1 「田舎から出て来て、搾取されまくって。もう、私たちって、東京の養分だよね」
渋谷区松濤の高級住宅街に住む榛原華子(はいばらはなこ)は、現在27歳。
松濤(しょうとう)の開業医の一族の中で育ち、家族から結婚の催促を受けている。
正月元旦のホテルでの家族の会食の席に、婚約者を連れて来るはずの華子は、遅れて一人でやって来た。
華子はその日に、婚約者と別れたと報告する。
爾来(じらい)、親が勧める見合い相手や姉の紹介する男性と会ったり、飲み会に行ったりと、家族の意向に素直に従って婚活するが、なかなか意中の人は見つからない。
そんな中、長女・香津子の夫・真に紹介された、会社の顧問弁護士の青木幸一郎(こういちろう)と見合いするが、華子は一目で幸一郎を気に入ってしまう。
親友のバイオリニストの逸子(いつこ)と会い、幸一郎との交際が順調であることを話す。
逸子はウェブに紹介された幸一郎の写真とプロフィールを見ながら、彼が自分たちの階級より上であると言い切るのである。
「でも、良かったよね。華子は絶対に東京の人じゃなきゃ、ダメだと思ってたんだ」
「東京の人って?」
「なんて言うか、華子って、松濤で生まれて、東京の外から入って来れないところで生きて来たでしょ?地方から出て来て頑張っている人とは、本質的に違うんだよ」
「考えたことなかった」
「東京って、棲(す)み分けされているから。違う階層の人とは、出会わないようになってるだよ」
その後、幸一郎の別荘へ行った華子は、その場で幸一郎からのプロポーズを受け、婚約指輪を渡された。
かくて、華子の新婚生活が開かれていくのだ。
幸せの絶頂にある華子だったが、その夜、幸一郎の携帯に時岡美紀(ときおかみき)という女性からのLINEメッセージが届いているのを見つけ、彼女のフェイスブックを検索してみる。
富山県出身の時岡美紀は、猛勉強して慶應大学に入学するが、同郷の里英(りえ)に、幼稚舎や高校から上がってくる「内部生」の存在を知らされ、受験して入った自分たちは「外部生」であると聞かされる。
「内部生」の二人と4人でアフタヌーンティーをするが、そこでの会話を聞いて、里英は美紀に耳打ちする。
「この子たち、貴族?」
美紀は授業後、「内部生」の青木幸一郎に講義のノートを貸してくれるように頼まれる。
その後、美紀は、父親が失業中で実家からの学費の仕送りが難しくなり、キャバクラでバイトをするようになるが、結局、大学を中退せざるを得なかった。
美紀はキャバクラの仕事を続けていたが、ある日、店にやって来た幸一郎と再会し、そこから二人の付き合いが開かれていく。
イベント会社に勤めるようになった美紀は、幸一郎の会社のパーティーにコンパニオンとして呼ばれ、そこでバイオリンの演奏をする逸子が目に留まり、声をかけた。
自身が企画するイベントでの演奏の依頼である。
名刺を忘れた美紀は、幸一郎から名刺を借り、その裏に自分の名を書き、それを逸子に渡した。
そこで逸子は、幸一郎が写真で見た華子の婚約者であることに気づき、美紀との関係に疑義を抱く。
早速、逸子は華子に連絡し、ホテルのサロンで美紀と引き合わせることにした。
先に待っていた逸子は、美紀がやって来ると、幸一郎に婚約者がいる事実を説明し、これから来る華子を紹介することを話す。
ただ、逸子は二人を対決させ、美紀を責めるという話ではないことを説明した後、親友の華子を案じる自らの思いを正直に吐露するのである。
焦燥感に駆られるあまりに、華子が婚活しているところにハンサムな幸一郎が現れ、婚約してしまったが、幸一郎のような男性には必ず女性の問題があるのではないか、自身の父親も浮気性で何人も女性や子供がいるのに、母親はお金や対面を気にして別れない旨などを打ち明けるのだ。
「私は経済的にも精神的にも自立していたいし、結婚しても、いつでも別れられる自分でいたいって思うんです」
「いつでも別れられる自分っていいね」
この言葉に共感を示す美紀。
逸子は、華子にもそうあって欲しいと思い、後から悔やまないように、幸一郎の女性関係もきちんと把握しておくべきだと考えたのである。
この逸子の話に耳を傾ける美紀は、幸一郎とは10年前に再会し、付き合っていたわけではなく、自分は「都合よく呼び出せる女」だと吐露する。
「この間のパーティーだって、卒なくホステスやってくれるから呼ばれただけだし。ニコニコ頷いて、空気を循環させて欲しいんだろうね。女をサーキュレーターだと思ってんのかな」
ここで二人は笑みを浮かべて、意気投合する。
「本当に責めないんだね?」
「それは、私が口出しすることじゃないので。それに日本って、女を分断する価値観が普通にまかり通っているじゃないですか。オバサンや独身女性を笑ったり、ママ友怖いって煽(あお)ったり、女同士で対立するように仕向けられるでしょ?私、そういうの嫌なんです。本当は女同士で叩き合ったり、自尊心をすり減らしたりする必要ないじゃないですか」
「そうだね」
共感し合う二人の中に、華子が店にやって来た。
しばらく、3人で三井家のひな祭りの展示会の話などをした後、美紀が華子に幸一郎との関係について話し始めた。
「私は付き合っているわけでもないし、今後、隠れて会ったりもしないから、安心して」
「ごめんなさい」
逸子に促され、華子は美紀に訊ねる。
「あの、幸一郎さんて、どんな人ですか?幸一郎さんと知り会って、まだ半年なので、美紀さんから見て、どんな方なのかなと思って」
一瞬、答えに窮する美紀。
「どうかな。本当はそんなに嫌な奴じゃないと思うんだけど…私もよく知ってるわけじゃないから。友達や家族を紹介されたこともないし、私がどこの出身かも知らないんじゃないかな」
幸一郎のLINEに、美紀から「もう会うのやめよう」とメッセージが入り、その晩、二人は10年前に再会した小さな店で会う。
「何、何かあったの?」
「別に困らないでしょ」
「そういうことじゃないじゃん」
「そういうことだよ」
無言の幸一郎に、美紀は地元の名産品を餞別(せんべつ)として渡す。
「だって悲しいじゃん。この10年間、幸一郎が一番の友達だったから…私がどこで生まれたかも知らなかったでしょ」
美紀からの別離宣言である。
その直後、美紀は里英と飲みに行き、帰りに里英が語った言葉が印象深い。
「田舎から出て来て、搾取されまくって。もう、私たちって、東京の養分だよね」
かくて、美紀は里英に誘われ、故郷で二人で起業することになった。
人生論的映画評論・続: 出会うことがない階層社会で呼吸を繋ぐ女性たちの、そのリアルな様態を描く 映画「あのこは貴族」('21) ―― その訴求力の高さ 岨手由貴子より