不良少女モニカ('53) イングマール・ベルイマン <自我の未成熟な女の変わらなさを描き切った圧倒的な凄味>

 1  「青春の海」の求心力 ―― プロットライン①



 陶磁器配達の仕事に追われる一人の若者がいる。

 彼の名は、ハリー。

 彼は奔放な我がまま娘と出会うことで、その生活に変化を来たしていく。

 彼女の名は、モニカ。このとき、17歳だった。

 純粋な青年、ハリーと出会うことで、モニカはそれまでにない異性への思いが生まれていく。

 決して豊かではないモニカは、父と喧嘩したことで家出し、同様に、陶磁器配達の仕事への遅刻などが原因で、ハリーもまた家出するに至った。

 ストックホルムの夏の陽光を存分に浴びる快感を求めて、二人は、ハリーの父が所有するモーターボートでの非日常の生活に入っていったのである。

 非日常の日常下のボート生活を謳歌する、二人の会話。

 「僕はいつも孤独だった。僕が5歳のとき、母が病気になり、僕が8歳のとき死んだんだ。それで親父は少し変になり、無口になった。僕らは毎晩、椅子にじっと座っているだけで、話をしない」
 「私は違うわ。家族がすごく多くて、チビはうるさいし、物は壊すし、パパは酔って外から帰って来て、大声を上げて絡むの。可笑しな人間なの」
 「君も僕も同じだ。僕は夜、詰め込み勉強をしようと考えた。勉強を続ければ、エンジニアになれる。僕はエンジンが好きだ。親父のボートのエンジンを直した」
 「技師になるなら、私たちは結婚できるわね」

 この会話の流れで、モニカは妊娠したことをハリーに告げ、その喜びを、ハリーはこう結んだ。

 「僕はすぐにも家に帰り、働いて準備する。君はまともな食事が必要だ」

 根が真面目なハリーの現実的な反応に対するモニカの答えは、刹那的で、現実遊離なものだった。

 「嫌よ。私は帰らないわ。この夏はこうしていたいの。ハリー、あんたのように良い人は初めてよ」

 ここで、ハリーは噛んで含めるように話した。

 「モニカ。二人で本当の人生を送ろう。僕らは気が合っている。勉強して働けば、うんと稼げて、僕らは結婚できる。そして、洒落た家に住み、物を揃え、僕たちは生まれてくる子と・・・」

 ハリーの真摯な言葉がどこまで受容できたか疑わしいような、モニカの延長されたイメージの世界が繋がれた。
 
 「そうよ。私は家で夕食の支度をし、日曜には子供たちを連れて散歩よ。私は家で子供の世話をし、奇麗な服を着て外出するわ」
 「何もかもうまくいくよ。僕らはいつでも一緒だ」
 「私たち二人だけよ」

 まもなく、二人は食糧不足に苦しむようになり、モニカは民家に押し入り、窃盗を企てるが、失敗した挙句、逃亡した。

 モニカの行動に同調しなかったハリーは、戻って来たモニカと口論するに至ったが、「世間」と接続するときの二人の意識の差は歴然としていた。

 翌朝のこと。

 「楽しい夏だったよ。だが、何もかも終わった」とハリー。
 「また町に帰るなんて…映画の夢を追ったのが、私たちの間違いよ」とモニカ。
 「いや、僕らの夢だった」とハリー。

 ボート生活を終え、町を目指して寄港するボートのデッキ上で、暗鬱な表情のモニカの眼光が濁っていた。

 「青春の海」との距離が遠のいていく、そんな少女の心理を、暗鬱な音楽が拾っていく。

 「町が近づいて来た・・・」とモニカ。
 「負けはしないぞ。皆に見せてやる。僕はこれから働く」

 19歳のハリーの強い覚悟だけが、海上で静かに括られた。



 2  「変わらぬ女」の「「青春」だけが延長されて



 ストックホルムに戻った二人は、早速、ハリーの伯母の世話で結婚することになった。

 工場で働くことになったハリーは、本来の真面目な性格を存分に発揮した。

 まもなく、モニカは女の子を産み、若い二人の新生活が開かれていく。

 しかしモニカには、母親としての自覚がなく、相変わらず、煙草を吸いながらの日常性を延長させるばかり。

 そんなモニカは貧乏生活には堪えられず、再び、以前の不良と付き合い始めたのだ。

 「別れるしかない。僕たちはもうダメだ」
 「私一人が悪いんじゃないわ」
 「それとは別だ」
 「あなたは自分のことしかしてないわ」
 「そうだとも。僕らの暮らしのためだ」
 「お金を貯めるばかりで、何一つ買えないわ!」
 「君は服を買った」
 「着る物がないからよ。お金は借りたのよ」
 「この家も追い出される。もう、どうにでもなれだ」
 「あんたの不平は、聞き飽きたわ!」
 「だが、家賃は工面しなくてはならん!」

 顔を埋めて、モニカは嗚咽するばかり。

 「あんたの役割よ。だから子供を作ったわ。いい加減にして!私は眠りたいわ・・・私は醜くなったわ」

 一時(いっとき)の睦みがあっても、ハリーの怒りは収まらない。

 それでも彼は、二人の関係を生産的に考えようと努めた。

 「二人でよく話し合おう。なぜ、こうなったのか」
 「あんたは自分の勉強しかしていないわ。私は若いうちは楽しく暮らしたいのよ」
 「勉強は僕らのためなんだ。きっと、何もかも良くなる」
 「言い逃れよ」
 「君は?僕が働いている間、男を連れ込んで何をしていた?」
 「あんたは下劣よ」
 「君は恥ずかしくないのか!」
 「愛していたのよ・・・ぶたないで!」

 遂に、ハリーの怒りは身体化した。

 「変わらぬ女」を繰り返し叩いたのである。

 全てが終わった瞬間だった。

 結局、モニカはハリーの元を去るに至った。

 殆ど予約されたように、「変わらぬ女」の「青春」だけが延長されてしまったのである。

 そんな女に置き去りにされた男は、これも予約されたようにモニカと離婚するに至った。

 ハリーは、叔母に預かってもらっていた子供を引き取ったのである。

 独力で子供を育てるつもりなのだ。

 それは、彼本来の性格の延長線上にある選択的意志でもあった。

 観る者の心に深く張り付くような、ラストシーンの印象的な構図がそこにあった。

 ハリーは今、鏡に写った父子の姿形をじっと眺めながら、モニカと過ごした夏の海を思い出していたのである。


(人生論的映画評論/不良少女モニカ('53) イングマール・ベルイマン <自我の未成熟な女の変わらなさを描き切った圧倒的な凄味>」)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2010/05/53.html