先生は、夜間と週末に特訓するという提案に対して、小さな笑みを返すルビー。
「時間をムダにするな。君に声をかけたのは可能性があるからだ」
一方、レオは協同組合を作り、事業を始めようと提案するが、フランクに〈俺たちはろう者だぞ〉と反対される。
漁業仲間たちに誘われ、バーに飲みに行くが、話が分からず、孤立するレオ。
体を当てられたばかりか酒をかけられたレオが男に手話で怒りをぶつけると、「失せろ。消えな、化け物」と相手にされず、殴り合いとなるエピソードがインサートされ、聴覚障害者に対する差別が可視化されていく。
ガ―ティーがバイトするバーに行き、飲み直すレオ。
二人は意気投合して、チャットでやり取りし、店のプライベートルームで結ばれる。
ルビーの部屋でマイルズがギターを弾き、歌の練習を始めた。
互いに意識する二人は、背中合わせになって歌い始める。
そこに、フランクとジャッキーのセックス中のよがり声が聞こえてきて、二人のレッスンは壊されてしまうのだ。
ルビーがいると知らなかった言う両親は、マイルズを交えて居間で話し合う。
〈セックスは禁止のはずよ〉
〈ママは熱く燃える女だ。我慢できるわけないだろ…君はルビーをどうするつもりだ〉
「誤解よ」
〈コンドームを使ってね〉とジャッキー。
〈戦士にヘルメットをかぶせろ〉とフランク。
それをジェスチャーで伝え、マイルズも理解するが、恥ずかしさのあまり、ルビーはマイルズを帰らせる。
しかし、事態は悪循環に陥ってしまうのだ。
学校のテーブルに集まっている女生徒たちの一人が、わざとルビーに聞こえるように、よがり声を出し、食堂の皆が笑い飛ばしていた。
居たたまれなくなったルビーが食堂を出て行くと、マイルズが追い駆けて来た。
「近寄らないで!」
「僕じゃない」
「ウソつき」
「ジェイにしか話してない。ぶっ飛んだ経験だったから」
その直後、傷ついたルビーは、V先生のレッスンに行くが、力が籠(こも)らず、「吐き出せ。抑えるな」と怒鳴られるばかりだった。
このシーンは重要なので後述する。
その後、レッスンのため、漁業組合の説明会に遅れてやって来たルビーが、フランクとレオに通訳する。
漁業者に負担ばかりを強いる説明に、フランクが挙手して、抗議する。
〈チンポをしゃぶれ〉
ルビーがそう訳すと、集まった漁業者たちから笑いが起き上がる。
「もうウンザリだ。俺たちが規制されても、お前は平気だ。儲かるからな。俺たちは漁に見合う金をもらってない。父も、その父も漁師だった。漁を続けるために闘う」(ルビーの訳/以下同様)
「いいぞ!」と拍手が起こると、フランクは調子づく。
「クタバレ。セリには加わらない」
「そうか、ではどうする?」
「自らで魚を売る。手を組む者は?」
「何のつもりだ」
次に、立ち上がったレオが続ける。
「利益の6割もかすめ取られて平気か。俺に魚をよこせ。手取りは倍だ」
そうは言ったものの、金を払える目途は立っていない。
家に戻ると、ジャッキーがフランクらの計画を反対する。
〈つい口から出ちまった〉とフランク。
〈どうやって売る気?〉とジャッキー。
〈客と契約して、魚をじかに売る〉とレオ。
〈どれだけ大変か、分かってる?お金もない〉
〈君は奥さん連中と、経理をやればいい〉
何が問題かを問うレオに対し、ジャッキーは答える。
〈会話ができないからよ〉
しかし、ルビーは翌朝3時に起き、家族を起こして漁に出た後、“漁師共同組合”立ち上げのビラを配って宣伝する。
「申し込めば、漁師から直接魚を買えますよ!」
ルビーは歌のレッスンも怠らないが、相変わらずマイルズを無視し続ける。
堪(たま)らずに、マイルズが声をかけてきた。
「僕の家は悲惨だけど、君の人生は完ぺきだ。両親は熱烈に愛し合い、君の家は…」
「最悪よ。うちは最悪なの」
「違うよ。家族が笑顔で仲良く働いてる。家とは大違いだ。それに君の歌声は…僕は親に期待されて歌うだけだ」
「家族が笑われる気持ちが分かる?」
「無神経だった」
「私は家族を守るわ」
「分かるよ。本当に悪かった、ルビー。僕は最低だ。埋め合わせをしたい。頼むよ」
仕事の都合でレッスンに遅れがちなルビーは、V先生に遅刻厳禁を命じられ、2度としないと約束していたが、その日はテレビの取材が入り、通訳が必要となった。
ジャッキーに行くなと言われ、それでも行こうとしたルビーだったが、やはり残らざるを得なかった。
取材中にV先生から電話が入り、メールを送るが、ルビーが駆けつけてドアを叩いても、反応はない。
学校の音楽室でピアノを弾くV先生を訪ねて謝るが、やる気がないと見做(みな)され、「出て行け」と言われたことで、ルビーは本音を吐露する。
「家族抜きで、行動した事がないんです」
V先生の表情が変わった。
追い詰められたルビーにとって、自分が自分であることを感受し得る唯一のアイデンティティとなっている音楽だけは手放せなかったのだ。
ここから、家族の風景が大きく揺さぶられ、変容していく。
人生論的映画評論・続: コーダ あいのうた('21) 「青春の光と影」 ―― 身を削る思いで束ねた時間の向こうに結実していく シアン・ヘダー より