ドラマ特例 今朝の秋('87)    善意の集合がラインを成した物語の、迸る情緒の束

 

1  「おめえにゃあ、ひと月は何でもにゃあかも知れんが、年寄りは明日をも知れん!」

 

 

 

1970年代。

 

隆吉は息子の理一の転勤に伴い、名古屋から富山に引っ越すことになった。

 

隆吉の妻・もと(以下、便宜的に「モト」にする)は入院中のため名古屋に残り、その身の回りの世話を娘の悦子がしている。

 

理一と、その妻・美代子、息子・淳一郎と共に、名古屋から富山へ出発する列車の中で、浮かない表情の隆吉。

 

見送りに来た悦子が、窓の外から「お父さん、お母さんは大丈夫だから!」と大声をかけると、手を挙げて見せる隆吉。

 

「お母さん、お願いしますねえ」と美代子が悦子に向かって挨拶する。

 

高校2年で転校となって憂鬱そうにしている淳一郎に、美代子が気分が悪そうだと薬を飲ませようとすると、精神的なものだから必要ないと理一に言われ、淳一郎が大声で反発する。

 

そんな家族の遣り取りも上の空の隆吉。

 

悦子はその足でモトが入院する病院を訪れ、理一らの見送りの様子を話す。

 

「おじいちゃん…来なんだなぁ」

「いやぁだ。来たって言ったでしょ」

 

昨日、モトが検査中で40分待ったが、理一がジリジリしているので、隆吉は病室を出て帰ろうとどんどん歩いて行くのを理一が追いかけて止めようとした。

 

理一は、富山に行ったら簡単に面会に来られないので、もう少し待ってお別れを言った方がいいと訴えたが、頑固な隆吉は、「まあええ、まあええ」と意地になって帰って行ったのだった。

 

悦子から説明を聞いたモトは、笑みをこぼす。

 

「お母さん、病気良くなれば、富山に行ってすぐに一緒に暮らせるんだから、お別れ言うことはないって言えば、そりゃそうだけど。ほんでもねえ…」

「富山には行けれんよ…治らん」

「治る。治るって先生も言っとるでしょ」

「まあ、この世では、おじいちゃんに会えんなあ」

「とろくさい(バカバカしい)こと、言わんといて」

「40分、待っとったか、おじいちゃん…そりゃあ、よう待っとってくれた方だわ」

 

富山に到着した理一らは、市内とは言え、不便な立地の古い一戸建ての借家で弁当を食べる。

 

悦子は家の不満を言い、淳一郎は気持ちが悪いと弁当を残すと、理一は営業で新規開拓する大変さをぶちまけ、「不満そうな顔ばっかりするな」と怒り出す。

 

翌日、隆吉は家のゴミを片付け、夕方になると、夕陽に染まった美しい田園で、稲を植えてる夫婦を眺め、笑みを浮かべる。

 

隆吉は家に戻り、理一の説得を振り払い、モトに会わずに病室から帰って行ったことを思い起こしていた。

 

隆吉は理一と美代子がいる居間に入っていく。

 

「用事を思い出してな。明日、名古屋へ行ってきたい…金をくれんか」

「昨日名古屋からここへ来たんですよ…何ですか?用事って」

「おみゃあに、全部金を渡してまったで」

「…金はあるよ。金あるけど、何も明日名古屋行くことはないんでないですか?」

「いや、ええ」

 

隆吉はそのまま部屋を出る。

 

家の片付け作業をしながら、モトの苦痛な表情を思い浮かべる隆吉。

 

買い物へ行きかけた美代子に「やっぱし、名古屋へ行ってきたい」と訴えるが、「せめてひと月我慢してください」と一蹴されててしまう。

 

思い詰めた隆吉は、引き出しの金を探して手に掴んだところで、帰って来た美代子に見つかってしまう。

 

「おめえにゃあ、ひと月は何でもにゃあかも知れんが、年寄りは明日をも知れん!」

「大げさなこと言って。何の用がだって言うですか…」

 

名古屋へ行けば悦子のところに泊まることになるが、悦子の家の中は上手くいっておらず、それどころではないと、隆吉を説得して引き留めようとする。

 

しかし、隆吉は腕を抑える美代子を突き飛ばし、3千円を持って家を出て行ってしまった。

 

慌てた美代子は理一に電話をしてから、富山駅に駆け付けたが、名古屋行きの切符を買った形跡はなかった。

 

理一は、木彫りの欄間職人だった隆吉が、取り壊された家の自分が彫った傑作の欄間を心配して名古屋へ行ったのではないかと、悦子に電話で事情を話す。

 

【欄間職人とは、天井と鴨居の間の開口部(欄間)を美しく完成させる職人のこと】

 

隆吉は急行券なしで列車に乗っていたが、車掌に提示を求められ見つかり、「猪谷」で途中下車させられてしまう。

 

次の普通列車は2時間待ちだったので、一旦駅の改札を出て町を歩いていたが、時間に遅れて乗り損ねてしまった。

 

再び、隆吉は町に戻って彷徨う。

 

一方、病状が悪化して個室に移されたモトを、夜になって見舞いに来た悦子は顔に痣(あざ)を作り、出がけに夫に殴られたと言って嗚咽を漏らすのだ。

 

「つまらんなあ。夫婦なんて。ほんとにつまらん…おばあちゃんも、つまらなんだったでしょう。ろくに口もきかんじいちゃんと50年の余も暮らして。病気したってここへ来て10分もおらんもんねえ。気まぐれに、ひょうっと来て、何にも言わんうちに、またひょうっといなくなって」

「照れくさいんだわ」

「一心同体なんて、よう言ったもんだね…」

「おじいちゃんがな、なんだ知らん、来るような気してしょうねえ…行ったばっかしだもんな、来るわけねえな」

「じいちゃん、来るとか言っとったの?」

「うんやあ」

「ただ感じるのかね。ただ、そんな気するのかね」

「来るわけねえなあ」

 

悦子は理一に電話をし、モトの死期が迫り、隆吉は虫の知らせがして出て行ったのではないかと話し合う。

 

陽が落ちて、隆吉は駅の傍の旅館に泊まり、翌朝一番で名古屋へ行くことにした。

 

隆吉は事情を話そうとしたが言いそびれ、食事を運ばれても正座をしている。

 

不器用な隆吉の旅が、ここから繋がっていくのだ。

 

人生論的映画評論・続: ドラマ特例 今朝の秋('87)    善意の集合がラインを成した物語の、迸る情緒の束  作・山田太一

夜明けまでバス停で('22)   「道徳的正しさ」で闘った女の一気の変容

 

1  「やめて下さい。仕方ないんです。こういうことは誰のせいでもないので」

 

 

 

アクセサリー作家の北林三知子(以下、三知子)は、昼は喫茶店の一角で自作作品を販売し、教室を開いたりしながら、夜は居酒屋でバイトをしている。

 

若い女性店長の寺島千春(以下、千春)が差配する客で賑わう居酒屋で、三知子は忙しくフロアを動き回り、客の残した料理を洗い場に運び、フィリピン女性のマリアにこっそりと渡す。

 

その直後にマネージャーの大河原聡(以下、大河原)が来て、マリアに嫌味たらしく警告する。

 

「くどいようだけど、残飯はゴミと混ぜて、野良犬が食べないようにして捨てて下さいねぇ」

 

そう言いながら、大河原は残飯をゴミ箱に捨て、ビールを振りかけて見せる。

 

出て行った大河原の背中に向かって、「<野良犬って私への当てつけかよ!今時、この街に野良犬なんかいるか。ムカつくんだよ。苦労知らずのボンボンが!>」とフィリピン語で怒りをぶつけるマリア。

 

仕事が終わり、三知子は同じ社宅アパートに住む同僚と飲みに行って帰宅すると、実家の兄から電話が入る。

 

兄に母親が施設に入るので費用の一部を出すように言われ、実家と疎遠で、母親とそりが合わなかった三知子は、自身も生活が苦しい中、渋々20万円を振り込む。

 

三知子は、別れた夫が三知子のカードで使い込んだ借金を、自分が選んだ夫がやったことであり、自分の名義のカードだからと払い続けているのだった。

 

その話を聞いた同僚の純子が、呆れて言い放つ。

 

「あんたってさ。いつも正しいよね。それって何か、時々むかつく」

 

いつものように、マリアが三知子から受け取った残飯の袋を、大河原が取り上げてゴミ箱に捨ててしまう。

 

