失われた週末(’45) ビリー・ワイルダー <アルコール依存症は「死に至る病」である>

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1  「そばにあると思うだけで心強い。一度、回転木馬に乗ったら簡単に降りられない」 
―― アルコール依存症者の悶絶
 
 
 
 
 
「金曜から月曜まで、のんびり田舎暮らしだ」

「長い週末だ」
「お前の体のためだ」

10日も禁酒している33歳の売れない小説家・ドン・バーナム(以下、ドン)が、断酒するために、N..から兄・ウィックの田舎に行くその日、兄の目を盗み、アパートの窓に吊るしたウィスキーの瓶を引き上げ、一気に飲もうとするが、しくじってしまった。
 
この冒頭のエピソードが、本作を支配するテーマとなっていく。
 
そのとき、恋人のヘレンが週末の別れを言いに来るが、音楽会に行こうとするヘレンに同行すると言って、出発の時間に遅れてしまう。
 
その間、ドンが隠したウィスキーを見つけ、早速、ウィックを困惑させるのだ。
 
二人が出かけた直後、給金を受け取りに来た家政婦の金を掠め取り、忽ちのうちに、その金を酒に換えてしまうのだ。
 
かくて、本人が言う、10日間の短い禁酒生活は頓挫するが、その間も、兄の目を盗んで、少量ずつでも、酒を体内に流し込んでいた事実が判然とする。
 
手に入れた酒を自宅に持ち帰り、それを隠し込むドン。
 
出発の時間に遅れたことで、田舎行きをすっぽかしてしまうのである。
 
怒った兄だけが、一人で田舎へ行ってしまうのだ。
 
以下、バーのマスターのナットに、自分の過去を吐露していく。
 
「酒びん」という名の、酒に溺れた男の告白の書を小説化しようと考えているドンだが、中々、筆が進まないのもまた、その酒が原因だった。
 
オペラを観に行って、レインコートを間違えたことで、ヘレンと出会い、恋仲になっていく。
 
「治ったと思った男は、真剣に結婚を望んだ。だが、早計だった。まだ、酒の誘惑が待ってた。彼女の両親が相手の男に会いに来て、N..のホテルに宿泊した。男は両親に紹介すると言われ、ロビーに行った」
 
その後、男は両親が自分のことを期待する話を傍で聞き、プレッシャーを受け、その場を抜け出してしまった。
 
恐怖感で抜け出した男は酒を飲み、結局、ヘレンの両親と顔を合わせることなく、酒漬けになってしまった。
 
「僕は何て、だらしない男だ」
 
アルコール依存症で入院経験がある男が、兄に語った言葉である。
 
更に厄介なのは、泥酔した状態をヘレンに見られたことだった。
 
緊張すると酒に逃げてしまう男の弱さが曝け出されてしまうのだ。
 
「出会ったとき、本当の姿を見せるべきだった」
 
ヘレンに語った男の言葉。
 
しかし、ヘレンは、そんな男の弱さを認知しつつも、彼の病気を治してあげようと意を決するのだった。
 
以上が、ナットに語った自伝小説の内容だった。
 
その小説を書き始めていくドンだったが、あえなく頓挫する。
 
そればかりではない。
 
人の金を盗んでも酒を飲もうとしたが、その一件がバレ、店を追い出される始末。
 
酒を求めて、街を徘徊する男。
 
自分の商売道具であるタイプライターを売ろうとするが、何もかも儘ならない。
 
挙句の果てに、見知りのバーの女から金を借りるものの、階段から落下し、気絶してしまう。
 
気が付いたときは、禁酒法時代からの患者を抱えている、アルコール依存症者の病院のベッドだった。
 
アルコールの血中濃度が高かったからである。
 
自分の近未来を想像させるような、狂人とも思しき患者を見ることで恐れをなし、医師のコートを盗み、病院を脱出するドン。
 
開店したばかりの酒店に押し入り、恫喝してラムを手に入れたドンは、アパートに戻って来るが、今度は幻覚に襲われる。
 
ヘレンがやって来たのは、その直後だった。
 
「帰ってくれ」
 
理性を失った男は、最も醜悪な姿を恋人に見せてしまうのだ。
 
それでも、必死に介抱するヘレン。
 
翌朝、そのヘレンのコートを質に入れたことが彼女に知られ、ヘレンの忍耐も限界点に達していた。
 
「3年経って、やっとあなたが見えた。ただの大酒のみだって分った。飲むためなら嘘もつく。裏切りもする」
 
その直後、質屋で、ドンの行為がピストルと交換するためだったという事実を知ったことで、慌ててアパートに戻るヘレン。
 
自殺を懸念したからである。
 
ヘレンがやって来たのは、ドンが遺書を書き終え、ピストル自殺を図ろうとした時だった。
 
ドンの振舞いを読み取ったヘレンが、あろうことか、彼に酒を勧める。
 
「悪いけど、帰ってくれ」
「好きなだけ飲んで。飲んでも死ぬよりはいいわ」
 
一切を察知された男は、「酒、精神的無気力、恐怖、幻覚など」という自殺の理由を告げるのみ。
 
「生きて!あなたの望みを果たすのよ」

「今から、どうやって!」
「お酒を断つの。体を治すことが先決よ!」
「無理だ!」
「できるわよ!」
「僕に何がある」
「才能と野心よ」
「両方とも、酒に溺れた」
「そんなことはない」
「書くテーマさえない。君は奇跡を求めてる!」

相手を想う女の心と、それを素直に受容できない男の喧嘩腰の議論を収束させたのは、バーのマスターのナットの唐突な訪問だった。
 
川に浮かんでいたという、ドンのタイプライターを届けにやって来たのだ。
 
それでも、簡単に本来の仕事に入り込めない男を、執拗に女は励ます。
 
「悩みを吐き出すの」
 
ナットに話した、例の「酒びん」というタイトルの自伝小説を書くことを求めるヘレン。
 
「この週末の出来事を書こう」
 
男のこの言葉が、アルコール依存症の深い闇に捕捉された時間を克服していくという、如何にもハリウッド流の「予定調和」の物語が閉じていく。
 
 
  

人生論的映画評論・続/ 失われた週末(’45) ビリー・ワイルダーアルコール依存症は「死に至る病」である> )より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2016/11/45.html