she said/シー・セッド その名を暴け('22)  使命感という闘いの心理学

 

1  「イジメ、精神的虐待。理解するには若すぎた。彼は皆を服従させたがる」「拒むと?」「唸り声をあげ、ツバを吐き、数秒で人を破滅させる」

 

 

 

アイルランド 1992年

 

映画の撮影スタッフの若い女性が、啜(すす)り泣きしながら通りを走って行く。

 

ニューヨーク 2016年

 

「告発したいんです…声をあげれば、彼を止められますか?」

有権者にとっては、とても重要な情報です。大統領にふさわしいかどうか」

「彼に訴えられたら?NYタイムズ紙は助けてくれる?」

「報道機関は法的支援ができません。ご自身で戦わないと」

 

大統領候補のドナルド・トランプのセクハラ被害を告発するレイチェル・クルックスを取材するNYタイムズ紙の記者ミーガン・トゥーイー。

 

そのミーガンにトランプから直接電話が入る。

 

「知らない女どもでウソつきだ。事実なら、なぜ警察へ行かない?」

「2人とも“面識もなく、わいせつ行為をされた”と」

「でっち上げだ。記事を掲載したら訴えるぞ」

「流出テープで自慢げに話す内容は?」

「俺はやっちゃいない。男同士の与太話だ」

「ミス・ユタ州は強引にキスされたと」

「あれはウソつき女だ。お前にもヘドが出る!」

 

後日、報道前提(オンレコ)で話し、名前を公表したレイチェルは排泄物を送りつけられるなどの嫌がらせを受け、妊娠中のミーガンもまた、FOXニュースのキャスターのビル・オライリーから名指しの批判をされ、更に匿名の相手から電話で殺害予告を受けるのだった。

 

「お前をレイプし、殺してやるからな。死体はハドソン川に捨てる」

 

そして、トランプは大統領選に勝利する。

 

5か月後、ミーガンを挑発したオライリーが番組から降板するとテレビニュースが流れる。

 

「セクハラ疑惑を精査した結果…50社以上のスポンサーが番組をボイコット。NYタイムズ紙が報じたのセクハラ疑惑で、オライリーとFOXが女性5人に1300万ドル払い、示談でもみ消したようです…」

 

スタッフたちは話し合い、報道後も起用し続けたFOXがスポンサーの撤退でクビにしたように、セクハラを黙認する企業のシステムを糾弾すべきであり、「なぜセクハラが蔓延し、対処が難しいのか」について、更に追及していくことになる。

 

調査報道記者のジョディ・カンターは、ハリウッドのワインスタインのセクハラ被害の情報から、関わったスタッフなど何人も取材を試みるが、すぐに電話を切られてしまった。

 

ジョディはフェミニストから当たるように言われた、レイプ被害者の女優ローズ・マーゴワンに電話をしでも、「声を上げてもムダ。誰も聞かない」と一蹴される。

 

「狙いは“ハリウッドの構造的性差別”」とジョディ。

「リスクを承知で発言しても、何も変わらなかった」とローズ。

 

ネット動画でフェミニストの政治集会で演説するアシュレイ・ジャレットを見ているジョディ夫妻。

 

「90年代にプロデューサーからセクハラされたと、名前は出さないけど、こう書いてる。“業界で最も敬意と反感を集めるボスの一人”」とジョディ。

 

その頃、出産したばかりのミーガンは、鬱状態にあった。

 

「耐えられない。いつも不安な気持ちで…」とミーガン。

「疲れてるんだよ。体が限界なんだ」と夫。

「それだけじゃないと思う…」

 

自宅にいるジョディに、一度証言を断られたローズから電話がかかってきた。

 

「調べるなら、彼だけでなく、業界システムや供給の仕組みも」

「ハリウッドの虐待者たち?」

「そう。世界中にいる。映画が作られ、売られる場所に。被害者を貶め、金で騙させる。まさに白人男性の“遊び場”ね」

「皆、知ってるんですか?」

「当然よ。私に起きたことを大勢に話した」

サンダンス映画祭?」

「当時23歳。優れた独立系映画に出演し、私は期待の新人だった。そして、あのホテルへ。彼は部屋のソファに座り、大声で電話してた。少し待ち、新作の規格の話をした。すると突然、彼が言った“ジャグジー(噴流式泡風呂)があるよ”。どう答えていいか分からず、そのまま話し続けた。その後、ドアまで送られながら、“話し合いは大成功”と思った…“ほら、ジャグジーだ”と覗いた瞬間、無理やり中へ押し込まれた。そのまま服を脱がされ、いきなり彼も素っ裸に。私は心を肉体から遊離させ…レイプされた。“逃げよう”という本能からオーガズムのフリをした。“服を着ろ”と言われ、電話に“特別な友達だ”と伝言があった。他の女優たちにも同じことを」

