鬼畜('78)  野村芳太郎   <ネグレクトから子殺しへの地続きなる構造性>

  原作とは異なって、その印刷屋の主人公の名は、竹下宗吉(そうきち)。その住まいは、埼玉県川越市にあった。ところが最近、印刷工場が火災に遭って、子供のいない竹下夫婦は、今や細々と印刷屋を経営していた。

 ある日、その竹下宗吉の元を、一人の女が三人の子供を連れて訪ねて来た。女の名は菊代。その菊代の長男である利一が、竹下宗吉に会うなり、とんでもない言葉を口走った。

 「父ちゃん!」

 その言葉に、宗吉は勿論のこと、彼の妻のお梅は仰天する。
 階段の途中で身動きできない宗吉を、菊代は「ちょっと、出られない?」と促して、彼を外に呼び出したのである。
 
 「お金の都合がつかない?それで放っておくんですか?そんなのってある?母子四人、どうやって暮らしてると思っているんですか?」

 激しい相手の口調に、宗吉はたじたじの体を晒している

 「だから明日、明日は必ず出かけていくから・・・今夜のところは・・・」
 「明日、明日って、あんたの明日が当てになるもんか!」
 「間違いねえよ・・・金の都合のつく当てもあるんだから」
 「今まで放っておいて、どうして急に当てができるのよ!いい加減なこと言わないでよ!」
 「そう大きな声、出すなよ・・・」

 激しい母の口調に、菊代がその背に負った子供が泣き出した。

 「どうすりゃいいのよ!どうしたらいいか言ってよ!」
 「お前がそんな子供みたいなこと言って、どうするんだよ!」
 
子供の泣き声が大きくなって、家屋からお梅が出て来た。
 
 「あんた、みっともないよ、ご近所に。家の中に入ってもらいな。泥棒猫じゃあるまいし。暗いところじゃなくたって構わないんだろ」
 
事情を既に呑み込めていた宗吉の妻は、皮肉たっぷりに言い放って、家屋に戻って行った。その言葉に、菊代も反応する。
 
 「利一、良子、いらっしゃい!」

 そう言って、子供たちを家屋の中に入れようとした。

 「ど、どうするんだよ?」と宗吉。
 「はっきり話をつけるのよ。ちょうどう良かった」
 「な、何を言い出すんだよ。止めてくれよ」

 そう言い放つや、菊代は家の中に入っていく。その背に負う乳児を含む、三人の子供を連れて。

 「奥さん、あたし、宗吉さんのお世話になっています、菊代と申します。申し訳ございません。こちらにお世話になって七年になります。その前あたし、働いているときに・・・」
 「鳥料理屋でだって?」とお梅。嫌味たっぷりである。
 「女中してました」と菊代。その口調はきっぱりとしている。
 「歌が上手で、いい声だったんですってね」とお梅。嫌味を重ねていく。
 「バカバカしい。何の話してるんだ」

 宗吉が二人の中に入ろうとした。しかし女房のお梅は、自分を裏切った夫を怒声で制した。

 「黙ってなよ!人を7年の上もだまくらかして!どんな経緯(いきさつ)でこうなったんだか、ちゃんと聞かしてもらおうじゃないの」
 
 そんなお梅の啖呵に拮抗するように、自分を愛人として囲っていた男との経緯について、菊代は堂々と説明したのである。
 
 菊代の話によると、付き合いの要領が悪い宗吉の善良さを感じ取って、本来のお節介焼きの性格から、予算の見積もりや会計を見てあげている内に、宗吉と次第に懇ろになっていったらしい。まもなく菊代は宗吉の子を孕み、店に居辛くなって、妾宅を持たせてもらったということだ。

 その妾宅で三人の子を産んだという経緯を、菊代はお梅に語ったのである。そして宗吉の店が火災に遭って以来、宗吉からの援助が途絶えて、遂に困り果てて訪ねて来たということだった。

 そこまで聞いて、激昂したお梅は矢庭に立ち上がり、子供のいる前で自分の亭主を手当たり次第叩いたのである。
 
 「あんたなんか、あたしが一緒になってなかったら、ただの渡り歩きの職人だったんじゃないか。ろくな給金も取れなかったくせして!この店だって、あたしが一緒になったから持てたんじゃないか!・・・何だい!こんな女に大きな口叩かれることないだろ!」
 「こんな女にって、どういうこと?」

 菊代が強く反応する。

 「トルコにでも行って働いたら、ピッタリだって言うこと!」

 お梅も負けていない。

 「奥さん、あたし、商売女じゃないよ」
 「そうかしらね・・・本当にあんたの子供かしら?」
 「え?」と宗吉。
 「三人ともあんたの子かっていうの?」
 「何言うのよ!」と菊代。
 「ウチの人に聞いているのよ」
 「あなた!なんで黙ってんのよ!ちゃんと言って頂戴よ!あんたの子供が疑われてんのよ!」
 「俺の子供だよ」

 宗吉はオタオタしながら、自分の子を指差して、遠慮げに答えた。

 「へぇー!月に三晩も泊まっていないはずなのに。ほんとにあんたの子?」
 「それがどうしたのよ!」
 「もう止めてくれよ!子供が聞いてるじゃないか・・・」
 
 珍しく声を荒げて、悲鳴を刻んだ宗吉。

 その直後に、「帰ろうよ」と泣きながら訴える良子の言葉が、その場の険悪な空気を少しばかり中和させた。
 
 「分りました・・・あんた、あたしを騙したのよ。あんたのような男にくっついていったばかりに、あたしはこんな目に遭わされた。ちょうど良かった。奥さんにも聞いてもらえたし・・・決まりを付けて、スカッとしようじゃありませんか」
 「スカッとするって、何を?」
 「もう、沢山!責任とってもらいますからね・・・あたしはこの通り、手のかかる子供が三人抱えたんじゃ、働こうにも身動き取れないんだから。貯金なんて一円もないんだし。そこんとこ、考えて下さいね」
 「家(うち)だってね、火事からこっち、余分な金なんかありゃしないよ。あんた、人から借りてくるなり、泥棒するなりして形をつけるんだんね」
 「話がつくまで、あたしはここから動きませんからね」
 「ああ、いいよ。その代わりね、家は夫婦もんで、蚊帳(かや)一つ貸してあげられないよ」
 
 そう言い捨てて、お梅は押入れから布団を出した。それを菊代に投げつけて、床に敷いたのである。

 
 
(人生論的映画評論/鬼畜('78)  野村芳太郎   <ネグレクトから子殺しへの地続きなる構造性>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2008/11/78.html