ノマドランド('21)  最後の“さよなら”がない〈生き方〉を選択していく

1  「点滴のボタンをもう少し長く押せば、逝かせてあげられると。私にその勇気があれば、あんなに苦しませずに済んだ」

 

 

 

2011年1月31日、USジプサム社は業績悪化により、ネバタ州の石膏採掘所を閉鎖。企業城下町であるエンパイアも閉鎖され、7月には町の郵便番号も抹消された。

 

世界的な金融危機を起こした2008年、リーマンショックに起因する経済破綻によって、車上生活を余儀なくされた“ハウスレス”のファーンは、アマゾンの配送センターで働き始めた。

 

同じく、車上生活をする同僚のリンダのヴァンを訪ね、彼女の身の上話を聞く。

 

「ヴァンに移り住む前は、仕事を探して駆けずり回ってた。2008年の金融危機の年よ。あの頃が人生のどん底だったわね。自殺も考えた。方法も決めてた。お酒を1瓶買って、ガス栓をひねるの。気を失うまで飲んで、途中で目が覚めたら、タバコに火をつけて、爆死しようって。でも、2匹の愛犬と目が合って…できなかった。犬だけじゃない。私も死んじゃいけないと。ちょうど62歳になる前だったから、ネットで公的年金の額を調べてみたの。たった550ドル。私は12歳から働いて、2人の娘を育てたのよ。なのに、それっぽっち。そんな時、ボブ・ウェルズの“RV節約生活”を。そうだ、キャンピングカーで暮らせばいい。働き蜂はやめようって」

 

リンダは携帯で、「RTRはノマド初心者の“訓練所”です…今、助けが必要な人を支援するシステムです」と語りかけるボブ・ウェルズの動画をファーンに見せる。

 

「RTRって?」

「“放浪者の集会(ラバー・トランプ・ランデブー)”。アリゾナ州のクォーツサイト砂漠の外れでやるの。来ない?地図を描くわ」

「やめとく」

 

そこでまた、ボブ・ウェルズの話が耳に入ってくる。

 

「つまり、RTRとは、今、助けが必要な人を支援するシステムです」

 

年末になり、アマゾンがクリスマス休暇に入ると、ファーンは新たな仕事を探しに職安(州ごとに異なる)へ行く。

 

「夫はUSジプサム社の社員で、私は数年間、事務職を。その後はエンパイアの街のレジ係をしたり、5年間、代用教員も」

「採掘所の閉鎖で、全住民が立ち退きに?」

「ええ、1年前」

「いつから働きたい?」

「今すぐ」

「今すぐは難しいわ。年金の早期受給を申請してみたら?」

「年金だけじゃ暮らせないし、仕事がしたいの」

「年齢とか、いろいろ不利な点が…」

 

ファーンは車を走らせ、リンダが誘ったボブの「砂漠の集い」に参加する。

 

「我々は、ドルや市場という独裁者を崇めてきた。貨幣というくびきを自らに巻き付け、それを頼みに生きてきた。馬車馬と同じだ。身を粉にして働き、老いたら野に放される。それが今の我々だ。もし社会が我々を野に放り出すなら、放り出された者たちで助け合うしかない。“経済”というタイタニックは沈みかけてる。私の目的は、救命ボートを出して多くの人を救うことだ」

 

ボブの演説の後、炊き出しが始まり、大勢の参加者に食事が振舞われる。

 

薪を囲んで、それぞれの身の上を語り合う。

 

「俺はベトナムから帰還して、PTSDに。大きな音に耐えられず、人混みや花火もダメだ。でも、キャンピングカーで暮らし始めて、心が穏やかに」

「私はずっと、家族に言い続けてきたの。キャンピングカーで国中を回ろうって。でも、両親が2人ともガンになって、3週違いで死んだ。そんな時、ボブ・ウェルズの動画を見つけて、ヴァンを買った…そして、私は癒しの旅へ」

 

ファーンは、ボブから直接、言葉をかけられる。

 

「過酷な人生だね。夫を亡くし、住んでいた町も友達も、すべて失うとは。そう簡単には立ち直れないさ。何の助言もできないが、答えを探すには、ここはいい場所だ。自然と繋がり、人との絆を育む。物の見方が変わるよ」

 

ファーンは、沢山のキャンピングカーが屯(たむろ)する朝の“ノマドランド”を散歩する。

 

それから、駐車場の止め方や排泄物の扱いなど、車上生活で必要なスキルの講習を受け、

夜にはギターを弾いて歌い、皆でダンスを踊り、次の日には、殆どの車が去って行った。

 

ファーンのヴァンのタイヤがパンクして、スワンキーに町まで乗せて行って欲しいと助けを求める。

 

ファーンは砂漠でスペアタイヤがないのは、命取りだと注意される。

 

「最低限のスキルよ。救助の呼び方とか、タイヤの替え方とか…万が一に備えて、GPSを搭載しなさい」

 

