1 暴力・復讐・悲嘆・許し・親愛・友情・
理想・喪失 ―― 二つの家族が交差し、負ったものの重さ
デンマークの海沿いの町に住むエリアス少年。
そのエリアス少年は、地域医療に従事する内科医の母・マリアンと、年の離れた弟・モーテンと暮らしているが、アフリカで、「国境なき医師団」を彷彿とさせ、難民キャンプに避難している人々の治療に奔走する外科医の父・アントンがいる。
尊敬する父・アントンのキャンプには、胎児の性別を当てる賭けのために、妊婦の腹を切り裂き、それをゲームとして愉悦する、「ビッグマン」と呼ばれる悪逆非道の男がいて、連日のように、アントンは「ビッグマン」の犠牲者たちの手当てに追われていた。
その父・アントンが、久しぶりに母国の地に帰って来る。
「完全無欠」の人格者と信じて止まない、父との再会に胸躍らすエリアスは、「ネズミ顔」と呼ばれるいじめられっ子であるが、英国からの転校生・クリスチャンの出現によって、周囲の人間関係に変化が生まれる。
「自慢の息子だ。ママもそう思うよ」
「もういいよ、パパ」
「もっと話をしよう」
「僕なら大丈夫」
母の葬儀で、アンデルセンの童話の一節(「夜鳴きうぐいす」)を朗読する、気丈なクリスチャンと、彼の父・クラウスの短い会話である。
一方、自転車のタイヤの空気を抜かれるいじめの横行で、学校から転校を求められ、それに強く反発するエリアスの母・マリアンは、いじめのリーダーがソフスである事実を告発するが、「両親とも別居していて、うまくいっていないようだし」と言われ、激昂するばかりだった。
妻を諫(いさ)めるのは、温厚な性格のアントン。
その日もまた、「スエーデン人」とバカにされていたエリアスを遠目に見て、やり場のないクリスチャンの悲哀が、思春期前期の攻撃性を推進力にして、特定他者に向かって一気に亢進し、尖り切った行動に変換するのは必至だった。
それが、エリアスのクラスの不良グループのリーダー・ソフスに対し、ナイフを手に持ち、激しい暴行を加え、大怪我を負わせる事態を惹起する。
この一件は警官が介入する事件にまで進展し、二人の親を巻き込むが、肝心のクリスチャンだけは、「やり返さなかったら、皆に殴られる」と父に反発する。
「戦争はそうやって始まる」とクラウス。
「最初が大切なんだ。パパには分らない。どの学校も同じさ。これでバカにされない」とクリスチャン。
その是非の問題をスルーすれば、クリスチャンの物言いは的を射ていた。
そのクリスチャンと違って、アントンを「理想の父親像」と慕うエリアスの強い思いが、夫婦関係がうまくいかない両親との距離感を歪めさせていた。
「私たちは自慢の夫婦だと信じてた。簡単に離婚する夫婦とは違うという自信があった。愛し合っていると」
「今もそうだよ」
その両親の、携帯での会話の断片である。
浮気したことで謝罪するアントンと、それを受け入れ切れないマリアンとの落差は、容易に埋められないようだった。
エリアスの弟・モーテンがブランコの取り合いで、他の子供と争いとなっている現場に立ち会ったアントンが、相手の子供の親・ラース(車の修理工場の経営者)から、一方的に平手打ちに遭うというトラブルが起こったのは、この直後だった。
相手の親に無抵抗だったアントンに、不満を持つクリスチャンとエリアス、モーテン。
「怖いの?」
「そうじゃない。やたらに人を殴るなんてよくない。それでは世界はおかしくなる。奴はバカだ。殴り返せば、私もバカだ。刑務所行きで父親は不在。奴の勝ちだ」
父と長男の会話である。
その後、クリスチャンとエリアスを随行させ、「奴はバカ」と言い切ったラースの車の修理工場を訪ねるアントン。
「殴った理由を知りたい」とアントン。
「俺の子に触るから。スウェーデンへ帰れ。お前の言葉は理解できない」とラース。