「うち、食べ盛りの孫がいるんです」

「知らねぇよ。だいたいさ、孫にそんな飯食わして恥ずかしいとか思わないの?そういうの日本語で何て言うか知ってる?虐待だよ、虐待」

 

大河原に共犯扱いされた三知子は、店が終わってからマリアを慰め、話を聞く。

 

「日本に来て、もう35年だよ。ジャパゆきさん、聞いたことある?みんな日本に来れば、幸せになれると思ってた。日本の男と結婚すれば、フィリピンに家、建てられるって。全部ウソ」

 

マリアの夫は娘を生んでからいなくなり、今度は娘も3人の孫を残していなくなったと涙ながらに話すマリア。

 

「こんな国、来なきゃ良かったよ」

「そんなこと言わないでよ」

「孫たちは日本語しか話せない…」

 

嘆息するばかりだった。

 

【「ジャパゆきさん」とは、日本に出稼ぎに来るアジアの女性のこと】

 

如月の喫茶店でアクセサリー教室を開いている三知子の元に、店長の千春が習いに来た。

 

「その店長って言うの、やめてもらえますか」

「じゃ、何て呼んだらいいの?」と如月。

「ちーちゃんとか…」

 

三知子と如月は笑うが、「じゃ、“ちーちゃん”で」と三知子が笑顔で応える。

 

制作する石の効果を「心身の調和と…それから、チームワークと友情」と三知子は説明し、千春とお揃いのブレスレットを作った。

 

そんな中、如月が新型コロナで停泊していた大型クルーズ船(ダイヤモンド・プリンセス)から陰性の乗客500人が下船したという携帯のニュース画面を二人に見せる。

 

「ちょっと、怖くない?」

 

不安を隠せなかった。

 

【2020年2月初旬に、新型コロナウイルスに感染した乗客が、横浜から香港にかけて本クルーズに乗船していたことが発覚。横浜港で長期検疫体制に入り、その後も感染していた人数が増え続ける事態となった。この事象は、その後、数年間続く世界的なパンデミックの始まりとなった/ウィキ】

 

新型コロナの蔓延で、予約のキャンセルが相次ぎ、居酒屋の売り上げが激減したことで、従業員のシフトも半減するだけではなく、解雇候補者が検討されることになった。

 

如月の店もしばらく締めることとなり、三知子は展示販売していた作品を家に持ち帰る。

 

テレビでは、安倍首相による緊急事態宣言の発出を伝えている。

 

LINE一つで解雇通知されたマリアと純子と三知子の3人が店に行くと、中からマネージャーが出て来た。

 

マリアは大河原にゴミをぶちまけ、逃げて行く大河原に更にゴミを投げつけるのだ。

 

「あたしは、野良犬じゃないよ!人間だよ!」

 

三知子は八方塞となり、兄に電話をかけてみるが、逆に介護用品の費用が足りないので、あと5万円送って欲しいと言われ電話を切った。

 

社宅アパートを引き払うため、荷物をまとめている三知子の元に、千春が訪ねて来て自分の力不足だと謝罪する。

 

「やめて下さい。仕方ないんです。こういうことは誰のせいでもないので」

 

次の仕事のことを聞かれた三知子は、住み込みの介護施設の仕事が見つかったと千春を安心させる。

 

ところが、スーツケースを曳いて介護施設へ行ってみると、コロナで採用見送りの通知を昨夕に送ったと言われ、メールを受け取っていない三知子は食い下がるが、追い返されてしまった。

 

途方に暮れる三知子は、住み込みの条件で仕事を探し、新宿のホームレスが屯(たむろ)する公園を横切って、夜は幡ヶ谷のバス停のベンチに座って一夜を過ごす。

 

朝になり、三知子は公園の公衆トイレで顔を洗い、薬局で生理用品やスナック菓子を買う。

 

季節は夏となり、公園の水道で歯を磨き、コインランドリーで洗濯をしながらアルバイト雑誌に目を通す三知子は、相変わらずバス停のベンチで休み、すっかりホームレス生活を常態化させていた。

 

人生論的映画評論・続: 夜明けまでバス停で('22)   「道徳的正しさ」で闘った女の一気の変容  高橋伴明

she said/シー・セッド その名を暴け('22)  使命感という闘いの心理学

 

1  「イジメ、精神的虐待。理解するには若すぎた。彼は皆を服従させたがる」「拒むと?」「唸り声をあげ、ツバを吐き、数秒で人を破滅させる」

 

 

 

アイルランド 1992年

 

映画の撮影スタッフの若い女性が、啜(すす)り泣きしながら通りを走って行く。

 

ニューヨーク 2016年

 

「告発したいんです…声をあげれば、彼を止められますか?」

有権者にとっては、とても重要な情報です。大統領にふさわしいかどうか」

「彼に訴えられたら?NYタイムズ紙は助けてくれる?」

「報道機関は法的支援ができません。ご自身で戦わないと」

 

大統領候補のドナルド・トランプのセクハラ被害を告発するレイチェル・クルックスを取材するNYタイムズ紙の記者ミーガン・トゥーイー。

 

そのミーガンにトランプから直接電話が入る。

 

「知らない女どもでウソつきだ。事実なら、なぜ警察へ行かない?」

「2人とも“面識もなく、わいせつ行為をされた”と」

「でっち上げだ。記事を掲載したら訴えるぞ」

「流出テープで自慢げに話す内容は?」

「俺はやっちゃいない。男同士の与太話だ」

「ミス・ユタ州は強引にキスされたと」

「あれはウソつき女だ。お前にもヘドが出る!」

 

後日、報道前提(オンレコ)で話し、名前を公表したレイチェルは排泄物を送りつけられるなどの嫌がらせを受け、妊娠中のミーガンもまた、FOXニュースのキャスターのビル・オライリーから名指しの批判をされ、更に匿名の相手から電話で殺害予告を受けるのだった。

 

「お前をレイプし、殺してやるからな。死体はハドソン川に捨てる」

 

そして、トランプは大統領選に勝利する。

 

5か月後、ミーガンを挑発したオライリーが番組から降板するとテレビニュースが流れる。

 

「セクハラ疑惑を精査した結果…50社以上のスポンサーが番組をボイコット。NYタイムズ紙が報じたのセクハラ疑惑で、オライリーとFOXが女性5人に1300万ドル払い、示談でもみ消したようです…」

 

スタッフたちは話し合い、報道後も起用し続けたFOXがスポンサーの撤退でクビにしたように、セクハラを黙認する企業のシステムを糾弾すべきであり、「なぜセクハラが蔓延し、対処が難しいのか」について、更に追及していくことになる。

 

調査報道記者のジョディ・カンターは、ハリウッドのワインスタインのセクハラ被害の情報から、関わったスタッフなど何人も取材を試みるが、すぐに電話を切られてしまった。

 

ジョディはフェミニストから当たるように言われた、レイプ被害者の女優ローズ・マーゴワンに電話をしでも、「声を上げてもムダ。誰も聞かない」と一蹴される。

 

「狙いは“ハリウッドの構造的性差別”」とジョディ。

「リスクを承知で発言しても、何も変わらなかった」とローズ。

 

ネット動画でフェミニストの政治集会で演説するアシュレイ・ジャレットを見ているジョディ夫妻。

 

「90年代にプロデューサーからセクハラされたと、名前は出さないけど、こう書いてる。“業界で最も敬意と反感を集めるボスの一人”」とジョディ。

 

その頃、出産したばかりのミーガンは、鬱状態にあった。

 

「耐えられない。いつも不安な気持ちで…」とミーガン。

「疲れてるんだよ。体が限界なんだ」と夫。

「それだけじゃないと思う…」

 

自宅にいるジョディに、一度証言を断られたローズから電話がかかってきた。

 

「調べるなら、彼だけでなく、業界システムや供給の仕組みも」

「ハリウッドの虐待者たち?」

「そう。世界中にいる。映画が作られ、売られる場所に。被害者を貶め、金で騙させる。まさに白人男性の“遊び場”ね」

「皆、知ってるんですか?」

「当然よ。私に起きたことを大勢に話した」

サンダンス映画祭?」

「当時23歳。優れた独立系映画に出演し、私は期待の新人だった。そして、あのホテルへ。彼は部屋のソファに座り、大声で電話してた。少し待ち、新作の規格の話をした。すると突然、彼が言った“ジャグジー(噴流式泡風呂)があるよ”。どう答えていいか分からず、そのまま話し続けた。その後、ドアまで送られながら、“話し合いは大成功”と思った…“ほら、ジャグジーだ”と覗いた瞬間、無理やり中へ押し込まれた。そのまま服を脱がされ、いきなり彼も素っ裸に。私は心を肉体から遊離させ…レイプされた。“逃げよう”という本能からオーガズムのフリをした。“服を着ろ”と言われ、電話に“特別な友達だ”と伝言があった。他の女優たちにも同じことを」

