「全世界に同情されながら滅亡するよりも、全世界を敵に回して戦ってでも生き残る」 ―― 「イスラエル」とは何か

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世界各国のインテリジェンス機関の中で、イスラエル諜報特務庁(モサド)の強靭さは、世界最強の諜報機関としての使命感に支えられている。
 
「私の部下たちがやっている仕事と比べると、007なんて幼稚園児の遊びのようなものだ」
 
1947年に、国連が採択した181決議・「パレスチナ分割決議」によって建国された、イスラエルの初代首相・ダヴィド・ベン=グリオン首相の下で、首相直属で、モサドの2代目長官・イサー・ハレル淡然と言い放った
 
命を懸けたミッションであるインテリジェンス機関の任務の苛酷さは、「拷問訓練」を受け、耐える者のみが知っている
 
「スパイごっこ」ではないのだ。
 
イスラエルが生き延びるためなら、いつ、死んでもいい」
 
愛国心」は観念の世界の言辞ではないから、そこに「美学」など、寸分もない。
 
だから、「全世界を敵に回して戦ってでも生き残る」という国是が、壮絶なリアリティを有するのである。
 
 
 
観念系の記号性を払拭した典型例が、1972年9月5日に起こった「ミュンヘンオリンピック事件」だった。
 
PFLP旅客機同時ハイジャック事件」(1970年9月)で突沸(とっぷつ)した、ヨルダン政府とPLO(パレスチナ解放機構)との内戦・「ヨルダン内戦」(1970年)など、数々のテロ事件を引き起こしたパレスチナの過激派組織・「黒い九月」(ブラック・セプテンバー)によって、オリンピック開催の只中に、11名のイスラエルのアスリートらが殺害された事件 ―― それが「ミュンヘンオリンピック事件」である。
 
【因みに、PFLPとPLO(パレスチナ解放機構)の下部組織で、のちに離脱した「パレスチナ解放人民戦線」のことで、欧米からテロ組織と認定された過激派である】
 
自動小銃・AK-47を持ち、選手村の敷地のフェンスを乗り越え侵入した、「黒い九月」の8名のメンバーは、イスラエル選手団のコーチと一人の選手を殺害した後、9人を人質にして犯行声明を提示する。
 
犯行声明は、イスラエル収監中のパレスチナ人の全員解放。
 
因みに、収監中の「戦士」には、26人が犠牲になった「テルアビブ空港乱射事件」の実行犯・岡本公三(2001年に壊滅した、新左翼党派の過激派・日本赤軍メンバー)が含まれていたので、日本のメディア連日のように報道する
 
【その後、岡本公三イスラエル終身刑で服役するが、PFLPからの分離組織と捕虜交換によって釈放され、レバノン政治亡命し、2017年4月下旬段階で存命(ぞんめい)】
 
残念ながら、「ミュンヘンオリンピック事件」の収束点の不始末が、被害の拡大を防ぐことに頓挫(とんざ)する。
 
「黒い九月」の人質なり、翻弄された挙句、人質救出作戦の失敗によって、殺害された11名のイスラエルのアスリートの無念の死を鑑(かんが)みれば、1990年の「東西ドイツの統一」以前の西ドイツが、世界に冠(かん)たる対テロ作戦部隊・「GSG-9」を立ち上げたのが遅かったのが、今でも悔(く)やまれる。
 
と言うより、「GSG-9」(現在、「連邦警察GSG-9」)は、事件への対処に頓挫したことを契機に創設されたという経緯を持つ。
 
震撼すべき大事件が出来(しゅったい)して初めて動く人間の性(さが)は、相対的な「平和」に馴致(じゅんち)てしまうと、いつでも変わらないのだろう。
 
しかし、確信犯的テロリスト組織・「黒い九月」を逃がしてしまった屈辱を晴らさねばならない。
 
自由主義陣営の西側諸国での相対的な「平和」に馴致(じゅんち)せず、四六時中、大事件の出来(しゅったい)を想定して、「拷問の訓練」を続けているインテリジェンス機関がある。
 