貸しを作ったと言うスワンキーは、旅を続ける準備をファーンに手伝ってもらう。

 

作業中、気分が悪くなったスワンキーは、ファーンに事情を話す。

 

「かなり前だけど、肺がんの手術をしたのよ。小細胞がん。それが脳に転移して、あと7~8か月だろうと」

「そう。つらいわね」

「私は旅を続けるわよ。もう一度アラスカに行きたいの。その後は、やるべきことを。ドクター・ケボーキアンって医者がいて、いろんな安楽死の方法を本に書いてるの。言わば“レシピ本”ね。いずれ参考にするけど、ただ病院で死ぬのを待つのはイヤ。お断り。私は今年75よ。いい人生だったわ。カヤックを漕いで、美しいものをたくさん見た。アイダホの川で、ヘラジカの家族の出会ったり、大きな真っ白いペリカンが、目の前に舞い降りたり、あとは…カーブを曲がると、崖一面に何百というツバメの巣があって、無数のツバメが舞ってたり、それが水面に映って、私もツバメと一緒に飛んでる気がした。ヒナがふ化して、小さな白い殻が川に落ちて流れていく。あまりに美しくて、“もう十分”って。この瞬間に死ねたら幸せって」

 

二人は夕焼けに染まる砂漠に出て、スワンキーは話の続きをする。

 

「私が死んだら、焚き火に石を投げ入れて、私を偲(しの)んで…キレイな空」

 

ファーンは音楽を聴きながら、昔の写真を取り出し、夫を懐かしむ。

 

翌日、スワンキーの髪を切りながら、ファーンが夫への思いを話す。

 

「ずっと考えてるの。夫のボーのこと。最後は病院でモルヒネの点滴を。私はベッドのわきに座って、思ってた。点滴のボタンをもう少し長く押せば、逝かせてあげられると。私にその勇気があれば、あんなに苦しませずに済んだ」

「彼は少しでも長く、あなたといたかったかも。やれることはやった」

「そうね」

 

そのスワンキーも去って行った。

 

残されたファーンもまた、大自然の中に身を置き、その美しさを体感する。

 

ファーンはリンダと共に、バッドランズ国立公園で清掃の仕事を始めた。

 

二人は、“国立グラスランズ・ビジターセンター”(国立公園の自然などの情報を展示する)へ行き、大自然が作った岩の造形を楽しむ。

 

店で酒を飲みながら、リンダは自分の夢を語る。

 

「このアリゾナの土地に、アースシップを建てるの。自給自足の家。建材は古タイヤや空き瓶。廃材で造るから、環境に優しいの。自分の手で作り出す生きた芸術作品。孫の代まで残せるわ。何十年も朽ちず、人間より長生きする家」

 

リンダもまた、ファーンに「友情をありがとう」と別れを告げ、キャンプ場を後にした。

 

【アースシップとは、自然エネルギーで電気を自給自足する住宅スタイルで、1970年代に、米国の建築家が建て始めて世界中に普及している】

 

ファーンに、タバコを買いに行けない時にと、リコリス(薬草の一種)を持って来たデイブは、荷物を下ろす手伝いをして、ファーンが家族の思い出として大事にしている皿を割ってしまった。

 

謝罪するデイブを許せず追い返し、何とか割れた皿を接着剤で継ぎ合わせた。

 

その後、デイブが体調を崩し、付き添うファーン。

 

病院に行くと、腸の炎症で、腹腔鏡手術(腹部に小さな穴をあけて行う手術)をしたという。

 

ファーンはお見舞いに差し入れをすると、デイブに次の仕事を聞かれ、「ネブラスカでビーツの収穫を」と答える。

 

“ウォール・ドラッグ”で働くと言うデイブはファーンを誘い、一緒に仕事をすることになる。

 

【ウォール・ドラッグは、バッドランズ国立公園に隣接する世界最大のドラッグストアで、観光名所として有名】

 

デイブの元に、息子が訪ねて来た。

 

もうすぐ孫が生まれるので、“一緒に帰ろう”と言われたが、デイブはそれを断った。

 

「俺は、なんていうか、息子が子供の頃、あまり家にいられなくてね。大人になってからは、お互いの興味も違ってて。“父親”のやり方を忘れちまった。向いてないんだ」

「考えすぎずに、“おじいちゃん”をやって」

「一緒に来ないか?」

「そのうち寄るわ」

「楽しみだ」

 

朝、デイブがファーンの車を訪ねて来たが、反応しないでいると、デイブのメモが巻かれた石が置いて、そのまま去って行った。

 

メモには、「“遊びに来たら、いろんな石を見せるよ”」と書いてあった。

 

  

人生論的映画評論・続: ノマドランド('21)  最後の“さよなら”がない〈生き方〉を選択していく クロエ・ジャオ より