PLAN 75 ('22)   復元し、明日に向かって西陽を遠望する

1  「いつも、先生とおしゃべりできるのが嬉しかった。おばあちゃんの長話に付き合ってくれて。本当にありがとうございました」

 

 

 

音楽番組に続いて、ラジオからニュースが流れる。 

 

「75歳以上の高齢者に、死を選ぶ権利を認め、支援する制度、通称“プラン75”が、今日の国会で可決されました。高齢者が襲撃される事件が全国で相次ぐ中、深刻さを増す高齢化問題への抜本的な対策を、政府に求める国民の声が高まっていました。発案当初から物議を醸し、激しい反対運動が繰り広げられましたが、ここへ来て、ようやくの成立となりました。前例のないこの試みは、世界からも注目を集め、日本の高齢化問題を解決する糸口になることが期待されます」

 

ホテルの客室清掃員をしている78歳の角谷ミチ(かくたに/以下、ミチ)が、スタッフルームで、ミチは高齢の仲間と休憩している。

 

一方、「プラン75」の相談ブースで職員の岡部ヒロム(以下、ヒロム)が付箋をたくさん貼ったパンフレットを手にした高齢の女性から質問を受けていた。

 

「この支度金、10万円もらえるんでしょ?何に使ってもいいの?」

「そうですね。これは基本的に自由にお使いいただけるお金なんで、旅行とか、美味しいものを食べるとか、ほんと、なんでも好きに使ってください」

「ご褒美みたいなもんね」

「お葬式代に充てるって方も中にはいらっしゃるんですけど」

「そいじゃぁ、つまんないわねぇ。フフフ…合同プラン?これ、どういうことなんですか?」

「これはですね。わたくし共と提携している火葬場と霊園がありまして、そこで皆さまご一緒に火葬・埋葬させていただくっていうプランなんです。これだと、全て無料でご利用いただけます…ですから、その場合だと、先ほどお話しした10万円も、より自由にお使いいただけますよね」

「死んじゃったら、分かんないものね。他の人と一緒だって構わないよね」

「その方が、寂しくないって方もいらっしゃいますね」

「あの、審査は厳しいんですか?」

「審査ってのは特になくてですね、健康診断もいりませんし、お医者さんですとか、ご家族の承諾も不要です」

「こっちの方が、ずっと簡単なんだ…簡単のがいいわ」

「今日、申し込みされます?」

「ええ」

「承知しました。では、書類をご用意しますね」

 

ここでタイマーの音が鳴り、30分限定の相談時間が終了する。

 

その頃、市役所の中庭の広場で「プラン75」のブースで申込窓口を担当するヒロムが、隣の炊き出し会場で食事を摂っている高齢男性をじっと見つめていた。

 

ヒロムが「プラン75」の相談ブースで待っていた先日見かけた男性に、「叔父さん、ヒロムです」と声をかける。

 

驚いてヒロムを見る叔父の幸夫。

 

「大きくなって…」

「ご無沙汰してます」

 

幸夫の視線が彷徨い、しばらく沈黙した後、「お願いします」と言って、予め記入した書類を差し出した。

 

ヒロムの上司が、今日が幸夫の75歳の誕生日であることに気づく。

 

「気合を感じるね。叔父さんと仲いいの?」

「いや、会ったのは20年ぶりです。親父の葬式にも来なかったです」

「訳あり系か…岡部はいいの?」

「うーん」

 

即答できないヒロムは、上司から「お前は三親等だから担当できない」と告げられた。

 

また、ミチが訪れた保健所の健診の待合室では、モニターに「プラン75」のCMが流れている。

 

一人の男性が、そのテレビモニターの電源コードを引っ張って、消してしまう様子を見ていたミチは、男性の顔を見て、一人微笑む。

 

公民館の多目的ルームでカラオケを楽しむミチと仕事仲間の3人。

 

『林檎の木の下で』を歌うミチ。

 