「通報しました?」

「警察が私の味方になると思う?」

「誰かに話しました?」

「大勢の人に話したけど、誰も何もしなかった。何一つ」

「話した方々に連絡しても?」

「内密にする約束よ。彼にはスパイがいて、いつも監視してる。それを知るべきよ」

 

ジョディはミーガンに電話し、今が一番大変な時だと労わりつつ、ミーガンにひどい扱いを受けている女性たちの取材状況を報告し、アドバイスを受けることになる。

 

女優のアシュレイ・ジャッドがオンラインでジョディの取材に答えていく。

 

ワインスタインから打ち合わせで部屋に呼ばれ、マッサージをしろと言われたが断り、その後も様々な要求をしてきたが悉(ことごと)く断ると、「最後は“シャワーを浴びるのを見ていろ”と」。

 

アシュレイはそれも断り、部屋を出た。

 

「その後は?」

「…ハーヴェイは制裁として、私のキャリアを潰した。彼を拒んだから…最近も“薄汚い女”という自作の詩で、高額の広告契約を失った。私がトランプの言葉を引用したから。彼は、あんな発言でも当選し、私は引用しただけでクビ。何十年経っても、同じ性差別は存在するし、私は同じ選択をする。でも、仕事もしたい」

 

リサ・ブルーム弁護士から協力したいとジョディに連絡が入ったが、フェミニスト弁護士の娘であるリサは、実はワインスタインの仕事仲間であり、自分たちの動きが気づかれていると知る。

 

ミーガンが出勤し、上司にトランプ取材に戻るか、ジョディと組んでワイスタインを追うかを問われ、ミーガンは後者を選択した。

 

早速、ミーガンはジョディと話し合い、ジョディが有名女優たちの取材を進めようとすることへの疑問をぶつける?

 

「声なき人について書くべきじゃない?女優達には発言する場がある」

「何か言えば、干されると恐れてる」

「なるほど。でも、私たちが暴こうとするものは何?」

「仕事場での激しいセクハラよ。彼女たちは製作者との打ち合わせと信じ、希望にあふれ、部屋へ行った。仕事や企画について真剣に話すために。ところが脅かされ、性的欲求をされた。暴行やレイプ。ハリウッドの女優がそうなら、一般女性たちは?」

「従業員も標的?」

「そう思う」

「ミラマックス社に対する警察への訴えや法廷記録を調べる。進めていい?」

 

こうしてジョディとミーガンの二人による取材活動が始まった。

 

一方、リサはワインスタインに売り込んでいた。

 

「ハーヴェイ、報告を読んだわ。ローズは情緒不安定で病的なウソつき。あなたへのバカげた攻撃をやめさせないと。あの手の女は、とても危険だから。あなたの弁護人には私が最適よ。今まで“女の側”で戦い、知識がある」

 

ミーガンは、若い頃にミラマックス社に助手として勤め、突然、失踪したローラの母親を訪ねたが、思いがけず本人が出て来た。

 

「私を見つけたなんて…25年間も待ったのよ」と涙を浮かべるが、「無事解決した。友好的に。“議論はしない”と合意した」と答える。

 

「やっとお会いできた…示談に応じた女性たちはいます。沈黙を強いられて、その周辺を書きます。情報源を明かさず、制約に抵触しない記事にします…」

 

怯えながらも、話したがっていることを察し、ミーガンは電話番号を伝えて帰って行くが、直後に、「協力はできない。でも、成功を祈ってる」とメッセージが入った。

 

示談で“秘密保持契約”(非開示契約)を結ばされ、被害者は証言することができないのである。

 

【ミラマックス社は、ワインスタイン兄弟によって創立されたインディー系の配給・製作会社】

 

取材に奔走するジョディは、女優のグウィネス・パルトローからペニンシュラホテルでの証言で、それがアシュレイ・ジャットと同じだということを突き止めた。

 

一方、事実の裏付けを担当するミーガンは、ミラマックス社の最高財務責任者だったジョン・シュミットの自宅を訪ね、取材する。

 

「示談に応じた女性たちは、口外すると訴えられます。誰かが口止め料について話して下されば、大きな力になります…オンレコでなくても、当時、何があり、どうお思いになったかを」

 

「考えさせてほしい」と答え、ミーガンは了承し退散するが、ジョンは動揺を隠せない。

 

ジョディとミーガンはグウィネス・パルトローの自宅を訪れ、証言を得て、レベッカに電話で報告する。

 

グウィネスも、打ち合わせでホテルへ行き、“断るなら干す”と脅されるという同じパターンで、事務所に話しても対応しなかった。

 

グウィネスはオンレコを望んではいるが、セックスス・キャンダルになるのを怖れて迷っているのだ。

 

「彼女たちがオンレコで話すのは…」とミーガン。

「全員一緒なら」とジョディ。

 

その足で、ワイスタインと仕事をしていた秘書の自宅を直撃するが、門前払いされる。

 

以下、上司への取材報告。

 

「秘密保持契約は見直されず、議論されず、ロースクールでも教えない。被害者の弁護人は示談金の40%を受けとる」とジョディ。

「システムの悪循環か」とマット。

「大半が法廷外で決着し、秘密保持契約を結ぶ。女性側は全証拠を没収される。日記、メール、電話記録…」とミーガン。

「現金で黙らせ、加害者は犯行を続ける」

「“沈黙条項”は慣行となり、女性は現金を渡され、署名」

「悪い噂が立つのを嫌い、唯一の解決法と思い込む」

「示談で“罪を認めさせた”と考える人もいる。でも、実際には口をふさがられただけ。裁判で争うには、“セクハラ法”は弱すぎる」

「フリーや15人以下の会社は考慮されない」

「弁護士も金銭的に有利な示談を選ぶ」

「女優たちは、オンレコを承知する?」とレベッカ

「考えがあります」

「ホテルでの恐ろしい体験を裏付ける証拠がない」

「独りでなければ、彼女たちは発言するはず。“大勢なら安心”」

「示談は?」とマット。

「3人です、今のところ。ローズ・マッゴーワン、アンブラ・バティラーナ、それに元アシスタント」

「記録がない」とマット。

「記事にするには不十分よ」とレベッカ

 

そこに、編集長のディーン・バケットが顔を出し、忠告する。

 

「君たちの通話は録音され、尾行もされていると思え。ワイスタインと話す時は、必ずオンレコで」

「たとえオフレコでも話したい」

「いや、彼の発言は公開されるべきだ。以前、彼と対峙したが醜悪だぞ」

 

アンブラ・バティラーナ・グティエレスが、体を弄(いじ)られたと警察に訴えた際、NY市警はおとり捜査をするが、録音テープでは不十分と起訴されなかった。

 

元検察官のリンダ・フェアスタインにメールした。

 

ここでワインスタインが、執拗にバスルームに誘う遣り取りの録音が流される。

 

「頼む。何もしない。子供にかけて誓うよ。私は有名人だぞ」(ワインスタインの常套句)

「イヤな気分」

「入ってくれ。1分でいい。出たくなければ…」

「なぜ昨日、体を触ったの?」

「いいから。慣れてるんだ」

 

直後、この事件を担当したリンダ検事に電話するミーガン。

 

「ワインスタインへの起訴が取り消された件。2年前よ…即刻、取り消した理由は?」

「犯罪行為はなかった」

「警察は犯罪行為と判断したはず。事件の扱いに不審な点は?」

「…これ以上、追わないで。ムリよ」

 

その頃、ジュディはグウィネスから電話を受ける。

 

「彼が来てる。友人を招いたら現れたの…ショックだわ。“監視してる”っていう脅しだわ」

 

ジョディがミラマックス社の元従業員の証言を得る。

 

ヴェネチア映画祭で起きたことをオフレコで話すのである。

 

そこで被害者女性、ロウィーナ・チウとゼルダ・パーキンス、ローラ・マッデンの名を知らされた。

 

いずれも返事は来ないが、ジョディはレベッカに「すぐ飛行機に」と促され、各被害者に直接会いに行く。

 

