LOVE LIFE('22)   幻想崩壊から踏み出す一歩

 

1  「〈あなたに協力してほしいことがある。あなたにしか頼めない〉」

 

 

 

深田ワールド全開の秀作。

 

だから、全編にわたって心理学の世界が広がり、いつものように手強い作品になっていた。

 

―― 以下、梗概。

 

団地に住む大沢二郎は、妻・妙子、そして妙子の連れ子で、もうすぐ7歳になる敬太と3人暮らし。

 

二郎は市役所の福祉課の主任をしており、妙子は役所に隣接する市民生活センターに勤務している。

 

この日は、敬太のオセロ大会の優勝祝いで、向かいのA棟に住む二郎の両親を招いてパーティーを開くことになっていた。

 

同時に、二郎は福祉課の部長だった父・誠の65歳の誕生日祝いを密かに計画し、同僚たちを集めてリハーサルを行なっている。

 

そこに風船を持って遅れて来た山崎という女性を見て、二郎は困惑の表情を浮かべる。

 

実は、山崎は二郎の元の恋人で、結婚直前に二郎が妙子と浮気をして破局したという経緯があり、それを知らずに後輩が呼んでしまったのだった。

 

しかし、山崎は途中で参加することが辛くなり、この計画から降りてしまった。

 

妙子はそんな事情は知らないが、両親は元々妙子との結婚に反対していて、特に義父の誠は未だに許しておらず、義母・明恵とやって来て一緒に敬太のお祝いをするものの、それが済むとすぐ帰ると言い出す始末。

 

妙子はコーヒーを淹れているからと引き止め、明恵も誠を椅子に座るよう促し、誠も好きな釣りを二郎も始めたという話題を振る。

 

明恵は誠が高い釣竿を買って来て困ると言い、妙子もそれに同調すると、二郎は高い釣竿を中古で買っていると弁明する。

 

ここで、誠が抑えていた不満をぶちまけるのだ。

 

「中古でも、いいものとダメなものがあるんじゃないかな」

 

キッチンでコーヒーを用意していた手が止まり、「どういう意味ですか?」と妙子が問い質す。

 

「母さんは優しいから言わないけど、どれだけお前たちのために我慢してるか、分かってんのか!?」

「親父、やめろよ」

「中古って誰のことですか?」

「ここの家だって、そういうつもりで譲ったんじゃない。ほんとはもっと田舎に引っ越したかったのに、我慢して近くに住んでたんじゃないか。子育てを手伝えるように。それなのに、なんだこのザマは。話が違うじゃないか!」

 

明恵が仲裁に入る。

 

「お父さん、失礼でしょ!ほら、妙子さんに謝って」

 

黙って帰ろうとする誠の前に、明恵が立ちはだかる。

 

「いえ、あの…でも、取り消して欲しいです。中古と言ったこと」

「すまん。言い過ぎた」

「いえ、ありがとうございます」

 

小声で感謝を口にした妙子に、明恵は一言。

 

「次は、ほんとの孫も抱かせてね」

 

呆然とする妙子。

 

遅れていた同僚たちが眼下の広場に到着し、明恵がベランダへ誠を誘導する。

 

二郎が掛け声をかけると、誠の誕生日を祝うプラカードを掲げ、「大沢部長 誕生日おめでとうございまーす!」と声を揃えて祝福し、風船を空に放つ。

 

妙子は花束を誠に贈り、お祝いの言葉を伝えた。

 

その後、二郎の同僚たちも部屋に来て、カラオケパーティーで敬太が歌い、誠も歌って盛り上がるが、妙子はシラケた様子。

 

あってはならない事故が、この直後に起こった。

 

はしゃぐ敬太は飛行機の模型を持って部屋を走り回り、浴室で浴槽に上がって足を滑らせ頭を打ち、そのまま落ちて溺死してしまうのだ。

 

