1 極限状態に陥り、追い詰められた男たち
2011.3.11 PM2:46
雪が風に舞う中、緊急事態速報と同時に、激しい揺れが東電(東都電力)福島第一原子力発電所を襲う。
1・2号機 サービス建屋2階。
【サービス建屋とは、放射線管理区域への出入りの管理施設。建屋とは、核燃料を配置した装置=原子炉などを収納する建物】
中央制御室(中操。原発の運転制御の重要施設)では、当直長の伊崎利夫(以下、伊崎)が体を大きく揺さぶられながら、数値の異常の確認作業を指揮していた。
震度6.9の揺れを観測し、福島第一発電所・所長の吉田昌郎(以下、吉田)は、免震棟(免震重要棟。緊急時対応の拠点)に設置された緊急時対策室にて、所員全員に声をかけた。
「いいか、こういう状況だ。焦んな。しっかり一つ一つ、確認するんだ。慌てるな」
吉田は中操の伊崎に電話して現況を確認し、大津波警報が出ていることを告げる。
3.11 PM3:40
巨大津波が福島第一原子力発電所を襲い、非常用電源も失われ、全電源を喪失したステーション・ブラック・アウト(SBO)と化していく。
原子力災害対策特別措置法・第10条を宣言し、直ちに本店に報告をする。
東電本店では、早速、緊急時対策本部が設置された。
電源喪失の原因が、津波の浸水であると分かった伊崎は、中で起こっている事態の確認に行くことを所員に指示した。
現場に行く際は二人ペアで行動し、1時間経っても戻らないときは、救出に行くことをルールとした。
このまま電源喪失され続けばメルトダウン(炉心溶融)し、放射能を撒き散らしてしまうのだ。
かくて、原子炉に水を入れ冷却するための方策を検討するに至る。
吉田は、直ちに消防車の手配を指示する。
しかし、2台は津波に破壊され、残る1台は瓦礫(がれき)で移動させるのが難しいことを知らされる。
「難しくても、やれ!…本店を通じで、自衛隊に消防車を頼んでもらえ」
吉田の檄(げき)が飛んだ。
3.11 PM4:36
首相官邸 危機管理センター。
原子炉が冷却できない状態になっている報告を受け、首相は具体的な対策を要求して怒り捲(まく)っている。
米国大使館。
巨大地震が発生し、福島第一原発が危険な状態であることをホワイトハウスに報告する。
「日本政府はこの状況に対応できていません」
3.11 PM5:19
大森(当直長)と加納(当直副長)は、1号機の原子炉建屋に入り、手動で冷却水のバルブを開けることに成功する。
3.11 PM7:45
首相官邸 記者会見場。
福島第一原発災害の防止を図る応急の対策を実施するため、原子力緊急事態宣言が発令された。
3.11 PM8:50
半径2キロ圏内の住民に避難指示が出される。
吉田は、東電本店の小野寺(緊急時対策室総務班)にヨウ素剤(放射線被爆を低減させる安定ヨウ素剤のこと)を飲む件で問い合わせる。
「線量がどんどん上がってんだよ!これ以上、線量が上がったら、建屋に近づけなくなる。現場の人間、体張ってんだよ。はっきりしてくれよ!」
「少し、時間を下さい。安全委員会に問い合わせてみます」
「そんなことも決められねぇのか、本店は!」
一部電源が繋がり、計測計で確認すると、圧力が1・5倍に上がっているので、圧力を降下させるために、ベント(水蒸気や放射性物質を外部に放出すること)が必要だと伊崎は判断する。
発電班長の野尻が1号核納機の圧力が600キロパスカルに上昇していることを報告すると、免震棟の作業員たちに衝撃が走った。
吉田はベントを指示した後、伊崎に電話する。
「炉心はいつまで持つ?」
「明け方まで持ってくれりゃぁ」
3.12 AM0:52
官邸はベントの報告を受け、原子力安全委員会委員長・小市が首相らに説明する。
「何しろ、ベントはまだ世界でどこもやったことがありませんから。しかし、電源が失われているので、人の手でやるしかありません。放射能汚染の只中にある原子炉建屋内に突入するしか…」
東電フェローの竹丸が吉田に電話を入れる。
「そんなに簡単に言わんで下さい。電源がない中で、ベントやることがどれだけ危険なことか、分かってるでしょ」
「分かってるよ。だけど、やるしきゃないだろ。総理にやるって言っちゃったんだよ」
「もちろん、ベントはこっちが責任もってやりますよ。そのつもりで動いてます。ただ、現場の人間を無視して勝手なことは、言わんで下さい!方法とタイミングはこっちが決めます!」