まず、サンフランシスコにロウィーナを訪ねたが海外へ出かけ不在で、夫が対応したが、何も情報を得られなかった。

 

秘密保持契約を破らせたら彼女たちが訴えられると、英国の弁護士から無責任だと言われたジョディは、目の前に「レンガの壁」があるとイラつく気持ちをミーガンにぶつけた。

 

それでもジョディは、予めメッセージを入れていたローラ・マッデンに電話をして、ロンドンへ向かうことを告げたが、ローラは乳癌の闘病中で全摘を医者から宣告されたばかりで、泣きながら「今は答えられない」と切られてしまう。

 

次に、21歳でミラマックスのロンドン支社のアシスタントをしていたゼルダに対面してインタビューするジョディ。

 

職場はとても良かったが、ワインスタインが来て変わったと話すのだ。

 

「全員が彼のために対応させられた…朝ホテルへ行きハーヴェイを目覚めさせ、シャワーのためベッドから出す。彼は裸で、私をベッドに引き込もうと」

「あなたは?」

「押し返した。ユーモアや攻撃が効く。彼は興奮するか、激しく怒るか。予測がつかない…私だけじゃないし」

「具体的に何が?」

「イジメ、精神的虐待。理解するには若すぎた。彼は皆を服従させたがる」

「拒むと?」

「唸り声をあげ、ツバを吐き、数秒で人を破滅させる」

「怖かった?」

「ええ。みんな怯えてた」

 

3年後、ゼルダヴェネチア映画祭へ行き、その後、辞職した。

 

そこで起きたことの全ては話せないが、優秀な新人アシスタントのロウィーナが、脚本の打ち合わせでホテルの部屋へ行き、翌朝、取り乱した状態で泣きながらゼルダの部屋を訪ねて来た。

 

「彼女の激しい動揺ぶりに、最悪の事態が起きた」と察知し、彼女をなだめ、ハーヴェイの部屋へ行くと、彼を嫌うスコセッシと会議中だった。

 

「私は目の前へ行き、はっきり言った。“今すぐ私と来て”…皆の前で彼は立ち上がり、子羊のようにおとなしくついてきた。彼がしたことを確信した。彼は否定した。“妻子に誓って何もしていない”。だから、ウソと分かった。何かあると、いつもそう言う」

 

ゼルダとロウィーナの二人はロンドンへ帰り辞職した。

 

「上司に相談すると、いい弁護士を雇えと。心当たりもない。でも何とか見つけ、後は簡単だと思った。刑事訴訟よ。でも弁護士が、“ムリだ。示談に応じろ”と。絶対お断り!お金じゃない。彼を止めさせる」

 

しかし、英国警察は、ヴェネチアで通報しておらず証拠がないと取り合わない。

 

「レイプで、裁判に持ち込むのは難しく、弁護士にも“示談に応じるしかない”と。なら、私たちにも要求があると伝えた。ハーヴェイも条件をのめと。“2年以内に同じ訴えがあった場合、ディズニーに報告し、彼はクビ。彼はセラピーを受け、最初の治療に私も立ち会うこと。女性やスタッフを守るためのシステムの導入”。全てを実現することが“沈黙の対価”だと。彼を止めるため示談に応じる。でも、彼らから異様な条件を出された」

「どんな?」

「“示談書のコピーは渡せない”と。“制限付き閲覧権”だけ」

「それって…あり得ない。内容を記憶?」

「レターをくれと伝えた。条件を書いた紙よ。例えば、“刑事・民事事件となったら、警察に協力しないよう努力すること。家族や医者にも話してはならない”…サインが済み、お金を渡され、私の心は壊れた…再就職の面接で、必ず“なぜ辞めた?”と聞かれた。しかも、悪い噂が。私が彼と寝てたと。最低よ」

 

その後、彼女はグアテマラの友人で5年間過ごし、馬の仕事をした。

 

「多くを失った」とジョディ。

 

ゼルダは条件を書いたレターを取り出した。

 

「許可を得ないと、セラピーも受けられず、会計士とも話せない。“現在及び将来において、いかなるメディアにも話さない”。ジョディ。問題はワイスタイン以上に、性加害者を守る法のシステムにある。あなたに託す。有効に使って」

 

ゼルダはレターを渡し、去って行った。

 

ジョディはホテルへ戻り、長女とスカイプで話した後、事態の行(ゆ)く末を考え、迷って嗚咽してしまう。

 

あまりにリアルな現実を聞かされ、それでも前線から撤退しないジャーナリストがいた。

 

 

人生論的映画評論・続: she said/シー・セッド その名を暴け('22)  使命感という闘いの心理学  マリア・シュラーダー

LOVE LIFE('22)   幻想崩壊から踏み出す一歩

 

1  「〈あなたに協力してほしいことがある。あなたにしか頼めない〉」

 

 

 

深田ワールド全開の秀作。

 

だから、全編にわたって心理学の世界が広がり、いつものように手強い作品になっていた。

 

―― 以下、梗概。

 

団地に住む大沢二郎は、妻・妙子、そして妙子の連れ子で、もうすぐ7歳になる敬太と3人暮らし。

 

二郎は市役所の福祉課の主任をしており、妙子は役所に隣接する市民生活センターに勤務している。

 

この日は、敬太のオセロ大会の優勝祝いで、向かいのA棟に住む二郎の両親を招いてパーティーを開くことになっていた。

 

同時に、二郎は福祉課の部長だった父・誠の65歳の誕生日祝いを密かに計画し、同僚たちを集めてリハーサルを行なっている。

 

そこに風船を持って遅れて来た山崎という女性を見て、二郎は困惑の表情を浮かべる。

 

実は、山崎は二郎の元の恋人で、結婚直前に二郎が妙子と浮気をして破局したという経緯があり、それを知らずに後輩が呼んでしまったのだった。

 

しかし、山崎は途中で参加することが辛くなり、この計画から降りてしまった。

 

妙子はそんな事情は知らないが、両親は元々妙子との結婚に反対していて、特に義父の誠は未だに許しておらず、義母・明恵とやって来て一緒に敬太のお祝いをするものの、それが済むとすぐ帰ると言い出す始末。

 

妙子はコーヒーを淹れているからと引き止め、明恵も誠を椅子に座るよう促し、誠も好きな釣りを二郎も始めたという話題を振る。

 

明恵は誠が高い釣竿を買って来て困ると言い、妙子もそれに同調すると、二郎は高い釣竿を中古で買っていると弁明する。

 

ここで、誠が抑えていた不満をぶちまけるのだ。

 

「中古でも、いいものとダメなものがあるんじゃないかな」

 

キッチンでコーヒーを用意していた手が止まり、「どういう意味ですか?」と妙子が問い質す。

 

「母さんは優しいから言わないけど、どれだけお前たちのために我慢してるか、分かってんのか!?」

「親父、やめろよ」

「中古って誰のことですか?」

「ここの家だって、そういうつもりで譲ったんじゃない。ほんとはもっと田舎に引っ越したかったのに、我慢して近くに住んでたんじゃないか。子育てを手伝えるように。それなのに、なんだこのザマは。話が違うじゃないか!」

 

明恵が仲裁に入る。

 

「お父さん、失礼でしょ!ほら、妙子さんに謝って」

 

黙って帰ろうとする誠の前に、明恵が立ちはだかる。

 

「いえ、あの…でも、取り消して欲しいです。中古と言ったこと」

「すまん。言い過ぎた」

「いえ、ありがとうございます」

 

小声で感謝を口にした妙子に、明恵は一言。

 

「次は、ほんとの孫も抱かせてね」

 

呆然とする妙子。

 

遅れていた同僚たちが眼下の広場に到着し、明恵がベランダへ誠を誘導する。

 

二郎が掛け声をかけると、誠の誕生日を祝うプラカードを掲げ、「大沢部長 誕生日おめでとうございまーす!」と声を揃えて祝福し、風船を空に放つ。

 

妙子は花束を誠に贈り、お祝いの言葉を伝えた。

 

その後、二郎の同僚たちも部屋に来て、カラオケパーティーで敬太が歌い、誠も歌って盛り上がるが、妙子はシラケた様子。

 

あってはならない事故が、この直後に起こった。

 

はしゃぐ敬太は飛行機の模型を持って部屋を走り回り、浴室で浴槽に上がって足を滑らせ頭を打ち、そのまま落ちて溺死してしまうのだ。

 

敬太がいないことに気づいた妙子が浴槽の中の敬太を見つけ、叫び声をあげる。

 

