1 「体の中に人間が欲しい…子供が欲しいの。心の支えに」
「のっぽさん」と呼ばれるイーヤは、戦場で負傷して帰還し、軍病院の看護師をしている。
そのイーヤが今、PTSDの発作の耳鳴りで立ち尽くしている。
意識が現実に戻ると、「イワノヴィチ院長が呼んでる」と声をかけられた。
病室のニコライ・イワノヴィチ院長(以下、ニコライ)の元に行くと、負傷して全身が感覚麻痺のステパンの診察中だった。
「残念だ。英雄なのに」
「ダメですね」
「そのうち誰よりも元気になる」とイーヤ。
病室から出たニコライは、「ステパンは治らない」と吐露し、近親者を呼ぶように指示する。
「呼び出したのは他でもない。1名の死者が出た。その分の配給食糧をもらいなさい…坊やのためだ」
イーヤの留守中、愛児パーシュカを預かる仕立て屋の女性が明日は無理だというので、病院へ連れて行くと、入院中の兵士たちが動物の物真似をしてパーシュカを喜ばせる。
自宅でイーヤはパーシュカとじゃれ合っていると、パーシュカに覆いかぶさった状態で発作を起こしてしまう。
「ママやめて」と小さな手で押し返そうとするパーシュカの動きが止まった。
息が絶えてしまったのである。
程なく、戦地から帰還した親友のマーシャが訪ねて来たが、イーヤは戸惑う。
パーシュカに会いに来たというマーシャこそ、パーシュカを産んだ実母だった。
マーシャはたくさんのお土産やパーシュカへのおもちゃをイーヤに見せる。
「あの子は、私に似てる?ママに似てるかな。パパに似て痩せてる?」
「ママ似よ」
「まだ体は小さい?」
「普通よ」
イーヤの反応がおかしいと分かりつつ、マーシャは言葉を重ねていく。
「手紙を書かなくて、ごめん。でも食べ物は送った…パーシュカをあなたに託した。あの子の母親なのに。バカよね。“夫の敵を討つ”なんて。敵は討った…パーシュカに会う」
何も語らないイーヤに、遂にマーシャは「死んだの?」と訊ねると、「そうよ」と答えが帰ってくる。
「なんで?」
「眠ったまま…」
「それだけ?」
「責めていい、私のこと」
しかし、マーシャは踊りに行くと言って、間髪(かんはつ)を入れず、イーヤを外に連れ出した。
街路を歩いていると、車に乗った二人の男にナンパされ、最初は無視したが、ダンスホールが休業だったので、マーシャはその誘いを受け車に乗り込む。
片割れの男に散歩に誘われたイーヤは拒むが、マーシャが促し、強引に車からイーヤを追い出し、自ら軍服を脱ぎ、気の弱そうなサーシャと名乗る男を誘導し、セックスに及ぶのだ。
「ありがとう」と反応したサーシャを、イーヤが車のドアを開けて引き摺り出し、殴りかかった。
イーヤは一緒に散歩に出た男の腕も折っていて、車から出てふらついて歩き、鼻血を出すマーシャを担いで帰って行く。
翌日、公衆浴場で、イーヤは「やめればよかった」と言うや、マーシャが応える。
「体の中に人間が欲しい…子供が欲しいの。心の支えに」
そう言い切ったマーシャは、日ならず、軍病院へ行き、ニコライの面接を受ける。
「夫は亡くなって、子供はいません」
「捕虜にはならず、占領地に親戚はいないんだね。では法的には採用になるが、医療訓練を受けてないから、身分は助手だ…イーヤと知り合ったのは?」
「戦友でした。対空砲射撃手です。彼女は脳震盪(のうしんとう)の後遺症で送還。私は残って、ベルリンに行きました」
「坊やが死んだのは?」
「聞きました」
「できれば、慰めてあげてくれ」
「はい」
「子を失う悲しみは分からんだろうが」
「そうですね」
まもなく、ステパンの妻・ターニャが面会にやって来た。
戦死通知が届いたと話すターニャは、3人の子供のうち一人が亡くなったとステパンに伝える。
その時、政府の高官が視察と慰問にやって来た。
戦傷病者たちに声をかける高官はサーシャの母であり、同行して来たサーシャが一人一人にプレゼントを与える。
偶然の再会で、マーシャはサーシャと笑みを交わすが、突然、鼻血が出て眩暈(めまい)がして倒れ込んでしまった。
病院のベットに運ばれ、ニコライが下腹部の傷について訊ねる。