「通報しました?」

「警察が私の味方になると思う?」

「誰かに話しました?」

「大勢の人に話したけど、誰も何もしなかった。何一つ」

「話した方々に連絡しても?」

「内密にする約束よ。彼にはスパイがいて、いつも監視してる。それを知るべきよ」

 

ジョディはミーガンに電話し、今が一番大変な時だと労わりつつ、ミーガンにひどい扱いを受けている女性たちの取材状況を報告し、アドバイスを受けることになる。

 

女優のアシュレイ・ジャッドがオンラインでジョディの取材に答えていく。

 

ワインスタインから打ち合わせで部屋に呼ばれ、マッサージをしろと言われたが断り、その後も様々な要求をしてきたが悉(ことごと)く断ると、「最後は“シャワーを浴びるのを見ていろ”と」。

 

アシュレイはそれも断り、部屋を出た。

 

「その後は?」

「…ハーヴェイは制裁として、私のキャリアを潰した。彼を拒んだから…最近も“薄汚い女”という自作の詩で、高額の広告契約を失った。私がトランプの言葉を引用したから。彼は、あんな発言でも当選し、私は引用しただけでクビ。何十年経っても、同じ性差別は存在するし、私は同じ選択をする。でも、仕事もしたい」

 

リサ・ブルーム弁護士から協力したいとジョディに連絡が入ったが、フェミニスト弁護士の娘であるリサは、実はワインスタインの仕事仲間であり、自分たちの動きが気づかれていると知る。

 

ミーガンが出勤し、上司にトランプ取材に戻るか、ジョディと組んでワイスタインを追うかを問われ、ミーガンは後者を選択した。

 

早速、ミーガンはジョディと話し合い、ジョディが有名女優たちの取材を進めようとすることへの疑問をぶつける?

 

「声なき人について書くべきじゃない?女優達には発言する場がある」

「何か言えば、干されると恐れてる」

「なるほど。でも、私たちが暴こうとするものは何?」

「仕事場での激しいセクハラよ。彼女たちは製作者との打ち合わせと信じ、希望にあふれ、部屋へ行った。仕事や企画について真剣に話すために。ところが脅かされ、性的欲求をされた。暴行やレイプ。ハリウッドの女優がそうなら、一般女性たちは?」

「従業員も標的?」

「そう思う」

「ミラマックス社に対する警察への訴えや法廷記録を調べる。進めていい?」

 

こうしてジョディとミーガンの二人による取材活動が始まった。

 

一方、リサはワインスタインに売り込んでいた。

 

「ハーヴェイ、報告を読んだわ。ローズは情緒不安定で病的なウソつき。あなたへのバカげた攻撃をやめさせないと。あの手の女は、とても危険だから。あなたの弁護人には私が最適よ。今まで“女の側”で戦い、知識がある」

 

ミーガンは、若い頃にミラマックス社に助手として勤め、突然、失踪したローラの母親を訪ねたが、思いがけず本人が出て来た。

 

「私を見つけたなんて…25年間も待ったのよ」と涙を浮かべるが、「無事解決した。友好的に。“議論はしない”と合意した」と答える。

 

「やっとお会いできた…示談に応じた女性たちはいます。沈黙を強いられて、その周辺を書きます。情報源を明かさず、制約に抵触しない記事にします…」

 

怯えながらも、話したがっていることを察し、ミーガンは電話番号を伝えて帰って行くが、直後に、「協力はできない。でも、成功を祈ってる」とメッセージが入った。

 

示談で“秘密保持契約”(非開示契約)を結ばされ、被害者は証言することができないのである。

 

【ミラマックス社は、ワインスタイン兄弟によって創立されたインディー系の配給・製作会社】

 

取材に奔走するジョディは、女優のグウィネス・パルトローからペニンシュラホテルでの証言で、それがアシュレイ・ジャットと同じだということを突き止めた。

 

一方、事実の裏付けを担当するミーガンは、ミラマックス社の最高財務責任者だったジョン・シュミットの自宅を訪ね、取材する。

 

