<恋の風景の縺れた糸の行方>
1 夜中まで恋バナを咲かせて、盛り上がる二人
物語の舞台は、【古着屋・古本屋・飲食店・商店街・映画&若者の恋模様】として、映画の中で記号化される下北沢。
二人の男女がいる。
主人公・荒川青(あお。以下、青)と恋人・雪(ゆき)の若者である。
以下、二人の会話。
この日は、雪の誕生日だった。
「誰、俺の知ってる人?マジ、誰?ホントに、ホントに」
「それは言えない」
「何で?」
「だって、相手に迷惑がかかるから」
「え、何なの?何で、そっちの味方なの?マジ、誰?」
「しつこい」
「お前が悪いんだからね。このままじゃ、許すに許せないよ」
「うん」
「え、いいの?」
「うん」
「いいの?許せなかったら、別れるしかないんだよ」
「うん、別れたい」
「別れたいの?」
「うん、別れて欲しい」
「いや、あのさ、自分が言ってること分かってる?」
「うん、分かってるよ。私が浮気して、全部して、許してもらえないし、別れたい」
「俺は、別れたくないよ」
「私は、別れたい」
「今、あなたの気持ちは聞いてないです…絶対、別れないから」
「何で?許せないんでしょ?」
「え、何なの?自分が浮気しておいて別れたいって…絶対、別れない」
「じゃ、それでいいよ」
「え?」
「私は別れたと思って明日から過ごす。その人とちゃんと付き合う。あなたは別れてないと思って、彼女がいるって言い続けたら?私が彼女だって言い続けていいよ。明日からも」
「斬新すぎるわ…」
ここで、青を射程にする雪の視線が固まり、沈黙が流れる。
結局、完璧に三行半(みくだりはん)を突きつけられた青は、雪に「帰って」と言い放ち、彼女は黙って出ていく。
一転して映し出される、古着屋に勤める青の視線の落ち着きのなさ。
店が終わると、ライブハウスの弾き語りを聴き、その足で行きつけのバーで飲みながら、マスター、常連客と他愛のない会話をする。
古本屋へ行くと、店員の田辺冬子(以下、冬子)から声を掛けられた。
「荒川さんて、元々音楽やってたって、本当ですか?」
「え、何で?誰から聞いたの?」
「店長から」
「カワナベさん?え、いつ?」
「亡くなる前に」
「そりゃ、そうだよね。亡くなったら、聞けないから。そんな話したことあったかな、カワナベさんに」
「え、どうなんですか?やってたんですか?音楽」
「やってたって、遊びでね。大学の時に。何か、みんなやるでしょ、そういうの」
「バンドですか?独りですか?」
「独りです…友達いなかったから」
「え、じゃあ、曲とかも作ってたんですか?それとも、カバー?」
「カバーもしてたし、何曲か作ってましたね」
その後、自分で作った『チーズケーキ』という歌の説明をする青。
ここまでワンカット。
本の清算をしてもらいながら、青が尋ねる。
「あのさ、田辺さんって、カワナベさんとできてたの?」
唐突過ぎた。
この一言で冬子は固まり、無言のまま、奥に引っ込んでしまう。
気まずい思いで店に戻った青は、古本屋に電話をかけ、留守電に謝罪の言葉を入れる。
「田辺さん、先ほど、ホントに失礼しました。多分、昔、音楽をやっていたこととか、そういうこと聞かれて、気が緩(ゆる)んだというか。僕にとってのそれは、不倫とか、そういうことの秘密と同じくらい、アレって言うか、センシティブな…」
自らの思いを表現し切っていた。
ある日、店に高橋町子(以下、町子)という美大生がやって来て、卒業制作の自主映画の出演を青に依頼してきた。
監督をしている町子は、青に読書をしている姿を撮りたいと言って、脚本を置いていく。
最初は断った青だが、自分の読書シーンを携帯に撮って、練習するのだ。
冬子の店に行き、留守電を聞いていないというので、その場で再生してもらう青。
「こちらもすみませんでした」
そう言うや、冬子は青の思いを素直に受け取り、青の撮影練習を手伝うことになる。
青の店で、本を読む姿がぎこちなく不自然なので、冬子が本を持って、読んでいるところを撮らせて見せるのだ。
その本の間から、カワナベに振られた女性からカワナベを非難するメモが落ちて、それを読んだ冬子は、青に吐露する。