孫と家族がいる久江と早苗に対して、家族のいないミチと、やはり娘と音信不通で一人住まいの稲子とでは、死の迎え方について話が嚙み合わない。

 

ミチは稲子の家に遊びに行って泊まることになり、布団に入ったミチが稲子の手を握ると、稲子も握り返してきた。

 

翌日のこと。

 

その稲子が仕事中に倒れてしまった。

 

稲子が倒れて入院したことで、表向きは「投書があった」との理由で、会社は高齢のスタッフ4人全員が解雇されるに至った。

 

ミチはロッカーを片付け、自宅の公営住宅に戻ると、退去期日を知らせる張り紙に目をやる。

 

退院したはずの稲子に電話しても反応がないので、留守録を入れるミチ。

 

ミチはまず引っ越し先を探すために不動産屋へ行くが、無職の高齢者の入居は難しく、5軒目も断られてしまう。

 

「仕事を見つけてからじゃないと、難しいですかね」

「厳しいですよね。因みに、生活保護っていう手は考えないですか?受給者さん向けのアパートというのが結構あって、そちらの方が可能性あると思うんですよ」

「もう少し頑張れるんじゃないかと思って…」

 

その後、職業安定所に行き、若者に交じってパソコンを操作するが、うまく使いこなせない。

 

直接スーパーに当たってみるが断られ、同僚だった久江に電話するなど手を尽くすが、結局、再就職先は見つからなかった。

 

その後、何とか夜間の交通整理の仕事に就くが、ぎこちなく、鼻水を拭い、寒さに震えるミチはガードレールにもたれかかって体を休める。

 

高齢者に見合わない夜間労働のシビアさがひしと伝わってくる。

 

そんなミチに不幸が連鎖する。

 

何度かけても留守電のままの稲子の家を訪ねると、玄関の鍵を外側にかけ、テレビは点けっぱなしで、稲子は食卓のテーブルにもたれ、息絶えていた。

 

死後硬直がピークに達し、思わず異臭に鼻をつまむミチ。

 

その頃、ヒロムは「プラン75」を申し込んだ幸夫のアパートを訪ねると、外でゴミ拾いの仕事をしていた。

 

幸夫が食事の支度をする間、ヒロムは幸夫の古い「献血手帳」を見つけ、「長崎にいたの?」と問いかける。

 

「長崎?あ、橋だ。トンネル、高速、ダム、なんでも造った。日本全国、呼ばれたら、身一つで」

「広島、仙台、名古屋、北海道…とりあえず献血するんだ?」

「そうだよ」

 

今はこんなになったと、幸男が献血カードを見せるとヒロムは「味気ないね」と言い、「だろ?」と、カードを放り投げる。

 

「捨てちゃうの?」

「捨てちゃうよ」

 

【2006年に献血手帳に代わって献血カードに替わり、現在に至っている】

 

幸夫は窓の外から卵を持って来て、二人並んで台所で料理を始める。

 

「お母さん、どうしてる?」

「再婚した」 

「いつ?」

「いつだっけ。ずっと前」

「お父さん、死ぬ前か」

「うん…病気して、だいぶ丸くなったけど、前はひどかったから…」

 

食後、幸夫は「プラン75」関連のニュースを放心して聞き、ヒロムが台所で食器を洗う。

 

「『プラン75』開始から3年。様々な民間サービスも生まれ、その経済効果は8兆円とも言われています。政府は今後10年をかけて、対象年齢を65歳まで引き下げることを検討しています。世界で最も速いスピードで高齢化が進んできた日本に、明るい兆しが見えてきたと専門家は語ります。甲南大学…」

 

帰りに見送りに来た幸夫が手を振り、ヒロムは手を挙げて応え、背を向け歩き出す。

 

ミチは追い詰められていた。

 

夜中、眠りに就けず、台所で水を飲み、テーブルに突っ伏して、珠暖簾(たまのれん)の奥の暗がりを見つめている。

 

