1 「自分を何だと思ってる。お前は悪魔か」「そう。あんたに禍を」
1942年 ジャワ
白人と東洋人の男が後ろ手に縛られて、地面に横たわっている。
「前代未聞の不祥事が起こった。所長大尉殿に報告せず、ハラの一存で処断する」
ハラ軍曹(以下、ハラ)が証人になってもらうと、日本語を話す連絡将校のロレンス陸軍中佐(以下、ロレンス)に説明する。
ハラは、オランダ兵の捕虜デ・ヨンを差し、バナナを盗んで一週間営倉に入っていただけだと言い、その営倉に忍び込んた朝鮮人軍属のカネモトがデ・ヨンに何をしたかを言ってみろと、カネモトを甚振る。
「どうやって、その白んぼのケツにぶち込んだ?」
ハラはここでやってみろと、カネモトの縄を解かせる。
「見事やってのけたら、切腹させてやる」
「狂ったか!」と拒絶反応を示すロレンスに対し、「日本人の切腹を見たいだろ」とハラ。
「切腹を見ずして、日本人を見た事にはならないからな」
ロレンスがデ・ヨンに経緯を説明させていると、突然カネモトは兵士の刀を奪い、腹に突き刺すが、周りの兵士に止められた。
しかし、ハラはそのままカネモトに切腹しろと命じ、自ら介錯しようとしたところに、所長のヨノイ大尉が現れ、中断する。
「罪があるなら、なぜ本官に報告せんのか?」
「これは武士の情けであります。勤務中の事故死とすれば、カネモトの遺族に恩給が下がります。カネモトの家族も食うや食わずの生活をしてるに違いありません」
「この軍属は、何の罪を犯したのか?」
しかし、その答えを聞く間もなく、ヨノイは軍律会議に出席のため、報告は帰ってからでいいと言って、引き揚げて行った。
その軍律会議において裁かれるのは、ジャク・セリアズという、ジャワ島でゲリラ作戦を決行し、日本軍に捕らえられた英国陸軍少佐だった。
セリアズは死刑を言い渡されると、「私は無罪だ。犯罪者ではない」と主張する。
「一カ月前、私は山を捨てて、日本軍に投降してスカブミの獄房に送られた。3日間独房に入れられて、イトー中尉の取り調べを。彼は姓名と階級を尋ね、“答えに間違いはないか”と聞かれ、私は答えた。“私は英国軍人だ”。死ぬ運命の人間が、何のために偽名を使う」
「日本兵なら捕らえられれば、偽名を名乗る。そもそも彼らは決して降伏などしない。死を選ぶ」とイワタ法務中尉
「私は日本人ではない」
「…なぜ自分の過去を話さぬ」
「私の過去は私のものだ」
「お前がわが軍に投降した理由はなんだ」とフジムラ中佐(軍律会議審判長)。
「そこに書いてある。私が投降せねば、村人が殺された」
「その時、お前には何人の部下がいた」
「私一人だ。ウソではない。輸送隊を襲撃した時の4人はみな戦死した」
「お前は原住民も率いていた…隠さずに吐くんだ」とイワタ。
「原住民を率いた事はない。なぜ弁護士がいない。これはどういう裁判だ。茶番もいいとこだ」
このやり取りを聞きながら、毅然とした態度のセリアズに見入っていたヨノイ大尉は、自ら尋問して、フジムラ審判長に上からの命令の正規の戦闘行為として俘虜にすべきだと意見する。
ここから合議に入り、有罪となり銃殺刑が執行されたが、銃は空砲だった。
セリアズに関心を持つヨノイ大尉の指示だった。
そのセリアズは、ヨノイ大尉が管轄する収容所に俘虜として引き受けられた。
ロレンスはセリアズと一緒に戦った仲で、倒れ込んだセリアズに声をかけ、起き上がらせようとすると、ロレンスは兵士に殴られる。
そこにヨノイ大尉がやって来て、ロレンスを殴った兵士を何度も鞭を叩きつけた。
「おい、将校。知り合いか?」とヨノイ大尉がロレンスに訊ねる。
「リビア戦線で、ドイツ軍相手に戦った仲だ」
ヨノイ大尉はすぐに、セリアズを医務室に連れて行くよう兵卒に命じた。
ヨノイ大尉は、更にロレンスセリアズのことを聞き出そうとする。
「りっぱな軍人だ。第8軍では、“掃討のジャック”と呼ばれていた…“兵士の中の兵士”の事だ…」
そこに部屋に入って来たハラに医者が何と言っているかを訊ね、明確に答えられないと、「バカ者!」と怒鳴りつける。
そして、ヨノイ大尉は「一日も早く彼を回復されるのだ」とロレンスに指示し、衛生兵をつけることを命じる。
「彼は拒むよ。なぜ、彼に関心を?」
ヨノイ大尉はそれには答えず、呼び出したヒックスリー俘虜長に、「兵器や鉄砲に詳しい捕虜の名」を訊ね、名簿を出すように命じた。
「協力はできん。国際法が味方だ」
「…ここにジュネーブ協定はない。協力を拒むなら、君を交代させる」
それでもヒックスリーは、頑として譲らず帰ってしまった。
「ヨノイ大尉、彼を理解してください。彼は名誉を重んじる男です」
「だが俘虜長は、ほかの男が望ましい」
捕虜が作業へ出かける際、ヒックスリーがロレンスに話かける。