怒りを露わにする吉田。
そして、伊崎にベントの実施を依頼する。
「ベントに行くメンバー、決めてくれ」
ベントの実施を開始する伊崎は、作業員たちに向かって、原子炉建屋に向かうメンバーを募る。
反応がないのを見て、伊崎は自ら手を上げ、呼び掛ける。
「誰か、一緒に行ってくれる奴はいないか」
「現場は俺が行く。伊崎はここに残れ」
管理グループ当直長の大森がこう言うや、次々に手が上がる。
「ありがとう。だけど、若い者はダメだ。ベテランの中から選ばしてくれ。3組6名だ」
3.12 AM3:06
官邸の記者会見で、ベントが始まることが発表され、竹丸が記者の質問に答える。
3.12 AM5:44
富岡町では、半径10キロ圏内の住民の避難が始まった。
3.12 AM5:50
いよいよベントが開始されるということになって、吉田に小野寺から総理が福島第一原発に行くという連絡が入る。
「勘弁してくれないかな。現場にそんな余裕ありませんよ」
「すみません。決定事項ですから。何とかお願いします」
吉田はマスクをそちらで用意するように依頼するが、本店はそれを受け入れないことに激怒する。
「現場でやって下さいよ」
「ふざけんな!俺たちに死ねっていうのか!こっちはそれどころじゃないんだ!」
これで、総理の視察が終わるまで、ベントは先延ばしされることになった。
3.12 AM6:00
総理が来ることになり、陸上自衛隊の消防車が来ても、作業が足止めされ、一刻を争うベントの開始を遅らせることになった。
3.12 AM7:11
レクチャーを受けながらヘリコプターでやって来た総理は、到着するなり、「何で俺がここに来たと思ってるんだ!」と、総務班職員の浅野に怒鳴り飛ばす。
吉田が状況を説明する。
「とにかく、早くベントをしてくれ」と総理。
「もちろんです。決死隊を作ってやっておりますから」と吉田。
「日本政府から、日本の危機は、まず日本人で立ち向かうと返答があり、米軍による冷却材輸送は実施しない」
「しかし日本政府だけで、この危機を乗り越えることが出来るでしょうか?」
3.12 AM9:04
圏内の住民全員の避難が確認され、ベント作業が始まった。
まず、第一陣の大森と井川の2人が防護服を着用し、20分しか持たない酸素ボンベを背負って現場に向かう。
20分を要して、MO弁(電動駆動弁)を手動で開けるのに成功し、注水を可能にさせた。
戻って来た2人は、僅かの間に、25ミリシーベルト(大森)と20ミリシーベルト(井川)を被曝していた。
【4000ミリシーベルトを浴びると、半数が骨髄障害で死亡する。一般公衆の線量限度が年間1ミリシーベルト以下になるように定められている】
第二陣の工藤と矢野は、より線量の高いAO弁(空気駆動弁)を開けるために、原子炉建屋・地下1階トーラス室(圧力抑制室を収納する部屋)に向かった。
結局、高温とあまりの線量の高さで作業は不可能となり、撤退するしかなかった。
戻って来た二人の線量は、89と95ミリシーベルト。
労(ねぎら)いの言葉に、謝るばかりの二人。
その報告を受けた吉田は、別の方法を検討する。
中操に、福島第一原発5・6号機当直長・前田が応援に駆け付けた。
「1号機で10年やってましたから、AO弁がどこにあり、どのバルブを開けばいいか、全部頭に入ってます」
「ダメだ。いくら線量があんのか分かってんのか。俺より若いもんに行かせるわけにいかねぇ」
第2班当直長の平山は、その申し出を受け入れようとしなかったが、本人の強い意志と、高校の先輩である伊崎の後押しで前田が行くことに決まった。
3.12 PM2:30
スタック(排気塔)から煙が出ていると、伊崎に電話が入った。
「あいつら、止めろ!」
伊崎は前田と内藤を止めに行かせる。
それがベントの煙であると、吉田から知らされる。
「コンプレッサー(圧力をかけて気体を圧縮する装置)使って、外からAO弁を開けたんだ。ベント成功だ」と吉田。
「だったら、先に言えよ!」と伊崎。
そんな現場の混乱の中、何もできない状況で中操内に待機していても仕方がないという、メンテンナンス担当の若手作業員の声が上がる。
「お前、それでもプラントエンジニアか!」
「線量が上がって、危険な状態なんです」
「俺たちが逃げたら、誰がこの原子炉守るんだよ」
「こんなとこにいたら、無駄死なんですよ!」
作業員たちの間で、揉(も)み合いが起きるのだ。