病院の一室で、刑事の事情聴取を受ける妙子。

 

そこから、敬太が前夫との子供で、二郎は戸籍上の父ではないことが判明する。

 

敬太の父は幼い頃に家出して、皆目見当つかない。

 

今度は二郎の事情聴取。

 

「敬太は妙子の連れ子です」

 

しかし、妙子とは入籍しているが、敬太は父の反対で養子にしていない。

 

取り調べが終わり、待っていた明恵は、敬太を家に連れて帰ることを拒絶する。

 

「それって斎場じゃダメなの?安置書もあるんでしょ?ご近所のこともあるし…」

「母さん、いいだろ」と誠。

「あそこは思い出の部屋なのよ。私たちの。そこに…」

「しょうがないだろ。あそこは敬太の家でもあるんだから、帰してあげよう」

 

取り乱す明恵を諭す誠。

 

敬太の小さな祭壇の前で横になって眠る妙子。

 

その様子を見守る二郎は葬儀社から求められて、敬太の写真をパソコンで探している。

 

敬太が頭の横を走る回る夢で起きた妙子は、二郎に訴える。

 

「ねえ、やっぱり、どう考えても敬太を殺したのは私だと思う。私、二郎さんにもよく言われてたのに、あの日も、お風呂の水、抜き忘れてた。水さえ抜いてれば、あの子はたぶん助かった」

「妙子!君は悪くないよ」

 

妙子も自分のパソコンから敬太の写真を探し始めた。

 

二郎が風呂に入りたいと言い、実家の風呂を借りる二人。

 

風呂から上がった妙子に、明恵がお茶を差し出す。

 

そこで、明恵が今朝のことを謝罪した後、「自分を責めないでね」と言って慰める。

 

ラジオから90年代の名曲『LOVE LIFE』が流れてくる。

 

“ ♪どんなに離れていても 愛することはできる 心の中広げる やわらかな日々 すべて良いものだけ 与えられるように LOVE LIFE ♪ ”

 

葬儀の日、次々に敬太の学校の同級生と親たちが弔問する中、突然、ずぶ濡れの男が来て、棺の前で敬太を凝視する。

 

その男こそ敬太の父親で、二郎が訊ねるが反応はなく、妙子を見つけて近づくと、思い切り頬を叩いた。

 

床に崩れ落ちて放心する妙子。

 

二郎に止められた男は、今度は自分の頬を叩き続け、妙子は大声で泣き叫ぶ。

 

職員に事務所へ行くように言われるが、男は走り去って行った。

 

妙子は市民生活支援センターに出勤し、同僚の洋子が担当する地区のホームレスに食事を配る作業へついて行く。

 

敬太の父・パク・シンジを探すためである。

 

公園のベンチで座るパクを見つけた妙子は、聴覚障害者のパクと韓国手話で語り合う。

 

「〈ごめん〉」とパク。

「〈どっち?家出のこと?叩いたこと?〉」

「〈両方〉」

「〈痛かった…痛かった!全部!〉」

 

妙子はパクに近づき、昨年パクの家族から届いたパスポートと手紙を渡す。

 

「〈私、再婚した〉」

「〈おめでとう〉」

「〈なんで逃げたの?理由を教えて〉」

「〈うまく伝えられない〉」

「〈私、あなたのことは許せない〉」

「〈分かってる〉」

「〈とにかく、手紙は渡したから、本当にさようなら〉」

 

翌日、二郎と妙子は実家の風呂に入り行くと、明恵が引っ越すことになったと話す。

 

妙子の生活相談センターに市役所の職員が手話の応援を求めてきた。

 

パクが生活保護の申請に来たのだ。

 

妙子が通訳することになり、パクは父親が韓国人、母親が日本人であることを担当者に伝える。

 

その様子を二郎が目撃する。

 

家に帰り、パクのことを妙子に聞くと、妙子は「知らない。私、担当しないし」と素っ気なく返答する。

 

布団に入ってからも、二郎はパクについて妙子に訊ねる。

 

「担当しないの?手話のこともあるし、本当は担当したいんじゃないの?」

「だって…」

「僕のこと、気遣ってんのかなと思って。でも、現実的に無理なんじゃないかな。他の人がやるのは。ほんとに助けたいなら、君が担当すべきだと思う。最善を尽くしてほしいしね。福祉課主任としては」

「夫としては?」

「知らない所で会われるよりいいよ」

 

結局、妙子はパクの担当者となり、仕事の斡旋について二人が手話で会話する姿を見ているだけの二郎。

 

まもなく、古物市場での仕事を始めたパクを妙子が見守り、手話で援助する。

 

妙子が帰って来ると、二郎が風呂に入る準備をしていた。

 

「なんで?」と訊く妙子に、二郎は「どこかで区切りつけないと」と答える。

 

妙子は、引っ越しの段ボールが積まれた義父母の家で風呂を借りる。

 

二郎が子供の頃のアルバムを誠と見ながら、笑みを浮かべる妙子。

 

「売れるまでは水と電気は残しとくから、風呂はいつでも使っていいよ」

「ありがとうございます」

 

ベランダでタバコを吸っている明恵から、独身の頃に吸っていたという妙子がタバコを受け取り、並んで吸いながら会話する二人。

 

敬太が死んで、最近入信した明恵は、妙子に「なにか変わりましたか」と訊かれ、「まだよく分からないの」と答える。

 

「でもね、自分が死ぬまでに間に合えばいいなって思ったの」

「“間に合う?”信じてれば、敬太も守ってもらえたんですか?」

「違うの。守るって死なないってことじゃないの。私はただね。一人で死ぬのが怖いの」

「お義父さんも二郎さんも居るじゃないですか」

「居たって一人よ。皆一緒に死ねるわけじゃないんだから」  

 

引っ越しの日、二郎が両親を乗せ運転する車を見送る妙子。

 

夕ご飯を食べている妙子は、怖々(こわごわ)と浴室に近づき、灯を付け、禁断の浴槽に入っていく。

 

荒い息をする妙子は嘔吐してしまうのだ。

 

地震速報の警報が鳴ったのは、吐瀉物(としゃぶつ)をシャワーで流している時だった。

 

和室に置いてある敬太と対戦途中だったオセロ盤を持ち上げ、物が落ちてもそれだけを壊れないように守る妙子。

 

この地震が、妙子を変えていく大きな契機になっていく。

 

揺れが収まり、心配する二郎から電話がかかってきた。

 

その二郎は今、別れた山崎を車の助手席に乗せている。

 

両親の引っ越し先が体調を崩して山崎がいる実家の近くなので、彼女を呼び出したのである。

 

帰ろうとする二郎を、山崎がもう一度会おうと誘った。

 

一方、妙子は公園のパクに会い、空き家になっている義父母の家に案内し、住居を提供するに至る。

 

翌日、妙子はパクを迎えに行き、自宅に連れて行く。

 

パクはそこが妙子の家だと分かると、出て行こうとするが、妙子は引き止める。

 

パクは敬太の仏壇を見つけると、正座して合掌し、頭を畳みにつけ、立ち上がって合掌する。

 

その後ろ姿を見つめる妙子。

 

テーブルの上のオセロ盤を見て、妙子は最後に敬太と自分がやっていたと説明する。

 

パクはオセロのおかげで敬太の訃報を知ったと、敬太の写真入りの新聞記事の切り抜きを見せた。

 

「〈あなたに協力してほしいことがある。あなたにしか頼めない〉」

 

これが、パクを自宅に呼んだ理由だった。

 

人生論的映画評論・続: LOVE LIFE('22)   幻想崩壊から踏み出す一歩  深田晃司

評議('06)    人が人を裁くことの重さ

 

1  「私たち9人が知恵を出し合い、真剣に議論を行えば、きっとみんなが納得できる結論に至るはずです」

 

 

 

平成21年(2009年)

 

裁判員の参加する刑事裁判が始まった。

 

被告人・中原敦志(以下、中原)の婚約者・川辺真由美(以下、川辺)の証言。

 

「私は中原さんと婚約していながら、彼の親友である朝倉さんと一度だけ、浮気をしてしまいました。朝倉さんは、私のことを愛してくれていたと思います。でも、私は中原さんのことを愛していました」

 

「僕は裁判に参加することになった」(裁判員・大沢祐介のナレーション/以下、ナレーション)

 

藤原裁判長が緊張する裁判員たちを、評議室のテーブルに案内する。

 

1日目。

 

「裁判所初日の手続きが終わりました。皆さん、いかがでしたか?」と藤原裁判長。

 

