街の上で('19)   今泉力哉

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<恋の風景の縺れた糸の行方>

 

 

 

1  夜中まで恋バナを咲かせて、盛り上がる二人

 

 

 

物語の舞台は、【古着屋・古本屋・飲食店・商店街・映画&若者の恋模様】として、映画の中で記号化される下北沢。

 

二人の男女がいる。

 

主人公・荒川青(あお。以下、青)と恋人・雪(ゆき)の若者である。

 

以下、二人の会話。

 

この日は、雪の誕生日だった。

 

「誰、俺の知ってる人?マジ、誰?ホントに、ホントに」

「それは言えない」

「何で?」

「だって、相手に迷惑がかかるから」

「え、何なの?何で、そっちの味方なの?マジ、誰?」

「しつこい」

「お前が悪いんだからね。このままじゃ、許すに許せないよ」

「うん」

「え、いいの?」

「うん」

「いいの?許せなかったら、別れるしかないんだよ」

「うん、別れたい」

「別れたいの?」

「うん、別れて欲しい」

「いや、あのさ、自分が言ってること分かってる?」

「うん、分かってるよ。私が浮気して、全部して、許してもらえないし、別れたい」

「俺は、別れたくないよ」

「私は、別れたい」

「今、あなたの気持ちは聞いてないです…絶対、別れないから」

「何で?許せないんでしょ?」

「え、何なの?自分が浮気しておいて別れたいって…絶対、別れない」

「じゃ、それでいいよ」

「え?」

「私は別れたと思って明日から過ごす。その人とちゃんと付き合う。あなたは別れてないと思って、彼女がいるって言い続けたら?私が彼女だって言い続けていいよ。明日からも」

「斬新すぎるわ…」

 

ここで、青を射程にする雪の視線が固まり、沈黙が流れる。

 

結局、完璧に三行半(みくだりはん)を突きつけられた青は、雪に「帰って」と言い放ち、彼女は黙って出ていく。

 

一転して映し出される、古着屋に勤める青の視線の落ち着きのなさ。

 

店が終わると、ライブハウスの弾き語りを聴き、その足で行きつけのバーで飲みながら、マスター、常連客と他愛のない会話をする。

 

古本屋へ行くと、店員の田辺冬子(以下、冬子)から声を掛けられた。

 

「荒川さんて、元々音楽やってたって、本当ですか?」

「え、何で?誰から聞いたの?」

「店長から」

「カワナベさん?え、いつ?」

「亡くなる前に」

「そりゃ、そうだよね。亡くなったら、聞けないから。そんな話したことあったかな、カワナベさんに」

「え、どうなんですか?やってたんですか?音楽」

「やってたって、遊びでね。大学の時に。何か、みんなやるでしょ、そういうの」

「バンドですか?独りですか?」

「独りです…友達いなかったから」

「え、じゃあ、曲とかも作ってたんですか?それとも、カバー?」

「カバーもしてたし、何曲か作ってましたね」

 

その後、自分で作った『チーズケーキ』という歌の説明をする青。

 

ここまでワンカット。

 

本の清算をしてもらいながら、青が尋ねる。

 

「あのさ、田辺さんって、カワナベさんとできてたの?」

 

唐突過ぎた。

 

この一言で冬子は固まり、無言のまま、奥に引っ込んでしまう。

 

気まずい思いで店に戻った青は、古本屋に電話をかけ、留守電に謝罪の言葉を入れる。

 

「田辺さん、先ほど、ホントに失礼しました。多分、昔、音楽をやっていたこととか、そういうこと聞かれて、気が緩(ゆる)んだというか。僕にとってのそれは、不倫とか、そういうことの秘密と同じくらい、アレって言うか、センシティブな…」

 

自らの思いを表現し切っていた。

 

ある日、店に高橋町子(以下、町子)という美大生がやって来て、卒業制作の自主映画の出演を青に依頼してきた。

 

監督をしている町子は、青に読書をしている姿を撮りたいと言って、脚本を置いていく。

 

最初は断った青だが、自分の読書シーンを携帯に撮って、練習するのだ。

 

冬子の店に行き、留守電を聞いていないというので、その場で再生してもらう青。

 

「こちらもすみませんでした」

 

そう言うや、冬子は青の思いを素直に受け取り、青の撮影練習を手伝うことになる。

 

青の店で、本を読む姿がぎこちなく不自然なので、冬子が本を持って、読んでいるところを撮らせて見せるのだ。

 