敬太がいないことに気づいた妙子が浴槽の中の敬太を見つけ、叫び声をあげる。

 

病院の一室で、刑事の事情聴取を受ける妙子。

 

そこから、敬太が前夫との子供で、二郎は戸籍上の父ではないことが判明する。

 

敬太の父は幼い頃に家出して、皆目見当つかない。

 

今度は二郎の事情聴取。

 

「敬太は妙子の連れ子です」

 

しかし、妙子とは入籍しているが、敬太は父の反対で養子にしていない。

 

取り調べが終わり、待っていた明恵は、敬太を家に連れて帰ることを拒絶する。

 

「それって斎場じゃダメなの?安置書もあるんでしょ?ご近所のこともあるし…」

「母さん、いいだろ」と誠。

「あそこは思い出の部屋なのよ。私たちの。そこに…」

「しょうがないだろ。あそこは敬太の家でもあるんだから、帰してあげよう」

 

取り乱す明恵を諭す誠。

 

敬太の小さな祭壇の前で横になって眠る妙子。

 

その様子を見守る二郎は葬儀社から求められて、敬太の写真をパソコンで探している。

 

敬太が頭の横を走る回る夢で起きた妙子は、二郎に訴える。

 

「ねえ、やっぱり、どう考えても敬太を殺したのは私だと思う。私、二郎さんにもよく言われてたのに、あの日も、お風呂の水、抜き忘れてた。水さえ抜いてれば、あの子はたぶん助かった」

「妙子!君は悪くないよ」

 

妙子も自分のパソコンから敬太の写真を探し始めた。

 

二郎が風呂に入りたいと言い、実家の風呂を借りる二人。

 

風呂から上がった妙子に、明恵がお茶を差し出す。

 

そこで、明恵が今朝のことを謝罪した後、「自分を責めないでね」と言って慰める。

 

ラジオから90年代の名曲『LOVE LIFE』が流れてくる。

 

“ ♪どんなに離れていても 愛することはできる 心の中広げる やわらかな日々 すべて良いものだけ 与えられるように LOVE LIFE ♪ ”

 

葬儀の日、次々に敬太の学校の同級生と親たちが弔問する中、突然、ずぶ濡れの男が来て、棺の前で敬太を凝視する。

 

その男こそ敬太の父親で、二郎が訊ねるが反応はなく、妙子を見つけて近づくと、思い切り頬を叩いた。

 

床に崩れ落ちて放心する妙子。

 

二郎に止められた男は、今度は自分の頬を叩き続け、妙子は大声で泣き叫ぶ。

 

職員に事務所へ行くように言われるが、男は走り去って行った。

 

妙子は市民生活支援センターに出勤し、同僚の洋子が担当する地区のホームレスに食事を配る作業へついて行く。

 

敬太の父・パク・シンジを探すためである。

 

公園のベンチで座るパクを見つけた妙子は、聴覚障害者のパクと韓国手話で語り合う。

 

「〈ごめん〉」とパク。

「〈どっち?家出のこと?叩いたこと?〉」

「〈両方〉」

「〈痛かった…痛かった!全部!〉」

 

妙子はパクに近づき、昨年パクの家族から届いたパスポートと手紙を渡す。

 

「〈私、再婚した〉」

「〈おめでとう〉」

「〈なんで逃げたの?理由を教えて〉」

「〈うまく伝えられない〉」

「〈私、あなたのことは許せない〉」

「〈分かってる〉」

「〈とにかく、手紙は渡したから、本当にさようなら〉」

 

翌日、二郎と妙子は実家の風呂に入り行くと、明恵が引っ越すことになったと話す。

 

妙子の生活相談センターに市役所の職員が手話の応援を求めてきた。

 

パクが生活保護の申請に来たのだ。

 

妙子が通訳することになり、パクは父親が韓国人、母親が日本人であることを担当者に伝える。

 

その様子を二郎が目撃する。

 