小池裁判員(以下、小池):「裁判を見るのは初めてなんで、すごく緊張しました」

西出裁判員(以下、西出):「私は、ただもう、びっくりで…だって、三角関係のもつれから人を刺すなんて、まるでドラマよね。まさか、自分がその裁判にかかわるなんて、思ってもみませんでした」

岩本裁判員(以下、岩本):「…被告人は、婚約者を奪われた上に、こんな事件を起こしてしまった。まだ若くてこれからだと言うのに、全く哀れとした言いようがありませんな」

 

「哀れ?」と反応した大沢裁判員(以下、大沢)に、皆の視線が集まる。

 

「担当した事件は、殺人未遂事件だった。会社員である被告人が、学生時代からの友人である被害者を果物ナイフで刺したというものだ。被告人は婚約者と同棲していた。その婚約者が被告人の友人と親密な関係になってしまったのだ。それを被告人が知るところとなり、今回の事件となった。検察官は殺人未遂罪が成立し、被告人の殺意は強かったと主張」(ナレーション)

 

法廷。

 

中原(被告人):「ナイフはたまたま背中に刺さってしまったんです」

 

「逃げていた被害者は、持っていた果物ナイフが刺さってしまった。つまり…殺意はなく、傷害罪が成立する」(ナレーション)

 

弁護人:「傷害罪が成立するにとどまります」

 

評議室。

 

大沢:「僕は被告人は果物ナイフを持ち出すべきではなかったと思います。彼女の心はナイフとかじゃなくて…もっと正しい手段で取り戻すべきだと思います」

岩本:「若ければ、カッとなることもあるだろう」

藤原裁判長:「意見や疑問、何でもざっくばらんに話をしていたがければと思います」

千葉裁判員(以下、千葉):「あの。…これから被告人をどんな刑にするかってことを話し合うんですよね?」

藤原裁判長:「最終的にはそうなります」

小池:「全治1カ月を大ケガをしたといくことですよね。ってことは、被告人の罪はかなり重いんじゃないですか」

田村裁判官:「まずは被告人の行為が、殺人未遂になるのか、傷害になるのか、決めなければなりません。そして、殺人未遂か傷害かは、被告人に殺意があったかどうかによって決まります」

小池:「同じように人を刺しても、殺意があれば殺意人未遂罪、殺意がなければ傷害罪で、罪の重さが全然違ってくるってことですか?」

田村裁判官:「そうです」

松井裁判員(以下、松井):「私の判断が被告人の方の人生を左右するなんて肩の荷が重すぎます」

西出:「毎日家計のやりくりや夕飯の献立に悩んでいる普通の主婦に、いきなり殺意がどうのなんて…分かりません」

 

6人の裁判員たちは、それぞれに緊張し、不安な面持ちである。

 

藤原裁判長:「私たち9人が知恵を出し合い、真剣に議論を行えば、きっとみんなが納得できる結論に至るはずです」

岩本:「私は小さな町工場をやってるただの親父です。法律のことなんて、からっきし分かっちゃいません。それでも裁判員として必要とされて、今ここにいる。それなら、最初っから無理だと決めつけるのではなく、素人なりにできる限りのことをやってみよう、そう思っています」

藤原裁判長:「法律のプロとは違う違った視点を持つ皆さんのご意見は、判決を下すうえで、大変貴重なものとなるはずです」

西出:「あたしは…あたしなりの意見でいいってこと?」

松井:「一人では不安ですけど、皆さんご一緒ならなんとか」

大沢:「殺意があったかどうかなんて、本人にしか分からないことだと思うんです。それはあくまで被告人の心の中の問題であって、僕たちが話し合いによって決めるなんて、できるんでしょうか?」

藤原裁判長:「被告人の心の中の問題についても、被告人の行動から、ある程度、推測することができるのではないでしょうか…ビルの10階から人を突き落とせば、それも殺意があったと言えるでしょう。では、5階だったら、3階からだったら、1階のベランダからではと考えていくとどこかで殺意という言葉を使うのが不自然にはなりませんか」

大沢:「つまり、この事件では、検察官は10階から突き落としたようなものだから殺意があると主張し、弁護人の方は、1階のベランダ、いや、庭で突き倒したようなものだから殺意なんかないって言っている。そういう感じですか?」

藤原裁判長:「その通りです。今の段階では、そんなイメージだけ持っていただければ十分だと思います」

岩本:「まずはナイフがどうやって刺さってたかってことか…」

小池:「あの…本当に3日で終わるんでしょうか?」

山本裁判官:「裁判所と検察側、弁護側とで事前に打ち合わせて、この事件は今日から3日間で審理を終える予定です」

 

2日目。

 

法廷。

 

「2日目は被害者の証人尋問から始まった」(ナレーション)

 

検察官の質問に対し、一流商社に勤務し、長身で体格も良い朝倉は、中高と野球部のキャプテンを務めていたと自信たっぷりに受け答えする。

 

「いきなり中原に後ろからナイフで刺された」と朝倉は主張する。

 

検察官:「被告人は『朝倉、待て』と叫んだところ、あなたが急に立ち止まってので、ナイフが突き刺さってしまったと主張していますが、実際はどうだったんでしょうか?」

朝倉:「途中で立ち止まってなんかいません。中原にも『朝倉、待て』なんて言われていません」

 

「このあと、目撃者、被告人の婚約者、被害者を診察した医師の証人尋問が行われ、再び評議が行われた」(ナレーション)

 

小池:「被害者はきちんと私たちの目を見て話してたでしょ。被害者の話は信用できると思います」

西出:「それなら被告人だって、まじめそうで嘘をつくような人には見えなかったわ」

岩本:「一度、事件の流れを整理してみませんか?」

大沢:「そうですね。まず被害者が婚約者を訪ねていき、被告人と別れるように説得していたんですよね。すると、そこに被告人が1日早く出張から帰ってきて、鉢合わせになった」

松井:「そのとき初めて相手の男の気持ちを知り、被告人は男を怒鳴りつけた。すると今度は、男が被告人に対して…」

小池:「真由美の心は『もうお前から離れてるんだって』って言って、すでに彼女と関係を持ったことを告白した。それで愕然となった被告人が、彼女に問い質すと、彼女は何も言わずに部屋を飛び出していった。そして、被害者も『悔しかったら、力尽くで取り返してみろ。お前みたいな意気地なしにできるわけないけどな』と捨て台詞を残して、彼女を追って部屋を飛び出して行った」

大沢「すると、後ろから来た被告人に肩をつかまれ、それを振り払おうとしたときに、被告人の持っていた果物ナイフが、被告人の肘をかすった。そして被害者は、振り向きざまに被告人の顔を殴りつけ、その時初めて、被告人が果物ナイフを持ち出したことと、自分の肘の傷に気が付いた」

田村裁判官:「言い分が食い違ってくるのは、このあとのことですよね。被告人は婚約者のほうへ行こうとした被害者を追い駆けながら、『朝倉、待て』と叫んだところ、意外にも被害者が急に立ち止まったので、持っていたナイフが背中に突き刺さってしまったと主張しました」

小池:「でも被害者は、自分が立ち止まってないんいないし、被告人の『朝倉、待て』という声も、聞いていないって」

大沢:「刺さってしまったと刺されたとじゃ、全然違うよな」

岩本:「たまたま刺さったということも、あり得ないわけじゃない」

小池:「それにしても、婚約者の真由美さんの証言は、なんであんなにはっきりしないんだろう。一番近くにいたはずなのに…」

 

法廷で、検察官の尋問に曖昧な返答をする川辺。

 

被害者が被告人にナイフで刺された時のことを聞かれ、「一瞬のことだったので、よくわかりません」と言い、『朝倉、待て』と被告人が叫んだことについても、「言ったような気がします。でも、絶対に言ったかどうかと言われると、はっきりしません」と答える。

 

藤原裁判長:「確かに、あの婚約者の証言は曖昧でした」

小池:「でも、事件の原因を作ってしまったことには…とっても責任を感じているみたい」

岩本:「それは、被害者も同じだろうなあ」

松井:「そうでしょうか?」

 

朝倉は法廷で、弁護人から被告人の婚約者を奪おうとした責任を問われると、「奪うなんて…彼女は中原と婚約したことを後悔していたんです」と反論している。

 

松井:「被告人の踏みにじられた気持ちを考えると、やりきれないわ」

千葉:「だからって、人を刺しちゃダメでしょう」

 