翌日、ミキは市役所を訪れるが生活支援相談の受付は終了しており、ソファでぼんやりと外を眺め、暗くなってから、「プラン75」の幟(のぼり)が立つ炊き出し会場から少し離れたベンチに座っていた。

 

そこに、ヒロムが近づき、「どうですか?」と食事を渡すと、ミチは受け取った器をじっと見る。

 

自宅で「プラン75」のパンフレットを見ていると、「プラン75」のコールセンターの成宮瑶子(なりみやようこ/以下、瑶子)から電話が入り、名前を確認されると、「はい、そうです」と元気よく応答するミキ。

 

「この度は、『プラン75』にお申し込み頂き、ありがとうございます。短い間ではございますが、どうぞよろしくお願いします」

「お世話になります」

 

「短い間」という、死を前提にスタートする二人の関係が、ここから開かれていく。

 

一方、病気の娘をフィリピンに残し、介護師として日本で働くマリアは、手術費用を捻出しなければならず、フィリピンのコミュニティのリーダーに寄付を募ってもらい、より高給な政府関係の仕事を紹介された。

 

講習を受け、早速「プラン75」の施設で働き始めたマリアは、遺体から身につけた腕時計やネックレス、眼鏡などを外してカートのトレーに載せ、リサイクル室に運ぶ。

 

バッグの中の遺留品を仕分けする作業中、同僚の男性に時計を渡されると、マリアは断る。

 

「死人は使えない。使えばゴミじゃない。皆、幸せ」と片言の英語で説得すると、マリアはおずおずと受け取った。

 

「死者を忘れるな」と言われ、マリアは時計を撫で、ポケットにしまうのである。

 

定期的にコールセンターの瑤子から電話が入り、15分間の会話を楽しむミチ。

 

ミチは10万円もらっても使い道はなく、孫にお小遣いすることもないと、瑤子にポチ袋を渡して感謝を伝えた。

 

「角谷さんは声の印象のまま。いい声だなって、ずっと思ってました」と瑤子に言われ、喜ぶミチ。

 

そのあとミチは、瑤子に教わってボーリングに挑戦し、“ストライク”を出して、他の若者と喜びを分かち合うという楽しいひと時を過ごした。

 

ミチは特上の寿司を頼んだと話し、瑤子との最後の会話に臨む。

 

「特上なんて、食べたことないです」

「だったら、先生の分も頼めば良かったね」

 

そこで15分のタイマーが鳴り、会話がいったん途切れ、ミチは寂しそうな表情をする。

 

「最後に、お伝えしないといけないことが、幾つかあるので、いいですか?」

「はい」

「いちばん初めにご説明させていただいたのですが、大切な事なので、もう一度お伝えしますね。『プラン75』は、利用者の皆様のご要望を受けて、私どもが提供させていただくサービスです。万が一、お気持ちが変わられたら、いつでも中止できます」

「はい」

「明日の朝のことですが、家を出る時に、鍵を閉めないで出てください。後ほど、担当の者がご自宅へ伺って、最終確認と大家さんへの引き渡しを行います」

「最後まで、お世話になりますね」

「こちらからは以上になります。何か、ご質問があれば…」

「いつも、先生とおしゃべりできるのが嬉しかった。おばあちゃんの長話に付き合ってくれて。本当にありがとうございました」

 

頭を深々下げるミチ。

 

「それでは…これで」と瑤子。

 

涙声だった。

 

「さようなら」とミチが最後の挨拶をし、受話器を胸に当てるのである。

 

その夜、瑤子は自宅から涙目でミチの家に電話をかけ呼び出し音が続くが、ミチが電話線を抜いた後だった。

 

ミチは家の中を片付け、翌朝に備える。

 

当日の朝を迎えたミチは、カーテン越しの光に手をかざして見つめ、顔を洗い、髪を整え、ベランダに出て、外の景色に浸るのだ。

 

 

人生論的映画評論・続: PLAN 75 ('22)   復元し、明日に向かって西陽を遠望する 早川千絵