ここに、3人の登場人物がいる。
一人は役者の小平次、もう一人は囃子方の太九郎である。
そして3人目は、かつて大店の女房に収まりながら、逃げて来たおちか。
そのおちかは、今は太九郎の女房に収まっているが、小平次からの熱い恋慕の対象になっている。
「芝居遊び」に興じる3人は、幼馴染なのである。
中でも、格式の低い小劇場である緞帳芝居(どんちょうしばい)で、何とか食い扶持を稼ぐ二人の男は、本作の中で、繰り返し「一朝志を得たら」という表現を使っていることで判然とするように、大きな志を抱く野心家だった。
しかし、小平次のおちかに対する恋慕が肥大するに連れ、3人の関係に微妙な亀裂が入っていく。
「俺の女房になってくれ」
小平次は、もうこの言葉を、おちかに対してダイレクトに表現するほどに感情統制が困難になっていた。
おちかは小平次に、「あの人は私に執着しているから無理よ」というクールな反応をするばかり。
しかし、遂に小平次は、太九郎との旅芝居に託(かこつ)けて、夜の沼の釣り船の中で、自分の想いを告白したのである。
「おちかをくれ」
おちかに対する小平次の想いを、恐らく薄々感じ取っていた太九郎は、自分の気持ちを無視するかの如きダイレクトな告白に逆上し、その場で小平次を殺してしまった。
ところが、小平次を殺したことを女房のおちかに告白し、悔悟の念が生じたとき、あろうことか、夫婦が睦み合う蚊帳の中に小平次が座っていたのである。
殺人未遂になって一安心した太九郎の心に、再び、小平次に対する憎悪の念が惹起した。
「おちかをくれ」
小平次が執拗に迫っていったからである。
小平次の中で肥大した恋慕の執着心は、いよいよ止められないものになっていったのだ。
その心理を感受した太九郎は、釣り船での心理状況を復元させていく。
再び、太九郎は小平次を殺害するに至った。
しかし、この「確信犯」的殺人を認知した太九郎は、おちかを伴って、お上の捕縛を恐れて江戸を脱出する。
江戸を離れて各地を転々とする太九郎の心に、小平次への殺人の記憶が繰り返し蘇生するようになったのは、この脱出行の渦中であった。
「おちかをくれ」と呻くように肉迫する小平次の異様な表情が、太九郎の脳裡に深くこびり付き、次第に怯え切っていく。
普段は冷静ながら、こと「恋女房」のことに関する限り、太九郎の中の過剰な独占感情が暴れ出してしまうのだ。
ジョーク含みで、「三下り半を書け!去り状を寄こせ!」という、小さな恫喝を加えるゲームを愉悦するかの如きおちかの言葉に対して、太九郎は大抵、「この女!」と激情し、DVを常態化させていたが、脱出行の渦中で肥大する恐怖感の生々しい感情氾濫の中で、おちかに「助けてくれ!」と叫び、救いを求める行為が目立つようになってきた。
一人は役者の小平次、もう一人は囃子方の太九郎である。
そして3人目は、かつて大店の女房に収まりながら、逃げて来たおちか。
そのおちかは、今は太九郎の女房に収まっているが、小平次からの熱い恋慕の対象になっている。
「芝居遊び」に興じる3人は、幼馴染なのである。
中でも、格式の低い小劇場である緞帳芝居(どんちょうしばい)で、何とか食い扶持を稼ぐ二人の男は、本作の中で、繰り返し「一朝志を得たら」という表現を使っていることで判然とするように、大きな志を抱く野心家だった。
しかし、小平次のおちかに対する恋慕が肥大するに連れ、3人の関係に微妙な亀裂が入っていく。
「俺の女房になってくれ」
小平次は、もうこの言葉を、おちかに対してダイレクトに表現するほどに感情統制が困難になっていた。
おちかは小平次に、「あの人は私に執着しているから無理よ」というクールな反応をするばかり。
しかし、遂に小平次は、太九郎との旅芝居に託(かこつ)けて、夜の沼の釣り船の中で、自分の想いを告白したのである。
「おちかをくれ」
おちかに対する小平次の想いを、恐らく薄々感じ取っていた太九郎は、自分の気持ちを無視するかの如きダイレクトな告白に逆上し、その場で小平次を殺してしまった。
ところが、小平次を殺したことを女房のおちかに告白し、悔悟の念が生じたとき、あろうことか、夫婦が睦み合う蚊帳の中に小平次が座っていたのである。
殺人未遂になって一安心した太九郎の心に、再び、小平次に対する憎悪の念が惹起した。
「おちかをくれ」
小平次が執拗に迫っていったからである。
小平次の中で肥大した恋慕の執着心は、いよいよ止められないものになっていったのだ。
その心理を感受した太九郎は、釣り船での心理状況を復元させていく。
再び、太九郎は小平次を殺害するに至った。
しかし、この「確信犯」的殺人を認知した太九郎は、おちかを伴って、お上の捕縛を恐れて江戸を脱出する。
江戸を離れて各地を転々とする太九郎の心に、小平次への殺人の記憶が繰り返し蘇生するようになったのは、この脱出行の渦中であった。
「おちかをくれ」と呻くように肉迫する小平次の異様な表情が、太九郎の脳裡に深くこびり付き、次第に怯え切っていく。
普段は冷静ながら、こと「恋女房」のことに関する限り、太九郎の中の過剰な独占感情が暴れ出してしまうのだ。
ジョーク含みで、「三下り半を書け!去り状を寄こせ!」という、小さな恫喝を加えるゲームを愉悦するかの如きおちかの言葉に対して、太九郎は大抵、「この女!」と激情し、DVを常態化させていたが、脱出行の渦中で肥大する恐怖感の生々しい感情氾濫の中で、おちかに「助けてくれ!」と叫び、救いを求める行為が目立つようになってきた。
(人生論的映画評論/生きてゐる小平次 怪異談('82) 中川信夫 <「追い詰められた鼠」が選択した自己防衛反応の究極の様態 ―― 或いは、恐怖感の本質>」)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2010/10/82_25.html