そこで裁判員たちは、藤原裁判長に意見を求めると、まだ無理に結論を出す必要はなく、明日の被告人の話を聞いてからということになった。

 

3日目。

 

弁護人に、被害者に仕返しをしようと部屋を出て行ったのかを聞かれた中原は、それを否定し、「僕は真由美のことが心配だったんです。このまま、どこかに行ってしまうんじゃないかって。朝倉さんと違って、僕は中小企業のサラリーマンです。でも、まじめに一生懸命働いて、彼女を誰よりも幸せにしたかった」と答えた。

 

弁護人:「あなたは部屋を出るとき、果物ナイフを手にしています。それはなぜですか?」

中原:「真由美のことを追い駆けようと思ったんですが、朝倉さんに邪魔をされたらと不安になって」

弁護人:「あなたは最初から、ナイフで被害者を刺すつもりだったんですか?」

中原:「いえ、刺すつもりなんてありませんでした。ただ僕は朝倉さんに比べて体も小さいし、運動もあまり…だから、もし彼に反撃されたらと思って、やむをえずナイフを持ちました」

 

続いて、検察官に、ナイフを持ち出したのは、朝倉を殺さなければ婚約者を取り戻せないと考えたのではないかと問われると、中原は強く否定し、更に、殴り倒された時の気持ちを聞かれた中原は、その心情を吐露した。

 

「殴られて倒れる瞬間、真弓が見ているのが分かりました。すごく惨めで悔しかったです…本当に悔しかった」

 

裁判員が発言を求められると、まず、小池が被告人に質問する。

 

「真由美さんのことは、今はどう思っているんでしょうか?」

「私は、今でも彼女を愛しています。戻って来て欲しいです」

 

「3日目はこのあと、検察官、弁護人が意見を述べて、審理を終えた」(ナレーション)

 

人生論的映画評論・続: 評議('06)    人が人を裁くことの重さ  伊藤寿浩

エゴイスト('23)   そこだけは輝きを放つ〈愛〉のある風景

 

1  「二人でやれるところまで、やってみよう。お母さんのために」

 

 

 

女性雑誌の編集者である斉藤浩輔(以下、浩輔)は、仕事の後のゲイ仲間との夕餉(ゆうげ)を愉悦している。

 

その浩輔の帰郷の際のモノローグ。

 

「憎むほど嫌いだった故郷の田舎から逃げるように、18歳で東京に出た。そんな僕にとって、服は鎧だ…あの時、僕や母をバカにしたブタたちから、このブランドの服が守ってくれる」

 

中学生時代、亡くなった母の香典返しのノートを破り、紙飛行機を作って飛ばす同級生。

 

「オカマのババアの香典返しなんていらねえよ」

 

こんな風に蔑まれていた男が、ブランドの服で武装して、毎年、浩輔は母の命日には実家に帰り、線香をあげている。

 

「お前、誰かいい人いないのか?」と、父・義夫に聞かれると、「いい人がいればね」とはぐらかす浩輔。

 

ゲイ仲間に紹介された、パーソナルトレーナー(トレーニング指導の専門職)の中村龍太(以下、龍太)とスタジオで、待ち合わせ、早速、トレーニングが始まった。

 

レーニングの後、龍太は喫茶店で食事のアドバイスをし、そこで自分のプライベートを語る。

 

「俺なんか高校中退なんで、仕事選べなくて。それと、うち、母子家庭で、しかも俺が14歳の時におふくろが病気しちゃったから、俺が働くしかなくて。今は、他のお仕事をしながら、パーソナルトレーナーやってるんですけど、ゆくゆくは、この仕事だけで生活したいんです」

 

そう話すと隆太は、満面の笑みを浮かべる。

 

「偉いね」

 

唯一、武装解除できる居酒屋で、ゲイ仲間といつものように食事をして、その内容を龍太に携帯で報告する浩輔。

 

龍太について聞かれた浩輔は、「可愛いの…でもピュア。滅茶苦茶いい子」と嬉しそうに答える。

 

帰途、次のトレーニングが終わり、先日、隆太が高くて買えなかった母への寿司屋のお土産を、浩輔が買ってきて遠慮する隆太に手渡す。

 

歩道橋の階段の途中で、龍太が浩輔に軽くキスをした。

 

「ちょっと、どういう意味?お寿司のお礼?」

「違います…斎藤さん、魅力的です」

 

その足で龍太を浩輔のマンションに連れて部屋に入ると、隆太は浩輔にキスをして、二人は結ばれた。

 

龍太を玄関で見送り、深呼吸した浩輔はベランダに出て、振り向いた龍太に手を振る。

 

龍太も何度も浩輔に手を振り返すのだった。

 

「私の中に夜がある。小さい頃から私の中で、私の心を見据えてきた、暗い、暗い、夜が…」(モノローグ)

 

浩輔は魂を込めて、『夜へ急ぐ人』を歌い上げる。

 

毎週のトレーニングの後は、浩輔のマンションで二人は愛し合い、浩輔は帰りには必ず龍太の母への土産を持たせた。

 

いつものように、浩輔が帰りがけに土産を渡そうとすると、龍太がそれを拒む。

 

「もう、終わりにしたいんです」

「え?…もう、会いたくないっていうこと?」

「うん。もう会いたくない」

「…そう。僕と寝たりするのが嫌だったら、全然、そう言ってもらっても…」

 

首を強く横に振る龍太。

 

「浩輔さんのことは好きです」

「じゃ、何で?ちゃんと分かるように説明して。もしかして、龍太のお母さんに色々やったりして…」

「違う!違うんです…俺ずっと“売り”やってる。高校辞めてからずっと。ずっとちゃんとできてた。でも、浩輔さんに出会ってから苦しいんです。割り切れないんです。俺、何もないから。この仕事でしか母さん養えない。だから、ごめん。ごめんなさい」

 

そう言い残して、龍太は去って行った。

 

置き去りにされた浩輔は、呆然と立ち竦(すく)む。

 

すぐに龍太に電話をかけるが、応答しない。

 

その後、繰り返し電話しても応答なし。

 

龍太は指名された客のホテルの部屋に入り、“売り”を務めている。

 

浩輔は、思い切った行動に打って出た。

 

携帯でゲイの買春サイトで龍太を探し出し、客としてホテルの部屋で待ち合わせるのだ。

 

「初めまして」と入って来た龍太は驚き、困惑するが、浩輔は「5分だけ話しさせて」と龍太を説き伏す。

 

「僕はね、龍太が好き…お母さんのために一生懸命働いている龍太が好き。だけど僕にも手伝わせて」

「迷惑かけられないよ」

「迷惑かどうかって、こっちが…」

「会わなきゃ良かった。会わなかったら、こんなに辛くなかった。今までは、ちゃんとできてたんだよ」

「…僕が買ってあげる。龍太の専属の客になる。月20万円。それしか払えないしけた客だけど。それでも足りない分は、龍太がさ、他の仕事で頑張って稼ぐ。そんなの無理か。そんなの割に合わないって言うんだったら、もう諦める。あなたの前から消える。どうする?龍太が決めていいよ…龍太、一緒に頑張ろう…龍太」

 

嗚咽する龍太は、浩輔の肩に顔を埋め啜(すす)り上げるのだ。

 

龍太は今、産廃処理業者の廃品を運ぶ肉体労働を始めた。

 

それだけでは生活費が足りず、疲れてソファで休んでいた龍太は、今日から深夜のバイトに行くと言って起きる。

 

「ごめんね…僕が言ったから」

「俺さ、おふくろに本当の仕事言えるの、嬉しいんだよね」

 

その後、龍太の母に会いにアパートを訪れた浩輔。

 

母・妙子の手料理を振舞われ、3人で写真を撮る浩輔は、最初は緊張したものの、幸せに包まれる時を過ごすことができた。

 

その妙子が入院し、隆太は待合室で待っていた浩輔に、ヘルニアの手術をすることになったと告げ、衷心(ちゅうしん)より案じる浩輔。

 

自宅に戻った浩輔は、入院中の母との会話を思い出していた。

 

「母さん、浩ちゃんが大人になって、お嫁さんもらうまでは元気でいないとね」

「僕、お医者さんになって、母さんの病気治すから」

「ありがとう」

 

病院の外のベンチに座る龍太に妙子が退院することを聞き、浩輔は封筒を渡して、足が悪い妙子の通院のために、龍太名義の中古車を買いに行くことになる。

 