「名簿の件だが、何とか引きのばし作戦を。あの若い“東條”は気づかないよ」
「奴らはバカじゃありません」
「戦局が不利な事は奴らも知ってる。2カ月で終戦だよ」
「それまで生きのびましょう。私は彼らを知ってます。私の意見も聞いてください」
「奴らは我々の敵だよ。君は英国軍人だ」
「彼らはロシアに勝った事もあるんです」
夜寝静まった病舎にハラがやって来て、ロレンスを起こし、セリアズの病棟を案内させる。
「こいつがそんなに立派な将校なら、なぜ捕虜になった」
「捕虜になったと言うより、降伏したんだ」
「隊長殿がなぜ、あいつを俘虜長にしたがるのか分からねえ…」
「彼が生まれつきのリーダーだからだろう」
「ロレンス、お前はなぜ死なないんだ。俺はお前が死んだら、もっとお前が好きになったのに。お前ほどの将校が、なぜこんな恥に耐えることができるんだ。なぜ自決しない」
「我々は、恥とは呼ばない。捕虜になるのも時の運だ。我々も捕虜になったの喜んでいるわけではない…戦争には勝ちたい…自殺もしない」
「死ぬのが怖いだけだ。俺は違うんだ!俺はな、17歳で志願して、入営する前の晩に村の神社にお参りして以来、このハラ・ゲンゴはな、お国に命を捧げてるんだ」
「あなたは死んでないよ」
セリアズが目を覚まし、二人を見上げて訊ねた。
「ヨノイは、なぜ僕を助けた」
「分からん」とロレンス。
そこにヨノイ大尉が入って来て、二人は陰に潜み、様子を伺う。
兵卒がセリアズに懐中電灯の光を当てると、ヨノイ大尉は、「彼を早く回復させるのだ」とだけ指示して、出て行った。
翌朝早く、剣道の訓練をしているヨノイ大尉の剣道の掛け声を耳にしたセリアズは、「あの叫び声はなんだ」とロレンスに聞く。
「神に近づく気なんだよ。彼らは過去に生きてる」
「救われないな…」
「君が来てから、あの通りだ」
「何か言いたいのなら、言えばいいんだ」
「あれが彼の表現だ」
ハラはロレンスに頼まれ、あまりの気合の鋭さに俘虜が動揺しているとヨノイ大尉に伝えると、ヨノイ大尉はロレンスと話し合う。
「俘虜が気合に怯えてるそうだが…あの将校も?」
「セリアズか。彼も気にしている」
「俘虜が怯えるならやめよう」
「ありがとう」
「できる事なら、君ら全員を招き、満開の桜の木の下で、宴会を開きたかった」
ロレンスは、日本の思い出は雪だと答えると、ヨノイ大尉は「あの日も雪だった」と1936年2月26日の決起に、満州にいて参加できなかったことを打ち明けた。
「後悔を?」
「同志はみな処刑された。私は死におくれたわけだ」
「あなたは、あの青年将校の一人だった」
突然、ヨノイ大尉はハラにカネモトの処刑を命じ、俘虜たちに立会いをさせた。
カネモトは切腹するが顔をあげられず、介錯を失敗する兵士に代わって、ハラがカネモトの首を刎(は)ね落とした。
同時にデ・ヨンは舌を噛み切る。
「あんたは間違ってる!」とヒックスリー。
「このことは発表があるまで口外してはならぬ」
「君は正しいんだろ。なぜ隠す」
「公式の発表を待つ。それが正しい順序だ」
ヨノイがロレンスに同意を求める。
「間違ってる。我々、みんなが間違ってる」
ヨノイ大尉は、俘虜全員に労務は中止し、収容所内に48時間留まり、“行”(ぎょう)つまり、断食を命じて去って行った。
ヒックスリーに聞かれ、ロレンスは、“行”について説明する。
「怠惰を直す日本のやり方だ…彼が言うのは精神的なたるみだ。空の胃がそれをたたき直す」
「ナンセンスだ」
「これだけは確かだ。我々がやれば彼もやる」
デ・ヨンは死の弔いに、“行”の最中にも関わらず、セリアズは戸外へ出て、籠に摘んできた赤い花とマンジュウと俘虜たちに配った。
セリアズの一件が報告され、査察に来た日本兵に反抗的なセリアズは、殴られ引き摺り出されて行く。
駆け付けたヨノイ大尉に赤い花を差し出すセリアズ。
「自分を何だと思ってる。お前は悪魔か」
「そう。あんたに禍を」
そう言い切って、赤い花を食べて見せるセリアズ。
懲罰房に入れられたセリアズを殺害しに来た従卒のヤジマを、セリアズは逆に反撃して逃走し、病舎で無線機が見つかった責任で捕縛されたロレンスを救い、担いで脱走を試みた。
二人の前にヨノイ大尉が現れ剣を抜いたが、セリアズは剣を下ろし、見透かすようにヨノイ大尉を見上げる。
「なぜ私を倒せば、自由になれるぞ」
そこに到着したハラが、「殺します」とセリアズに拳銃を向けると、ヨノイ大尉はその前に立ちはだかる。
ロレンスは、「彼に好かれているようだな」とセリアズに囁いた。
「房へ戻せ」とハラに命じるヨノイ大尉。
そこに、セリアズを殺そうとしたヤジマが切腹を願い出て、「あの男は隊長殿の心を乱す悪魔です」と言い残し、果てて逝った。