1 「全身犯罪者」という記号の破壊力が開かれたとき
富士山麓の地方都市で、小さな熱帯魚店を経営する社本信行は、後妻の妙子と、前妻の娘美津子との折り合いの悪さを嘆息する気弱な性格ゆえ、万引きの常習を重ねる娘に、「父性」を発現できず、殆ど家庭崩壊の非日常を繋ぐ危うさを常態化させていた。
その日もまた、娘美津子の万引きが発覚し、スーパーに呼び出される夫婦。
スーパー店長の怒りが収まらず、今や警察沙汰寸前の、その夫婦の危機を救ったのが、大きな熱帯魚店を経営する村田幸雄。
スーパーの店長と知り合いの誼(よし)みだったからだが、事の全てが、社本の妻子を「人質」に取り、その社本を利用して悪事を働く村田の「陰謀性」の異臭を漂わせるが、警察沙汰にならずに済んだ事態に安堵する社本には、当然の如く、村田に対する債務感情の途方もない大きさが認知できていなかった。
「全身犯罪者」としての村田の本性は、早くも、その日のうちに剥(む)き出しになる。
社本の前妻の娘美津子を、村田が経営する、アマゾンゴールドという名の派手な熱帯魚店で雇い入れることを、一方的に決めてしまったばかりか、社本の妻妙子を言葉巧みに篭絡(ろうらく)し、信じ難いまでに非武装性丸出しの彼女を犯すのだ。
そして、社本を儲け話に強引に誘い込んだ挙句、気の乗らない投資家に持ちかけて、極めてフラットな戦略的言辞によって、「商談」を一気にまとめた際に剥き出しになった村田の本性は、件の投資家に毒入りの栄養ドリンクを飲ませて殺害する現場に立ち会わせることで、社本との「共犯関係」を作り出す異常な犯罪行為のうちに炙り出されていくのである。
極悪非道で、獣性剥き出しな村田の「ビジネス」の実態を知っても、時既に遅し。
村田夫妻の犯罪に、有無を言わさずインボルブされた社本は、死体処理の手伝いをさせられる始末だった。
投資家の死体を毛布で包(くる)み、それを車のトランクに押し込んだ村田は、社本に命じて車を運転させ、腹切り山の山頂の山小屋へと向かうのである。
それは、「全身犯罪者」という記号の破壊力が開かれた瞬間だった。
2 「他者の運命を支配する『絶対者』」にまで下降し切った男
「親父がよ・・・頭イカレちまってよ。ここに閉じこもってたんだ・・・俺も小さいときから、ここに閉じこめられて・・・ひでぇめに遭っちまったもんだ」
これは、社本に運転を命じて到着した、腹切り山の山頂の山小屋での、毛布で包(くる)んだ死体の解体現場で、社本に吐露した村田の言葉。
「ボデーが透明になっちまったら何も分わかりゃしねぇ!俺は常に勝新太郎」
幾種類もの形状の刃物を駆使して解体した死体を骨と肉に分け、骨を焼却した後、血糊のついた肉を渓流に捨てるという、極めてダウンサイドリスク(損失リスク)の高い行為を遂行する男の人格の表層には、あまりに馴致し過ぎた犯罪の累加の中で、警察に疑われることがあっても、「透明になっちまったら何も分わかりゃしねぇ」と嘯(うそぶ)く大胆な確信犯の驕りがべったりと横臥(おうが)しているのだ。
「お前は俺の小さい頃にそっくりだな。ビクビクしてよ、反抗もできないのかよ」
これも村田の科白。
村田の攻撃的言辞の背景は、当然過ぎることだが、死体の解体の作業に馴致し得ずに、弱みを晒すだけの社本への苛立ちの中で、村田が挑発したもの。
そして極めつけは、極限状況に捕捉された社本の暴走による村田殺しの際に、絶命寸前に絞り出された村田の最期の言葉。
「お父さんやめて・・・お母さん助けて・・・」
それは、この男のトラウマの根の深さを改めて感受させるものであるが、何より、ぎりぎりの状態で、辛うじて維持された命が吐き出すバイタルサイン(生命の徴候)の極限的悲哀でもあった。
(人生論的映画評論・続/ 冷たい熱帯魚(‘10) 園子温 <「他者の運命を支配する『絶対者』」への「人格転換」の物語の暴れ方>)より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2012/12/10_12.html