「それはさすがに」と固辞する龍太だが、「二人でやれるところまで、やってみよう。お母さんのために」と説得され、今や、全幅の信頼を寄せるパートナーの温かさを違和感なく受容するのだ。

 

浩輔は子供の頃、唯一、家族3人で海に旅行して時のことを話していく。

 

それがとても嬉しくて、朝から岬へ行って、ずっと海を眺め、風に吹かれていた思春期の頃を回想する。

 

「その風が母親の病気、全部持ってってくれないかなあ、とか思ってた」と浩輔。

 

突然、龍太が浩輔の写真を撮りながら、質問する。

 

「浩輔さんって、天国ってあると思いますか?」

「何です、急に。天国?僕はそういうのは信じない。全然。目に見えるものしか信じない」

「でも、もし天国があったら、亡くなったお母さんにもいつか会えるかも知れないでしょ」

「うん。でも、そういうこと考えても、答え出ないもん」

「浩輔さんって、超現実主義だよね」

 

その夜、浩輔は龍太の髪をドライヤーで乾かし、隣で眠る龍太の美しい顔を慈しむように指でなぞるのだった。

 

翌朝、龍太はコーヒーを淹れながら、今度の日曜日に車が来たら、龍太の運転で海へ行こうと誘う。

 

浩輔は快諾し、仕事へ行く龍太を送り出すが、昼も夜も仕事に精を出す龍太の体力は消耗し、著しく衰弱していた。

 

日曜日、納車された車の助手席で龍太が来るのを待っていた浩輔が電話をかけると、龍太ではなく妙子が出てきて、驚愕の事実を知らされる。

 

「浩輔さん、あのう…龍太、亡くなりました。今朝ちっとも起きてこないんで、起こしに行ったら、布団の中で、もう息してなくて…龍太…死んじゃいました」

 

震えが走り、返す言辞もなく凍り付いてしまうのだ。

 

宙吊りにされた底深い世界に押し込まれた心に浮かび出るのは、龍太の弾ける笑みだった。

 

人生論的映画評論・続: エゴイスト('23)   そこだけは輝きを放つ〈愛〉のある風景  松永大司

 

 

帰らざる日々('78)   〈あの夏〉が蘇り、不透明な自己の〈現在性〉を穿ち、鮮度を加えて立ち上げていく

1  「何であんなことしたって聞きたいんだろうけど、人の誠意をあまり疑うなよな。律儀過ぎるんだよ、お前」

 

 

 

キャバレーのボーイをしている作家志望の野崎辰雄(以下、辰雄)は、父・文雄の急死の電報を受け、6年ぶりに信州・飯田に帰郷することになった。

 

帰郷の理由を明かさない辰雄に不審に思った同棲中の同僚のホステス・螢(けい)子が、列車の見送りに来た。

 

1978年・夏

 

甲府駅で婚約者を連れ乗り込んで来た高校時代の級友・田岡が、辰雄に声をかけた。

 

田岡は勤務する防衛庁の上司の娘である件(くだん)の婚約者を辰雄に紹介する。

 

この田岡との再会から、辰雄は高校3年生だった6年前の夏の出来事を回想していく。

 

1972年7月8日・飯田市

 

その頃、辰雄は友人たちと屯(たむろ)する喫茶店のウェイトレス・真紀子に思いを寄せていた。

 

その真紀子に同級生の黒岩隆三(以下、隆三)が金を無心しているのを目撃した辰雄は、隆三に対抗意識を燃やすのだ。

 

辰雄は、高校のマラソン大会で隆三を見つけて追い越すが、先回りした隆三に負けて悔しがる。

 

辰雄の母・加代は、女を作った父・文雄と別居し、女手一つでバーのマダムをして育てているが、離婚届に判を押すつもりはない。

 

辰雄のクラスは建築科で、授業を真面目に受けている生徒は殆どおらず、弁当を食べたり、大概はエロ本を読んだりしている。

 

教師にエロ本を取り上げられ破られた辰雄の友人・相沢が教師に殴りかかると、級長の田岡が相沢を殴って乱闘になってしまった。

 

その二人にバケツの水をかける辰雄。

 

現在。

 

そんな昔のエピソードを列車の中で話す辰雄と田岡。

 

結局、相沢が3日間の停学となり、田岡にはお咎めなしだったと辰雄が振り返る。

 

その相沢のテキヤ姿を目撃したと田岡は話す。

 

「しかしまあ、あの夏はいろんなことがあったよな…あの、首吊り事件…」

 

1972年7月11日

 

辰雄が高校の近くの神社にいると、隆三が近づいて来て、見透かすように真紀子の写真を渡し、金を出せば口を聞いてやると言うのだ。

 

バカにされたと思い腹を立てた辰雄は隆三に殴りかかり、取っ組み合いの喧嘩が始まるが、よろけた辰雄が掴んだのは男の首吊り死体だった。

 

悲鳴を上げて腰を抜かす辰雄に対し、隆三は平然と男のバッグから現金を奪い、一部を辰雄のポケットに突っ込んで去って行った。

 

翌日、公金横領事件の自殺と新聞記事になった首吊り死体が神社で発見され大騒ぎとなり、学生たちは窓から捜査の様子を覗いている。

 

そこに隆三が辰雄に近づいて来て、「これからも宜しく」と、土木科の黒岩隆三だと自己紹介するのだった。

 

父・文雄が学校帰りの辰雄に声をかけ車に乗せ、加代に離婚のサインを催促するように頼む。

 

その夜、辰雄は加代の店に行き、その旨を話すが加代は相手にしない。

 

そこで、店の常連客のヤクザの戸川佐吉(以下、戸川)に酒を飲まされた辰雄は、次の店へ連れて行かれると、中学生時代の同級生だった平井由美(以下、由美)の母親が経営する店だった。

 

その店が担保に取られそうになっているのを戸川が掛け合ってくれてると由美に聞き、戸川が電話口でドスを利かせて怒鳴っているのが恐ろしくなった辰雄は、そそくさと店を後にする。

 

その帰り道に、隆三が坂道を自転車でトレーニングしているのを見た辰雄は心を打たれた。

 

1978年7月13日

 

試験勉強をしている隆三は集中できず、机の引き出しから競輪学校のパンフを取り出す。

 

そこに、真紀子がおはぎを持って来た。

 

二人は従姉弟同士で、隆三は離れに住み、伯母から疎(うと)まれていると思い込んでいる。

 

「僻(ひが)み屋ね。だから友達もできないのよ」

「友達か…いないこともないな…うん、奴はいい。親友さ」

 

それが真紀子に気がある辰雄であると話す隆三。

 

期末試験の帰り、待っていた隆三に誘われ、辰雄は真紀子のいる喫茶店へ行った。

 

チンピラに絡まれた真紀子を助けようとして、辰雄がどやされている場に戸川が入って来るや、チンピラは退散していった。

 

その日、誕生日の由美から電話が入り、戸川と母親が旅行に行って留守の店に行った辰雄は、初めて由美と結ばれる。

 

7月24日。

 

隆三に真紀子からの伝言を知らされた辰三が待ち合わせの公園へ行くと、真紀子もまた隆三の伝言で呼び出されただけだった。

 

二人はキスを交わすが、真紀子は辰雄をあくまでも高校生として扱い、隆三の家に連れて行く。

 

「何だって、あんな小細工したんだ」と辰雄。

「迷惑だったって言うのか?満更でもなかったくせに。バカたれが」と隆三。

「お前の魂胆が分からんよ」

「俺はな、二人とも好きなんよ。真紀も、お前も」

 

隆三は辰雄を真紀子とセックスさせようと強いるが、辰雄はきっぱりと断る。

 

隆三は真紀子が涙を流すのを見て、それ以上無理強いはせず、夏休みに天竜下りの船運びのバイトに誘うが、辰雄はそれも断った。

 

真紀子は部屋を出て行き、隆三は辰雄に酒を振舞う。

 

「何であんなことしたって聞きたいんだろうけど、人の誠意をあまり疑うなよな。律儀過ぎるんだよ、お前」

 

現在。

 

駒ヶ根で田岡と婚約者が下車するところで、辰雄は螢子が乗車していることに気づく。

 

「こうでもしなくちゃ。絶対秘密主義なんだもん」

 

ここで辰雄は帰郷の目的が、実父の葬儀であることを明かすのである。

 

人生論的映画評論・続: 帰らざる日々('78)   〈あの夏〉が蘇り、不透明な自己の〈現在性〉を穿ち、鮮度を加えて立ち上げていく  藤田敏八