「もし、僕が結婚していなくても、付き合ってくれたって言われことがあるんです。僕が結婚してなくても、僕に魅かれたって?生きてるときに、店長に。私、そういう人とばっかり、付き合ってたから。結婚してる人にしか魅かれなくて…」
「そうだったんだ…」
「アイツ、バッカみたい。辛かったろうな…」
そこで青は、古本屋の留守録に残るカワナベの音声を聞かせるのである。
青の優しさが印象付けられる。
撮影当日。
青は控室に案内され、出演者の連ドラの俳優・間宮武(まみやたけし)に、元カノ(雪のこと)が大ファンであることを話す。
そこまでは良かったが、撮影で緊張する青のカットは何度も撮り直された挙句、他の者(スタッフ)と交代させられることになる。
控室に監督の町子がやって来て、青のシーンを使わないことを言い難(にく)そうにしていた。
「ほんと、あれだったら、全然使わなくても大丈夫です」
「ホントですか?良かったぁ。多分使わないことになりそうで。今、それを伝えに来たんです。せっかく出てもらったのに、すみません」
「あ、でも、もしあれだったら、映像見てから判断してもらってもいいですよ。今、決めなくても。いや、どっちでも。全然アレなんですけど、撮った映像をチェックしてからでも…」
「しました!しました、チェック」
「済(ず)み?もう、チェック済みで、使わない?」
「はい!済みです、済みです」
「済み?」
「あ、でも、繋いで考えてみますね」
さすがに気が引けた町子は、一旦、出ていくものの戻って来て、控室に一人残され、落ち込んでいる青を飲み会に誘った。
映画論から恋人の話題に及んだばかりか、青にオファーを出した失敗にまで議論が進み、すっかい盛り下がった空気感を感受し、スタッフ同士の飲み会に入っていけず、店の片隅に座っている青の横に、衣装スタッフの城定(じょうじょう)イハ(以下、イハ)が隣に座り、話しかけてくる。
二人とも「アウェイ」ということで、2次会には行かず、控室として使われているイハのマンションで、夜中まで恋バナを咲かせるのだ。
「…僕は雪との馴れ初(そ)めから、彼女がどんな人だったか、そして、浮気されたのに振られたことなど、すべてを話した。イハにはなぜか、その話をしてもいいと思えたし、引き摺っていることも素直に話せた」(青のモノローグ)
今度は、青がイハの恋バナを聞き出す。
「今まで付き合った人は、3人おるんやけど、最初の彼氏の話はいいや。特になんか、話すことないから」
「え、何でよ?」
「いいねん、いいねん。2人目の人の話していい?その人のことが、まだ好きなんやけど」
「じゃ、おかしくない?3人目の人は?」
「そんな、好きちゃう」
「え、けど、付き合ったの?」
「うん、うん、え、なに?そういうときもあるやん、あかんの?」
「あかんくないけど、好きじゃないなら、付き合わなきゃいいのに」
「え、いや、そんなさ、なかなかキレイに行かなくない?そんな、うまく寂しさコントロールできんよ」
「まあ、そうか」
イハは2人目に付き合っていた、まだ好きだという幼馴染の関取の話をしたあと、こう切り出す。
「何でそう、男と女はさ、いや、別に同性でいいんやけどさ。付き合ったり、好きって思ったりせんかったらさ、こうやって何でもしゃべれる話せるやん。けどさ、いざ、異性として意識するとさ、嫉妬したりとかさ、いつもおもろく喋れてる話がつまらんかったりするやん」
「確かにね」
「何か、こういう距離感のまま、付き合っていくことって、できへんのかなって、いつも思う」
「でも、嫉妬とか、そういう感情がなくなったら、何かつまんない気もするけどね。ある種の証拠っていうか」
こんな会話が長々と続いた後、お茶を取りに行ったイハは、青に言う。
「友達になって欲しいかも。友達おらんし、私」
「あ、是非」
途中、風俗の話から始まった10分間のワンカットシーンは、ここで閉じていく。
夜中まで恋バナを咲かせて、盛り上がった二人。
イハと出会った青の気分が浄化されていくようだった。