ミッドナイト・エクスプレス('78)  アラン・パーカー <「絶対敵対者」を作らざるを得ない、社会派映画の過剰さ>

 「1970年10月6日、トルコのイスタンブールで起きた」
 
 この冒頭の字幕の背景に、イスタンブールのエキゾチックな風景が映し出された後、一人の青年が、その体に禁制の麻薬をアルミ箔に包んで、それを幾つもテープで体に巻きつけている。青年はイスタンブール空港のトイレで呼吸を整えた後、税関でパスポートと所持品の検問を受け、バッグの中から“フリスビー”を取り出されて説明を求められたが、他の税官吏の説明によって無事通過した。青年の額から汗が滲んでいたが、税官吏には特に不信を持たれることなく最終関門を突破したと考えた。

 ところが、機体に向うバスから降ろされて、飛行機の前に待機していた空港警察官のボディチェックを受けることになった。その結果、青年は爆弾犯と間違えられ、一斉に銃口を向けられ、空港に一瞬、緊張が走った。しかし、爆弾と思われたものの正体は、ハシシ(大麻の一種)だった。
 
 「ハシシの運び屋だ!」
 
 警官のその一言で周囲の緊張が解け、一転して哄笑の渦。だが、その空気に置き去りにされたかのような、青年の緊張だけが沸点に達していた。青年は即座に取り調べられ、身元も判明した。その名はビリー・ヘイズ。アメリカ人である。

 裸にされたビリーは、自分が理解できない異国語の洪水の中で写真を撮られ、まもなく、上官の本格的な取調を受けることになった。その取り調べの立会いに英語を話す男が同席して、通訳する。取り調べ後、ビリーはその男から、麻薬についての特殊な状況を耳にする。
 
 「時期が悪かったな、ビリー。ゲリラの爆破事件が増えた。4日で4機やられた。君らはあまり新聞を読まんだろうが、トルコは今、ヘロインの密輸で非難を受けている」
 「ヘロインはやらん」とビリー。
 「どの麻薬も、麻薬に変わりはない」
 「やったのは今度が初めてで、たったの2キロだ」
 「当局には、2キロも200キロも同じさ。政府は汚名挽回に必死だ」
 「あんた領事館の人?」
 「まあね」
 「俺は売人じゃない」
 「どうかな。家族はいるか?」
 「両親に弟に妹だ」
 「悲しむぞ。ガールフレンドは?」 
 「いる。飛行機に乗った。何も知らんし、知られたくもない」
 
 そんな会話の後で、男はビリーを一軒の酒場のような場所に連れて行って、世俗の賑わいの中の一隅に座らせた。しかし男に連れられたその酒場は、麻薬の密売の取引場所だった。ビリーはそこで、麻薬の売人の検挙に協力させられたのである。

 何か危険な空気を感じとったビリーは、そこを脱走した。彼はイスタンブールの町を必死に逃げ回るが、男に呆気なく逮捕されることになった。

 
 サグマルチラー刑務所。

 そこが、ビリーが移送された場所だった。
 
 “母さん、父さん。初めてこんな辛い手紙を書いた。すぐに出られれば、知らせずに済んだけど、それもダメになった。先のことは分らないので何も言えない。ごめんなさいと謝っても、取り返しはつかない。許してくれ。お願い”
 
 これがアメリカの両親に宛てて、ビリーが書いた最初の手紙。

 彼はそこで頭を刈り取られ、冷たい監房に拘置されたのである。

 やがて、ビリーは寒さのため毛布を盗み出すが、それが発覚して、大男の看守長が彼の前に立ち塞がった。
 
 「サグマルチラー刑務所へよく来た。色々教えてやる。簡単だ」
 「毛布が欲しかったんだ」
 
 ビリーがそう弁明するや否や、看守の鉄拳がビリーの顔面を殴打し、足で蹴り上げていく。素っ裸にされたビリーは、看守の容赦のない暴力の餌食になって倒れ込んだ。

 まもなく、冷たいコンクリの要塞の下で倒れているビリーを、監房で知り合った二人のアメリカ人、ジミーとエリックが救い出し、介抱した。

 「我慢して歩かねえと、ひどく腫れるぞ」とエリック
 「頭がイカれているのか?」とビリー。
 「皆イカれてるさ。ハシシで痛みを消しな」
 「何日も譫言(うわごと)ばかり言ってたぞ」

 信じ難い監房の世界の現実に、ビリーは震え慄くばかりだった。

 そんな中でのアメリカ人との出会いは、ビリーの重い気持ちを幾分軽くしていった。回教寺院から蝋燭(ろうそく)台を2個盗んだだけで監房に収容されるジミーと、ハシシの所持の罪で収容されているエリック。

 そのエリックの話によると、外国人の90%はハシシで収容されていると言う。
 そのエリックの刑期が12年と聞いて、ビリーは驚愕する。そのエリックに、「高くても良い弁護士を頼め」と言われ、その周旋人として英国人のマックスを紹介され、二人は7年の刑を受けている当人のもとを訪れた。

 「このトルコに、まともな弁護士はおらんよ」

 マックスはそう言いながらも、一人のフランス人を釈放した弁護士である、イエシルの名を告げた後、言い添えた。

 「一番いいのは、ここを出ることさ。やればできる」
 「どうやって?」とビリー。
 「深夜特急ミッドナイト・エクスプレス)だよ」とマックス。
 「何だ、それ?」と尋ねるビリーに、マックスは明言した。
 「列車じゃない。刑務所用語でな。脱獄さ」

 驚くビリーに、マックスは「だが、ここは止まらん」と加えることを忘れなかった。
 

(人生論的映画評論/ミッドナイト・エクスプレス('78)  アラン・パーカー <「絶対敵対者」を作らざるを得ない、社会派映画の過剰さ> 」)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2008/12/78.html