1 「“死んだ者を哀しんで、なにが悪い!人間としての権利だ!”」
妹の結婚式で、美味しそうに料理を食べる山本幡男(はたお/以下、幡男)と妻モジミと4人の子供たち。
「素晴らしい結婚式だ」と幡男。
「ええ」とモジミ。
その夜、ホテルのベッドに子供たちを寝かしつけた幡男は、モジミに日本に帰ることを指示する。
「明日、新京に戻ったら、すぐに荷物をまとめなさい。そして、日本へ帰るんだ…勝手にはもう帰れないかもしれない。それでも港を目指せ。南へ急ぐんだ」
「無理です」
「君ならできる」
「できません」
「頼むよ!」
「そうなのね?やっぱり、日本は、もう…」
その時、窓の外に爆撃音と閃光が走る。
「ここまで米軍が?」
「いや、空襲警報は鳴らなかった。北から来たんだろう。恐らく、ソ連」
ソ連軍が侵攻してきたのである。
街路では、荷物を抱えて列車に乗ろうと走り、混乱するの人々の群れを爆風が襲う。
山本一家も右往左往し、倒れている長男・顕一(けんいち)を助けた幡男は崩れたビルの石で負傷し、身動きが取れなくなる。
「あなた!」
「君たちは、行け!日本に帰るんだ!顕一、母さんと弟たちを頼んだぞ…すぐにまた会える。日本で落ち合おう」
涙を流す顕一とモジミに、笑顔を見せる幡男。
「1945年8月9日。ソ連が日ソ中立条約を破棄し、突如、満州に侵攻。日本は敗戦。満州にいた日本兵は、ソ連軍に拘束されたのです」(松田研三のモノローグ/以下、モノローグ)
1946年 終戦から8か月
「貨車は、シベリアの奥地へと向かっていました…私が山本さんに初めて会ったのは、その貨車の中でした…この人は正気を失っている。そう思いました」(モノローグ)
ギュウギュウ詰めの貨車の中で、突然、“オー・マイ・ダーリン”を歌い始めた山本。
少年兵がそれに呼応してハーモニカを奏でる。
「連れて行かれたのは、シベリアの果てにあるスベルドロフスクにある収容所。ラーゲリでした」(モノローグ)
銃を持ったソ連兵に促され中に入り、庭で整列されられた日本兵の抑留者たちは、ソ連将校から厳命される。
そのロシア語を訳すのは幡男。
「“お前たちは戦犯である。今後の収容所生活は、収容所所長が命令をする。逃亡者は射殺する”」
「山本さんは、通訳をしていました。私たちは、シベリア開発のため、強制的に働かされました。労働は日本の将校の指揮の下で行われていました。軍隊秩序を維持した方が、ソ連側も支配しやすかったのでしょう」(モノローグ)
ふらつく捕虜にビンタを食らわす相沢軍曹(以下、相沢)。
「ノルマを達成しないと、メシに響くぞ!」
「一日の食事は、朝、配給される黒パン350グラム。カーシャと呼ばれる粥。それで夜までもたせないといけない。黒パンは耳の部分が腹持ちがいいと、特に人気でした」(モノローグ)
食事に手を合わせる松田を見て微笑む幡男。
その松田の黒パンを勝手に交換し、取り上げる相沢。
「戦争が終わっても、まだ私は一等兵のままでした」(モノローグ)
松田が隣に座る幡男に、どこでとロシア語を学んだかを聞くと、ロシア文学の愛読者だったと話す。
「憧れてたんですよ。だからね、これを機に、しっかりこの目で見ておこうと思って。ソ連という国を」
相沢に呼ばれ、日本の将校たちの前で、いつまでここに居るのかと怒鳴られる幡男。
幡男は、ソ連側に何度聞いても相手にされないと答える。
「貴様、共産主義者だろう。ロシア語ができるのをいいことに、奴らと何か画策してるんじゃないのか?」と佐々木中尉。
呆れて苦笑いすると、相沢が「答えろ!一等兵!」と怒鳴りつけるので、幡男は「山本です。名前があります」と反駁し、殴り倒された。
