夜明けまでバス停で('22)   「道徳的正しさ」で闘った女の一気の変容

 

1  「やめて下さい。仕方ないんです。こういうことは誰のせいでもないので」

 

 

 

アクセサリー作家の北林三知子(以下、三知子)は、昼は喫茶店の一角で自作作品を販売し、教室を開いたりしながら、夜は居酒屋でバイトをしている。

 

若い女性店長の寺島千春(以下、千春)が差配する客で賑わう居酒屋で、三知子は忙しくフロアを動き回り、客の残した料理を洗い場に運び、フィリピン女性のマリアにこっそりと渡す。

 

その直後にマネージャーの大河原聡(以下、大河原)が来て、マリアに嫌味たらしく警告する。

 

「くどいようだけど、残飯はゴミと混ぜて、野良犬が食べないようにして捨てて下さいねぇ」

 

そう言いながら、大河原は残飯をゴミ箱に捨て、ビールを振りかけて見せる。

 

出て行った大河原の背中に向かって、「<野良犬って私への当てつけかよ!今時、この街に野良犬なんかいるか。ムカつくんだよ。苦労知らずのボンボンが!>」とフィリピン語で怒りをぶつけるマリア。

 

仕事が終わり、三知子は同じ社宅アパートに住む同僚と飲みに行って帰宅すると、実家の兄から電話が入る。

 

兄に母親が施設に入るので費用の一部を出すように言われ、実家と疎遠で、母親とそりが合わなかった三知子は、自身も生活が苦しい中、渋々20万円を振り込む。

 

三知子は、別れた夫が三知子のカードで使い込んだ借金を、自分が選んだ夫がやったことであり、自分の名義のカードだからと払い続けているのだった。

 

その話を聞いた同僚の純子が、呆れて言い放つ。

 

「あんたってさ。いつも正しいよね。それって何か、時々むかつく」

 

いつものように、マリアが三知子から受け取った残飯の袋を、大河原が取り上げてゴミ箱に捨ててしまう。

 

「うち、食べ盛りの孫がいるんです」

「知らねぇよ。だいたいさ、孫にそんな飯食わして恥ずかしいとか思わないの?そういうの日本語で何て言うか知ってる?虐待だよ、虐待」

 

大河原に共犯扱いされた三知子は、店が終わってからマリアを慰め、話を聞く。

 

「日本に来て、もう35年だよ。ジャパゆきさん、聞いたことある?みんな日本に来れば、幸せになれると思ってた。日本の男と結婚すれば、フィリピンに家、建てられるって。全部ウソ」

 

マリアの夫は娘を生んでからいなくなり、今度は娘も3人の孫を残していなくなったと涙ながらに話すマリア。

 

「こんな国、来なきゃ良かったよ」

「そんなこと言わないでよ」

「孫たちは日本語しか話せない…」

 

嘆息するばかりだった。

 

【「ジャパゆきさん」とは、日本に出稼ぎに来るアジアの女性のこと】

 

如月の喫茶店でアクセサリー教室を開いている三知子の元に、店長の千春が習いに来た。

 

「その店長って言うの、やめてもらえますか」

「じゃ、何て呼んだらいいの?」と如月。

「ちーちゃんとか…」

 

三知子と如月は笑うが、「じゃ、“ちーちゃん”で」と三知子が笑顔で応える。

 

制作する石の効果を「心身の調和と…それから、チームワークと友情」と三知子は説明し、千春とお揃いのブレスレットを作った。

 

そんな中、如月が新型コロナで停泊していた大型クルーズ船(ダイヤモンド・プリンセス)から陰性の乗客500人が下船したという携帯のニュース画面を二人に見せる。

 

「ちょっと、怖くない?」

 

不安を隠せなかった。

 

【2020年2月初旬に、新型コロナウイルスに感染した乗客が、横浜から香港にかけて本クルーズに乗船していたことが発覚。横浜港で長期検疫体制に入り、その後も感染していた人数が増え続ける事態となった。この事象は、その後、数年間続く世界的なパンデミックの始まりとなった/ウィキ】

 

新型コロナの蔓延で、予約のキャンセルが相次ぎ、居酒屋の売り上げが激減したことで、従業員のシフトも半減するだけではなく、解雇候補者が検討されることになった。

 

如月の店もしばらく締めることとなり、三知子は展示販売していた作品を家に持ち帰る。

 

テレビでは、安倍首相による緊急事態宣言の発出を伝えている。

 

LINE一つで解雇通知されたマリアと純子と三知子の3人が店に行くと、中からマネージャーが出て来た。

 

マリアは大河原にゴミをぶちまけ、逃げて行く大河原に更にゴミを投げつけるのだ。

 

「あたしは、野良犬じゃないよ!人間だよ!」

 

三知子は八方塞となり、兄に電話をかけてみるが、逆に介護用品の費用が足りないので、あと5万円送って欲しいと言われ電話を切った。

 

社宅アパートを引き払うため、荷物をまとめている三知子の元に、千春が訪ねて来て自分の力不足だと謝罪する。

 

「やめて下さい。仕方ないんです。こういうことは誰のせいでもないので」

 

次の仕事のことを聞かれた三知子は、住み込みの介護施設の仕事が見つかったと千春を安心させる。

 

ところが、スーツケースを曳いて介護施設へ行ってみると、コロナで採用見送りの通知を昨夕に送ったと言われ、メールを受け取っていない三知子は食い下がるが、追い返されてしまった。

 

途方に暮れる三知子は、住み込みの条件で仕事を探し、新宿のホームレスが屯(たむろ)する公園を横切って、夜は幡ヶ谷のバス停のベンチに座って一夜を過ごす。

 

朝になり、三知子は公園の公衆トイレで顔を洗い、薬局で生理用品やスナック菓子を買う。

 

季節は夏となり、公園の水道で歯を磨き、コインランドリーで洗濯をしながらアルバイト雑誌に目を通す三知子は、相変わらずバス停のベンチで休み、すっかりホームレス生活を常態化させていた。

 

人生論的映画評論・続: 夜明けまでバス停で('22)   「道徳的正しさ」で闘った女の一気の変容  高橋伴明