「示談に応じた女性たちは、口外すると訴えられます。誰かが口止め料について話して下されば、大きな力になります…オンレコでなくても、当時、何があり、どうお思いになったかを」

 

「考えさせてほしい」と答え、ミーガンは了承し退散するが、ジョンは動揺を隠せない。

 

ジョディとミーガンはグウィネス・パルトローの自宅を訪れ、証言を得て、レベッカに電話で報告する。

 

グウィネスも、打ち合わせでホテルへ行き、“断るなら干す”と脅されるという同じパターンで、事務所に話しても対応しなかった。

 

グウィネスはオンレコを望んではいるが、セックスス・キャンダルになるのを怖れて迷っているのだ。

 

「彼女たちがオンレコで話すのは…」とミーガン。

「全員一緒なら」とジョディ。

 

その足で、ワイスタインと仕事をしていた秘書の自宅を直撃するが、門前払いされる。

 

以下、上司への取材報告。

 

「秘密保持契約は見直されず、議論されず、ロースクールでも教えない。被害者の弁護人は示談金の40%を受けとる」とジョディ。

「システムの悪循環か」とマット。

「大半が法廷外で決着し、秘密保持契約を結ぶ。女性側は全証拠を没収される。日記、メール、電話記録…」とミーガン。

「現金で黙らせ、加害者は犯行を続ける」

「“沈黙条項”は慣行となり、女性は現金を渡され、署名」

「悪い噂が立つのを嫌い、唯一の解決法と思い込む」

「示談で“罪を認めさせた”と考える人もいる。でも、実際には口をふさがられただけ。裁判で争うには、“セクハラ法”は弱すぎる」

「フリーや15人以下の会社は考慮されない」

「弁護士も金銭的に有利な示談を選ぶ」

「女優たちは、オンレコを承知する?」とレベッカ

「考えがあります」

「ホテルでの恐ろしい体験を裏付ける証拠がない」

「独りでなければ、彼女たちは発言するはず。“大勢なら安心”」

「示談は?」とマット。

「3人です、今のところ。ローズ・マッゴーワン、アンブラ・バティラーナ、それに元アシスタント」

「記録がない」とマット。

「記事にするには不十分よ」とレベッカ

 

そこに、編集長のディーン・バケットが顔を出し、忠告する。

 

「君たちの通話は録音され、尾行もされていると思え。ワイスタインと話す時は、必ずオンレコで」

「たとえオフレコでも話したい」

「いや、彼の発言は公開されるべきだ。以前、彼と対峙したが醜悪だぞ」

 

アンブラ・バティラーナ・グティエレスが、体を弄(いじ)られたと警察に訴えた際、NY市警はおとり捜査をするが、録音テープでは不十分と起訴されなかった。

 

元検察官のリンダ・フェアスタインにメールした。

 

ここでワインスタインが、執拗にバスルームに誘う遣り取りの録音が流される。

 

「頼む。何もしない。子供にかけて誓うよ。私は有名人だぞ」(ワインスタインの常套句)

「イヤな気分」

「入ってくれ。1分でいい。出たくなければ…」

「なぜ昨日、体を触ったの?」

「いいから。慣れてるんだ」

 

直後、この事件を担当したリンダ検事に電話するミーガン。

 

「ワインスタインへの起訴が取り消された件。2年前よ…即刻、取り消した理由は?」

「犯罪行為はなかった」

「警察は犯罪行為と判断したはず。事件の扱いに不審な点は?」

「…これ以上、追わないで。ムリよ」

 

その頃、ジュディはグウィネスから電話を受ける。

 

「彼が来てる。友人を招いたら現れたの…ショックだわ。“監視してる”っていう脅しだわ」

 

ジョディがミラマックス社の元従業員の証言を得る。

 

ヴェネチア映画祭で起きたことをオフレコで話すのである。

 

そこで被害者女性、ロウィーナ・チウとゼルダ・パーキンス、ローラ・マッデンの名を知らされた。

 

いずれも返事は来ないが、ジョディはレベッカに「すぐ飛行機に」と促され、各被害者に直接会いに行く。

 

まず、サンフランシスコにロウィーナを訪ねたが海外へ出かけ不在で、夫が対応したが、何も情報を得られなかった。

 

秘密保持契約を破らせたら彼女たちが訴えられると、英国の弁護士から無責任だと言われたジョディは、目の前に「レンガの壁」があるとイラつく気持ちをミーガンにぶつけた。

 