「シベリアの冬は、連日零下20度を下回ります。でも40度を下回らない限り、作業の変更はありません」(モノローグ)
作業中に倒れた男を抱き上げる幡男。
次々に斃れていく抑留者たちは、雪の地面に掘られた穴に埋葬される。
土をかける幡男に、少年兵の実が問いかける。
「ここに希望はあるんですか?」
「来ます。ダモイ(帰国)の日は」
「本当に信じていいんですか?」と松田。
「そもそも戦争は終わったんですから。兵士を捕虜とするのは、明確な国際法違反なんです。これはね、戦後の混乱の中、起こった不幸な出来事にすぎません…だからね、松田さん、来ますよ、ダモイの日は」
雪が溶け、ふらふらの状態で作業中の実が、「日本へ帰るんだ」と呟き、突然、鉄条網へ向かって走り出し、射殺されてしまう。
その実の祭壇を設け、焼香する幡男。
実のハーモニカで“ふるさと”を奏でる少年兵の浩。
「もう、止めろ!」と怒鳴る相沢に鈴木が追随すると、浩が睨みつける。
「あいつ、下に弟と妹が5人もいるんです。いつも“会いたい、会いたい”って。腹いっぱい食わせてやりたいって」
「“死んだ者を哀しんでなにが悪い!人間としての権利だ!”」と幡男が訴えると、ソ連兵は幡男を蹴り、佐々木は山本が危険だと告げ口する。
繰り返し蹴られる幡男を見つめる松田は、前線で仲間が撃たれ、怖くなって逃げ出し「卑怯者!」と言われた過去のトラウマが蘇り、思わず、幡男の背中に覆い被さって、共に蹴られ続けた。
2人は営倉送りになり、南京虫の餌食きになった。
【営倉とは、軍律を犯した軍人を収容する懲罰施設】
幡男に代わって佐々木が通訳となり、ふらつく幡男はソ連兵に罵倒される。
「共産主義者なのに、ロシア人からも見捨てられたか」と鈴木。
「バカな奴だ」と相沢。
その相沢は初年兵の時、佐々木に命じられ中国人捕虜を殺害したことを松田に話す。
「俺はあの時、人間を捨てた。いいか、一等兵。ここは戦場と同じだ。人間は捨てろ」
松田は幡男を見ると、微笑み返してきたが目を逸らす。
「私は卑怯者に戻りました…その後、山本さんは何度も営倉に入れられました」(モノローグ)
バラック(宿舎)に戻ってぐったり横になる幡男は、歌い始める。
「なんでアメリカの歌なんですか?ロシアが好きなんじゃないんですか?」と浩が訊ねる。
「美しい歌に、アメリカもロシアもありません」と答え、咳き込む幡男。
男の信念は堅固だった。
モジミが子供たちを連れ、リヤカーを曳いて魚を売っている。
モジミの教師時代の知人に声をかけられ、校長に復帰を頼んでくれると言う
「あの人は帰って来ますから。約束したんです。日本で落ち合おうって。あの人は必ず帰ってきます。そういう人なんです」
夕焼けに当りながら、“オー・マイ・ダーリン”を子供たちと歌いながら家路に就く。
一方、ラーゲリでは、拷問を受け、横たわる幡男が呟く。
「こんな所で、くたばるわけにはいかない…妻と約束したんですよ。必ず帰るって…」
そこに、勢いよくドアを開けた佐々木が「ダモイだ!」と叫ぶ。
「今、正式に通達があった。我々はダモイだ!」
皆が「バンザーイ!」と歓声を上げる中、幡男は実の位牌を見上げ、涙する。
ナホトカの港に向かう貨車に乗り込んだ抑留者たちは、「ダモイ」の喜びを噛み締めていたが、突然、急停車して扉が開くと、ソ連将校が立っていた。
幡男の通訳で名前を呼ばれた20数名が、別のラーゲリへ連れて行かれることになった。
佐々木や浩らは列車に残り、幡男や松田、相沢らは「ダモイ」を手に入れられなかったのでもある。