モサドである。
 
かくて、「神の怒り作戦」というコードネームがつけられた、「黒い九月」に対するイスラエルによる報復作戦が開かれる。
 
時の政権は、アラブ諸国との融和を模索する「リベラルなシオニスト」で、イスラエル労働党3代党首、且つ、第5代首相・ゴルダ・メイア
 
イスラエルの鉄の女」と称される、ゴルダ・メイアは甘くない。
 
PLOの複数の基地の空爆に次いで、「黒い九月」のメンバーを特定し、全員の暗殺を指令する
 
当然ながら、暗殺者の主体モサド
 
各国に逃亡している「黒い九月」のテロリストをモサドは次々と殺害していく。
 
モサド工作員を殺害する「黒い九月」の反撃を押しのけ、敵の中枢に入り込み、軍事作戦を展開する剛健・屈強なモサド
 
一般市民への誤殺もあり、世間の耳目を集めることになったが、それでも止めない強硬な軍事作戦。
 
イスラエルとは、そういう国なのだ。
 
やられたらやり返す。
 
やられなくとも、怖れを察知したら、必ずやる。
 
有無を言わさないのである。
 
スピルバーグ監督の「ミュンヘン」でも描かれていた、「ミュンヘンオリンピック事件」の中心人物のパレスチナ人・アリ・ハッサン・サラメこそ、暗殺の重要な標的だった。
 
そのサラメが、現在、80万人が居住し、カトリックギリシャ正教・ローマ=カトリック教会の一派のマロン派・イスラム教徒2派・アルメニア正教など、多くの宗教諸派が集合するレバノンの首都・ベイルートに潜伏していると突き止めるや、モサドは暗殺部隊に随行した一人の諜報員を差し向けた。
 
エリカ・チャンバース。
 
英国籍の、モサドの伝説的な女性諜報員である。
 
慈善活動家を偽装し、ベイルートに入り込んだエリカは、サラメが乗る車を爆破し、殺害に成就する。
 
その後、「黒い九月」を含む、パレスチナ武装組織のテロリストの多く(20名程度)を殺害したモサドの任務が達成され、「神の怒り作戦」が終焉する
 
ユダヤ人の自警組織をベースに、イスラエル国防軍の基礎となった「ハガナー」の実力者で、愛国心旺盛な熱血漢 ―― 「ミスター・モサド」と呼ばれたイサー・ハレルが心血を注いで育てたモサドは、その後も、逃亡したナチス幹部を捕捉し、「裁判か、殺害か」という秘密作戦を実行していく。
 
中でも、元ナチの秘密逃亡援助組織・「オデッサ」の協力を得て、当時、逃亡先として利用されたアルゼンチンに潜伏していたアイヒマンを拘束し、イスラエルに連行した事件は、度々、映画化されるほど人口に膾炙(かいしゃ)されている。
 
1960年のことである。
 
 
モサドにとって、自らが置かれた状況下で惹起する、如何なる事態に対するセットアップが義務づけられていると言っていい。
 
それ故に、モサドという特別な組織の一員になるには、時には、何年もの時間を要して、対象人物の徹底的な適性検査が行われる。
 
知性・品性・判断・表現力・身体・精神力・耐性力・感性力・客観的思考力・社交性・観念系など、一切の人間的能力が問われるのだ。
 
「拷問訓練」を耐える者のみが知る、インテリジェンス機関の任務の苛酷さ。
 
これが「モサド」である。
 
一切の人間的能力が問われる「モサド」のリアリズムの凄みは、同様に、政府直轄の国家機密機関の秘密工作員として徹底的に鍛えられた映画・「ニキータ」と比較すれば、容易に納得できるだろう。
 
ニキータ場合、3人の警官を射殺した重罪によって無期懲役刑を言い渡されるが、その「凶暴性」の故に、秘密工作員としての能力が評価されて、「本物の工作員」に化けていく物語的な虚構性が、「007」の虚構性と同質である甘さを露呈させていた。
 
それは、本稿冒頭での、「イスラエル」という国民国家凄みに収斂されるモサドのリアリズムについて、淡然と言い放ったイサー・ハレルの指摘を検証するものだった。
 
モサド」こそ、「負けたら全て失う国民国家」の最初で最強、且つ、最後の砦なのだ
 


 時代の風景「 『全世界に同情されながら滅亡するよりも、全世界を敵に回して戦ってでも生き残る』 ―― 『イスラエル』とは何か」よりhttps://zilgg.blogspot.com/2018/12/blog-post.html