それでもジョディは、予めメッセージを入れていたローラ・マッデンに電話をして、ロンドンへ向かうことを告げたが、ローラは乳癌の闘病中で全摘を医者から宣告されたばかりで、泣きながら「今は答えられない」と切られてしまう。

 

次に、21歳でミラマックスのロンドン支社のアシスタントをしていたゼルダに対面してインタビューするジョディ。

 

職場はとても良かったが、ワインスタインが来て変わったと話すのだ。

 

「全員が彼のために対応させられた…朝ホテルへ行きハーヴェイを目覚めさせ、シャワーのためベッドから出す。彼は裸で、私をベッドに引き込もうと」

「あなたは?」

「押し返した。ユーモアや攻撃が効く。彼は興奮するか、激しく怒るか。予測がつかない…私だけじゃないし」

「具体的に何が?」

「イジメ、精神的虐待。理解するには若すぎた。彼は皆を服従させたがる」

「拒むと?」

「唸り声をあげ、ツバを吐き、数秒で人を破滅させる」

「怖かった?」

「ええ。みんな怯えてた」

 

3年後、ゼルダヴェネチア映画祭へ行き、その後、辞職した。

 

そこで起きたことの全ては話せないが、優秀な新人アシスタントのロウィーナが、脚本の打ち合わせでホテルの部屋へ行き、翌朝、取り乱した状態で泣きながらゼルダの部屋を訪ねて来た。

 

「彼女の激しい動揺ぶりに、最悪の事態が起きた」と察知し、彼女をなだめ、ハーヴェイの部屋へ行くと、彼を嫌うスコセッシと会議中だった。

 

「私は目の前へ行き、はっきり言った。“今すぐ私と来て”…皆の前で彼は立ち上がり、子羊のようにおとなしくついてきた。彼がしたことを確信した。彼は否定した。“妻子に誓って何もしていない”。だから、ウソと分かった。何かあると、いつもそう言う」

 

ゼルダとロウィーナの二人はロンドンへ帰り辞職した。

 

「上司に相談すると、いい弁護士を雇えと。心当たりもない。でも何とか見つけ、後は簡単だと思った。刑事訴訟よ。でも弁護士が、“ムリだ。示談に応じろ”と。絶対お断り!お金じゃない。彼を止めさせる」

 

しかし、英国警察は、ヴェネチアで通報しておらず証拠がないと取り合わない。

 

「レイプで、裁判に持ち込むのは難しく、弁護士にも“示談に応じるしかない”と。なら、私たちにも要求があると伝えた。ハーヴェイも条件をのめと。“2年以内に同じ訴えがあった場合、ディズニーに報告し、彼はクビ。彼はセラピーを受け、最初の治療に私も立ち会うこと。女性やスタッフを守るためのシステムの導入”。全てを実現することが“沈黙の対価”だと。彼を止めるため示談に応じる。でも、彼らから異様な条件を出された」

「どんな?」

「“示談書のコピーは渡せない”と。“制限付き閲覧権”だけ」

「それって…あり得ない。内容を記憶?」

「レターをくれと伝えた。条件を書いた紙よ。例えば、“刑事・民事事件となったら、警察に協力しないよう努力すること。家族や医者にも話してはならない”…サインが済み、お金を渡され、私の心は壊れた…再就職の面接で、必ず“なぜ辞めた?”と聞かれた。しかも、悪い噂が。私が彼と寝てたと。最低よ」

 

その後、彼女はグアテマラの友人で5年間過ごし、馬の仕事をした。

 

「多くを失った」とジョディ。

 

ゼルダは条件を書いたレターを取り出した。

 

「許可を得ないと、セラピーも受けられず、会計士とも話せない。“現在及び将来において、いかなるメディアにも話さない”。ジョディ。問題はワイスタイン以上に、性加害者を守る法のシステムにある。あなたに託す。有効に使って」

 

ゼルダはレターを渡し、去って行った。

 

ジョディはホテルへ戻り、長女とスカイプで話した後、事態の行(ゆ)く末を考え、迷って嗚咽してしまう。

 

あまりにリアルな現実を聞かされ、それでも前線から撤退しないジャーナリストがいた。

 

 

人生論的映画評論・続: she said/シー・セッド その名を暴け('22)  使命感という闘いの心理学  マリア・シュラーダー