家に帰り、パクのことを妙子に聞くと、妙子は「知らない。私、担当しないし」と素っ気なく返答する。

 

布団に入ってからも、二郎はパクについて妙子に訊ねる。

 

「担当しないの?手話のこともあるし、本当は担当したいんじゃないの?」

「だって…」

「僕のこと、気遣ってんのかなと思って。でも、現実的に無理なんじゃないかな。他の人がやるのは。ほんとに助けたいなら、君が担当すべきだと思う。最善を尽くしてほしいしね。福祉課主任としては」

「夫としては?」

「知らない所で会われるよりいいよ」

 

結局、妙子はパクの担当者となり、仕事の斡旋について二人が手話で会話する姿を見ているだけの二郎。

 

まもなく、古物市場での仕事を始めたパクを妙子が見守り、手話で援助する。

 

妙子が帰って来ると、二郎が風呂に入る準備をしていた。

 

「なんで?」と訊く妙子に、二郎は「どこかで区切りつけないと」と答える。

 

妙子は、引っ越しの段ボールが積まれた義父母の家で風呂を借りる。

 

二郎が子供の頃のアルバムを誠と見ながら、笑みを浮かべる妙子。

 

「売れるまでは水と電気は残しとくから、風呂はいつでも使っていいよ」

「ありがとうございます」

 

ベランダでタバコを吸っている明恵から、独身の頃に吸っていたという妙子がタバコを受け取り、並んで吸いながら会話する二人。

 

敬太が死んで、最近入信した明恵は、妙子に「なにか変わりましたか」と訊かれ、「まだよく分からないの」と答える。

 

「でもね、自分が死ぬまでに間に合えばいいなって思ったの」

「“間に合う?”信じてれば、敬太も守ってもらえたんですか?」

「違うの。守るって死なないってことじゃないの。私はただね。一人で死ぬのが怖いの」

「お義父さんも二郎さんも居るじゃないですか」

「居たって一人よ。皆一緒に死ねるわけじゃないんだから」  

 

引っ越しの日、二郎が両親を乗せ運転する車を見送る妙子。

 

夕ご飯を食べている妙子は、怖々(こわごわ)と浴室に近づき、灯を付け、禁断の浴槽に入っていく。

 

荒い息をする妙子は嘔吐してしまうのだ。

 

地震速報の警報が鳴ったのは、吐瀉物(としゃぶつ)をシャワーで流している時だった。

 

和室に置いてある敬太と対戦途中だったオセロ盤を持ち上げ、物が落ちてもそれだけを壊れないように守る妙子。

 

この地震が、妙子を変えていく大きな契機になっていく。

 

揺れが収まり、心配する二郎から電話がかかってきた。

 

その二郎は今、別れた山崎を車の助手席に乗せている。

 

両親の引っ越し先が体調を崩して山崎がいる実家の近くなので、彼女を呼び出したのである。

 

帰ろうとする二郎を、山崎がもう一度会おうと誘った。

 

一方、妙子は公園のパクに会い、空き家になっている義父母の家に案内し、住居を提供するに至る。

 

翌日、妙子はパクを迎えに行き、自宅に連れて行く。

 

パクはそこが妙子の家だと分かると、出て行こうとするが、妙子は引き止める。

 

パクは敬太の仏壇を見つけると、正座して合掌し、頭を畳みにつけ、立ち上がって合掌する。

 

その後ろ姿を見つめる妙子。

 

テーブルの上のオセロ盤を見て、妙子は最後に敬太と自分がやっていたと説明する。

 

パクはオセロのおかげで敬太の訃報を知ったと、敬太の写真入りの新聞記事の切り抜きを見せた。

 

「〈あなたに協力してほしいことがある。あなたにしか頼めない〉」

 

これが、パクを自宅に呼んだ理由だった。

 

人生論的映画評論・続: LOVE LIFE('22)   幻想崩壊から踏み出す一歩  深田晃司