前科者('21)  自己救済への長くて重い内的時間の旅

1  「人間だから、罪を犯してしまう。私はそれを止めたい」

 

 

 

「村上さん!いるのは分かってるんですよ。会社から電話がありました。無断欠勤はルール違反です!」

 

保護司の阿川佳代(以下、佳代)が、保護観察対象者の村上美智子(窃盗罪 仮釈中)の家を訪ね、玄関のドア越しに声をかける。

 

「うるさいよ!あの会社、人間関係最悪!あたしには合わないの」

「会社変ったの、もう3つ目じゃないですか。誰にだって、会社は面倒なところなんですよ」

「コンビニ勤めのあんたに、何が分かんのさ」

 

佳代(かよ)はその言葉に反応し、傘で窓を割る。

 

「コンビニで何が悪い!」

 

慌てて玄関から出て来た村上を叱咤し、諭していく。

 

「あなたは今、崖っぷちにいるんです!このままなら、奈落の底に真っ逆さまです。そうなったら、助けられなくなるじゃないですか」

 

村上は、静かに頷く。

 

【保護司は、仮釈放で出所した受刑者の保護観察にあたる】

 

遅れてコンビニに出勤すると、1時間待っているという女性から、父親のツケを払ってくれと請求される。

 

「もしかして、その人、髪のオデコから薄くて、銀縁眼鏡の?」

「そうそう。あんたのお父さん」

 

佳代は「クソッー!」と叫びながら自転車を走らせ、「父親」の保護観察対象者・田村(詐欺罪)の元に自転車を走らせた。

 

「20万円返せなかったら、無銭飲食じゃないですか。詐欺罪で仮釈放は取り消されます」

 

死んだ女房に似てたと言い訳をする田村に佳代は面罵(めんば)する。

 

「詐欺師!保護司騙して、どうする」

 

田村の妻は生きており、身元引受人を断られたいう佳代に、金を貸してくれという田村に「保護司は金を貸せない」と断る。

 

【保護司は、犯罪者の更生を助けることで犯罪を予防する。非常勤の国家公務員だが、報酬はない】

 

次に向かった保護観察対象者は、自動車整備工場で整備士として働く工藤誠(殺人罪)。

 

身元引受人の中崎の言葉。

 

「相変わらず口下手でな。一度も笑ったことねぇ。あれじゃ、彼女どころか、ダチもできねぇだろ。まあ、前科者らしいわ」

「はあ、確かに口下手ではありますけど」

「まあ、手先は器用だし、車好きそうだし、最後の弟子にしてもいいかなと…保護観察が明けたら社員にする」

「ありがとうございます」

 

佳代は満面の笑みを湛えて感謝を伝える。

 

半年前。工藤誠、出所初日。

 

牛丼を美味しそうに食べる工藤。

 

工藤が向かった先は、保護司の佳代の自宅。

 

佳代が自宅前を履き掃除していると、走っていた小学生3人の一人が転び、それを見た佳代は、「立ちなさい」と声をかける。

 

泣きながら立ち上がった男の子に、「よく頑張ったね」と言って、膝の怪我の手当てをしてあげるのだ。

 

その様子を遠くで見ていた工藤が近づいてくると、佳代は笑顔で深々と頭を下げた。

 

「お帰りなさい」

「よろしくお願いします」

 

自宅に上がった工藤は、佳代から保護観察についての説明を受ける。

 

「保護観察中の6か月間は、月に2度の定期報告が義務付けられています。場所はここ。私の自宅になります。やむを得ない理由で来られない時は、必ず連絡を入れて下さい。犯罪を誘発する人間や場所は訪ねたりしないで下さい」

 

神妙に返事をしていた工藤に、佳代は大きな声で宣言する。

 

「精一杯、工藤さんの更生に寄り添っていきたいと思います!」

 

そして、佳代はお腹が空いているだろうと、工藤に食事を持って来た。

 

牛丼だった。

 

「頑張りすぎないで下さいね。大切なのは、“普通”だと思うんです。頑張り過ぎたら普通じゃなくなります。普通って、人それぞれですけど、工藤さんの本当の普通は、保護観察に終わった後に始まると思うんです。だから、半年の間、じっくり自分と向き合って下さい」

 

その言葉に反応した工藤は、佳代に質問をする。

 