この混乱の中で、伊崎が強く口調で説得する。
「俺たちがここを退避すれば、この発電所一帯を放棄することになるんだぞ!今、避難をしている人たちは、ここにいる俺たちに何とかして欲しいという思いを込めて、自分たちの家に背中を向けたんじゃないのか。俺は、ここで生まれてここで育った。何が何でもここを守りたいんだ。皆の家族だっているだろ…最後に何とかしなきゃいけないのは、現場にいる俺たちだ。故郷を守るのは、俺たちの手にかかってるんだよ。だから、俺はここを出るわけにはいかない」
思いの籠った男の言葉で、その場は収束する。
3.12 PM3:36
一号機が爆発した。
水素爆発である。
【この水素爆発は、核燃料と水蒸気の化学反応によって発生した水素が、建屋内の気体の酸素と反応したことで爆発】
繋がったばかりの電源ケーブルが破損し、一からやり直しとなった。
爆発の映像と共に、世界中に衝撃が駆け巡る。
その様子をテレビで見ていた避難民の間に、衝撃と憤りの声が巻き起こった。
その避難所には、伊崎(妻・智子、娘・遥香)と前田の家族(妻・かな)もいた。
連絡が取れない父を案じる娘の遥香(はるか)。
中操では、若者の作業員を退避させ、腹を括った前田は、残った防護服姿の仲間の写真を撮る。
3・12 PM6:25
半径20キロ圏内の住民に避難指示が出された。
横田基地では、福島第一原発の放射能漏洩による、在日米軍と家族の避難について議論されていた。
3・12 PM7:25
吉田に竹丸から電話が入る。
既に行っている海水注入を止めろと言うのだ。
政府からの指摘で、不純物が入り込んで再臨界するというのである。
吉田は海水注入の中止を現場に命じるが、密かに注入を続けていく。
3.13 PM4:02
3号機の放射線の線量が上昇してきたので、吉田は伊崎ら現場作業員を免震棟まで退避させるに至る。
以降、中操に残るのは5人交代制となった。
3.14 AM7:00
対策本部長の東電常務・小野寺から、2号機・3号機へのベント作業を急げとの指示を受けた吉田は、声高に反駁(はんばく)する。
放射線量が高すぎるが故に、爆発の危惧を払拭できないのだ。
「余計なこと言わずにやれよ!こっちが全部、責任とるから」
小野寺もまた、怒号する。
「もう一回、行ってくれるか」
吉田は、疲弊し切っている作業員たちに、再度の出立(しゅったつ)を求める外になかった。
作業員たちは快諾し、再び現場に出ることになった。
激しい爆発が起こったのは、その矢先だった。
3・14 AM11:01
3号機が爆発(水素爆発)し、大きな黒煙が上がった。
行方不明が40名と総務班の浅野が、吉田に報告する。
安定していると聞いていた作業員らが戻り、吉田に詰め寄る。
「どういうことなんですか!」
「安全だって言ったじゃないですか!」
「すまん、申し訳ない」
頭を下げる吉田の表情には、苦渋の色が滲(にじ)んでいた。
爆発によって放射線量が急速に上がったので、中操の交代は暫(しばら)く無理だと連絡する。
現場に残っている5名の中には、前田も入っていた。
しかし、吉田の制止を振り切って、伊崎たちが5名を救うために中操に向かった。
その後、浅野から行方不明者の安否が全員確認され、多数の怪我人を出したが、死者はゼロだと報告され、安堵する吉田。
3・14 PM11:46
2号機の格納容器(原子炉格納容器のこと)が、設計圧力の2倍の730キロパスカルに急上昇していることが報告される。(1号機の圧力の通常は1.2キロパスカル)
もし2号機が爆発したら、1F(福島第一原発)には誰も近づけなくなる。
そして、吉田は最悪の事態を予測してみせるのだった。
「原子力の暴走を止める術はなくなる。放射能を巻き散らし、2Fにも近づけなくなり、いずれは、崩壊だ。1F2F合わせて10基。チェルノブイリの10倍だ…首都圏を含め、東日本は壊滅」
吉田を含め、現場作業員らは心理的に追い詰められていた。
【ウクライナで起こったチェルノブイリ原発事故は、33人の死者を出した、最悪レベルのレベル7に達する原子炉の爆発・火災事故で、設計上の欠陥と操作ミスという人為ミスが原因。現在、破壊された4号炉を石棺で封じ込め(固化)、完全閉鎖されている】
人生論的映画評論・続: 最悪の事態に対してアップデートできない我が国の脆さ 映画「Fukushima 50」 ('20) が突きつけたもの 若松節朗 より