その本の間から、カワナベに振られた女性からカワナベを非難するメモが落ちて、それを読んだ冬子は、青に吐露する。

 

「もし、僕が結婚していなくても、付き合ってくれたって言われことがあるんです。僕が結婚してなくても、僕に魅かれたって?生きてるときに、店長に。私、そういう人とばっかり、付き合ってたから。結婚してる人にしか魅かれなくて…」

「そうだったんだ…」

「アイツ、バッカみたい。辛かったろうな…」

 

そこで青は、古本屋の留守録に残るカワナベの音声を聞かせるのである。

 

青の優しさが印象付けられる。

 

撮影当日。

 

青は控室に案内され、出演者の連ドラの俳優・間宮武(まみやたけし)に、元カノ(雪のこと)が大ファンであることを話す。

 

そこまでは良かったが、撮影で緊張する青のカットは何度も撮り直された挙句、他の者(スタッフ)と交代させられることになる。

 

控室に監督の町子がやって来て、青のシーンを使わないことを言い難(にく)そうにしていた。

 

「ほんと、あれだったら、全然使わなくても大丈夫です」

「ホントですか?良かったぁ。多分使わないことになりそうで。今、それを伝えに来たんです。せっかく出てもらったのに、すみません」

「あ、でも、もしあれだったら、映像見てから判断してもらってもいいですよ。今、決めなくても。いや、どっちでも。全然アレなんですけど、撮った映像をチェックしてからでも…」

「しました!しました、チェック」

「済(ず)み?もう、チェック済みで、使わない?」

「はい!済みです、済みです」

「済み?」

「あ、でも、繋いで考えてみますね」

 

さすがに気が引けた町子は、一旦、出ていくものの戻って来て、控室に一人残され、落ち込んでいる青を飲み会に誘った。

 

映画論から恋人の話題に及んだばかりか、青にオファーを出した失敗にまで議論が進み、すっかい盛り下がった空気感を感受し、スタッフ同士の飲み会に入っていけず、店の片隅に座っている青の横に、衣装スタッフの城定(じょうじょう)イハ(以下、イハ)が隣に座り、話しかけてくる。

 

二人とも「アウェイ」ということで、2次会には行かず、控室として使われているイハのマンションで、夜中まで恋バナを咲かせるのだ。

 

「…僕は雪との馴れ初(そ)めから、彼女がどんな人だったか、そして、浮気されたのに振られたことなど、すべてを話した。イハにはなぜか、その話をしてもいいと思えたし、引き摺っていることも素直に話せた」(青のモノローグ)

 

今度は、青がイハの恋バナを聞き出す。

 

「今まで付き合った人は、3人おるんやけど、最初の彼氏の話はいいや。特になんか、話すことないから」

「え、何でよ?」

「いいねん、いいねん。2人目の人の話していい?その人のことが、まだ好きなんやけど」

「じゃ、おかしくない?3人目の人は?」

「そんな、好きちゃう」

「え、けど、付き合ったの?」

「うん、うん、え、なに?そういうときもあるやん、あかんの?」

「あかんくないけど、好きじゃないなら、付き合わなきゃいいのに」

「え、いや、そんなさ、なかなかキレイに行かなくない?そんな、うまく寂しさコントロールできんよ」

「まあ、そうか」

 

イハは2人目に付き合っていた、まだ好きだという幼馴染の関取の話をしたあと、こう切り出す。

 

「何でそう、男と女はさ、いや、別に同性でいいんやけどさ。付き合ったり、好きって思ったりせんかったらさ、こうやって何でもしゃべれる話せるやん。けどさ、いざ、異性として意識するとさ、嫉妬したりとかさ、いつもおもろく喋れてる話がつまらんかったりするやん」

「確かにね」

「何か、こういう距離感のまま、付き合っていくことって、できへんのかなって、いつも思う」

「でも、嫉妬とか、そういう感情がなくなったら、何かつまんない気もするけどね。ある種の証拠っていうか」

 

こんな会話が長々と続いた後、お茶を取りに行ったイハは、青に言う。

 

「友達になって欲しいかも。友達おらんし、私」

「あ、是非」

 

途中、風俗の話から始まった10分間のワンカットシーンは、ここで閉じていく。

 

夜中まで恋バナを咲かせて、盛り上がった二人。

 

イハと出会った青の気分が浄化されていくようだった。

 

 

人生論的映画評論・続: 街の上で('19)   今泉力哉 より