「阿川先生。覚えてないんです。先輩を刺した時の自分。気が付いたら先輩が倒れていて、頭の中が真っ白で、殺した時のこと、思い出そうとしても思い出せなくて。本当の自分は人殺しの自分で、また人を殺してしまうかも知れない。阿川先生。人殺しでも、更生できると思いますか?」

「はい。できると思います」

 

ここまで、若き保護司・佳代の熱心な仕事ぶりが伝わってくるシークエンスだった。

 

【現役の20代の保護司は僅か12人と言われる。因みに、40歳未満の保護司はたった0.8%である/「20代は日本でわずか12人だけ...。罪を犯した人の更生を支える「保護司」の切実な現状」より】

 

現在。

 

交番の巡査部長の金田が何者かに襲われ、拳銃を奪取される事件が起きた。

 

犯人は警官を撃ち、逃走している。

 

佳代は、東京保護観察所・処遇第一部門の保護観察官、高松に担当観察者の報告をする。

 

工藤が順調であることを二人で喜び、工藤のこれまでの苦労の過去の一端が明らかにされる。

 

「目の前で義理の父親に母親を殺害されたのが、10歳の時。二つ下の弟と二人、児童養護施設に入り、その後は施設と里親の家を転々として、24歳で就職したパン工場で、先輩から耳の鼓膜が破れるほど激しい暴力と虐めを受けた。どこにも行き場のなかった工藤は、虐めに耐えたが、4年後、包丁で先輩を刺殺する。殺害のきっかけは、先輩から受けた侮辱的な言葉だった。『お前のような奴は、生きていても意味がない。お袋みたいに殺されちまえばよかったのに』…他の犯罪に比べて、殺人の再犯率は低いんです。殆ど、一時の怒りや不満から衝動的に犯行に及んでしまう。工藤もきっと、そうだったんでしょうね」

 

工藤は仕事を終え、社長と共にラーメン屋で食事をしていると、若い男が相席し、ぶつぶつと何かを呟いている。

 

店を出たその男の後をつける工藤。

 

途中で佳代からの電話で、2日後の報告を神社で会うことを約束する。

 

佳代が自宅に帰ると、元受刑者で対象者だった斉藤みどりが友達を連れて上がり込み、すき焼き鍋を囲んで騒いでいた。

 

地下アイドルの社長をしているみどりが、打ち上げに佳代の家を選び、特上の牛を食べさせようとしたと言う。

 

喜んでそれを賞味する佳代。

 

「前科者なんか忘れて、もっと自分の違う人生を生きろ」

「みどりさん、更生って、生き返るっていう意味なんですよ。もう一度、人間として生き返るんです。そこに立ち会えるのって、なんか、すごくないですか?」

「前科者が生き返っても、せいぜいゾンビだろうけどな」

 

拳銃奪取事件を担当する滝本真司とベテラン鈴木充の2人の刑事。

 

一命を取り留めて入院中の金田に、滝本が事情聴取をする。

 

「心当たり、ありますか?」

 

「いいえ」と答える金田に、今度は鈴木が質問する。

 

「おいあんた、監察にマークされてるの知ってんだろ。かなりの要注意人物だ。警察官の立場を利用した脅迫に恐喝、後輩への暴行とハラスメント、相当、恨み買ってたんじゃないのか?」

 

その尋問を無視して、携帯のゲームを続ける金田。

 

再び、発砲事件が起きた。

 

繁華街で3人連れの中年女性の一人が撃たれ、田辺やす子という区役所の福祉課職員が死亡するに至った。

 

定期報告の日、約束通り神社にやって来た工藤と佳代は、公園の芝生に腰を下ろす。

 

保護観察が満了したら、お祝いに食事に行こうと佳代が誘うと、昔、母と弟と行ったラーメン屋に行きたいと言う工藤。

 

ここでお祝いをしようと言う佳代の顔を見て、工藤の顔が綻ぶ。

 

「阿川先生は、どうして保護司をしているんですか?」

「…話すと少し、長くなるんです。私も色々ありましたから」

「聞きたいです。長い話」

「それじゃあ、いつか折を見て」

「いつか、聞かせてください」

 

定期報告も残り一回となり、あと2週間で保護観察も終わる。

 

滝本と鈴木は、殺された福祉課の課長だった田辺やす子の上司や同僚に聞き込みをするが、「聖人」と言われるほど慕われ、恨みを買うような人物ではないとの証言を得る。

 

そこに、警視庁に送られてきた匿名メールを受け取った。

 

「偽善者に天罰が下った…」

 

一方、雷雨の中、工藤が訪ねたのは、弟の実(みのる)の住むアパートだった。

 