「爆弾の破片で」
「君の状態を見て傷の合併症化と思ったが、極度の疲労だ。元兵士の2人に1人は倒れる。よく生き延びた。安心しろ。栄養をつけて、ヘモグロビン値を上げる。できればビタミン補給も」
「妊娠してるかも」
「手術をしてるだろ?」
「どの手術?」
「君の中に命を生む器官は残ってない。そうだね?」
「奇跡は?」
「ない」
ステパンが簡易の車椅子でターニャに連れられ、院長室へ相談にやって来た。
「じきに家に帰れば、体調もよくなる」
「帰りたくない」
「ずっと入院はできないぞ」
「知ってます…解放してください…もう人間じゃない…俺は重荷になる」
「夫は疲れてる。希望がないの」
「疲れ果てました。もうイヤなんです。終わりだ。もう戦わない」
「助けてください」
「自分でやれ。窒息させろ。枕を顔に押し付ければいい。すぐに死ぬ。私は不要だ」
「苦しいのはダメ。もう、これ以上は」
「分かってほしい。娘が2人いる。親は守る側。逆ではイヤだ」
一方、養子を勧めるイーヤに、マーシャが産んでくれと頼む。
「私のために」
「できないわ」
「私のパーシュカは?」
「それは、気持ちは分かる。だけど怖い」
「私の子を死なせた。新しい子が欲しい」
この言辞を受け、イーヤの発作が始まった。
その夜、ターニャはステパンのベッドの傍らで歌を歌う。
「相変わらず歌が下手だ」
「おバカさん」
「戦争のせいだ。もう行け」
院長がステパンにと助けがいると、薬をイーヤに渡す。
「もう助けたくありません」
「なぜだ?彼は他の人と違うのか?…本人に頼まれた。これが最後だ」
ニコライ院長とイーヤとの、安楽死に関わる関係の一端が、ここで提示されたのである。
イーヤはステパンの意思を確認した後、首に注射をし、タバコをふかして開いた口の中に吹き込む。
ステパンはそのまま静かに息を引き取った。
その様子を、体調を崩してベッドの横に寝込んでいたマーシャが目撃していた。
子供を諦め切れないマーシャは出産に関する本を読み、イーヤに当局宛の手紙を書かせる。
そんな折、サーシャがプレゼントを持ってマーシャを訪ねて来たが、それを受け取るやドアを閉めてしまった。
少し間を置いて開け、次はフルーツとマッチ、塩を持って来るようにと告げると、サーシャは「了解」と喜んで引き受けるのだ。
新年のパーティーで、マーシャはニコライを誘って踊りながら、亡くなったパーシュカが自分の息子であることを告白する。
「でも大丈夫。また産むから」
「だが君は産むことはできない」
「のっぽが産む。私に償うの。父親は誰だと?」
「私は君に何の借りもない」
「そうかしら」
マーシャはイーヤに書かせた自筆の手紙を渡して、ニコライに問い質す。
「事実は合ってる。だがイーヤも一緒にやったんだ。公表すれば共犯だと話す」
結局、ニコライは断り切れず、嫌がるイーヤはマーシャに懇願してベッド一緒にいてもらい、嗚咽を漏らしながら、気の乗らないニコライとセックスに及ぶのだ。
凄い構図だった。
サーシャが再びプレゼントを持ってマーシャを訪ね、今度は部屋に入れ、二人は追い駆けっこしてじゃれ合っている。
その様子を見て、イーヤは悪阻(つわり)のように嘔吐し、サーシャが来たことを嫌悪する。
程なく、ニコライは体調不良を理由に軍病院を辞職し、新たに女性の院長が赴任した。
イーヤは生理が遅れただけで、妊娠していなかった。
仕立て屋の隣人がやって来て、マーシャにワンピースを着せ、仕立ての手伝いをしてもらう。
マーシャはその緑色のワンピースを着て狂ったように回り続け、最初はイーヤと共に笑いながら楽しそうにしていたが、やがて嗚咽し始める。
イーヤがマーシャの涙を拭い、激しくキスするとマーシャは嫌がるが、イーヤは抵抗するマーシャを強引に押し倒して更にキスすると、発作が始まった。
そこでマーシャは笑い、イーヤをキスして慰めるのである。
二人の関係の濃密さがインサートされる構図だった。
人生論的映画評論・続: 戦争と女の顔('19) 「戦争が延長された『戦後』」を描き切った映像の破壊力 カンテミール・バラーゴフ より