「腕力に自信があるから、私を殴った」
「そうだ」
「君みたいな愚か者は、暴力で人を支配するが…」
そこまで言った瞬間に、今度は、ラースの左手がアントンの頬を強く叩いた。
「君が怖くないと、子供たちに見せたい。君は私を傷つけない」
暴力を振るわれても、アントンはラースの修理工場を訪ねた理由を話すのだ。
更に、相手の愚かさ加減を指摘するアントンに、ラースの暴力は止まらない。
「奴は殴るしか能がない。負け犬の大バカ野郎だ」
連れて来た3人の子供に、そう言い聞かせるアントン。
このエピソードの直後、アフリカに戻るアントン。
一方、アントンの説明に納得できないクリスチャンは、消極的なエリアスを無理に誘い込み、祖父が残した作業場で、花火用の火薬を使って爆弾作りにのめり込んでいく。
目的は、ラースへの仕返しである。
そんな中で、クリスチャンと付き合うようになって、エリアスに変化がみられることに不安を持った母・マリアンは、クリスチャンの父・クラウスに相談に行く。
ナイフの一件で、クラウスはクリスチャンに説諭するが、全く聞く耳を持たない息子。
「パパは大ウソつきだ!ママも分ってた」
「ママが生きてたら、すごく悲しむぞ。なぜ、こんな仕打ちを。パパが何かしたか?」
「誰とキスしてもいいけど、善悪を説教するな!ママを死なせた。パパが見放したから死んだ」
「善悪を説教するな」とまで言い切る、クレバーなクリスチャンは、自分の母に延命治療をしなかった父を非難してるのだ。
そんな折、アフリカの紛争地域では、由々しき事件が発生する。
相変わらず、「ビッグマン」の犠牲者たちの手当てに追われるアントンは、武装した兵を連れ、感染症で化膿している足の治療を求めにキャンプにやって来た、「ビッグマン」の治療を、周囲の反対を押し切って遂行する。
「医師として、最善を尽くすだけ」
「ここでは皆、殺される。男も女も子供も。俺がやらなくても、誰かが殺す」
アントンと「ビッグマン」の会話は、当然の如く、全く噛み合うことはない。
その「ビッグマン」の犠牲となった女性の死を凌辱した男に対する、アントンの理性的対応は遂に切れてしまい、治療を終えた「ビッグマン」の私兵たちをキャンプから追い出した。
丸腰になった「ビッグマン」を、彼を憎む難民たちの怒りが炸裂し、なぶり殺しにしてしまうのだ。
それを目視するアントンの心は、自分が犯した矛盾に煩悶するばかりだった。
かくて、遂行される爆弾事件。
しかし、路上駐車していたラースの車に爆弾を仕掛け、導火線に点火して走り去るが、折り悪く、爆発の直前に、ジョギング中の母子が車に近づいて来ることに気づいたエリアスは、咄嗟に飛び出し、その母子を救おうとしたが、思わぬ悲劇が出来する。
爆風を直撃したエリアスが被弾してしまうのである。
あってはならない事故を目の当たりにしたクリスチャンは、狂ったように叫び続ける。
同様に、マリアンが受けた衝撃は甚大で、大怪我を負ったエリアスの面会に来たクリスチャンを、「息子を殺した。甘やかされた問題児が。他人の命まで支配できると思って!出てって!」と叫び、追い返してしまう。
幸いにして命の別条はなく、後遺症もないことを担当医から知らされ、安堵するマリアン。
急遽(きゅうきょ)、アフリカから戻って来たアントンも、言葉を発することができたエリアスを見て、様々な思いを巡らせていた。
人生論的映画評論・続/未来を生きる君たちへ(’10) スサンネ・ビア<「やられたら、やり返す」 ―― それは、人類が本能的に獲得してきた「生き延び戦略」の結果である> )より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2016/08/10.html