実に言われ、車を運転して着いた河川敷で、工藤は横になっている稔に声をかけるが返事がない。

 

先日、ラーメン屋で相席をした若い男が、その実だったのだ。

 

長年会っていなかったが、弟と気づいた工藤は、稔の後をつけ、声をかけた。

 

稔のアパートに着くと、稔はいきなり俯(うつぶ)せて苦しみ出す。

 

工藤が抱き起すと、「兄ちゃん、どこにも行かないで!どこにも行かないで、兄ちゃん」と泣きながら、言葉を繰り返すのだ。

 

医者に行こうと言うと、稔は違法薬物を口にする。

 

「そんなの飲んでたら、おかしくなるだろ」

「飲まないと死にたくなるから」

「どこで手に入れんだ」

「俺の体、買ってくれる人いるから」

 

施設で兄が出て行ったあと、激しい虐めに合った稔は、働いても給料も低く、誰からも相手にされず、社会で孤立し、極度の薬物依存症になっていた。

 

実が起き上がり、散歩に行こうと言うので、二人は車を降りて、橋の下の河川敷に腰を下ろした。

 

「兄ちゃんに会えて嬉しい」

「俺も」

 

急に立ち上がった稔はフードを被り、自転車に乗った男が近づくや、いきなり発砲した。

 

驚いた工藤が倒れた男に近づくと、自分も知っている養護施設職員の浅井だった。

 

車に走って戻った実に、工藤が問い詰める。

 

「お前、何やってんだ!」

「だって、もうやっちゃったもん」

「警察、行こう。自首しよう」

「やだよ。俺、死刑になっちゃう」

 

銃を渡せと怒鳴る工藤に、実が渡したのは、写真付きの殺害リストだった。

 

「お母さんに何もしてくれなかったお巡りさん、お母さんを必ず助けるって言った人、俺に薬を飲ませた先生…弾はまだ残ってる…殺さないと変われない。俺も、兄ちゃんみたいになりたいから」

「ダメだよ!」

「兄ちゃん、一緒にやろう」

 

最後の定期報告日に工藤が来ないので、佳代は社長をかけ、工藤の部屋に走っていく。

 

上司の高松に相談する佳代。

 

「仮釈放は取り消され、見つかれば逮捕、刑務所に収監されることになるでしょう」

「私はこれから工藤さんを探そうと思います」

「もう、我々にできることはありません」

 

その夜、みどりが佳代の家を訪ね、本を貸して欲しいと探し、中原中也(昭和初期に夭折した詩人)の詩集を手にすると、「殺す!」といくつも殴り書きされているページを見つけてしまう。

 

「これは貸せません!秘密です」

 

慌てて本を奪い取る佳代。

 

「私にだって、他人に入って欲しくない場所があるんです!」

「他人か。友達だったら貸してくれんのか」

 

嫌味を言って、去っていくみどり。

 

一方、殺された浅井を知る元養護施設担当の内科医を訪ね、事情を聴く滝本と鈴木。

 

浅井は施設の子供たちをすぐ殴り、暴れると薬を飲ませたと話す内科医。

 

軍隊並みの厳しい環境で、当時は内科医でも精神科の薬を処方することができたのだった。

 

被害者の爪に付着していたDNAから、容疑者が工藤誠と判明し、10歳まで浅井の働く施設にいたことで関係も繋がった。

 

仮釈放中ということで、滝本らは保護司である佳代の元にやって来た。

 

その滝本は、佳代の中学時代のボーイフレンドだった。

 

工藤の所在を聞かれるが、犯人と信じられない佳代は、何も答えられないと言う。

 

「保護司なんて、何も知らない。本当の工藤さんのこと、私は何も知らないの!」

 

佳代は過呼吸になり、その場で倒れ込んでしまう。

 

忌まわしい過去の思い出がフラッシュバックするのだ。

 

滝本と二人で公園を歩いていると、佳代はベンチに座っている男と目が合う。

 

一人で帰るところで、再びその男が現れ、「バカにしやがって」と言いながら、刃物で佳代に襲いかかって来た。

 

そこに、滝本の父親が入り込み、男に刺されて落命する。

 

自宅に佳代を送って来た滝本は、佳代と結ばれるところで、父が殺された時の事を思い出す。

 

「あの人殺しは今、刑務所を出て、普通に暮らしてる」

「人間だから、罪を犯してしまう。私はそれを止めたい」

「阿川。人殺しは人間じゃないよ。工藤誠は、また人を殺したじゃないか。苦しむ遺族を生んだじゃないか。工藤から連絡があったら、教えてくれ」

 

最後は、現役刑事としての立ち場を崩すことなく立ち去っていく滝本。

 

その後、偽善者と告発するメールを送ったのは、実は田辺の部下の森山だった事実が判明する。

 

25年前、工藤の母親が殺された事件でのミスをした田辺が、正規の職員に取り立てることを条件に罪を被ったのだった。

 

「幸恵さんが相談に来るとき、子供を連れて来たことがありますか?」

「いつも、男の子が二人。お母さんにベッタリだった」

 

そこで滝本は工藤の顔写真を見せ、確認する。

 

回想。

 

父が犠牲になった事件後、図書館にある中原中也の詩集に、殴り書きをする滝本。

 

「殺す、殺す、お前は、なぜ生きている」

 

その様子を見ていた佳代は、本を手に取り、そのページを見て涙を零し、カバンに入れて持ち帰る。

 

現在。

 

佳代は、工藤が勤めていたパン工場に行き、元同僚に話を聞く。

 

「ずっと独り。ずいぶん虐められていたから。事件の時は、お袋のことバカにされて、なんかブルブル震え出してさ。震えが収まったと思ったら、あっという間に先輩を刺しちゃった…でも、倒れた先輩の血が床に広がり出して、それを見た途端、包丁を放り投げて、急に半狂乱になって叫び出して」

「何を、工藤さんは叫んだんですか?」

「母さん、ごめんなさい。護れなくてごめんなさい。そんなこと」

 

一方、滝本たちが入院中の金田に、25年前の事件を追及する。

 

相変わらず、捜査に非協力的な金田を暴力的に脅し、吐かせるのだ。

 

「殺された女房から、事情を聴いているときに、知り合いから急用の電話があって、夫婦でよく話し合うようにって、帰ってもらった」

「知り合いって」

「行きつけの店のホステス」

「お前、姉ちゃんに会いたくて、相談に来た女房を、暴力亭主の元に返したのか!おい、お前が職務全うしてりゃ、女房、死なずぬ済んだじゃないか!」

 

工藤と稔が次に車で向かったのは、母親を殺して、今警備員をしている義父の遠山だった。

 

「あんな小さかったのか」

 

遠くで遠山を見た工藤が呟いた。

 

「お母さん死んじゃったのに、笑ってるよ」

 

実がそう言うと、工藤の脳裏には、死んだ母親の姿が浮かんでくる。

 

佳代の元に工藤から電話が入るが、警察に盗聴されていた。

 

「今、どこにいるんですか?」

「ご迷惑をおかけしました。阿川先生」

「一体、何があったんですか?」

「やっぱり戻れない」

「何を言ってるんですか。ちゃんと答えてください」

「もうすぐ終わりにします」

「私は、工藤さんと、ラーメンが食べたいです。待ってます。あのラーメン屋で待ってます。だから来てください。一時間後。9時に来てください。必ず来てください」

 

佳代が店の前で、2時間待っても工藤はやって来なかった。

 

警察が店内で待機していたことを知り、佳代は怒りをぶつける。

 

警察は撤収し、佳代は店に入ると、隣に滝本が座る。

 

工藤について話を聞きたいと言う佳代。

 

「なぜ、そこまで工藤に拘る」

「彼の更生に寄り添うと、約束したの。私は、人が更生するために、本当に何が必要なのか分からなくなってる。だから知りたいの」

 

沈黙の中から言葉を発する滝本。

 

「3人の被害者は、全員が工藤誠の転落に関わっていた。襲われて銃を奪われた警官は、工藤の母親から夫の虐待の相談を受けていた。でも、無視した。二人目の被害者は、工藤の母親が夫から逃れようと転居を相談した福祉課の職員だった。でも、伝達のミスで転居先の住所を夫に知られ、母親は殺された」

「3人目の被害者は?工藤さんに何をしたの」

「母親を亡くして、工藤と弟は施設に入った。そこで二人は、管理のために暴力を振るわれ、薬を飲まされた」

「4人目は誰?」

「もう聞くな。俺たちに任せろ」

 

そう言って、滝本は店から出て行くが、残された佳代は泣きながらラーメンを啜るのだ。

 

  

人生論的映画評論・続: 前科者('21)  自己救済への長くて重い内的時間の旅 岸善幸 より